三章 アビードの町(1)
走り出した馬車は、騎士団の速馬よりもやや荒く急かすように走った。しばらくもしないうちに乾燥地帯に突入し、何も無い土色の大地を猛スピードで進んだ。
この辺りは雨が少なく、乾いた硬い土は植物が育たない特徴を持っているらしい。夜になると、日中岩陰に隠れている害獣が活動するため、馬車も日中内に中継地点になる町を目指すのだという。
実は馬車に乗り込む際、セドリックやユリシスに話を聞かされるよりも前に、ラビは今回の短い旅のお世話になる馬達にそう教えられていた。言葉はつたなかったが、若々しく勇敢でたくましく『ぶっ飛ばして行くんで任せてください』と彼らは茶色い身体を誇らしげにして嘶いた。
ケイラー地方は土地の四割が乾いた大地、残り六割が土壌に恵まれて緑豊かである。土地の表情の変化が激しく、ごつごつとした岩や石が転がる殺風景な大地に、唐突に水源を持った森が現れたりする。
その箇所は雨雲が発生し、多く雨が降る特色もあった。こちらから見ると一部だけに雨が降っているという、珍しい様子も肉眼で確認する事が出来て、ラビは車窓からそれをまじまじと見つめたりした。
※※※
乾いた大地にポッカリと建つ大きな町には、夕刻に差し掛かるよりも前の時間に到着できた。名をアビードと言い、近くの村々や旅商人が休憩所として起こした商業の街である。
「……なんだか、お祭りみたいな雰囲気だなぁ」
アビードの町に降り立って早々、ラビは正直な感想を口にした。ほとんど商業で集まっているせいか、道端には所狭しとテントが張られた店が立ち並び、店を目立たせるために見慣れない形の飾りも色取り取りにされていた。土産品だけでなく、売られているフルーツや野菜も色鮮やかである。
質素で古い作りの建物同士の間には、長いロープがピンと張られ、生活感溢れる洗濯物が乾燥した風に揺れていた。この辺りの村々は民族衣装が多種で異なっているのか、衣装も様々で、目立つ色と柄の布を頭や身体に巻き付けている人々の姿が目立った。
軍服が目立つといけないからと、ラビ達は馬車を降りる際に旅用のローブで身を包んでいた。団体や複数人で出歩いているグループが圧倒的に多く、大人数を疑われている様子もない。
とはいえ、ラビの帽子から覗く金髪に気付くと、人々はまるで病気でも移るのではないかといった、よそよそしい態度で距離を開けた。店を構えている商人は、目が合うと露骨に「こっちに来るんじゃないぞ」と顔を顰める。
それはホノワ村で見慣れたものだったので、ラビは「別に立ち寄らねぇよ」という表情を浮かべられるくらいには精神的な余裕があった。
けれど小さな村内と違い、わざわざ本人に聞こえるような悪口を立てる者は少なかった。こちらに知られるくらい、物珍しげに強い目を寄越してこないところを見ると、関わらない方が吉という姿勢に見えなくもない。
『ここは定住タイプの町じゃねぇ。道中に立ち寄って、通り過ぎる連中ばかりだ。見慣れない民族だろうと、見目に対して抵抗があるような奴が来ようと、すぐにいなくなると知っているから、わざわざ関わるような対応には出ないんだろうさ』
そばで尻尾を揺らしながら、ノエルが辺りの様子を窺いそう言った。
ラビは「なるほど」と口の中で呟いて、試しにちらりと目を向けて見た。目が合うとすぐに視線をそらされるて、そそくさと離れていくのが見えた。
「この調子だけと、買い物とかは無理そうだね」
『もしかしたら、そうかもしれねぇな。地方の連中は、迷信を重んじるやつらも多いからな』
それに比べりゃ王都の方がまだマシなのか、と呟いてノエルが舌打ちする。
金色は、悪魔の色。
その『悪魔の色』を持った子は、不幸を呼びよせて災厄を招く。
