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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第二部 ~第三騎士団の専属獣師になりました……~
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三章 アビードの町(4)

 三人の大人の男達が、路上の片隅で並んで正座させられていた。その頭には大きなたんこぶが最低でも一つあり、殴り負けたかのようにボロボロだった。仕上げとばかりに、その身体にはガッチリとロープが巻き付けられている。


 彼らは力技でこてんぱんに叩きのめされた後、この姿勢のまま、ラビについ先程まで長々と説教を受けていた。その姿はかなり目立っており、通り過ぎる人々も無視出来ずまじまじと目を向けてしまう。


 男達が勝手に喋った事で分かったのだが、どうやら兄弟三人で活動している二十代前半の盗賊団であるらしい。一番の背の高い方が長男で、全員一歳ずつ違うのだという。道中のこの街で足を休めたついでに、少し稼ごうと思い立ったのだとか。



 まさかこんな凶暴なガキがいるなんて思わなかった、と三人は口を揃えた。


 ラビがもう一回拳骨を落として、そもそもドロボーは犯罪であると再び叱りつける様子を、ノエルが物言いたげに見守った。



 もう一個頭にたんこぶを増やした彼らは、自分達は盗賊業を始めて長く、これまであまり捕まった経験はないのにと半泣きで愚痴った。けれどその下りを聞いた時、ラビの脳裏に浮かんだのは、彼らをボコボコにする直前の光景である。


『つか、あれでよく盗賊家業やってこれたな…………』


 さすがに逃走中にアレはないだろう、とノエルがようやく口を挟んだ。ラビは同感だと心の中で答えて、小さく頷き返してしまう。


 すると、全部顔に出るラビの表情と眼差しから、今回の逃走劇の失敗の原因について指摘されている部分を察した男達が、途端に悲壮感を漂わせてこう言った。


「だってあの婆ちゃん、腰を痛そうにしてたから……うっぅっ」

「馬車の野郎もひどいんだぜ、さっさと退けよババアなんて言ってさ……ぐすっ、可哀そうじゃん…………」

「つい手伝っちまうのが人間だろう?」


 同意を求められても困る。彼らの場合、道徳的なその行いが、盗賊として当時の状況に相応しい判断だったのかといえば微妙なところだ。


 というより、そんな犯罪者がいる方が珍しいような……


 盗賊団は悪党である、と幼い頃に教えられていたラビの想像とは、色々とかけ離れて違っている気もした。一言で表現すると、間抜けな盗賊ではあるけれど。


 人助けの一体何が悪いんだ婆ちゃんが可哀想だろう、と正直に語る姿も悪党らしくなくて、多分、根は悪くないのかもしれない。しかし、それでいて盗みを当たり前に行っているところを考えると、ラビとしては彼らがよく分からなくもなる。


「…………多分さ、お前ら、盗賊としてはちょっと才能がないというか、難しいんじゃないかな」


 恐らく向いていないのでは、と思わず率直な感想を口にしてしまう。


 その時、聞き慣れた声が自分の名前を呼ぶのが聞こえて、ラビは肩越しに振り返った。通りの人々が道を開ける中を、騒ぎを聞きつけたらしいセドリック達が駆けてくるのが見えた。


 ラビのよりも先に彼らの声を拾っていたノエルが、『まぁタイミングは悪くねぇな』と呟いて、落ち着けていた腰を上げる。


「ラビ、大丈夫ですか? スリの騒ぎがあったと大まかに話は聞いたのですが……まさか本当に、屋上から飛び降りたりしたんですか?」


 開口一番、心配症の馴染みであるセドリックがそう言ってきた。気のせいか、こちらを見る騎士達の目に「一体どういう状況なんだ」「またしても騒ぎを起こしたのか?」という言葉が浮かんでいるように思える。


 失礼な奴らだなとラビは顔を顰め、男達から取り返した他の財布が入っている革袋をセドリックに渡して、一連の出来事についてざっと話し聞かせた。



 何故か、語るごとに彼らの顔が引き攣っていった。


 セドリックが「ラビ……」と額を押さえ、全て聞き終えるまではとユリシスが苛々した様子で、腕を組んだ状態で指をトントンと動かせる。ヴァン達に関しては、呆気にとられたように開いた口が塞がらないでいた。



