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森の道

 翌日、すっかり元気になったキキと一緒に森に入った。

 名前は黒い森なんて、仰々しい名前がつけられている。

 樹の影で夜のように暗い森の深いところへ入っていったら、危険な魔物や悪魔に目をつけられると噂され、何人も行方不明者が出ているとか。


 とはいえ、どうやらこの森に住む魔物は光に弱いらしく、ちゃんと切り拓かれた林道を歩けば、道にも迷わないし、魔物もそうそう出くわさないので、意外と安全な場所だったりする。

 そんな風に森の説明をしている最中も、キキは小気味良く相鎚を打ってくれた。


「まぁ、そんな感じの森道なんだけど、たまに道の上に魔物が住み着くこともあるから、冒険者に森道にいる魔物を倒すよう依頼が結構出ているんだよ」

「ラインさんもその依頼をこなしたことあるの?」

「あぁ、あれはまだ始祖王を倒す前だったかな。樹と樹の間を飛び移るフライリザードって魔物が相手だった。って、魔物と戦った話なんてあんまり面白い話しじゃないか」

「ううん、その話もっと聞きたい」


 目を輝かせてそう言われたら、嫌だなんて言えなかった。

 そう、あれは確か――森の至る所でキィキィと甲高い鳴き声が聞こえたんだったな。


「キィキィ鳴く緑色の大きなトカゲみたいな奴でさ。腕に魚のヒレみたいなのがついているんだ」

「ヒレ? 翼じゃなくて?」

「うん、鉄みたいに硬いヒレでさ。滑空する時は翼代わりになるし、獲物を攻撃する時は刃になるんだよ」

「なんだか怖そう……。でも、そんな危ない怖い魔物を吸血鬼の力がなくても倒せるなんてラインさんはすごいね」

「結構ギリギリだったけどな。群れで動くから数が多くて――キキ、側を離れるな」

「え?」


 キィ! キィ!

 鳥のものとは違う甲高い金属をひっかいたような鳴き声がした。

 その音が聞こえて、俺はキキを左腕に抱きかかえ、右手で剣を抜く。


「噂をすればって奴だな。この音がフライリザードの鳴き声だ。この声で仲間を呼んで群れで狩りに来る」

「……キキが話をお願いしたせい?」

「んな訳あるか。随分殺気だっている様子からして、冒険者が討ち漏らした残りだろう」


 群れで行動するフライリザードは仲間を殺されると、そこに潜んで復讐を企む習性を持っている。

 だから、狩るときはちゃんと群れを全滅させないといけないんけど、どうやらそれを知らないアホな冒険者か、返り討ちにあって逃げた冒険者がいたんだろう。

 フライリザードの群れは大体二十匹くらいいる。

 少しでも減らしてくれていたら楽が出きるんだけど、さぁて、敵の数は?


