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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第二部 ~第三騎士団の専属獣師になりました……~
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三章 食堂付きの宿にて(3)

 セドリックは相変わらず、カウンターに置いたビールジョッキを握り締めたまま、椅子に背を持たれて俯き、小さな寝息を立てていた。首が痛くならないのか不思議でならないほど熟睡しているようだ。


 美麗な顔立ちをしているせいか、寝顔も暑苦しい印象はまるでない。酔っているというよりは、普通に眠っているというようにしか見えなかった。


「セド、お酒飲んで眠りこけるとか駄目じゃん」


 ひとまずは彼を起こそうと思って、ラビは昔からの癖で幼馴染を愛称で呼んで、頭を軽く一発はたいていた。


 それを見たノエルは、思わず『うわぁ容赦ねぇな』と呟いた。ここ連日続いたラビのそっけない態度や、何やらそわそわとして結局不発に終わったらしいセドリックの様子を思い返すと、飲んだ理由がちょっと分からないでもないんだが……と口の中に思案をこぼしてしまう。


 当のセドリックは、目が覚める様子はなかった。ラビは、店主の男がカウンターに戻ってきていないのを確認してから、世話のかかる幼馴染へと目を戻した。


「もう一発いくか」


 ラビはあっさり容赦ない判断を下し、親切心で再び拳を固めた。ノエルは呆れて『さすがに可哀そうだから、やめておこうぜ』とそれとなく口を挟んだ。


『そんなに飲んだわけでもねぇみたいだし、ただ弱いってだけだろ』

「お酒が弱いなら、無理して飲まなければいいのに」


 ヒューガノーズ伯爵や夫人が、食事をとる際にチビリとお酒を飲んでいたから、セドリックにもそういう貴族的な習慣はあるとは思う。恐らくは、本当に嗜み程度で、自分から進んでガバガバとは飲まないのだろう。


 ヴァンも「普段はそんなに飲まない」と言っていたから、好んで飲酒をする事もないようだ。それなのに、調査任務に向かう道中の休憩所でのタイミングで、どうして弱いと分かっていながらビールを一気飲みなんてして、そのうえお代わりもやったのか分からない。


「というか、こういう時こそ、あの眼鏡の出番だと思うんだけど」

『そういや、さっさと部屋に戻ったんだっけか』


 先程聞いたヴァンの話からすると、ユリシスも普段はあまり酒を飲まないタイプであるらしい。一杯目のビールを一気飲みしたセドリックを見て、いつもより多めに口にした、という事を言っていた気がする――とラビは思い返した。


「いつも早めに寝ているからって、部下に任せて就寝っていうのも、どうかと思うんだけどねぇ」

『こいつも、人がいる間は普通に話していたらしいからな。それを見て大丈夫だと判断したのか、もしくは普段から飲まねぇっていう眼鏡野郎自身が、こいつ以上に酒がめちゃくちゃ弱いってオチだったら、笑えるけどな』


 ノエルは、半ば軽い冗談のように口にした直後、ラビと共に沈黙した。


 何故か、アルコールが入っているとも思えないキビキビとした様子で、先に就寝致しますからと告げて部屋に戻っていくユリシスの光景が、全く違和感なく想像された。なんだか、可能性としては現実的にあり得るような気がする。


 よし、忘れよう。オレらは何も想像しなかった。


 ラビは気持ちを切り替えた。先程から自分が、慣れた方の呼び名で幼馴染に声を掛けていると気付かないまま「セドったら」と、椅子の背にもたれている彼の肩を揺らした。


「こんなところで寝たら風邪引くよ。そもそもオレ、お前の部屋分かんないし、運ぶ事なんて出来ないんだから、ちゃんと自分の足で歩いて行って欲しいんだけど」


 体格差がかなり出ている今、彼に肩を貸して歩かせるというのも、かなり難しい気がしていた。だから、セドリックには、しっかり起きて自分で部屋まで行ってもらわなければならない。


 もう一度「セド」と口にしてようやく、彼が眠たげに目を開けてこちらを見た。


「……ラビ? どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも、こっちが聞きたいんだけど。弱いのに、なんでお酒を飲んだの?」


 思わず顰め面で強めに指摘すると、セドリックが数回瞬きした。その顔にはしゃきっとした覚醒が窺えたものの、悪びれもなくきょとんとしている様子は、少し普段と違って反応が鈍い気がした。


