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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第二部 ~第三騎士団の専属獣師になりました……~
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一章 王宮に到着したラビ達(1)

 王宮警察部隊に先導されての王都入りとか、改めて考えてみても物騒である。


 警察部隊の装甲が頑丈な黒塗りの馬車は、その存在感が目立って人々の視線を集めた。そのうえ、まるで容疑者として連行されているような錯覚には、精神的に更に削られる感じも半端ないので、今後一切やめて頂きたい。


 ここは別世界かと思うほどの、視界に収まりきらない巨大な王宮入口前で馬車を降りたところで、ラビは強い疲労感を覚えた。騎士団の二台の馬車と共に、黒々とした警察部隊の馬車が並ぶ様子はやはり物々しい。


 下車する際に帽子はかぶっていたものの、そこから覗く金髪が、正午前の日差しを受けてキラキラと輝いていた。周りにいた衛兵や貴族達が、チラチラと目を向けてくるのも分かって、ラビは帽子を更に深く頭に押し込んだ。


「…………見せ物じゃねぇぞ」


 思わず、誰にも聞こえない声量で、本音を口の中に落とした。


 髪や瞳が金色というだけで、災いや病気をもらうなんて阿呆みたいな迷信だと思う。どうしてお伽噺に描かれる金髪金目は、みんな悪役ばかりなのだろう?


 非常に珍しい色素なのだというのは、両親から聞かされた事はあった。稀にしか生まれなくて、どんなに日差しを浴びても肌が白いというのも特徴だ。薬草師業の顧客である隣町の医者ゲンは、「何かしら色素に関わる病気の可能性もある」と、可能性を口にしていたけれど。


 その時、どっという音と風圧が頬を撫でて、ラビはそちらへと目を向けた。


 ようやく着いたかとばかりに、漆黒の美しい毛並みをぶるりと震わせた黒大狼が、緊張感もなく前足をぐっと伸ばしている。


『王宮ってのは、無駄にデカいな。人を避けて歩くっつう苦労はせずに済みそうだ』


 そう人語を話した黒大狼のノエルが、鋭利な牙を覗かせて欠伸をこぼした。勿論、その姿はラビ以外の人間の眼には映っておらず、声だって聞こえていない。


 ラビは、それを常々不思議に思っていた。何故なら、ノエルは物にも触れられるし、姿が見えていない人にも当たり前のようにぶつかったりするのだ。普通に食事もとれるし、人間以外の生物には彼の姿がハッキリ見えてもいた。


「おはよう、ノエル。お疲れ様」


 周りの人に怪しまれない程度に、ラビはこっそり話し掛けた。


 彼女と口調が似ているノエルが、むくりと頭を起こして『おぅ』と答え、ルビーのような赤い瞳を細めてニヤリとした。


『さすが上等の馬車だぜ。力加減を調整して爪を立てれば傷も入らないから、道中は楽だったな。――ラビ、痛いところはないか? 平気か?』

「オレは大丈夫だよ、ありがとう」

『人間は、しっかり眠らないと身体に悪いからな』


 ノエルがそう言って、励ますように大きな頭を背中に擦り付けてきた。やはり誰にも見えないとは思えないほど暖かくて、すぐにぎゅっと抱き締めてしまいたくなったラビは、人前であるという意識で踏みとどまり、その気持ちをぐっとこらえた。


 寂しいのだ、とても心細い。


 本音を言ってしまうと、ラビはここに立っていたくなかった。知らない人間から向けられる好奇と、まるで同じ生物じゃないような恐れを含んだ視線が、とても胸に痛い。


 どうして髪や目の色が違うだけで……と、そんな女々しい想いが脳裏を掠めてしまう。けれど、こんなんじゃ駄目だ。『俺』は強くなると決めたんだから。


 幼い頃に両親を失って、それでもノエルに励まされながらこうして生きてきた。泣かないと決めていたし、俯いてなんかやらない。そのために、強くなる努力を続けてきたのだ。今じゃ喧嘩も得意なもので、剣の腕もそれなりにあると自負している。


『大丈夫か、ラビ?』


 普段のぶっきらぼうな口調とは違い、穏やかな声でノエルが問い掛けてきた。無意識に強張って拳を作った腕に頭を寄せてきたかと思うと、長い毛並みをした優雅な尻尾で、背中を抱くように包みこむ。


 ラビはそこでようやく、自分が少しほど硬直していたと気付いて、身体の強張りを解いた。帽子のつばの下で彼と視線を合わせ、小さな声で「大丈夫だよ」とどうにか笑って答えてみせた。


 馬車から降りたセドリットとユリシスが、王宮警察部隊と共に、城の警備を担当している衛兵と話していた。そんな中、二台目の騎士団の馬車でお供し、上司達の分の荷物の仕分けの手配を終えた四人の部下達が、早々にこちらへと戻ってきた。


「よっ、長旅お疲れ、チビ獣師」


 ポケットに片手を突っ込んだジンが、呑気に手を上げて真っ先にそう言った。


 ジンは顎先に小さく髭を残すという、少し清潔感を欠くような下町風のファッションをしたチンピラ風の騎士だ。初対面の際、ラビは木刀で、彼の顎髭を狙ってぶっ飛ばした事があった。


