表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第一部 ~男装獣師と妖獣ノエル~
12/66

二章 ラオルテと第三騎士団(3)下

 食堂から、ラビ達以外の人間がいなくなり、あっという間に静かになった。


 ユリシスが小さく息を吐き、自分とセドリックの分の珈琲を淹れた。セドリックはラビを気にして「飲みますか」と訊いたが、彼女は片手を振って要らない事を伝えた。


 人がほとんどいなくなったタイミングで、ノエルが食堂にやって来た。


『一昨日に氷狼の襲撃があったって、外の猫が噂してたぜ』


 彼はそう報告しながら、ラビの近くにきて座りこんだ。慣れない土地だというのに、緊張感もなく大きな欠伸をかみしめ、落ち着いた面持ちで優雅に尻尾を揺らせる。


 その時、キッチンの奥から出てきた中年女性が、そのままノエルの方へ向って歩いて来た。


 彼の尻尾が踏まれてしまうのではないかと感じて、ラビはギョッとした。しかし、ノエルは女に目も向けないまま、器用に尻尾を上げて回避してしまう。


 女性の足は、先程までノエルの尻尾があった場所を踏みつけ、擦れ違いざまセドリックとユリシスに「また昼間に」とにこやかに挨拶をして去って行った。二人は女性の挨拶に応えたあと、ラビを挟んで会話を始めたのだが、ラビは左右を飛び交う話しの内容が耳に入らなかった。


 ラビの視線を受けとめたノエルが、途端にニヤリとした。


『なんだ、俺の尻尾が踏まれると思ったのか? だから言ったろ、普通の人間には見えないんだから、そいつらにとって俺達はいないのと同然なんだよ』


 でもオレは見えているし、だから心配してしまうんだよ。


 そう言い返したかったが、ラビは、セドリックとユリシスの存在もあったので黙っていた。


 すると、ノエルが小馬鹿にしたように顔を上げて、得意げに目を細めた。ラビの中でドキドキは苛立ちに変わり、今すぐその偉そうな顔に両手を押し付けて、揉みくちゃにしてやりたくなった。



「ラビ、何を見ているんです?」



 前触れもなく、眼前にセドリックの顔が現れて、ラビは驚いて目を丸くした。ノエルの姿が、彼の向こうに隠れて見えなくなる。


 こちらを見つめるセドリックは、どこか少し拗ねたような、面白くなさそうな顔をしていた。


「僕が隣にいるのに、無視しているんですか?」

「……オレ、何か話しを振られたの?」


 ラビが困惑しつつ尋ね返すと、隣にいたユリシスが、「別に話しは振っていませんが」と珈琲カップを持ち上げた。


 というより、まずはこの並びがおかしいのでは、とラビは腹の中で呟いた。


 ユリシスとセドリックは、間にラビを挟んで座っている。互いに話したいのであれば、隣同士か、向かい側に座ればいいのにと、この席に案内されてからずっと怪訝には思っていた。


 ラビは、ひとまず水を飲んで落ち着く事にした。その間もずっと、何故か横顔にセドリックの視線を感じた。


 用もなく見られ続けるというのも、なんだか居心地が悪い。

 何かしら、こちらから話しが返ってくるのを待っているのだろうかと考えて、ラビは、横目でそれとなく訊いてみた。


「――そういえば、ルーファスは元気?」

「兄さんなら元気ですよ。今は仕事で忙しくされていますが」


 話しかけただけなのに、セドリックが目を和らげて嬉しそうに微笑んだ。


 セドリックの兄、ルーファス・ヒューガノーズは、十八歳という若さで王宮騎士団をまとめる重役に就き、二十四歳になった今も華々しく活躍し続ける優秀な男だった。


 ラビは四年ほど顔を見る機会がなかったが、ルーファスについては、伯爵や伯爵夫人からたびたび話しを聞かされていた。伯爵の話しによると「ウチの長男は、出来過ぎる美形で立ち周りも上手い。恐ろしいぐらい男女共にモテにモテて大変」なのだそうだ。


