一章 総隊長からの提案と依頼
話を聞かせろよ、というノエルの声を聞いて、セドリックとユリシスとラビが見守る中、ルーファスは初任務となるかもしれないその『本題』について語り始めた。
「西に【ザイアース遺跡】と呼ばれている場所がある。昔から『砂の亡霊が守っている宝がある』と言われている古代遺跡の一つで、元は宗教的な跡地だったのだろうと推測されている」
とはいえ、そこまでしか情報はない。
ルーファスは、真剣味を帯びた声色でそう告げ、表情なく一同を見渡した。
「宗教的な繋がりがあるとされているザイアース遺跡では、砂の亡霊の話があるように、いつの間にか蛇科の害獣が大量発生し調査団が命からがら逃げ帰る事が続いた。そのため、調査はその途中の段階で終了してしまっている」
二十年前にも国家獣師を連れた調査団が入ったが、やはり踏み込んで早々に撤退したらしい。プロの獣師達は「あれは本物の亡霊に違いない」と手も足も出なかったと口にし、危険だと判断されて立ち入りが制限されている。
とはいえ、各専門部署に通達がされているだけで、法的な拘束力は何もない。監視員を立てている訳でもないので、森の入口の看板の表記を読んでの自己責任だ。
ラビは、ぱっと思い付いた事を質問してみた。
「つまり、オレ達は遺跡の正体というよりは、そこに『宝』があるか調べるって事?」
「その通りだよ、ラビ。今回の目的は、その遺跡にあるとされている『宝』の方だ」
相槌を打って、ルーファスは手元の資料を指先で叩いた。
「調べる価値は十分にある。そこが宗教的な遺跡でなく、不思議な術を使っていた古代の獣師にとって特別な場所だったとしたならば、その『宝』は黄金や財宝ではなく、不思議な力を持った遺物である可能性が高いからだ」
妖獣と呼ばれるモノが、当たり前にある暮らしがあった古き時代が存在していたとすれば、宗教的な跡地だと専門家が評価しただけに期待は出来る。
それを肯定するように、ノエルが『可能性は十分あるだろうな』と強く言った。
『俺はその遺跡とやらは知らないが、『砂の亡霊』がもし、一瞬前まで生物の気配がなかったにも関わらず突然大量発生する害獣だとしたら、術による仕掛けの可能性も高い』
「術とはなんです?」
これまで大人しく話を聞いていたユリシスが、声のする方向へ顔を向けて、一同を代表するように間髪入れず質問した。
「というより、姿が見えないと本当に不便ですね。どこが顔なのか分かりません」
『おい、手を伸ばしてくるんじゃねぇよぶっ殺――』
「ここが頭で、ここが耳だよ」
ラビは親友の頭を撫でて、ふわふわとした大きな耳の左右をそっとつまんで立てて見せた。姿が見えないというのに、存在を認めてくれているようなやりとりが、なんだかとても嬉しい。
思わずノエルが言葉を切り、室内はしばし沈黙に包まれた。
普段は起こっているか顰め面のラビに、正面から愛想の良さを向けられたユリシスが、じっくり観察するように僅かに顔を顰めた。隣からその光景を見ていたセドリックが、「なんって可愛――」と言い掛けて、素早く自分の口を手で塞ぐ。
ルーファスがにこにこと見つめる中、ノエルは、自分の姿がラビ以外には見えないと知りつつも、思わず前足で顔を隠した。
『……ラビ、頼むからこのタイミングでクソ可愛い事してくれるなよ……緊張感が丸ごと吹き飛ぶだろうが……そういう所もチビの時から何一つ変わってないとか逆にすげぇわ…………』
「え、今なんて言ったの? よく聞こえなかった」
『…………うん、なんでもねぇよ。お前、マジで俺の耳とか好きだよな』
両手で両方の耳をふにふにとされていたノエルは、もう彼女の好きにさせる事にして、諦めてそのまま説明を続けた。
『【月の石】同様に、昔は魔力を有した鉱物も多く存在していた。元々【使い手】となる人間は――面倒だから【妖獣師】で統一するか――は、それを使って術を起こし、動物だけでなく妖獣との共存にも一役買っていた』
「魔力を使って術を行使……つまりは『魔術』という表現が適しているのかな?」
ルーファスが、馴染みのない魔法のような不思議な力について、そう憶測を述べた。
ノエルは『その解釈で間違っちゃいねぇな』と言って、話の先を続けた。
『なにしろ、当時も魔術という呼ばれ方はあった。それを利用して装飾品や武器、道具を作り上げて【術具】として使っていた訳だ。そいつを利用する事で、魔力の供給源である妖獣師がいなかろうと、その術具の魔力の力が失せない限りは発動が続く物も誕生した」
魔術は魔力を持った【妖獣師】を介して行われるため、当人の魔力が底を尽きたり、死亡によって供給源が途絶えた場合は消えてしまう。だが、妖獣師時代の後半からは、術具自体にあらかじめ魔力源を組み込む事でそれを回避可能にもなった。