 しばし待っても返答がなかったので、ラビは「オレの話し聞いてる?」と確認して、こう続けた。


「セドったら、お酒弱い癖に普段よりも飲んで、眠っちゃっていたんだよ」

「おさけですか……?」


 気のせいか、答えたセドの舌が微妙に回っていない感じもした。


 ラビは、思わずノエルと目を合わせた。


「…………これってさ、まだ全然酔ってるって事なのかな」

『顔は素面っぽいが、酔っぱらっているんだろうなぁ……』


 ノエルは、多分駄目だなという心情を浮かべて耳を下げ、『こいつ、酒って単語が呑み込めてない可能性が高ぇな』と感想をこぼした。


 そうしていると、セドリックが不思議そうにカウンターの上のビールジョッキを見やった。白い肌はそのままであり、瞳にも良いや眠気による充血や潤みは見られないものの、どこかぼんやりとしている印象がある。


 現在の時間軸に思考を結び付けるのが難しいのか、セドリックは首を捻ったかと思うと、再びこちらへと視線を戻してきた。


「これ、ビールジョッキですね」

「なんだか話が噛み合ってないんだけど……お前、オレが言ってる内容、理解出来てる? 自分の部屋で寝なきゃ駄目だよ」


 もう夜も遅い時間だよ、とラビは説得するように告げた。


 すると、ようやくセドリックが遅れて察したように、「ああ、そうなんですか」と柔らかく笑んで答えた。そうしていると普段の彼のままである。


 これから自分が取るべき行動も理解しているのか、彼がゆっくりと立ち上がった。なんだ分かってくれたのかとラビは安堵して、隣に待機していたノエルも小さく息をついて『やれやれ』と言葉を続けた。


『少し寝た効果があったみたいだな』

「うん、会話はちょっと怪しいけど、ひとまず問題解決だね」

『まぁちゃんと歩けそうでもあるしな。気になるのは、向こうの階段をちゃんと上がれるかって事くらいか』


 ノエルが鼻先を動かせて促し、ラビはそちらへ視線を向けた。


 そこには段差の高さがあまりない、幅が広く作られている木材質の階段があった。壁の頭の高さに、目に優しい程度の電灯がポツリポツリと灯っていて、足元は少し薄暗い印象だ。


「セドは何階の部屋になるんだろう……。階段の段差はそんなになさそうだけど、無事に入るまでは見届けた方がいいかもしれないね」

『そうなるだろうな。つか、俺らの部屋は何階だ?』

「鍵には、五〇四って書かれていたよ」


 その時、立ち上がったセドリックがこちらを振り返った。目が合った途端、にっこりと馴染みのある愛想のいい笑顔を向けられて、ラビもつられて疑問形に愛想笑いを返していた。


「そうですね、夜も遅い。それじゃあ寝ましょうか、ラビ」


 言いながら当たり前のように手を取られて、ラビは「ん?」と疑問の声を上げた。大きな手は体温が高くて、しっかり握り締められてガッチリ外れなくなる。


 台詞から連想される可能性を浮かべたノエルが、心底呆れたように『つまり素面に見えても、半分寝てもいるってわけか……』と困ったように呟く。そんな中、ラビはにこにことする幼馴染を、困惑げに見上げた。


「セド、この手は一体な――」

「ほら、ラビィ、おいで。寂しい思いをさせて、すみませんでした」

「は? 寂しい思いとかしてないけど。というか、誰かと間違えているんじゃない?」


 まるで、一緒に暮らしている家族に言うみたいな台詞だなと思った矢先、突然正面から抱き上げられて、ラビは「うぎゃっ」と色気のない声を上げていた。


 抱き締めるように腕が回されたかと思ったら、そのまま肩に担がれてしまった。一体何が起こっているのだろうか、と唖然としている間にも、彼がしっかりとした足取りで歩き出してしまう。


「え、――は? ちょッ、セド何やってんの!?」


 ラビはびっくりして、すぐ近くにある幼馴染の横顔を見た。彼はのんびりとリラックスした表情で、歩く先を見つめている。


「大丈夫ですよ、一緒に寝ましょうね」

「いやいやいや、なんでそうなんの!」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいる間にも、彼が当然のように階段を上がってしまっていた。宿泊部屋の扉が続く廊下は静まり返っていて、セドリックの足は迷う事なく一つの部屋の前で止まる。


 一体、何がどうなっているのか分からない。


 一緒に寝ないと寂しいとか、そういうやつなのだろうか?


 一時的に伯爵家に世話になっていた頃には、ルーファスと彼と自分の三人で、大きなベッドに横になった事は何度かあった。時々彼らの両親である伯爵と夫人が顔を覗かせて「いい子達ね、ゆっくりおやすみ」と優しく頭を撫でていった事を覚えている。


 もしかしたらセドリックは、幼い頃は兄弟や家族と寝ていた事もあって、酔っている今は当時の子供心に返ってしまっている……のか?