 その隣にいる強面の大きな男は、若い年齢層が多い第三騎士団で、隊長と並んで最年長の三十代組であるヴァンだった。時間があれば煙草を口にしており、こちらも正統派の騎士のイメージはない。


 もう一人の大きな男は、彼の相棒であるサーバルだ。騎士として鍛えられた身体の威圧感を覚えないほど、優しげで謙虚さの窺える澄んだ薄緑の瞳をしている。彼のすぐそばには、第三騎士団で唯一の十代であり、食べ盛りで明るい性格をした華奢なテトの姿もあった。


 四人とも、以前あった氷狼の事件で、すっかり馴染みになったメンバーである。


 ラビは顰め面で「どうも」と応えた。


 彼らと過ごしたのは数日ほどなのだが、名前を呼び合うほどの仲でもないというのに、早々に失礼な発言をする連中だった。十七歳だと告白したら、一気に騒がれた事もある。しかも、堂々とチビという言葉を使って、平気で呼びかけてくるしまつである。


「そっちもお疲れ様。でも言っておくけど、お前らがデカ過ぎるだけであって、オレの身長はこれから伸びる予定なんだからなッ」


 思わずギロリと威圧すると、ジンが反射的に顎を押さえて一歩後退し、「お、おぅ」とぎこちなく答えた。成長期真っ最中のテトも、俺もこれから伸びるから一緒だな、という普段の軽口も返せず先輩騎士達と視線を交わす。



 彼ら四人は、以前氷狼の一件があったラオルテの町で、うっかりこの獣師が女性であると知ってしまった面々だった。だから、十七歳の女性の成長期が、男性と違って早くに終わってしまう事も知っている。



 今のところ、第三騎士団で『獣師ラビ』が女性であると知っているのは、副隊長のセドリック、隊長及び副隊長補佐官のユリシスと、彼ら四人の合計六人である。


 見えない黒大狼がどこかにいるだろう想像を働かせていたヴァンが、ラビがふんっと顔をそむけたタイミングで「おい、野郎共」とこっそり呼んだ。彼らは顔を寄せて、どうしたもんかという表情で見つめ合う。


「あのチビ、これ以上大きくなると思うか?」

「正直言って、俺も予想がつかないでいるんだよね……」

「サーバル先輩もそう思う? 俺もさ、幼馴染に小さい女の子がいるから、そのへんはちょっとどうかなって思うんだよなぁ」

「つか、あのチビが女だとか信じられねぇよ…………」


 小さい軍服のサイズがぴったりで、まるで十四、五歳くらいの子供みたいだとうっかり笑ってしまったら、またしても飛び蹴りが飛んできたのだ。しかも、顎一直線で狙ってきた。


 思わず痛みを思い出して涙目で本音を吐露するジンを見て、一同が憐れみの視線を送った。王宮の建物に入ったら煙草が吸えないので、今のうちにと一本を咥えたヴァンが、火を付けながらしみじみ頷く。


「俺も性別を忘れるな」


 つか、また今も、言われるまで頭から抜けてたわ。


 上司であるセドリックやユリシスからは、女性であると知った一件に関しては、口外しないようにと指示されていた。しばらくの間は、少年であると勘違いさせたままでいくらしい。


 ラビの本気で男の子にしか見えない外見や乱暴さと、威嚇するように強気で挑んでくる際の口の悪さは、もはや女という雰囲気が微塵にもない。誰かが暴露しない限りは、他の騎士達にもバレない気もしている。


「素直に話してる時は、ちらっと可愛くも見えるんだけどな」


 多分、そっちが素の性格のような気はする。年長者のヴァンは、個人的に思うところもあって、つい青い空を見上げて一人そう呟いた。


 金髪金目という立場で一人生きて来たらしいから、ずっとそばにいてくれた『他人には見えない人の言葉を話す黒大狼の親友』を見本に、強くなろうと気を張っている節もあるのでは――と、中年に片足を突っ込んだ身としては考えてしまう。


 可愛らしい、という言葉で片付けられない凶暴さは本物だが、氷狼の事件の際に、一人で突っ込んでいくような危うさがあるとも感じた。目を離すと勝手に飛び出して、へたをすれば大怪我をしかねない。それもあって、なんとなく小さな獣師を放っておけなくなっていた。


 金髪金目を見たのはラビが初めてで、迷信を信じた事はなかったものの、ついまじまじと見てしまった。純粋なテトが「すごく綺麗だよな」と瞳を輝かせて語っていたのには、ヴァンとしても賛同も出来た。


 珍しい毛色ではあるが、それが悪いとは思えない。


「昔話に結構書かれてるって事は、大昔は金髪の人種もチラホラいたんじゃね?」


 大陸繋がりの隣国にも、金髪や金目の人種がいないので、その辺はなんとも言えないが。もしかしたら、ずっと向こうの海を渡った先の大陸には、当たり前のように存在しているのではないだろうか?


 そう考えながら大きく煙を吐き出したヴァンは、不意にギクリと指先を強張らせた。距離がある位置から、ユリシスの背中を刺すぐらいに突き刺してくる強烈な無言の一睨みを覚えた。


 ヴァンは思案をやめ、何食わぬ顔でそっと煙草の火を消した。

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