野営にて
旅をしていると、どうしても野宿しないといけない時がくる。
普通はそうならないように行程を組むのだけれど、思ったようにいかないのが旅だ。
しかも、キキは夢魔のハーフでも体力の少ない女の子だ。もともと引きこもっていたのもあって、魔物の血を引いていても普通の人より早めに疲れてしまう。
だから、何度も休憩を挟んで歩いていたら、思ったより進まなかったんだ。途中で魔物に襲われることもあるしね。
そういう訳で、魔物が活性化する夜間に、森へ入るのは危ないし、街道沿いにある川の畔で野宿をすることになった。
簡易的なテントで雨避けを作り、薪をたいて火を起こし、夜ご飯となる肉を串に刺して焼く。
野宿の経験なんて無いであろうキキは俺の準備を興味深そうに見守っていたのだけれど――。
「ラインさん……あの……」
「キキ、冒険をすればどうしても野宿することがある」
「うん……でも……これ……」
「食糧も現地調達することもあるだろう」
「……うん、でもこのお肉って……」
焚き火で焼かれてジュージュー音を立てている肉にキキが視線を向けている。
「さっき倒したカエルの肉だよね……?」
川岸にテントを張ろうとしたら、人の大きさくらいある巨大なカエルの魔物、ジャイアントトードがいたんだ。
邪魔だったので、さくっと倒して、今こうやって肉として焼いている。
そうだった。キキは初めての野宿なんだよな。俺の気配りが足りなかった。
いきなりこんな物を見せられたら、心の準備も出来ないか。
「野営の基本! はい、復唱!」
「や、野営の基本!」
「ゲテモノでも肉は肉! はい、復唱!」
「は、はい! ゲテモノでも肉は肉!」
「雑草は食えたら野菜! はい、復唱!」
「雑草は食えたら野菜!」
「味は無視! お腹に入れば立派な食糧!」
「味は無視! お腹に入れば立派な食糧!」
そう宣言して、俺はキキに焼けた肉を渡し、一緒にかじりつこうとした。
「ってダメだよぉ! 流されちゃったけど、ダメだよ!」
「ダメなのか!?」
ここまでノリノリでやってくれたのに!?
てっきりもう納得して魔物の肉でも食べるのかと思ったんだけど。
「えっと……だって、このお肉焼いただけだよ? 下ごしらえで塩もかけてないよね?」
「そうだけど?」
「こっちの食べられる草はただゆでただけだよね? あく抜きしてないからすっごい苦いよ!?」
「え? 野草って苦いものだろう?」
「もう、そんなんじゃだめだよ。ちょっと待ってて! キキが美味しいご飯をつくってあげるから!」
「え、あ、はい」
キキは鞄から手持ちの食糧を取り出すと、手際よく切ったり砕いたりし始めた。
そして、ただ単に焼いただけの肉と茹でただけの野草がいつの間にか、不思議な照りがついて、甘くて美味しそうな香りを放ち始めた。
それを見守っていたら、焼いた肉がナイフで切られ、野草にクルクルと包まれていく。
何か普通に屋台で売っていそうな物になってしまったんだけど、一体何が起きたんだ!?
「まるで魔法みたいだ」
「えへへ。めしあがれ」
「うまい……」
塩気もなかった肉は甘みと塩気が絶妙なソースがかかって美味しいし、苦かった野草は口の中に残った油っけをうまく消してくれる。
本当に同じ材料で作ったのかと疑いたくなる出来だ。
「保存食にあったドライフルーツを使ったんだよ。水で戻して調味料と合わせて味を調えたんだ」
「へぇ……。甘い物が欲しい時にかじるぐらいだったけど、こんな使い道もあったんだな」
「丈夫な身体でもちゃんといたわらないとダメだよ? ね、これからもキキがご飯作ってあげよっか?」
キキにもらったおかわりもぺろりと平らげてしまった俺は、改めてキキの料理の腕前に感動していた。
うん、数秒前に野営の心得を高々にうたっていたけれど、これを体験すると味は無視なんて言えないな。
「そうだな。これからも料理番をキキに任せてもいいか?」
「うん! 任せて! えへへ、ラインさんの役に立てることないかなって探してたけど、見つかってよかった」
次の村か町についたらキキに食材を買ってあげよう。
後、新しい調理器具も買っても良いかもしれない。
きっとキキなら色々なものを作ってくれる。
野宿のご飯が楽しみになるなんて思いもしなかった。
多分、こんなに満たされた気持ちで夜を過ごすのなんて、初めてかもしれない。
呪いを解くために拾ったつもりだったけど、やっぱり誰かが一緒にいてくれるって全然違うんだな。
なんて感慨にふけっていると、突然キキが服を脱ぎ始めた。
「っ!?」
焚き火に照らされたキキの身体が暗闇に浮かぶ。
まるで全身が火照っているかのように見えて、妙に艶めかしい色合いだった。
そして、両手を広げるとそのまま俺に抱きついてくる。
火照ったように見えた身体に反して、キキの身体は夜風にあたったせいか少し冷たい。
でも、押しつけられているひんやりとしたマシュマロのような感触に、俺の身体がカアッと熱くなっていた。
「キキ!? 何してんの!?」
何か顔も赤いし、酔っ払ってる――というか発情しているような顔してるぞ!?
そ、そういえば、夢魔は吸精という行動を取る。
それを通じて魔力を得るらしくて、吸血鬼の俺が吸血衝動を持つように、キキも夢魔として男の精を吸わなければ生きていけないのだろうか!?
相手はこの国の法律上、結婚出来る年齢とはいえ、まだまだ子供だ。母親を探す旅も続けないといけない。そんな子を身重の身体にしたら――。
いや、落ち着け。そもそも吸精は食事と同等の行為だ。別にそれで子供を作ろうという行為じゃないはず。なら、……問題ないのか? ノーカウントだよな?
