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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第一部 ~男装獣師と妖獣ノエル~
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三章 ラオルテの異変(4)

 資料の置かれている部屋は、部外者は立ち入り禁止の場所らしい。


 ユリシスに「下で待っていて下さい」と言われ、ラビは廊下で彼と別れて一階の広間へと向かった。


 昼食時間前の広間には誰もおらず、そこから開けた先の外側に、素振りをする上半身裸の騎士団メンバーがいた。ラビは入ってすぐの席に腰かけて、男達の素振りの様子をしばらく眺めた。


「……というか、なんで上半身裸?」


 上半身裸の男達は、一心不乱で素振りを続けながら、時々「筋肉は健康美!」「筋肉で逞しい身体!」「俺たちは強い!」と真剣な顔で叫んでいた。


 よくよく見れば、どれも昨夜、ラビが何十回と叩きのめした顔ぶれだった。

 先頭には、顎の先に髭のあるジンの姿まであった。


 多分、真面目に努力はしているのだろう。


 ラビは無理やり自分を納得させると、むさくるしい男達から視線を外して、机の上に顔を伏せた。久しぶりに過ごす一人きりの長い時間は、とても暇だった。


 しばらくすると、昼食の合図が聞こえてきたが、大量の朝食で胃がもたれていたので食堂へは向かわなかった。室内は風の通りがあって涼しく、目を閉じていると、次第に気だるい眠気に襲われた。


              ※※※


 陽気な声が聞こえたのは、それから少し経った頃だった。


 軽く肩を叩かれて、ラビはふっと顔を上げた。そこには騎士団の制服のジャケットを肩に掛けたテトがいて、「よっ」と声を掛けながら隣の席に腰かけて来た。


「午前の調査で、サーバルを泣かしたんだって?」

「何だそれ。泣かした覚えはないけど」

「そうなのか? ヴァンが食堂で喋りまくってたぜ。昼食、いらないのか?」

「朝っぱらから大量に食ったから、まだ入らない」


 テトが、テーブルに腕を置いてラビを見た。


 悪戯好きの瞳が輝いているような気がして、ラビが「なんだよ?」と若干引き気味に問い掛けると、彼は「うん」と肯いて口を開いた。


「副隊長に、剣術はほぼ独学だって聞いてびっくりした」


 どうやって腕を上げたんだ、と彼は憧れの眼差しで訊いてきた。


 ラビの場合は、騎士団に入隊する前のルーファスに、下手くそだとからかわれたのがきっかけで、負けず嫌いに火が付いて剣術の猛特訓を始めた。幼馴染の兄弟に勝負を挑んで技を盗みながら、ノエルの指導のもと、森で毎日剣を振るって腕を磨いたのだ。


 思い返せば、強くなれたのは、ずっと付き合ってくれたノエルのおかげだった。


 ラビは元々、彼と共に森を駆け回り動きを真似ていたから、俊敏で柔軟な身体に鍛えられていた。人間の戦い方をよく知っていたノエルが、ラビの体格や戦い方に合う剣術を選んで教えてくれたのだ。


 しかし、どう説明したものかと、ラビは悩んだ。


 セドリック達の別荘で剣を学んだ期間は短いので、彼らを言い訳に使うとボロが出るだろう。かといって、聞いた相手が納得するような、幼少の子どもが一人で特訓出来る方法も思い浮かばない。


「……セドリックに聞いたと思うけど、オレはあいつの家で少しだけ剣術を習って、え~っと、それから…………そう、友達! 仲のいい奴がいて、そいつと切磋琢磨したというか……」


