一章 ホノワ村のラビィ(2)
金色の悪魔、と呼ばれる話しがある。
家畜や人を襲って血を啜り、多くの不幸を呼び込むという。似たような話しに、金色の色素を持った子共は悪魔が迎えにやってくるので、その一族は不幸になるだとか、災害が起こって多くの人間が死ぬ先触れというものがあって、嫌われていた。
ラビの両親であるオーディン夫妻は、共に鳶色の髪と目をしていたが、ラビは産まれた時からどちらも金色だった。
父と母は、ラビが産まれた年、隣町からホノワ村へ引っ越してきた薬師だ。金色の色素を持った子どもの両親として、一部の村人からは距離を置かれたが、薬師としての腕と人の良さを受け止めてくれる人もいた。
特に、ホノワ村の土地を所有し、そこの別荘に滞在していたヒューガノーズ伯爵と伯爵夫人は、若きオーディン夫妻を良き友人として接した。伯爵には二人の子どもがいたが、彼らも自分達の親を見習ってか、金髪金目のラビを毛嫌いしなかった。
オーディン夫妻が不慮の事故で亡くなってすぐ、生き残った九歳のラビの世話を買って出たのも、ヒューガノーズ伯爵だった。
伯爵と夫人は、怪我と発熱に苦しむラビを手厚く看病した。家事をした事があまりなかったラビは、世話になった二ヶ月の短い間で、最低限必要な生活力を身に付けた。
一人で生きてゆく覚悟で、長かった髪をばっさりと切った。
暇があれば七歳、二歳離れた息子達のもとへ顔を出して、一緒に剣術も学んだ。
外では金髪金目に対する差別は強かったが、彼女は弱音を吐かなかった。元々の負けず嫌いな性格も勝って、売られた喧嘩は全部買った。少年の格好や喋り方、乱暴な態度から男だと勘違いされる事が多くなり、説明するのも面倒になって、男性名のラビを名乗るようになった。
事故に遭ってから二ヶ月後、ラビは自分の家に戻った。
両親のように学を受けた訳ではないから、薬草師としての腕は弱かった。村人が危険を感じて踏み要らない森で薬草を採取出来る強みはあったが、両親のように複雑な調合は出来ない。
悩んでいたラビは、自分が動物と話せる能力が、獣師としての仕事に向いているのではないかと考えた。
人語を理解出来る動物は、他人には聞こえない声でラビに直接話しかけてくる。話せない動物も、どうやらラビの言葉は理解出来るようで、「こういう理由があるからこうして欲しい」と伝えると、素直に従って協力してくれた。
元々、森の動物が村にいかないよう働きかけていたラビは、獣師としても活動する事にしたのだ。
獣師が生活に浸透している国とは言え、ホノワ村では、定期的に獣師の仕事の依頼をくれるのは、いまだ別荘で暮らし続けているヒューガノーズ伯爵夫人ぐらいだろう。
夫人は、二人の息子が騎士となるため別荘を出て行ってしまってから、館の中で猫を飼い始めていた。療養のためホノワ村の別荘に腰を落ち着けていた彼女は、田舎の空気が気に入ったらしく、既に二十数年はこの地に留まっている。
夫の伯爵も、公務がなければ別荘に滞在したが、夫人には出来るだけ早く本邸に帰還して欲しいと考えており、あとは夫人が首を縦に振るのを待つばかりとなっていた。
※※※
隣町の医者であるゲンが、薬草を取りに来た後、ラビは、続いて獣師の仕事にとりかかるべく支度を整えた。
この日も、ヒューガノーズ伯爵夫人の家に訪問する予定があったのだ。
飼っている猫のビアンカが、ここ数日、元気がないのだと相談を受けていた。
ビアンカは、美しい白い毛並みをした大きなメス猫で、埃アレルギーを持った繊細な女性でもある。ラビが自分と話せる事を知っているので、伝えたい事がある場合に、わざと拗ねた行動をとる事もあった。
ビアンカは、ちょっとわがままな性格も持っている。数日元気がないという様子について、ラビは手を動かせながら、多分今回もその線だろうなぁと思った。
『メシが美味くねぇってあたりじゃね?』
「……いやいや、まさかそんな理由で呼ばないでしょ」
『お前、今ちょっとそうかもって思っただろ。俺、あのメス猫苦手なんだよな。お高くとまってるし、初対面で引っ掻かれた事は忘れねぇ』
不思議な事に、黒大狼のノエルは、人間には見えないが動物には見えるのだ。
当時はビアンカも仔猫だったので仕方ない、そうラビは言い聞かせているのだが、ノエルは「鼻先ってバカに痛ぇんだぞッ」と主張を譲らなかった。
訪問予定の時刻まで時間があったので、ラビは室内を一通り片付け、家の裏手に出て少し菜園の世話もした。道側から慌ただしい馬車の走行音が聞こえたが、興味はなかったので目は向けなかった。
午後の陽が傾き始めた頃、ラビはしっかりと戸締りをして家を出た。
ラビは、村まで続く長い道のりを、ノエルと歩いた。三十分もすると村が見え始め、ラビに気付いた数人の老若男女が、そそくさと顔をそむけていった。
村に入ってすぐ、道の端で腰を休めていた子ども達が、ふとラビに気付いて顔を向けた。
「悪魔のラビだ」
「うっさいなぁ」
見知った羊飼いの子ども達だったので、ラビは気持ちも込めずに軽く言い返した。
この七歳から十一歳までの四人の男の子達は、根からラビを恐れてはいなかった。友好的な子どもたちで、いつも挨拶代わりに声を掛け、暇なら遊ぼうと誘ってくるのだ。
