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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第一部 ~男装獣師と妖獣ノエル~
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六章 ラビィの帰還(1)

 騒動が鎮静化を迎えてすぐ、騎士団により町の住民たちに、縄張り意識の強い氷狼の巣を荒らした人間がおり、逆鱗に触れた事が今回の騒動の原因だったと伝えられた。


 凶暴化した害獣を、騎士団と獣師、獣師が従える獣が協力して抑え込んだ事が知らされ、一人の死亡者も出さなかった奇跡的な働き振りを、町の住人たちは褒め称えた。


 警備棟の屋上と一階の損傷は大きかったが、奇跡的に全員が軽傷を負った程度で済んでいた。敷地内が荒れてしまった状況については、手を叩いて喜べないものがあったが、全員が包帯等を巻いた状態で、各自仕事を分担して処理作業にあたった。


 大量に【月の石】を使用した副作用で、ノエルの姿は実体化が続いていた。騎士団は、喋る黒大狼は害がなく、その存在感に早々に慣れ始めると、物珍しそうに見たり話しかけたりした。


 怪我をした氷狼達については、ラビが傷の手当てを行い、傷の浅い騎士達が荷馬車を出して氷山まで急ぎ送り届けた。ノエルは包帯を嫌がり、――締めつけられる感じが駄目らしい――結局は、氷狼と同じように傷薬だけを塗る事となった。



 全員軽傷ではあったものの、最後にラビを止めようとした際に受けた傷の方が目立つ者が多かった。



 セドリックとヴァンは腹に青痣ができ、ジンは、後頭部に大きな瘤が出来て包帯で巻かれた。今後はラビを怒らせない方向でやろう、と全員一致で話がまとまっていた。


「あいつ、とんでもねぇじゃじゃ馬だよな」

「あの状況でよく動けたよな。いちおう負傷直後じゃなかったっけ?」

「俺、また足蹴にされた……」

「俺なんて横っ面を一蹴りだよ。走りながらとか、マジで器用過ぎるだろ」

「木材とか容赦ねぇよな……」


 その日は、全員の働きと無事の乾杯もあって、早めに夕食の席につく事になった。


 よく食べてよく喋る中、ラビとノエルはその場を使って、改めて事件の全容を大まかに説明した。採掘された物の中に混じっていた特別な石が、氷狼を凶暴化させていた事、そこには妖獣が絡んでいた事が簡潔に伝えられた。


 ラビとノエルは、【月の石】や、明確な詳細については語らなかった。騎士団を代表して、グリセンとセドリックが報告会の進行役を務めたが、追及するような質問はせず、ユリシスを含む他の男達も、何でもないような顔で聞き手に回った。


 疲労もたまっていたので、その夜は早めの消灯となった。


 しかし、ラビとノエルが早々に寝室に戻った後、騎士団は再び広間に集まり、特別な石の存在や、ノエルのような見えない妖獣については、上にも報告しない事が話し合われた。


「言わねぇ方がいい。妖獣なんて未知の話だし、あいつが余計な事に巻き込まれるかもしれねぇだろ」


 年長組のヴァンが、最後にそう締めくくった。彼女は、黒大狼を大事な友達だと言い、庇い、泣いていた。ノエルという友達が、ただ普通の人間の目に見えないだけだと、ラビを見て誰もが気付いていた。


 全員の意思で、自分達だけの秘密に留め置く事を決めて、彼らは解散した。



 先に寝室に戻ったラビとノエルは、難しい事を考えないまま、狭いベッドで一緒に就寝し、話しもそこそこに深い眠りに落ちていた。


              ※※※


 朝一番、お互い目を覚ましたところで、ラビとノエルは悶絶した。


 一人と一匹は、騒動で受けた傷の痛みと、ひどい筋肉痛でしばらくベッドから降りられなかった。昨日までは何ともなかった身体が、一晩経って落ち着いた事で、急に痛み始めた事に文句を言い合った。


「なにこれ、全身ぎしぎしなんだけど……ッ」

『くそッ、無理やり中途半端に解放しちまったから……身体が痛ぇ』


 軋む身体で部屋を出て、どうにか一階の食堂に向かったラビは、この苦痛が自分達だけではないと知った。他の男達も同じく悩まされているようで、ぎこちない動きで、食事も比較的ゆっくりと食べ進められていた。


 ラビが入口近くの席に座ると、左隣にグリセンとユリシス、右隣にセドリック、向かい側にテトとヴァンとサーバルが、自分達の皿を持って来て当然のように腰かけた。


 ノエルはまだ【月の石】の効果が続いており、まだ誰の目にも映る状態だった。彼がラビの後ろにある通路の一部を陣取るように居座ると、待ってましたと言わんばかりに、一人の若い騎士が、ノエルの前に大量の焼き肉炒めが乗せられた皿を置いた。


 物珍しげな視線を集める中、ノエルが伏せて座ったまま、野菜一つ残さずペロリと平らげた。


『肉が足りねぇ。ウインナーの匂いがするが、俺にもくれよ』

「お前、ウインナー食べるのか?」


 ラビが反応するよりも早く、隣のテーブルで聞いていたジンが、自分のウインナーをノエルの皿に取り分けた。他の男達も後に続き、面白がって「俺のもやるよ」と食べ物を与え始めた。


 ノエルは、軋む身体を動かせるのが億劫だったのか、その様子を面白そうに眺め、肉も野菜も魚も、どんどん胃袋に収めていった。


 昨日の働きで、相当腹が減っていたようだ。ラビは、ノエルが体力を使うほどによく食べる事を思い出しながら、彼が多くの人に話し掛けられる、という見慣れない光景をしばし目に止めた。


