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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第一部 ~男装獣師と妖獣ノエル~
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四章 獣師な彼女と、親友(3)

 絶句した部下を前に、ユリシスは、昨日ラビに感じていた違和感の正体に「なるほど」と顔を歪めた。


 ユリシスは、ラビの男性にしては華奢な身体や、素直な表情をすると少女寄りの可愛らしさが窺える事には疑問を抱いていた。


 昨日、ラビの手に触れて、ほぼ確信はしていた。白い指先や柔らかい肌、袖から覗く手首は折れてしまいそうなほど細く、どう考えても少年のものとは思えなかった。しかし、セドリックからは女性とは聞いていなかったので、決めつけてしまう事が出来ないでいたのだ。


 ラビが旅に出たいという件について、ユリシスはセドリックから相談を受けて、テトに話しを聞き出す事を頼んだ。


 簡単に髪に触れた彼を見た時は、理由も分からず腹が立った。顔にかかる金色の髪を後ろへと梳かれた際、露わになったラビの横顔は思っていた以上に小さく、警戒のない顔が、何故か瞼に焼き付いて離れないでいる。


 僅かに私情が入り乱れたユリシスは、今は困惑している場合ではないだろうと自分に言い聞かせて、どうにか冷静さを取り繕った。


「……お言葉ですが副隊長、ラビは女性でいらっしゃる? 私が『彼』と口にした時も、訂正されませんでしたよね?」


 過去のやりとりを振り返り、ユリシスは慎重に言葉を選んでそう尋ねた。


 セドリックは、ラビについて一同にきちんと説明しておらず、勘違いを否定するタイミングを逃してしまっていた事実を思い出した。


 男所帯の騎士団なので、その方が都合がいいかもしれない、とちらりとでも考えていたのが仇になったようだ。そんな自分を認めつつも、セドリックは、納得のいかない顔で答えた。


「……ラビは女性です。というか、どこからどう見ても女性でしょう?」

「一体コレの、どこをどう見れば女性に見えるのかお教え頂きたいぐらいですよッ」


 ユリシスは、珍しく感情を抑えきれずに捲くし立てた。そうだ、あんなのが女に見えてたまるかと、ここ数日間の精神的疲労を思い出す。彼女を言いくるめた際は奇妙な満足感を覚えたが、他人に触らせたくないだなんて、気のせいに違いない。


 葛藤するユリシスの表情を見て、セドリックは、騙すような形になった事を怒っているのだろうと、憮然と考えてこう言った。


「多分、ラビも質問されれば当然のように『女だ』と答えたと思いますよ。彼女は、誤解を解くのが面倒で黙っているだけですから」

「普通の女性が、髪も短くして木刀を振り回し、色気もないうえに男の恰好を好んですると誰が思いますか! そういう事は始めにおっしゃって頂かないと困りますッ」


 ユリシスは肩で息をしながら、セドリックの困ったような顔を見つめていた。長い間黙りこんだ末、深い溜息をこぼした。


「……確かに、男性だけの騎士団に、女性獣師が混ざる事で風紀も乱れる恐れがありますし、彼らが十代の女性に、木刀戦で負けたとあっては言い訳もできません。幸い彼女は少年にしか見えませんし、公言したら、今度こそ隊長の胃に穴が空いてしまう可能性もあります」


 自分にも言い聞かせるように呟いて、ユリシスは、四人の部下を振り返った。


 ユリシスに鋭い眼差しで同意を求められ、彼らは途端に困惑した様子でたじろいだ。ユリシスは構わず、普段の無表情で部下達にこう宣言した。


「という訳ですので、今の副隊長の発言を忘れて頂くか、女性だと意識せず、これまで通り『ラビ』と接して下さい。副隊長と私が許可しない限り、口外しないように」

「意識せずって、難しいっすよ」


 テトはうろたえたが、ヴァンが「そうでもないんじゃね?」と考えるように言った。


「思い返してみたが、やっぱり男にしか見えねぇし、問題ないだろ。そうだろ、ジン? お前は女に負けるほど弱い男じゃねぇもんな?」

「とッ、当然だ! 俺は強過ぎる性悪少年に、偶然負かされたにすぎない!」

「……確かに昨日の屋上の件を考えると、あんな行動に出る女の子もいないよなぁ、とも思います」


 サーバルも、考え過ぎだったか、という表情を浮かべた。


 朝食の時間もあるので、四人の部下達は、上司に怒られる前にと、そそくさと部屋を出た。セドリックはそれを見届けると、心労絶えずといった様子で大きく肩を落とした。


 ベッドの脇に膝をつくと、セドリックは、少し苛立ったようにラビを揺すった。


「ラビ、起きて下さい。あなたには説教してやりたい事がたくさんあります」

「……う、あと五分……つか、え、説教?」


 二度目の覚醒で、ラビの脳はようやく動き始めた。彼女は眠気眼をこすりながら、ここが警備棟の一室である事を思い出す前に、無意識に横に手をやり、いつもならベッドにいるはずのノエルの温もりを探した。