 全部話を聞いたところで、ヴァンが「つかさ」と落ち着いた渋い声を発した。


「つまりお前も原因じゃねぇかよ」


 同感だ、とジンが間髪入れず口にした。サーバルは、殺気立ち過ぎて言葉もないユリシスをチラリと見てしまう。


 テトが「まぁ怪我もないようで何よりだけど」と独り言のように報告の感想を言う中、ラビは怪訝そうにヴァンを睨み返して「聞き捨てならないんだけど?」と腰に手をあてた。


「まるで、オレがきっかけで騒ぎが余計デカくなったみたいに言うなよ」

「事実そうだろ」


 ジンが、すかさず口を挟んだ。騒ぎの目撃者の多くが、金髪もしくは金目の小さな少年の騒がしい活躍っぷりを証言している。


 正座させられていた盗賊達は、ラビの背中越しにセドリック達を見て、小さく泣きながら訴えた。


「このチビ凶暴すぎるよ」

「保護者なら、しっかり手綱握っておけよ」

「容赦ない暴力が怖い……」


 ノエルがなんとも言えない顔を向けて、ラビはメソメソと弱音をこぼす彼らを怪訝そうに見やった。セドリックとヴァン達は、ボロボロになった男達の身に何が起こったのか容易に想像出来て、心の底から同情した。


 秀麗な眉を忌々しげに寄せていたユリシスが、この場をスムーズに進めるために、吐き出したい文句をぐっと抑え込んだ表情でこう言った。


「はぁ。今のところ、窃盗の現行犯といったところでしょう。財布が持ち主に戻れば、あとは破損させた店への賠償だけですね。ひとまず町の治安局に預けます」


 そう告げたところで、彼はこれだけは言っておかなければ気が済まない、とばかりにラビを見下ろした。細い眼鏡越しに、薄い水色の瞳を細める。


「それにしても、君は少しくらい大人しくしていられないのですか?」

「ちょっと、それどういうことさ?」


 ラビが間髪入れずユリシスに尋ね返すと、年長者のヴァンが無精髭を撫でながらあっさりとこう言った。


「騒ぎを起こさないように、誰かが見張る方が早いじゃないか?」

「おいコラ。なんでオレが騒ぎを起こしているみたいな感じになってるわけ? 財布を盗られたから取り返しただけじゃんッ」

「それだけにしては、二次被害がやべぇな」


 ヴァンはラビの台詞を聞き流して、煙草に火を付けた。反論し向かってくるラビの頭を、帽子越しに手で押さえ、「はいはい、聞いてるって。ひまず落ち着こうぜ」と子供扱いに慣れたような口調で宥める。


 それを見てセドリックが言葉を失う様子に気付き、ユリシスが疑問を覚えたように眉を顰めた。テトが幼さの残る顔を、コテリと傾げる。


「うーん、ヴァン先輩の言い分も、あながち間違いじゃないと思うんだよなぁ」

『呑気そうだけど、お前案外見てんだな。俺もそう思う』


 声が聞こえないと分かっているノエルが、そう相槌を打った。


 サーバルは、ほぼ同年代の相棒に立ち向かう小さな獣師を、悩ましげに見つめた。ついポツリと「それ過剰防衛というか、もはや一種の嵐みたいなものじゃ……」と自身から見たラビという少女について呟いてしまう。


 のらりくらりと主張をかわされたラビは、遅れて子供扱いされているのではと遅れて気付き、ますます苛々した。屈強なヴァンの足を思い切り踏みつけてやると、彼が「いてっ」と声を上げて手を離したので、その隙に距離を取った。


「オレは子供じゃないし騒ぎも起こさない!」


 ラビは指を突きつけてそう断言すると、ノエルに「行こう!」と声をかけて走り出した。後ろからセドリックが呼び止める声が聞こえたが、構うものかと無視して、よそよそしくて心地悪い群衆の中をぐんぐん進んだ。

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