「十、いや、近づいてくるのもあわせて二十匹。群れを丸々一個分残してるな」

「ラインさん……キキがいたら邪魔になるから後ろで隠れた方がいいかな?」


 キキが腕の中で震えながらも、そんなことを言う。

 怖いのに足手まといになる自分が嫌なのか、目はすごく真剣だった。

 おかげで絶対に手を離せなくなったよ。


「ダメだ。離れたら狙い撃ちにされる」

「でも、これじゃあラインさんが戦い難いんじゃ……」

「大丈夫。言っただろう? キキはちゃんと守るってさ。だから、ちゃんと俺にしがみついて絶対に離れるなよ」

「うんっ!」


 キキの震えが消えた代わりに、しっかりとキキが俺の身体にしがみついてくる。

 よし、これで巻き込むこともない。


「キイイイイ!」


 今までより一層高く強い鳴き声が森を震わせた――その瞬間だった。

 樹の上から深緑の影が襲いかかってくる。

 その正体は、やはり緑色の巨大なトカゲだ。

 大きさは大人の男と同じくらい。腕についたヒレが広がればかなり大きく見える。

 そして、固さも鋭さも刃の様な巨大なヒレを振る様子は、逆手に持った剣を振っているのと良く似ている。


 そんなヒレの刃を剣で横から弾く。

 ガキンと鉄がぶつかるような音がして、腕に重い衝撃がはしった。


 けれど、俺が打ち勝ったみたいでフライリザードは樹にぶつかっている。

 これを追撃すれば、確実に一匹倒せる訳だけど――倒さない。


「ラインさん! 上にすごいたくさんいるよ!」

「あぁ、一匹目は囮だ。こいつらは群れで狩りをするからな。今度は一気に来るぞ」


 二十匹のトカゲの群れがあちこちから一斉に降り注いでくる。

 その刃の雨を俺はキキを抱きかかえたまま避け、弾き飛ばし、全てのトカゲを地面に降ろした。

 とはいえ、囲まれていることには違いない。

 けど、地面に降りていれば、あの技が届く。


「キキ、後で血を吸わせて欲しい。後、ちょっと怖い光景になるから、出来れば目を瞑って欲しい」

「大丈夫だよ。ちゃんとラインさんの活躍見たいから、ちゃんと見る」

「分かった。それじゃ、絶対に離れるなよ」


 俺は自分の指を剣に這わせ、わざと血を流した。

 剣に血が滴り、地面にぽちゃんと血の雫が落ちる。

 そこへ俺は剣を突き立てて――。


「鮮血のリコリス


 剣を突き立てた場所を中心に血が蜘蛛の巣のように広がり、フライリザードを捉えた瞬間に血の結晶で出来た無数の槍が、全てのフライリザードの身体を貫く。


「す、すごい。たくさんいたのに一瞬で倒しちゃった」


 キキが腕の中で驚いて周りをキョロキョロと忙しそうに見回している。

 その全てのフライリザードは槍で串刺しとなって持ち上がり、血を吸われて萎れ始めていた。

 そして、フライリザードから水分が抜け、カラカラに乾いた干物のような惨めな姿を晒す。


「それにラインさんの手の傷もいつのまにか治ってる?」


 キキの言う通り、その頃には俺の指についていた傷は、フライリザードから奪った血のおかげでスッカリ消えていた。

 吸血鬼の不死性はその再生能力の高さにあるけれど、血を吸うことでその再生能力はさらに上昇する。

 それこそ、瀕死の重傷を負おうとも、血さえ吸えば完全に回復出来るくらいにだ。

 だから剣でつけた切り傷くらい、傷にもならない。


「ラインさん、今のはどんな魔法なの!? 見たことないし、聞いた事ないよ?」

「血を地面に網目状に流し込んで、蜘蛛の巣みたいなのを作るんだ。その上に魔物が乗っていると、吸血鬼の血が獲物の血を求めて武器に変わって貫いたんだ。あえていうなら、血魔法とでも言うのかなぁ? 吸血鬼特有の力だな」


 始祖王を始めとする吸血鬼だけが持つ魔法で、血を自由自在に変化させて操ることが出来る。人間はもちろん他の魔物にだって使えない特殊な力だ。

 なら、なんで元人間の俺は使えるのか、というと始祖王の血を浴びて吸血鬼化したからだ。

 始祖王の血は他のどの吸血鬼よりも再生能力がずば抜けて高く、非常に硬度の高い血の結晶を生むことが出来る。

 始祖王が最強の魔王と言われる由縁だ。

 俺はそんな力を手に入れてから瀕死になったことすらないし、最強というのも納得出来る能力だ。


「こんなに凄い魔法なのに、なんでこの前のフルフルには使わなかったの?」


 キキが当然の疑問を尋ねてきた。

 やろうと思えば、今の技よりも強い技はいくらでもある。

 ただ、強すぎるせいで、逆に使いづらいんだよなぁ。


「ほら、この技は魔物が原形を残さないだろう? こんな感じに干物になると、素材の価値がガクッと下がるんだよ」


 血を剣に纏わせて攻撃するくらいなら、中身を吸うだけで済むから皮も骨もちゃんと残るんだけど、自分の手から離れて血を射出すると押さえが効かなくて、皮はつまんだだけで細切れになるほど傷が入るし、骨も髄まで砕いて喰らわれる。

 だから、素材を採取して路銀に変えないといけない時は、大技は使いにくいんだ。


「それじゃあ、なんで今日は強い魔法を使ったの?」


 さすがにキキを抱えながら、手加減して戦うとキキが危ないし、キキにあまり血なまぐさいところを長い時間見せたくない。だから一撃で仕留めたかった。

 なんて言うのと、キキが気にしそうだな。


「今は路銀に困っていないし、素材は諦めて良かったからな」

「えへへ、ラインさんありがとう」

「え? 何で?」


 キキが腕の中でくるりと向きを変えて、俺にしがみつくように抱きついてきた。

 って、何でお礼を言われたんだ?

 魔物から守ったことか?


「キキが足でまといじゃ無いって、気を遣ってくれたよね。やっぱりラインさんは優しいね」

「……えーっと、そんなに分かりやすかったか?」


 足でまといだって気にしないよう、あぁ言ったけど、なんでばれたんだ?


