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夢魔の血

 村につくと、俺は妙な光景を見た。

 普通、悪魔が住み着いた屋敷は、人が恐れて誰も近づかないし、村も悪魔を刺激しないように物静かになっているはずなんだ。


 それなのに、悪魔が住み着いたと言われている屋敷の前に、人だかりが出来ていて大騒ぎをしている。

 しかも、ただの人だかりじゃない。

 みんなそれぞれ手に武器を持ち、武装した集団なんだ。


 あれ? これギルドに悪魔払いの申請する必要なくないか?


「出て行け! 呪われた子め!」

「半魔め! 死んでしまえ!」


 村人達は屋敷に罵声を浴びせながら、投擲できる武器を屋敷の窓へ投げている。

 ただ、その攻撃は屋敷に張られた結界で弾かれているようで、全く効果がないようだ。

 それでもめげずに投げ続けている住民に、俺は改めて首を傾げた。


 ここ、本当に依頼のあった村か?


 冒険者が使い物にならなくなるって聞いたからよっぽど強烈な悪魔が住み着いていて、人っ子一人寄りついていないと思ったのに、普通に攻撃してるんだもんなぁ。

 それに、悪魔の住む屋敷にこれだけ罵声と暴力を浴びせても、村人達は悪魔の復讐を受けずに元気だ。

 もしかして、ギルドが今回も依頼をでっちあげて、俺を街から追放したかっただけなんじゃないか? 存在しない悪魔が退治されるのを確認するまで戻ってくるな、みたいな感じでさ。


 そんな疑念が湧いた俺は、念のため、近くにいた老人に声をかけてみた。すると、その答えもまた意外だった。


「おや、旅の人、みっともないところを見せて申し訳ないね。ワシは目が悪くてよく見えんが、騒々しさだけは分かるのでな」

「あれは何ですか? 随分物騒な言葉が聞こえますけど」

「住み着いた悪魔を追い出そうとしているのさ。今まで何度も血気盛んな冒険者をあの屋敷に送り込んだんだが、物の数分もするとまるで別人のようにあの屋敷に住む悪魔を崇拝するようになる。それでも倒してくれと頼み込むと、逆にこちらが冒険者に襲われてのぉ。でも、屋敷に入らなければ悪魔はこちらに手を出さない。だから、こうして追い出そうと威嚇や経典を朗読している訳じゃな」


 なるほど。斬新な悪魔払いだ。

 全く意味が無いと思うんだけどな。逆に呪われるんじゃないかと心配するぞ。

 

 ……呪いの辛さは嫌と言うほど知っているからな。


 変な呪いが蔓延して俺のせいにされる前に、仕事に取りかかるか。


「俺も依頼を受けた冒険者です。戦いになるかもしれないんで、あの集まりを解散させるのを手伝ってもらえますか?」

「ほほぉ、それは頼もしい限りじゃ。この盲目のワシでも役に立てることがあるもんじゃなぁ。よいだろう。皆のところまで連れて行ってくれ」


 爺さんに連れられて、俺は村の人に自分が新しい冒険者として派遣されたから、とりあえず戦闘の邪魔にならないよう解散して欲しいと言って、村人の前に依頼書を広げて立ったんだけど――。