 あれ? 別に答えたくないって言えば良かったような気がする……


 そう気付いた時には、馬鹿正直に口からこぼれた言い訳を聞いたテトが、既に好奇心溢れる瞳を輝かせていた。


「なるほど、友達か! 俺もさ、友達と一緒に剣の腕を磨いたんだ。あいつらが背中を押してくれたおかげで騎士にまでなれた。友達ってのは、ほんっと心強いよなぁ」

「うん、まぁ、そうだね……」


 相手は人間ではなく、狼の姿をした友達なのだが。


 正直に答える訳にもいかず、ラビは、ぎこちなく視線をそらした。


「なんだよ、もっと嬉しそうにしろよ。なんか理由でもあんのか?」

「いやいやいや、特にそういう事はッ。昔からずっと一緒だったし、いつもそばにいてくれてる兄みたいな奴というか……」


 口にすればするほど、墓穴を掘ってしまっているような気がする。


 ラビは視線を泳がせた後、ちらりとテトを横目に見た。

 話しの続きを期待するような彼の眼差しに、顔が引き攣りそうになった。


「……えっと、それぐらい、なんだけど?」

「どんな奴だった? もう会ってないのか? 村の人?」


 何故そこまで知りたがるんだ。


 ラビは困惑したが、ユリシスからの知らせを待っている間は、暇である事も確かだった。辺りに目をやるが、ラビ達の他に人の姿はなく、ノエルだっていない。


 話してくれるまでテトも諦めてくれない様子だったので、ラビは仕方なく、少しだけ語る事にした。ノエル本人に聞かれなければ恥ずかしくはないし、彼の事を、誰かに聞いて欲しいような気持ちもあった。


「そいつは、オレの髪の色とか気にしないで、一番に友達になってくれた奴で」


 ラビは、ノエルを思い浮かべ、語る言葉を探しながら話した。


「口は悪いけど、すごく優しくて……九歳で両親が死んじゃってからも、ずっとそばにいてくれた親友なんだ」


 ラビは話しながら、ふと過去の風景を鮮明に思い出した。


 確かあれば、五歳か六歳の頃、近所の子どもに石を投げられた日の夜の事だ。


 いつもの中傷なら「喧嘩は買ってやるぞッ」と平気だったが、その日は両親が悪く言われてショックを受けていた。悲しくて苦しくて、だけど家族に心配を掛けたくなくて、深夜に声を押し殺して泣いていると、ノエルが唐突に、外へ行こうと誘ったのだ。


 満月が、とても大きく見える夜だった。


 ノエルはラビを背中に乗せると、説明もないまま大空を駆けた。


 ラビは驚いて、大きなノエルの背にぎゅっと掴まった。村や大地が急速に遠くなって、月明かりをきらきらと弾く漆黒の毛並みの向こうに、遥か眼下の地上を恐る恐る眺めた時、ハッと息を呑んだ。


 月の光に照らし出された地上は、美しかった。

 星がとても近くで輝いていて、まるで夢のような光景に涙も止まっていた。



――『泣くなよ、ラビ。笑ってくれ。お前は、笑顔が一番似合ってる』


 

 ノエルは、あっという間に森を越え、隣町の上も通過した。悲しい事も苦しい事も忘れて、ラビは彼の背に跨って一緒に夜空の散歩を楽しんだ。


 

 このまま誰も知らない何処か遠くへ行こうか、と、彼が呟くように問い掛けた。



 幼いラビは、彼が気をきかせて慰めてくれているのだと分かって、お父さんとお母さんを置いていけないよ、と答えたのだ。

 

 今になって思い出してみると、実に豪快な慰め方だったなと気付いて、ラビは思わず小さく笑った。ノエルがどこまでも一緒にいると言ってくれたから、ラビは、両親を失った悲しみの中でも、毎日を強く生きる事が出来たのだ。


「突然笑って、どうした?」

「ふふっ、実はさ、すごく落ち込んでいた時に、二人で夜に家を抜け出した事があったんだ。『このまま誰も知らない何処か遠くへ行こうか』って、あいつがそう言ってたのを思い出したら、何だか可笑しくなって」


 ラビは、くすりと笑ったところで、こちらに伸ばされる手に気付いた。


 きょとんとして見上げてみると、テトが「綺麗な色だと思うけどな」と、中途半端な位置で手を止めて、不思議そうにラビの髪を眺めていた。


「というかさ。なんか、それって恋人みたいな友達だな」

「そうか?」

「うん。――髪、触ってもいい?」


 テトが、遅れて許可を求めてきた。自分の行動理由が分からないような顔で、困ったように小さく笑っていた。


「いいけど、別に普通の髪だよ。色が違うだけだし」

「そうさ。髪の色が、ちょっと変わっているだけなんだから、堂々としていればいいんだって」


 テーブルに片手を添えて、テトが少し腰を上げた。ラビの金色の髪を一房すくい上げて、意味もなく指で梳く。


 ラビは、髪に触りたいなんて言われたのは初めてで、その様子を静かに見守っていた。


 彼が更に身を屈めてきて、近くからラビの顔を覗きこみながら、耳の上の髪に指を絡めた。一瞬だけ、躊躇するようにその手が止まったが、今度は先程よりも深く指先を髪に埋めて、耳の後ろに流すように優しく梳いてきた。


