吸血鬼の力
屋敷の外に出ると、燃え盛る尻尾を持つ有翼の白い雄鹿がいた。
矛のような二本の角はバチバチと電気を絶えず放電し、矢のように電気を地面に放っている。
間違いようが無い。こいつは雷と嵐を呼び起こす悪魔の一柱、フルフルだ。
悪魔の中でもとりわけ強力な魔物の一つで、並大抵の冒険者が挑めば、あの雷に打たれて一瞬で灰になるだろう。
ただでさえキキはその姿にビビってしまったのに、フルフルはキキをあざ笑ったおかげで、キキは腰を抜かして座り込んでしまった。
「ヒヒヒ、美味そうな小娘だ。あのまま屋敷に引きこもっておれば、結界に守られておったのに、物の道理を知らぬ男にほだされたのが運の尽きじゃな。お主のせいでその男は死ぬぞ? 村人も死ぬぞ? ヒヒヒ! 全て余の血肉になるのだ!」
「あ……あぁ……ラインさん……ごめんなさい……ごめんなさい……やっぱり私のせいで」
全く、人語を介す悪魔がこんなことを言うから半魔が迫害されるんだ。
悪魔にとって半魔はご馳走であり、力を増す霊薬になる。
見つけたら喜んで食いつきたい極上の肉だから、真っ先に飛びついてくる。
そのせいで半魔が悪魔を呼ぶ。みたいな扱いにされるんだけど、まさにその通りだった。
雷の音に誘われた村人たちがフルフルを見つけて、キキのせいだと騒ぎ立て始めたんだ。
「呪われた子が悪魔まで呼び寄せたぞ!?」
「くそっ! こんなんだから半魔を村に置いておくのは反対だったんだ!」
「吸血鬼に悪魔を呼び寄せるとは何て危険な娘だ!」
「半魔が狙われているうちに逃げろ! 他の連中にも逃げるよう伝えるんだ!」
「教会の人間を呼べ! 吸血鬼と悪魔ならあいつらの専門だろ!?」
一瞬にして蜂の巣をつついたかのような大騒ぎだ。
しかも、さりげに俺が討伐対象に入っている。
このままフルフルを放置して、村人にけしかけてやろうかとも思うけど、今はキキがいるし、そういう訳にもいかないか。
それに倒しておいた方が、この後色々助かることも多い。
「地獄の大伯爵フルフルか。良い路銀稼ぎになるな」
さらに言えば、依頼書は村にいる悪魔の討伐だ。呪いを解いてくれるキキを突き出すわけにもいかないし、ちょうど良い代わりが来た。
文句を言われたら、そもそも依頼がフルフルの討伐だろう? って言おう。
「キキ、安心しろ。フルフルが出たのはお前のせいじゃない。万が一、キキのせいだとしても、キキに寄ってくる魔物は全て俺が倒す。キキのせいで災いなんか起こさせない。だから、安心して俺の側にいろ」
「誰に口を利いている? 地獄の大伯爵たる余に対して不敬であるぞ。――ん? 小僧、お主の魂に混ざりの臭いがある……その臭いは何だ? かいだことがあるぞ? この毛がよだつような禍々しい臭いは……?」
「思い出す必要はないさ。どうせすぐ本人に会える。血晶武器――剣錬成」
俺は腰に差した剣を抜き、指先を少し斬って剣に血を吸わせた。
すると、剣が赤い血に覆われ、鋸のような刃へと変化する。
血晶剣と始祖王は呼んでいたけど、血を結晶化させて作り出す武器だ。
吸血鬼は血を吸うだけじゃなくて、自分の血を媒介に武器や魔法を生み出すことが出来る。
そして、吸血鬼の血の結晶がついた武器で敵を傷つけると、武器が直接敵の傷口から血肉を吸い取ることが出来るんだ。
そして、奪い取った血に宿る魔力を自分の物に変え、さらに力を増すことが出来るので、斬れば斬るほど強くなれる。
吸血鬼はかなりのチート種族なのだ。
「血の武具!? そうか! 思い出したぞ! その血の臭い! 始祖王の血だ! 滅せられたと聞いたが、何故人間に使える!?」
「地獄へ里帰りのついでに、始祖王に直接聞いてこい!」
俺は剣を構えて跳躍し、一気にフルフルの懐に飛び込む。