 ラビは続いて背後も探ったのだが、温もりがない事に怪訝な顔をし、正面から覗きこむセドリックの頭に手を置いた。二、三回軽く叩いて感触を確かめてみるが、ノエルとは、ほど遠い触り心地に眉を顰める。



 まだ半ば寝惚けたラビが、現在の状況を把握するまでには、それから数十秒の時間を要した。



 ラビは首を持ち上げてようやく、ここが自分の家ではない事を思い出した。

 左右を探し、ベッドに自分一人である事に改めて気付くと「ん?」と疑問の声をもらす。


 上半身を起こしてベッドの上と下も探したが、見知った黒い身体は見付からなかった。深夜に一回目を覚ました時は、狭いベッドにノエルが潜り込んでいたはずだが、恐らく、ラビが起きないと知って散歩に行ったのかもしれない。


 勝手にいなくなられるのも面白くなくて、ラビはむっつりと黙りこんだ。


「……ラビ。まさかとは思いますが、誰かを探しているんですか」


 セドリックは、次こそ言葉を失いそうになった。ラビは九歳の頃から一人暮らしのはずであり、ペットも飼っていない事は、セドリックがよく知っていた。彼女の行動は、まるで普段から誰かと寝ているようだと、ユリシスでさえ気付いている。


 ラビは、その時になってようやく、セドリックの存在を認識した。身体を起こし、寝足りない気だるさに欠伸をかみしめながら腕を伸ばした。


「……なんだ、セドリックか」

「『なんだ』じゃありません、あなたに危機感はないんですかッ」


 ラビは、よく分からないセドリックの言い分を聞き流し、ベッドの上で悠長に背を伸ばした。


 その様子を見ていたユリシスが、面白くなさそうに片方の腰に手を添えた。


「残念そうな顔ですね。ずっと一緒だったという『親友』でも探していたのですか。まさか添い寝するほど仲がいいとは思いませんが」


 ユリシスは嫌味で言ったつもりだったが、ラビは、それの何が悪いのだというような顔をした。


「……? 男でもするだろ、添い寝」

「しませんよ!」


 ユリシスは即座に否定した。こいつは頭の中まで子どもなのか! と、その常識力を疑った。


 全力で否定されたラビは、ユリシスが口にした『親友』が、ノエルを指している事を遅れて察し、背筋が冷えてようやく完全に目が覚めた。


 そういえば昨日、テトに問われてノエルの話しをしたのだ。そばには、ユリシスもセドリックもいたから、恐らく彼らにも聞かれてしまっていた可能性が高い。


 ラビは、言い訳しようとしたが、うまく頭が回らず舌が乾いた。

 その間にも、セドリックが疑う眼差しで彼女の目を覗きこんでくる。


「ラビ、『ノエル』という男はなんですか。そんな男がいたとは聞いてませんよ」


 怒気を含んだ低い声でハッキリと尋ねられ、ラビは、どうしようかと必死に考えた。


「……えぇっと……だから、その、オ、オレの親友だよ」


 思わず答える視線が泳いだ。ラビは、セドリックが少ない村人の名前を全て把握していると知っていた。昨日の話しをどこまで聞かれていたかは定かではないが、あまり言葉多く答えない方がいいような気がして口をつぐんだ。


 セドリックが納得しない顔をするそばで、腕を組んで様子を見守っていたユリシスが、ラビに追い打ちを掛けるようにこう言った。


「なるほど。同じベッドで寝て、普段はあまり寝かせてくれないうえに、元気な男の親友ですか。このまま二人でどこかに行こうと誘っておきながら、下心のない親友なんていますかね」

「なんで朝っぱらからそういう事を言ってくんのかな、お前はッ。なんの嫌がらせだよ? 男同士なら問題ないじゃん!」


 ラビは強く主張した。ユリシスは、自分の事を男だと思っているようだし、男同士なら問題のない状況である事を伝えようとしたのだが、何故か、妙な顔をされてしまった。


「そ、それに、あれはオレが泣きやまなかったから、親が寝てる時こっそり抜け出して、気晴らしに付き合ってくれたというか……強くて優しい奴なんだよ、本当の兄貴みたいに面倒見がいいんだ」

「親が寝ている時こっそり――という事は、つまり九歳以前からの親友ですか」


 呟くセドリックから、ひやりと冷気が漂った。


 ラビは、なぜ二人の機嫌が朝から最高潮に悪いのか、不思議でならなかった。寝坊した事は悪かったと思うが、こっちは騎士団の人間ではないのだから、少しぐらい規律については多めに見てほしいし、放っておいてくれという気持ちもある。


 理不尽だ。

 ラビは、追いつめられた状況に混乱して泣きたくなったが、負けるもんかと、潤む瞳で二人を睨みつけた。


「お前らッ、朝っぱらからうるさい! 支度してオレは自分の仕事を進めるんだから、さっさと出てけ!」


 枕を思い切り投げつけると、二人の男は、彼女の肌蹴たシャツの襟元に気付いて、慌てて部屋を出て行ったのだった。

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