何故そのような教えが、古くから残されているのかは知らない。ラビも両親がなくなった後、それを心から信じている村人達に過剰防衛のように店先で『災厄を招く子供だぞ!』と罵られ、門前払いを食らった経験があった。
そう考えると、乾いた大地にポツンとあるようなこの町ではなく、王都の方が少しはマシなのかもしれない。もしくは、都会に分類されるような大きな町であれば、あるいは。
とはいえ、結局のところ、どこへ行こうと変わらないのだろう。
金髪や金目だけがダメだなんて、おかしな迷信だ。
ラビは、ふと後方を振り返った。そこには共に来た騎士達がいて、セドリックが上司らしい顔付きで話しているのが見えた。
ユリシスの方は出会い頭に睨まれたけど、それは髪や目の色に対してではなかったし、思えば彼らはこちらの容姿を全く気にしない珍しい連中だったことを思い出した。歳が近いテトは、綺麗だ、なんて口にしていたっけ。
そんなことを考えて見つめていたら、不意に、上司として指示しているセドリックが、何年も先にすっかり大人になってしまったような距離感を覚えた。仕事が忙しい癖に、ホノワ村に立ち寄るたび、幼馴染の女の子だからと気にかけて顔を見にくる心配性だ。
弟みたいだと口にはしてきたけれど、本当は、彼の方が四歳も年上であるという実感がないわけではない。
三年前、セドリックが成人の十八歳を迎えて「副隊長になりました」と正装服で来た時、どうしてか、置いていかれてしまったような寂しさを覚えた。なんだか、追い付ける気がしなかった。
「……家族で交流があったからって、いつまでも『ただの幼馴染』に構わなくてもいいのにね」
彼は優し過ぎるのだ。ラビは長い付き合いを思って、セドリックの横顔をじっと見つめてしまった。
それぞれ進む道は違っているから、大人になったら自然と離れていくものなのだろう。ラビも、いつかは彼と『お別れ』をしなくてはならない。
居場所を探す望みについては、幼い頃にとうに諦めていた。だから転々と、人目を避けてノエルと世界を見て回るような『旅』をすることを夢にして、それをずっと心の支えにしてきた。
ルーファスのように、手紙のやりとりだけでも、近況が分かって安心できるから十分だと思うのだ。旅立ったら戻るつもりはないけれど、もし再会する事があるのであれば、その時が楽しみになることだってあるだろう。
「オレ達が村を出る前に、夫人が王都に戻ってくれて良かったよ」
『まぁその点に関しては同感だな。ただ、幼馴染だからというわけでもねぇからなぁ……』
「セドリックって、心配症過ぎるところは大人になりきれてないよね」
『いや、そういう意味じゃなくてだな』
その時、セドリックがこちらに気付いた。
目が合った途端、凛々しい表情が和らいで優しくなる。随分大人びた微笑ではあるが、なんだかやっぱり弟みたいにも見えるから不思議だ。
「夕食時に集合という事で、それまでは各自で行動です」
情報収集といった難しい言葉は口にせず、セドリックが簡単にそう言った。
すると、馬車を降りた際に、一時的に走らされていた唯一の十代騎士である華奢なテトが、活気に満ちた目をこちらに向けてこう説明してきた。
「時計が付いたデカイ大衆食堂があるんだ。そっちに予約を入れておいた。その上が宿になってる」
「それって、決まった時間に集合しないと駄目なのか?」
ラビは、思わず尋ね返してしまった。もとより団体行動には馴染みがなく、初めての町をノエルと少し散策してみるつもりなので、時間を気にかけて行動するというのもあまり乗り気がしなかったのだ。
すると、その脇から年長組のヴァンが顰め面を覗かせて、「テト、お前説明が下手だな」と口を挟んだ。普段は強気な調子のジンも呆れたように後輩を見ており、ヴァンの相棒であるサーバルも物言いたげな表情だ。
セドリックが説明し直そうとする様子を察知したユリシスが、ジロリとテト達を黙らせて、素早く説明役を引き継いだ。