そうやって突っ込む俺を、無数の雷の矢が射貫き、雷が弾ける音とともに俺の血が飛び散った。
「ヒヒヒ! 威勢だけは大悪魔級よ! しかし、所詮は人間ぞ! 肉は千切れ、骨は砕けておる! 余の雷の矢に打たれて死ぬが良いぞ? ――何故、余に剣が……刺さっておるのだ?」
「あぁ、死ぬと良いさ。お前がな」
俺はフルフルの雷を物ともせず、フルフルの首に剣を突き立てていた。
突き刺さった剣から赤い血がフルフルの身体を侵食し、フルフルの血を奪い取っていく。
そうして、内側から食い尽くされたフルフルの身体は、しおれるように細くなっていた。
「何故ぞ!? 何故生きておる!? 何故余の雷で傷一つついておらぬ!? 確かに余の雷は当たったはず!」
確かに俺の身体は雷の矢に打たれて、肌が焼け、雷の衝撃で内側から血が飛び散った。
けれど、俺の身体についた傷は時間が経てば勝手に治るし、血を吸うことで回復速度は格段に上がる。
その能力こそ、吸血鬼を不死と言わしめる超速再生の力だ。
だから、多少傷がつこうが、致命傷を受けようが、フルフルの身体に剣を突き立てた瞬間、俺の身体にあった傷は全て消えたのだ。
始祖王の呪いは、俺の見た目を吸血鬼にするだけでなく、不死という属性もしっかり与えていた。
だから、俺は即死級の攻撃を食らおうと、無傷で反撃出来たんだ。
「うごおおおお!? 吸われる!? 余の力が消える!?」
「地獄に落ちた始祖王に、俺はお前の呪いに負けないと伝えておけ」
「ギィアアアッ!?」
俺は剣を振り抜き、血を吸いきったフルフルの首を切り捨てた。
そして、ピクリとも動かない白い鹿の遺体を確認すると、剣についた血を身体の中に戻して腰が抜けて倒れているキキの前に手を差し伸べる。
「キキ、これで邪魔者は全部いなくなったし、行こうぜ?」
「ラインさん、さっきの言葉、本気にして良いの?」
「さっきの?」
「そ、その……キキを守ってくれるって、キキのせいで災いは起こさせないって言ってくれたよね?」
「あぁ、それか。うん、本気だよ」
何せ、キキがいれば吸血鬼の呪いも解ける。
そうすれば、見た目が怖いからという理由で疎んじられずに済むんだ。絶対に手放すもんか。
「あのね、ラインさん」
キキはそう言って俺の手を取ると、照れたように顔を赤くさせて、初めて見せる笑顔を見せた。
白い可憐な花でも咲いたかのように、ふわっと目の前が明るく輝いた気がした。
「戦っていたラインさん、とっても格好良かったよ」
真っ直ぐな褒め言葉に俺は何を言われたのかさっぱり分からず、固まった。
格好良かった? 俺が?
「戦うとその赤い目と鋭い牙と尖った耳に戻っちゃうんだね」
キキにそう言われた俺は指で自分の歯を確かめてみると、確かに鋭い牙が生えていた。
嘘だろ!? せっかく呪いが解けたと思ったのに、また元通りかよ!?
これじゃあ、村人達に怖がられて、また魔物扱いされて追い出されるんじゃないか? また、村のピンチを助けたのに、化け物扱いされるのか?
「吸血鬼が悪魔を倒した!?」
「矛先がこっちに向く前に逃げろ!」
追い出されはしなかったけど、逃げられた。
もう慣れたつもりではいるけど、追い出されるのと同じくらい逃げられるのも辛かった。
それなのに、今はその辛さも寂しさも感じない。
だって――。
「みんな怖いって言うけど、その姿も格好良いよ。キキは今のラインさんも好きだな」
こう笑顔で言ってくれる人が一人、初めて出来たんだから。
俺の手を取り微笑むキキは雲の切れ間から差し込む光に照らされている。
そして、俺をその光の方へ連れて行ってくれるかのように、キキが手を少し引っ張ってくれた。
「ラインさん、これからよろしくね」
その手を拒む理由なんて、どれだけ探そうとも持ち合わせてなんていなかった。