 どこかで、誰かが息を呑むような声が聞こえたが、ラビは動けなかった。


 頭皮に微かに触れたテトの指先は熱くて、ずっと昔に亡くなった父と母が、よくこうして触れてくれていた懐かしさを思い出した。ああ、寂しいなと、漠然とそう感じた。


「……本当に金色なんだな……そういえばさ、さっき頼まれた事があるんだけど、ラビって夢とかある?」


 どこか物想いに耽る顔で、彼はすくい上げた髪に触れながら、近い距離からそう問い掛けてきた。


 ラビは、その様子を不思議に思ったが、テトの大きな手が耳を包み込む熱に懐かしさを覚え、「あるよ」と促されるまま囁いた。



「遠くを旅したい。父さんも母さんもいなくなった村を出て、オレを誰も知らないところへ、ノエルと――」



 静かな表情のまま、彼の指先がラビの頬に触れる直前、横から素早く伸びた手がそれを止めた。


 ラビは、驚いて我に返った。すぐそこにユリシスがいて、彼は二人の間に割って入るように手を突き出し、表情なくテトの腕を掴んでいた。


「――テト。聞き出すように頼んではいましたが、やり過ぎです。おかげで副隊長を抑えられなくなりました」


 直後、セドリックがユリシスを荒々しく退けた。


 彼はテトに詰め寄ると、「あなたは何でラビの髪に触ったんですかッ」と胸倉を掴み上げた。テトは、何故セドリックが怒っているのか分からず、その剣幕に慌てて「珍しくて」「つい」と説明した。


 ラビは、ただ髪を触られただけなのだが、と首を捻った。


 一体、この幼馴染は何を心配しているのだろうか?


 その時、外から戻って来たノエルが、『騒がしいなぁ』と鼻頭に皺を作った。彼はラビへと歩み寄ると、お帰り、と目で伝えてくる彼女に『おぅ』と答え、尻尾を大きく振った。


『だいたい絞り込めたぜ。今日は疲れちまったから、とりあえず明日動こう』


 明日動く、と聞いたラビの脳裏に、初めて訪れた町をノエルと歩く光景が思い浮かんだ。


 調査の一環だとしても、彼と二人ならとても楽しいに決まってる。


 目の前の騒ぎに対する疑問も忘れて、ラビは期待感のまま立ち上がった。今のうちにその予定を確保してしまいたくて、テトを掴み上げるセドリックのジャケットの裾を掴み、忙しなく引っ張った。


「セドッ、セドってば! ちょっと聞いて欲しい話しがあるんだけど」

「な、なんですか、ラビ……?」


 昔の愛称で呼ばれ、セドリックは目を丸くしてそう訊き返した。目の前で揺れる金色の髪に先程の光景を思い出し、悔しくなって僅かに目を細める。


 ラビはそれに気付かず、彼の袖を上下に揺らしながらこう言った。


「明日は、一人で町を見て来てもいい? 少し調べたい事もあるし、村の外の町って初めてなんだもん。獣師としての調査だから、遊びとかじゃないよ。一人の方が気も楽だし、いいよね?」


 セドリックは、彼女の一人称が『オレ』でなかった時代を彷彿とさせる素直な口調と、期待に輝く大きな瞳を見て、ダメとは言えない空気に言葉を詰まらせた。


 彼の沈黙を肯定と受け取ったラビは、続いてユリシスへと好奇心の強い瞳を向けて、「ん」と右手を差し出した。


「被害者が足を運んだ場所とか、記録は残ってた?」

「――え。ああ、はい」


 ユリシスは、数秒遅れでメモ用紙を取り出した。実際の調査資料を見せる訳にはいかないので、要点だけ書き写したものだと説明すると、彼は神妙な顔でそれを手渡した。


 ラビはメモ用紙をポケットにしまいながら、ノエルにそれとなく目配せした。今日大きく動かないのであれば、ちょっと寄り道したい事があったのだ。


 すぐに内容を察したノエルが、『いいんじゃねぇの』と言った。


『せっかくの機会だ、見せてもらおうぜ。俺もゆっくりしたいし』


 改めて男達へ視線を戻したラビは、彼らが僅かに身構える様子にも気付かず、「地図とかってどこに置かれているんだ?」と尋ねたのだった。

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