「宿泊客は優遇されているようですから、食事処には予約を入れて席を押さえているというだけで、利用時間は自由です。部屋に上がる際には、カウンターに声を掛けて鍵を取るシステムです」
とはいえ、と彼はこちらを見下ろすように腕を組む。
「明日は夜明け頃には出発しますので、以前のように、すっかり夜更かしをして寝坊してしまうということだけはしないでください」
「…………まだ根に持ってんの?」
ラオルテの町に滞在していた際、うっかり寝坊して説教された件にピンと思い至り、ラビは「うへぇ」とげんなりした顔をした。ユリシス、しつこいな、と思った。
途端に、ユリシスの秀麗な眉がピクリとした。険悪な雰囲気を感じ取ったセドリックが止めに入ろうとしたが、彼が冷やかに目を細めて口を開く方が早かった。
「露骨に『しつこいな』という顔をするのは、おやめなさい」
「だって、ここにきてぶり返すとか、根ちっこすぎるよ」
「君はここにきてストレートに開き直りましたね。いいですか、寝坊で出発が遅れようとも、私達はあなたを起こしには行きません。ご自分で起きて一階まで降りてきて下さい」
何故か、一文章ごと強く区切って断言された。
普通、大事な予定が入っていたら、起こしてくれてもいいんじゃない?
わざわざ寝坊を叱るために起こしに来ないとか性格悪い――と、彼らが自分を男だと勘違いしていると思っているラビは、そう解釈してむっとした。言われた言葉に、年頃の異性の部屋、という意味が含まれている事に全く気付いてさえいなかった。
表情からそれを察して、ユリシスはますます眉間の皺を深めた。先程の話し合いで、それはさすがに可哀そうなんじゃないか、というテト達の意見を一蹴したのは、他でもない彼である。
ラビとユリシスの睨み合いが始まってすぐ、ノエルが大きく溜息を吐いた。
『寝坊ってのも滅多にないが、もしそうなったら俺がちゃんと起こしてやるから』
「だって、こいつ、オレのこと寝坊魔みたいに言うんだもん」
人の往来がある中、ラビはユリシスを指差してノエルにそう答えた。途端に彼が「堂々と指を突き付けるとはいい度胸です」と冷やかに言い、端正な顔にマイナス五度の険悪さを滲ませる。
つい先程まで馬車の中でじっとしていたラビは、尻も痛くてストレスも溜まっていた。外を出歩きたくて足もむずむずすしていたので、ここで口喧嘩をして折角の時間を取られたくないとも思った。
よし。初めての町だ、自分の足で歩いて回ろう。
思い立ったら即行動のラビは、ノエルに「行こう」と促すと、男達には「んじゃ後ほど」とあっさりと言って踵を返した。軽く走り出した彼女を見て、セドリックが慌てて呼び止める。
「一人で行くんですかッ? 集合場所は――」
「時計が付いてる建物捜すから平気。そっちは仕事があるでしょ、オレはノエルと散策してくる」
そう答えた直後、テトが「一緒に回るか?」と言葉を投げてきた。その口調は普段と同じようではあったが、直前にハタと気付かされて、急ぎ確認するような強さもあった。
小腹もすいているだろうし、もしかしたら一人だと買い物も不便かもしれない。そんな気遣いを感じた。走り出した時に、周りの人々がさっと避ける様子を見て、少しだけ心配になったのかもしれないと思ったら、ラビは申し訳なさが込み上げた。
そんなこと考えなくていいんだよ、と言ってしまいたくなった。自分はもう子供ではないし、心配されたくなくて『強く』なったのだ。
ノエルと一緒だもの、何も怖いことなんてない。
それに、これまでだって大丈夫だったのだ。一人でくぐり抜けて、今日まで生きてきた。だからラビは、心配する必要なんてないと言わんばかりの顔で、片手を振って「平気だよ」とだけ言葉短く答えて、その場を離れた。