「……そういえばさ、伯爵がルーファスのこと、陛下にも気に入られる美しさだとか自慢してたぜ。大丈夫か、お前の親父」

「えッ、いつ話したんですか?」

「うーん、三ヵ月前あたりかな」


 ラビは、記憶を辿りながら答えた。


 ヒューガノーズ伯爵は、甘党とは思えないほどに若作りでハンサムな男なのだが、自分好みの顔をしている長男を溺愛している変わり者なのである。ラビの金髪についても「眺めていて飽きない」と言い、幼い頃のように伸ばしてくれる事を期待していた。


 すると、ユリシスが「なるほど」と理解に至ったような顔で相槌を打った。


「一時期引き取られていた事もあって、今も伯爵家とは交友があるわけですか。ルーファス様とは、最近もお会いしたのですか?」

「ううん、最後に会ったのは四年ぐらい前だし、ルーファスも覚えてないんじゃないかな」


 ラビがそれとなく述べると、セドリックが「そんな事はないですよ」と笑った。


「兄さんの口からは、今でもラビの話しが出ますし、末っ子みたいに考えているところもありますから、寂しがっていると思います」

「末っ子ッ? それってセドリックより下って事じゃん! ヤだ!」

「ヤだって、そんなこと言わないで下さいよ。だって、ラビが最年少じゃないですか……」


 困り果てるセドリックを見て、ノエルが『お前がしゃきっとしてねぇからだろ』とニヤニヤした。

 ラビは心の中で、そういうところは確かに末っ子っぽいよな、と答えた。


「兄さんは、特に家族想いですからね。いずれ本邸に母上も来て頂きたいと考えて、仕事の合間を縫って色々とアプローチをしているようですが、……無理やりつれてくるわけにもいきませんし」


 セドリックが「ふぅ」と悩ましげな息を吐いた。


 伯爵夫人だって、本当はその気持ちがあると、ラビは知っていた。せっかくの家族が擦れ違うのを見るのは嫌だと感じて、つい幼馴染兄弟に少しだけ教えたくなった。


「きっと大丈夫だって。ちょっと無理に言い聞かせてでも、本邸に戻した方がいいとオレは思うけど。だってさ、伯爵も最近はあまり帰ってこられないから、すごく寂しがってた。王都に行きたいけど、別の事に気がかりがあるみたいで、理由はビアンカにも話――」


 話してくれてないんだよな、と続けようとして、ラビは慌てて口をつぐんだ。


 ビアンカは、可愛がってくれている伯爵夫人を大事にしていた。ラビが別荘を訪問する際に、どうしたら彼女の溜息の数が減るのか相談してくる事も多かった。


 しかし、猫から話を聞いているんです、と正直に説明出来るはずもない。


 セドリックが「え、それ本当ですか?」とこちらを覗きこんで来たので、ラビは追及を避けるべく「なんでもないッ」と立ち上がった。すると、彼が慌てて腕を掴んできた。


「ラビ、待って下さい」

「待たない、調査してくる」

「えっと……分かりました。その、母上の事を気にしていてくれて、ありがとうございます」


 どうしてか、彼は自分の事のようにはにかむんだので、ラビは思わずジロリと睨みつけてしまった。


「オレじゃなくて、ビアンカに言ってやれよ。夫人が寂しがらないように、いつもそばにいてくれているんだから」


 伯爵夫人は、以前は身体が弱かったために療養していたようだが、今では体調に問題はない。


 彼女をホノワ村に引きとめている本当の理由は分からないが、ラビとしては、夫や息子達を想ってスコーンを焼き、好きよと伝えるように優しく抱きしめてくれる彼女は、家族と一緒に、穏やかに暮らす姿が一番合っていると思えた。

 

 ビアンカも、ラビも、血の繋がった家族がいないからこそ、それを強く確信しているのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