「ラビ、ノエルは肉食ではないのですか?」

「どうだろ、生のお肉はあげた事ないけど……野菜もお菓子も食べるし、サンドイッチとかも好きだよ」


 セドリックとラビのやりとりを聞いていたユリシスが、「犬や狼は、雑食ではないはずなのですがね」と、焼き茄子もペロリと平らげたノエルを、実に怪訝そうに見やった。


 ノエルが耳を立てて、面倒そうにユリシスへ視線を向けた。


 ユリシスの隣に座っていたグリセンが、びくりと反応した。昨日、結果的には救われた事もあって、心強い味方として感謝と好奇心を持っていたのだが、荒々しい言葉使いと、大きな獣という見た目には無意識に反応してしまう。


『うるせぇなぁ、好きなもん食ってるだけだろうが。それの何が悪いんだよ』

「動物の身ですから、身体に良くないのではないかと思いまして。というより、あなたの話し方はラビにそっくりですね。とにかく品がありません」

『細けぇ事は気にすんな。つか、俺を犬とか狼と一緒にするんじゃねぇよ。食事はな、生も美味いが、調理されたのが一番美味いッ』


 漆黒の狼が、今朝一番の凛々しい顔で断言した。


 こんな大きな犬や狼がいてたまりますか、とユリシスが苦々しく呟くと、不特定多数の男達が「喋るのも問題では」とぼやきをこぼした。


 しばらく食を進めた後で、サーバルが思い出したように言った。


「そういえば、君が屋上から町の外に降りた時、なんか百面相してるなぁとは思っていたんだけど、その狼と喋っていたんだね」

「俺も妙なガキだなと思ったが、そいつと一緒だったんだな」

「私は正直、一人で何をしているのかと不審に思いました」


 あの時屋上にいたサーバル、ヴァン、ユリシスがそれぞれ口にした。


 過去の緊張を思い出し、グリセンが青い顔をして腹を押さえた。テトが胃腸の弱い上司を見つめて、「その肉食べないなら、もらっていいっすか?」と平気な顔でせびった。


 隊長の許可を得て肉を掠め取るテトの向かい側で、ユリシスがラビに言葉を続けた。


「君は、もう少し態度には気をつけるべきではないのですか? それとも、意外と根は素直なんですかね」

「お前、喧嘩売ってんの?」


 どの態度を指摘されているのか分からなかったが、嫌味であるとは理解して、ラビは拳を固めた。すると、グリセンが腹を抱えで「ぐぅ」と呻き、近くにいた男達がすかさず「暴力は良くない」と指摘した。


 その時、セドリックがラビを見つめ、目を優しげに細めた。


「ラビは根が素直なんですよね」

「は? なんでお前にそんな事言われなきゃならないんだよ」

『あ~、確かに。お前、ガキの頃から進歩ねぇもんな』

「進歩してるよ!」


 ラビは、満腹で寝そべったノエルを振り返ると、強く反論した。


「オレもう十七歳だし、結構身長も伸びたし。最近は一人でもどうにか眠れるし、食器とか家具とか壊す数も減ってるじゃん!」


 どうだ、とラビが勝ち誇った顔で宣言した。


 セドリックが、見ていられない様子で顔に手をやった。ラビが女性だと知っている面々も、ぎこちない顔で、彼女が十七歳の女にしては小さい事を考え込む。


 すると、外野も小さく騒ぎ始めた。


「十七歳ッ? あの落ち着きのなさで!?」

「つか成長期どころの話しじゃねぇだろッ!」

「最近まで一人で眠れなかったとか、マジかよ……ッ」

「人間以外にも被害が出るのか。いろいろと末恐ろしいガキだな!」


 ラビが思わず男達を睨みつけると、食堂は途端に静かになった。


 彼女が「くそッ、なんだよ皆して」と本気で悔しがると、ノエルが『落ち着けよ』と短い息を吐いた。


『俺は、お前のそんなところも好きだぞ』


 静まり返っていた食堂に、食事を喉に詰まらせる男達の咳が巻き起こった。ラビの左右では、セドリックとユリシスが激しく咽返っている。


「嬉しいような、嬉しくないような……うん。でも、ありがとう」

『まぁ、俺の尻尾でも触ってちょっと落ち着けよ』

「耳がいい」

『マジか。くすぐったいから苦手なんだが』


 ラビは椅子から降りると、ノエルの頭をわしゃわしゃと撫で、大きな耳を触って心を落ち着けた。しかし、動いている尻尾が気になってしまい、やはり最後は、彼のふわふわとした大きな尻尾を掴まえた。


 安心出来る触り心地に思わず抱きつきたくなるが、お互い怪我人なので、今回は止めておいた。怪我のない彼の尻尾を持ち上げて、ラビは、しばらく自分の腕の中で動こうとする尻尾に頬を当てていた。


『なんだ、やっぱり俺の優雅な尻尾に触りたかったんだろ』


 ノエルはニヤリとしたが、ラビの背後から様子を窺う一同の視線に気付くと『人間に見られるってのは、なんだか慣れねぇなぁ』とうんざりした顔で言った。


 ラビは尻尾から手を離すと、しゃがみこんだままノエルの頭を両手で引き寄せて、自分の額を押し付けた。


 面倒そうに人と話しをする彼が、なんだかいつもより寂しそうな顔をしていない事が、彼女は嬉しかった。それが一時的な事だとしても、いないように扱われるより断然いい。


「怪我が治ったら、またピクニックに行こうよ。朝一番にお弁当を作って、川で虹色の魚を探して、お昼寝して、星を数えながらどこまでも歩いて行くんだ」


 ノエルは、僅かに眩しそうに目を細めた。

 それから『ああ』と、吐息をこぼした。



『……お前が望むのなら、どこへでも』



 ラビがあまりにも嬉しそうに笑うから、ノエルも目を閉じて、小さく微笑み返した。

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