『術具が作られていた時代は、かなり大昔だ。今でも遺跡に怪奇現象のような効果を引き続き起こしているとなると、かなりまともな物である可能性も高い。砂の亡霊と呼ばれている害獣が幻影なのか投影なのか、殺傷性のある実体なのかによっても変わってくるが』
情報の少ない現時点では、術具の性能値や種類までは絞り込めない。
ルーファスは、そんなノエルの憶測を聞いて満足そうに「わざわざ遺跡関係の資料を調べた甲斐があったな」と頷いた。
「私としては、それが術具として価値ある物なのかという事には興味がない。君にとって使える物かどうか、が重要だ。見えて都合がいい場合と、姿を消している方が行動しやすい場合もあるだろう?」
『つまり俺の意思で【実体化】出来るかどうかが焦点なんだろ? んなことは話を聞かされた当初から察してるっての』
ラビの手が頭をふわふわと撫でてきて、ノエルはその手へと目を向けながら、ふと思い出して言葉を続けた。
『――言い忘れていたが、月明かりも微量の魔力を含む。妖獣は、満月くらいの強い月明かりの下であれば、自らの意思で実体化する事が出来る』
「ご開示頂き感謝するよ。また一つ、私は妖獣を理解する事が出来た」
ルーファスは、にっこりと微笑んだ。それから「話は以上だ」と締めの言葉を切り出すと、総隊長らしく表情を引き締めて、それぞれの顔をしっかり見据えてこう言った。
「それでは明日一番に開始する任務を言い渡す。第三騎士団の副隊長セドリック、補佐官のユリシスは、部隊班としてヴァン、サーバル、ジン、テトを同行させ、専属獣師ラビと共に【ザイアース遺跡】の調査を依頼する」
セドリックとユリシスがピシリと軍人立ちし、敬礼を取って承知した旨の言葉を唱えた。ラビも、ひとまず専属獣師として初仕事に挑もうと決意して、二人のポーズを真似て「了解」と答えた。
第三騎士団の本部は王都にあるので、ラビの活動拠点地も、本日からは王都となる。これから泊まる宿の手配も行わなければならない事もあり、話し合いが終わったので早々に執務室から退出する事となった。
セドリックが、今回の件で第三騎士団の隊長グリセン・ハイマーズの印が必要な分の書類を確認しながら受け取り、ユリシスがザイアース遺跡の資料を抱え持つ中、ラビは帽子を深々とかぶり直した。
彼らの話を聞いていると、明日一番の行動開始時刻については、追ってセドリック達の方で改めて予定を組んでから確定するらしい。
という事は、それまで自分は宿で待機になりそうだ。
「早朝になる可能性も十分にあるよね?」
『軍の朝一ってのは、大抵早いからな。そうなるんじゃね?』
「だとすると、宿の前で待つ方がいいんだろうけど……」
待っている間、金髪金目の自分を、通りる人々がじろじろと見ていくところを想像すると気が乗らない。
『心配すんなって。伯爵家の次男坊――あいつも名前で呼ぶべきか――セドリックが一緒に宿を手配するってんなら、部屋まで迎えに来ると思うぜ?』
そうであれば不安はなくなるけれど、どうなるのかは後でしっかり確認してみよう。ラビはそう思いながら、手短に話を終えた男達と共に、さてそろそろ行くかと揃って踵を返した。
「まだそこにいるかい、ノエル?」
ふと、ルーファスがそう言った。
室内を出ようとしていたラビは、開いた扉の外でセドリックとユリシスが待ってくれている前で、幼馴染のルーファスを振り返った。そばにいたノエルも、優雅な尻尾を揺らせて訝しげにセドリックの兄を見つめ返す。
『そりゃ、ラビがいるんだから俺もいるに決まってんだろ。俺はラビよりも前を歩くなんて、必要時以外はほとんどやらないからな』
「そうか、それを聞いてますます安心したよ。――君は、ラビと離れるつもりはないんだろう?」
『何故そんな事を聞く?』
ノエルが、訳が分からない人間だな、と赤い瞳を顰める。
すると、ルーファスはとても穏やかな様子で微笑んだ。セドリックとユリシスが小さく目を見張る視線の先で、彼がそこに腰かけたまま、ゆっくりと小さく頭を下げた。
「それを、私は心の底から感謝している。これまでも、ずっとありがとう。そして、もっと早めに感謝の言葉を告げられなかった事をお詫びする」
『………………』
返す言葉を探して口を開きかけ、ノエルは、何も言わずに閉じた。視線をゆっくり巡らせると、ルーファスに対して答えないまま踵を返した。
『頭を下げられるほどの事はしちゃいねぇよ。……いつも救われてんのは、ずっと俺の方なんだ』
誰にも聞こえない声で、ノエルはそう呟いた。