 というか、どうしたらいいの、コレ。


 ラビは思わず、後を追って付いてきてくれているノエルへと目を向けた。彼の方も、どうしたもんかと悩んでいる風ではあったが、鍵が閉まっているかもしれないとポケットを探るセドリックをしばし眺めると、身体から力を抜いた。


『……まぁ寝ぼけてるだけみてぇだからな。多分しばらくは離さないだろうと思うし、少し付き合うしかないな』

「えぇぇええええええ!? やだよ暑苦しいッ」


 自分が女性である故の恥じらいといったものを微塵にも浮かべないまま、ラビは間髪入れずそう答えていた。


 顔には酔ったような雰囲気は微塵にも出ていないが、こちらを片腕で抱いて、しっかり肩に担ぎ上げているセドリックの身体は、やたら体温が高かった。ノエルみたいにもふもふとした触り心地もないので、一緒に寝ても多分、暑苦しいだけでちっとも楽しくないだろう。


 構ってよと子供みたいにガッチリと抱き上げている腕も、鬱陶しくて「こんなデカい弟いらんッ」と少し苛立ちを覚える。四歳年上の癖に、いつまで経っても弟みたいな幼馴染だと思っていたが、酔ったら更にそうなるらしい。


 セドリックが、ポケットから鍵を取り出した。宿の部屋は、宿泊客が入るまで鍵が掛けられていないと気付いくまでに、もうそんなに時間はなかった。


「くっそ、意外と馬鹿力で腕が外れないッ」

『落ち着けよラビ。俺は中に入らねぇが、近くにはいるからさ』

「オレ一人でこいつの面倒みんの!?」


 ラビは、セドリックの腕を解こうと必死になっていた手を止めた。ガバリと視線を向けると、ノエルが『こいつは寝惚けてるだけだからな』と、吐息交じりによく分からない事を言った。


『そもそも、「暑苦しい」と言った時点で、お前の鈍さは称賛したいレベルだし、ただ純粋に「一緒に寝よう」っつったセドリックの健気さは、うっかり同情しちまうレベルだぜ』


 そうしている間に、セドリックが鍵の件に気付いて入室した。小じんまりとした室内には、一人用の小さなベッドが一つだけあり、入ってすぐの場所で足を止めた彼が、こちらを見て「ノエルと話しているんですか?」と言う。


 口調は全く酔っていないのに、これで寝惚けているというのも変な幼馴染である。ラビが諦めたように「そうだよ」と答えると、セドリックが愛想良く扉の方を振り返った。


「おやすみなさい、ノエル」

『うわぁ……、こいつが考えてる将来設定がよく分かる台詞だ…………』


 つか当然のように俺もずっと一緒にいて暮らしている設定なのか、とノエルは呟いた。それはそれでどうなんだろうな、と両方の長い耳を頭ごと少し右へと傾ける。


 ラビは、幼馴染が姿も見えない親友に対して、丁寧に挨拶してくれた様子にうっかり現状を忘れて感動した。ノエルはそこにいるんだと、心の底から信じて、分かってくれているのだと感じさせられて嬉しくて、昔よくやっていたように彼の服をぎゅっと掴んでしまっていた。


 セドリックは心底優しいのだ。幼い頃から過ごして見てきたから、どれほど彼がいい人なのかはよく知っていた。騎士学校に行く事が決まった時は、実のところ、しばらくは会えないのかと寂しく思ったものだった。


 彼は、とても優しい人だ。

 ただの幼馴染を、ずっと気にかけて世話を焼くくらいに。


 その時、目の前で扉が締められて、ラビは我に返った。後頭部に彼の手が滑り込んできたかと思ったら、そのまま帽子を床に滑り落とされて、代わりに髪を撫でられながら運ばれた。


 戸惑っている間に、セドリックがそのままベッドに転がった。まるで寂しいと言わんばかりにぎゅっと抱き締められ、ラビは「ぐえっ」と色気もない呼気を吐き出した。

 ローブ越しに感じる胸板が固いうえ、押し付けられるようで非常に苦しい。気のせいか、彼の父親であるヒューガノーズ伯爵が彷彿とされた。


「ちょ、おいコラ、セド――」

「おやすみ、ラビィ」


 叩き起こしてやろうかと声を張り上げようとしたら、穏やかな挨拶が耳についた。背中と後頭部に回された手が、温もりで包むみたいにぎゅっと抱き寄せてきて、居心地の良い体勢を探すように少し身動ぎした彼が、頭を指先で撫でながら宥め落ち着かせてくる熱に心地良さを覚えた。


 ノエルとの光景を見せられた後という事もあって、なんだか憎めなかった。ずっと昔に、こうして両親に抱き締められて、頭を撫でられながら眠った記憶が蘇ってきて、ラビも睡魔に誘われた。


 宥めるように髪を撫でられた後、頭の上に何かが押し付けられ、もう一度「ラビィ、おやすみなさい」と言われた。正しい女性名の方を呼ばれたけど、それも過去を彷彿とさせるようで心地良くて、気付いたらラビも「おやすみ、セド」と口にして、二人はあっという間に眠りに落ちていった。

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