「やっぱりそうだったんだ。えへへ、ラインさんは優しいね」

「あ、カマかけたのか!?」


 しまった。完全にやられたよ。

 子供だと思っていたけど、なかなかどうして言葉巧みな子だ。夢魔の本能恐るべしだな。


「お礼に血を吸わせてあげるね。ほら、座って」


 キキがそう言って俺に体重を預けてくる。

 その重みに任せて腰を下ろすと、キキはその白い指を俺の頬に這わせて――。


「どこでもいいよ?」


 俺の耳元で受け入れる言葉を囁いた。

 キキの吐息が耳の奥をくすぐるのと、サワサワとなでる指があわさって頭が痺れそうだった。


「指……がいいかな」


 俺は少しでも頭の痺れを取ろうと、キキの指を頬から離すために指を指定した。

 昨日の夜に恥ずかしいと言われたから断れるかもしれないと思いつつ、頼んでみる。

 すると、キキは耳元で先ほどと同じように囁いてきた。


「うん、いいよ。キキをめしあがれ」

「へっ、うわっ……」


 そして、キキは人差し指を俺の唇を一周優しくなでるもんだから、ゾクゾクっとして変な声が出た。

 そんな俺の反応を見て、キキがクスクスと嬉しそうに笑うと、唇を撫でていた指を俺の歯に引っかけた。

 その瞬間、じゅわっと口の中にキキの甘い香りが広がり、その甘露をすくいとろうと舌が勝手にキキの指を舐め取る。


「あんっ、ラインくすぐったい」


 歯を立てなかったおかげで痛みは無いらしく、キキは俺の腕の中でフルフルと小刻みに震えた。

 痛みを与えていないことにホッとしつつ、小さな傷口から滲む血を舐めるだけではものたりなさを感じて、もっとキキが欲しくなってしまう。

 多分今の俺は、餌を前に焦らされている犬みたいな顔をしているだろう。

 だから――抑え切れなくなったら――。


「ライン、赤ちゃんみたい。かわいい」


 キキの手を両手で掴んだ俺は、乳首に口をつけて乳を吸う赤子のように、キキのコリコリとした指をしゃぶっていた。

 優しく吸い、時には舐め、キキの指先を口の中で転がす。

 少し恥ずかしいけど、これは呪いを解くための吸血なのだから仕方無い。

 それに指が良いと言ったのは俺だ。


「えへへ、いっぱい飲んで元気になあれ」


 キキがそんなことを言いながら、空いた方の手で俺の頭をなでてくる。

 完全に赤ん坊扱いされているけど、吸血中だから止めろと言えない。仕方無いね。

 決してこうされるのも新鮮で良いかもなんて思っていないぞ?

 何か色々なこと忘れて、このままこうしていたいなんて思ってないからな。


「いい子いい子。ラインは優しい子だよ」


 あれ? 何か段々眠くなってきた……母さん? いや、キキ? あれ?

 一瞬既にいない母さんの顔が浮かんだ――その瞬間だった。

 キキの指から甘い香りが消えた。

 あ、そうか。俺の吸血鬼化が解けたんだ。

 でも、もう少しだけキキの指を咥えていたくて、そのまま口を離さないでいた。


「いいよ」


 まるでさっきのカマかけと同じように、キキが俺の心を見透かしたような事をいう。

 それが年上として何だか負けた気がしたので、最後に甘噛みをしてから口を離した。


「んっ――。えへへ」


 その甘噛み後を見てキキはくすぐったそうにまた笑う。

 ちょっとした負けず嫌いでつけた痕なのに、なんでこんなにも嬉しそうなんだろう?

 何か申し訳なくなってくるな。


「悪い。指に痕をつけちゃったな」

「ううん、全然っ! 何かラインがくれた指輪みたいで嬉しいなって」


 なんだって? その発想はなかった。

 でも、そうか。この子はこういう子だったっけ。


「街についたら本物の指輪を買うか」

「いいのっ!? 本当にいいのっ!?」

「あ、あぁ」


 あまりの食いつきに若干身じろぎしたよ。


「ありがとうラインさん! やったー!」


 でも、指輪だけで年相応にはしゃぐキキを見たら、罪悪感はいつのまにか消えていた。


「それじゃあ、急ぐか」

「うん! 行こうラインさん」


 ウキウキ気分で跳ねるように歩くキキに引っ張られながら、俺は森を抜けた。

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