彼らは歩くラビの周りに集まってくると、歩調を合わせて一緒に歩きながら、「なぁなぁ」と忙しなく話しかけた。
彼らにぶつかってしまわないよう、避けながら歩く事になったノエルが、『このクソガキ、邪魔ッ』と忌々しげに吐き捨てた。しかし、人間には聞こえないので、勿論子どもたちの騒々しさが止まる事はない。
「ラビ、三日振りだな。どうして取っ組み合いに来なかったんだよ?」
「お前らこそ、親の手伝いはどうしたの」
「きゅーけー中なのッ」
一番幼い男の子が、ラビの質問に対して、律儀に手を上げて主張する。
自営農家の子どもが多いので、彼らは物心ついた頃から、当然のように親の仕事を手伝っているしっかり者だ。ノエルは「なるほど」と一つ頷いた。
「なぁなぁ、また勝負しようぜ。というかさ、俺、川釣りしたいんだよな」
「お前の父ちゃんが駄目って言ってただろ」
ラビは目も向けず、腕にしがみついて来たその黒赤毛の少年の頭を押しやった。
「森には狼もいるし、熊もいるの。危ないから駄目」
「えぇ~、ラビがいるならいいじゃん。ラビが獣師やってから、村に狼も熊も近づいて来ないって、姉ちゃんがそう言ってたぜ」
「なぁなぁラビ、こいつの姉ちゃん、ラビにちょっと気があるんだよ」
「あのさ、お前の姉ちゃんって、まだ十二歳だよね……?」
別に女である事を隠している訳ではないのだが、勘違いされる事が圧倒的に多く、面倒だと訂正していないのはラビの方だ。しかし、そういう事は想定していなかっただけに、ラビは、どうしたものかと珍しく言葉に窮した。
そもそも黒赤毛の少年の姉は、同じ髪色をした癖毛の少女で、たびたび弟達を連れて一緒に荷車を押す姿を見た事がある程度である。
ラビが薬草師だけでなく、積極的に獣師として出歩いている事もあって、今村にいる子どもの半分は、金髪金目に対しての差別意識が薄れていた。
そこは確かに有り難いのだが、ラビの事を忌み嫌う少年少女や、大人達の中にも、ラビが女である事を知っている者は当然いる訳で、それにも関わらず、性別の情報だけが伝えられていないらしい事実には困惑を覚える。
その時、ラビの隣を歩けない事に苛立ったノエルが、『ちッ』と舌打ちして尻尾を大きく揺らせた。
彼の尻尾の先が、建物の前に置かれていたゴミ箱に当たって音を立てた。
近くにいた女性が、風が吹いた訳でもなく倒れたゴミを拾い集めながら、不吉なものを見る目でラビを見送った。
『くそッ、だから村の中は嫌いなんだよ。狭い場所に、ごちゃごちゃ人や物を置きやがって……!』
「ねぇラビ、今度川釣りしようぜ! 獣師なんだし、ついでに羊の散歩も手伝ってよ」
「おいこら、無償で雇われる義理はねぇぞ。オレは、これから仕事なの。だからとっとと散れ、チビッコ共」
ラビが「しっしっ」と追い払う仕草をすると、群がっていた子ども達が「仕事かぁ」と納得したように渋々手を離した。
仕事の邪魔をしないところが、素直で唯一可愛いところだとラビは思う。
すると、その様子を遠くから見ていた馬屋の少年が、普段つるんでいる友達とラビに向かって「お~い」と声を掛けた。年は十三歳で、手伝いの合間に木箱の上に座って休憩している少年であると、ラビも知っていた。
「ラビ、今から伯爵のところに行くのか? 場違いな馬車が通ってったから、今日は止めた方がいいんじゃね? 騎士団の紋章が入ってたよ」
「騎士団?」
ラビが足を止めて怪訝な顔を向けると、先程ラビの腕にしがみついていた少年が、はっとしたように顔を強張らせた。
「えッ、もしかしてラビ、連れてかれちゃうのか!?」
「金髪金目って処刑されちゃうのッ?」
「何かやらかしたのかよ、ラビッ」
「もしかして『忌み子』って処分されちまうのかッ?」
騎士団と聞いて、伯爵家の二人の息子まで考えがいきつかない子ども達が、勝手な想像を膨らませて青い顔で騒ぎ出した。
この目で確認していないので確証はないが、恐らく、幼馴染のどちらかが戻ってきたのかもしれない。根拠なく仕事を遅らせたくはないので、一度見に行って、それが本当であったなら訪問時間をずらそうと思う。
ラビは考えをまとめると、拳を握り固めて、容赦なく騒ぐ彼らの頭に拳骨を落とした。
「黙れ。『忌み子』ってだけで罪になるわけないじゃん。お前ら気にし過ぎ」
「だって、心配なんだもん。俺の親父、ラビが早くいなくなればいいのに何て言うんだぜ。ひどくね?」
黒赤毛の少年が、拳骨の衝撃で目尻に涙を浮かべながら唇を尖らせた。
ラビはむずがゆい気持ちになって、彼の頭を乱暴に撫でてやった。オレの事は気にすんなよと笑い掛けると、少年達は安心したように手を振って、離れていった。
『で、行くのか?』
「まぁね。この目で確認してからってところかな」
隣に立ったノエルに、ラビは目を向けないまま小声でそう答えた。
さて、とりあえず確認してくるか。
周囲にいる大人たちの目にうんざりしながら、ラビは、それとなくノエルの背中を叩いて歩き出した。ノエルがそれに応えるように、長く大きな尻尾を振って、ラビの華奢な背中を押した。