「ねぇ、ライン。して?」
耳元に息をふきかけるように、キキが俺に大人っぽい声音で囁く。
ぞわっと身体が震え、キキの肌と触れあったところが擦れた。
むにゅっとした感覚を手で味わいたい。そんなことが頭の中を一瞬よぎった時にはもう手が動いていた。
俺は押しつけられたキキの胸の横に手を置いて、ゆっくりと脇の下を通って背中に滑らせる。
すべすべで張りがあって柔らかくて、同じ人の身体だとは思えなかった。
「ひゃんっ……くすぐったいよライン」
その声の方がよっぽどくすぐったい! 理性が溶かされる! 夜になると力が増すのは夢魔も同じか!?
って、ん? 何だコレ? キキの背中から何か生えている?
「キキ、翼が生えてるけど」
「うん。このままだと他の魔物がキキの匂いに釣られてやってくるから、その前に吸って欲しい」
「なら、わざわざ脱がなくても良いのに!? 何で脱いだの!?」
「翼のせいで服が窮屈だから」
それなら仕方無いな!
てっきり俺を誘惑でもしているのかと思ったけど、そうじゃないなら仕方無い。うん、夢魔の特徴なら仕方無い。
べ、別にがっかりなんてしない!
「あ、あのさ、別に首じゃなくても指とかからでも吸えるぞ? そっちの方が痛みも少ないと思うんだが」
「恥ずかしいから、顔見られたくない」
キキが俺の胸に顔を押しつけながらそんなことを言う。
よっぽどこっちの方が恥ずかしいと思うんだけどなあ!? 夢魔の恥ずかしがるポイントが分からないよ!
「そ、そうか。それじゃあ、いただきます」
キキの首の付け根に口を近づけ、歯を当てる。
「んっ!」
やっぱり牙が挿いる瞬間は痛いみたいだ。
ぷつっと血が漏れてきたのを感じて、俺はすぐに牙を離す。代わりに舌で舐め取るように優しくキキの首に滑らせた。
滑らかな肌を舐めると、甘いキキの血の味に、ほんのりしょっぱさが混じっていた。
焚き火に当たっていて少し汗をかいたのかな。こ、これが……キキの汗の味。ヤバイ。ちょっとやみつきになるかもしれない。
「あはは、ライン、くすぐったいよ」
くすぐったそうに笑うキキに歯を立てないよう丁寧に舐め続けると、ちょっとずつ触れているキキの肌が熱くなってきた。
じんわりとキキの肌が湿り気を帯びたせいか、少しむれた香りが鼻をくすぐってくる。
その香りをもっと味わいたくて、俺はキキの首筋をなめるのを止めて、口をあけて唇で噛みついた。
歯を立てて傷つけないように、それでも口を離さず吸えるように、しっかりと唇をキキの首にくっつける。
「んっ……あっ……やぁん……」
キキが少し苦しそうにあえいで、身じろぎするけど、キキの回した手は離れない。どうやら嫌がられてはいないみたいだ。
それにホッとしつつ、口をつけたことでさっきより濃厚になったキキの香りが口の中いっぱいに広がったのを楽しんだ。
暑くて汗をかきはじめたのか、ちょっと酸っぱさが混じって柑橘っぽい香りも混ざり始める。
その香りを口の外に漏らさないように全て吸い込もうと、キキの肌を吸ってみる。
そんな感じに、吸ったり舐めたりするたびに、キキの身体がぴくぴく震えて、くすぐったそうに小さく声を漏らした。
「んっ……。ラインの優しさが、気持ちいいよ。えへへ、キスされてるみたい」
言われてみれば、キスと同じことをしているんだ。
でも、されているみたいってだけで、キスじゃないことはキキも分かっていると思う。これはただ血を吸うために口をつけているだけなんだから。
それでもキキにキスだって言われると、途端に少し恥ずかしくなってきたな。
やっぱり、血の吸い方を指先に変えて貰うべきか?
でも、そんな俺の気も知らず、キキは俺の頭を撫でて離してくれなかった。
「だからねラインさん、あんまり吸血するのを悪いって思わなくていいよ? キスだって思えば嬉しいから。それに、血が出る時はちょっと痛いけど平気だから、今度は歯を立てても良いよ? 激しくしても大丈夫だから」
俺は言葉を返す代わりに小さく頷いた。
すると、キキが耳元で優しく、うん、と囁く。
けれど、俺はキキの味をずっと楽しめるよう優しく吸い続け、キキの血から夢魔の味が抜けると、口をゆっくりと離した。
どうやら結構な時間が経ったようで、いつの間にか焚き火が消えていて、青白い月の光だけがキキを照らしていた。
目の前にいる月明かりに照らされた少女に夢魔の翼は無い。人を惑わす霧もない。
でも、そこにいるのは裸の女の子は、夢魔より夢の住人が似合いそうな儚さと美しさがあった。
触れればふわっと消えそうな感じがするほど汚れのない身体を、その首筋につけられた歯と口づけの痕がこの世に留めているようにすら見える。
「ねえ、キキはおいしかった?」
「……反則的に」
色んな意味で反則的だった。この子、大人になったらあらゆる男を骨抜きに出来るんじゃないだろうか……。
「えへへ……そっか。ちょっと汗かいちゃったけど大丈夫だったんだ」
むしろ、ちょっと興奮した。なんて言える訳もない。
汗舐めて喜ぶとか変態扱いされかねない。けど……次も期待してしまうあたり完全にはまっている気がする……。
「今日みたいにキキからお願いすることもあるけど、吸いたくなったらいつでも言ってね」
キキはやけに嬉しそうな口調でそう言いながら、牙のなくなった俺の頬を撫でた。