「っ!? 何だその牙!?」

「あ、あいつは吸血鬼だ!? 逃げろみんな! 呪われた子が災いを呼んだぞ!」

「うわああ!? 殺される!? お、おい、爺さんなんてもんを連れてきやがった!?」

「ワシは目が悪いんじゃ! 見えておったらこんなのとっくに伝えて逃げておるわい!」


 うん、すごい勢いで解散してくれた。

 さっき話をしてくれた爺さんも、杖を放り投げて走って逃げている。

 目が悪いとか言ってたくせに、超元気じゃねぇか……。


「牙に気付かれるだけでこれだもんな……。ろくに話す事もできやしない。はぁ……。村を助けに来たのにこの扱いか……」


 自分の嫌われっぷりに若干凹みながらも、俺は依頼を始める。

 きっと今回も誰も俺に感謝をしてくれない。そんな結末が今から見えて、気が滅入るよ。


 でも、気を取り直して屋敷へ乗り込んでみると、中は至って静かで、悪魔の放つ強烈な瘴気や異臭は感じ取れなかった。


「むしろ、何だ? 甘い果実のような匂いがする?」


 何かに誘われるように、俺は匂いを辿るように足を進めてしまう。

 廊下を進み、階段を下り、明かりの無い地下の廊下で臭いを頼りに先へと進む。


 そして、ふとある扉の前で足が止まり、扉を開いた。

 その途端、ピンク色の霧がふわっと外に漏れてくる。

 その霧を吸った瞬間、夢でも見ているかのように身体がフワフワし始めた。


 あぁ、間違い無い。

 これは人の理性を溶かして発情や服従を誘う力を秘めた霧――。


「催淫の霧だ。それにその見た目、夢魔のハーフか」


 部屋の中には一人の少女が身を縮めるように座っていた。

 背中に小さな蝙蝠のような羽根を生やし、尖った耳が生えている。

 それに、くるりと頭の横で跳ねる黒い髪は、暗い部屋の中では夢魔の角のようにも見えた。


「お願いだから帰って……」


 俺は少女のお願いを無視して、その子の顔をもっとハッキリ見たくてゆっくりと近づいた。


「あれ……キキの催淫が効いてない?」

「残念ながらね。俺も半分吸血鬼だからな。それも始祖王と同格のさ。これぐらいの魔力なら抗える」


 俺は被っていたフードをとり、吸血鬼の証である目と耳、そして牙を見せつけた。

 すると、キキは虚ろな目を少し見開いて驚いているようだった。


 やっぱり、怖がられたなぁ。まぁ、退治しに来た人が吸血鬼だったら誰でも驚くし、怖がるか。


 ちなみに、催淫が効いていないと言ったのは嘘だ。割と効いてる。意識はハッキリしているけど、襲いかかりたくて仕方無いほど、心臓がどきどきしている。というかムラムラしている。


 他の冒険者なら間違い無く理性が溶けて、この子の言いなりになっていると容易に予想出来るほどの強い催淫だ。

 爺さんが屋敷に入ると、悪魔を崇拝するようになると言っていたけど、崇拝どころの強さじゃない。

 それこそ自分からこの子に隷属を望み、簡単に命すら投げ出せるような状態になる。それはもはや狂信の領域だ。


 でも、この子はその力を悪用していないようだった。部屋に血の跡は一切無いし,誰かを襲ったような形跡もない。

 ホコリの積もり具合からしても、キキという半魔は部屋の隅からほとんど動いていなかった。ただ、ひたすらに引きこもっていたようにしか見えないんだ。


 だからこそ、放っておけば害なんてない子なのに、何で討伐対象にされているかが分からなかった。


「君はここで何をしているんだ?」

「お兄さんはみんなに頼まれて……キキを殺しにきたの? ……キキは静かに待っていたいだけ。……お母さんが戻ってくるのを待っているだけなのに」

「そうだな。みんなに頼まれて、俺は君を殺しに来た」

「なら、なんでそんなに優しい目でキキを見てるの? この家に入ってくる人はみんな怖い目をしてるのに、お兄さんは優しい目をしてる……」


 キキの言葉を聞いて、俺は一瞬頭が固まった。

 吸血鬼の身体になって、俺は初めて優しい目をしているって言われた。

 みんなが恐れた俺の見た目を受け入れてくれているということに、数秒間も理解出来なかった。

 もう少し、この子と話をしてみたい。そう思うには十分な理由だった。


「なぁ、キキは何で村の人達に嫌われてるんだ?」


 多分、一番の理由は半魔ハーフだからだろう。

 この国は半魔というだけで罪たり得るのだから。

 不浄なる子、呪われた子、災厄を呼ぶ子、色々な言い方があるけれど、大概の半魔は人間の身体に魔物の力が宿っている。

 得てして、人間はそういう魔物の力を制御できない、その上、子供時代は力が簡単に暴走することもある。

 そうして、力が暴走すれば、簡単に災害クラスの事故が起きるんだ。


 だから、半魔の子供は生きているだけで死罪にされてしまう。この場合は実害があるから仕方無いとも言えるだろう。


 でも、もう一つ、半魔の子供が死罪に処される理由が――。


「キキがいると村に魔物を呼ぶって……言われてるから……」


 半魔は魔物にとって人間以上に美味しいご馳走らしい。

 だから、半魔が村に一人でもいると、魔物が半魔を狙ってやってくる。村の安全を考えれば、いないほうが良い存在だと言われている。

 でも、実際はそんなことなくて、たまたま村を襲った魔物が、最初に半魔を狙うってだけだ。それがいつのまにか半魔がいると、村が襲われる。なんて話に変わっていた。


 ようは二番目の理由なんて、風評被害も良い所なんだ。別に半魔がいようがいなかろうが村は襲われるし、人は食べられる。


「俺もな。みんなから血を吸われるんじゃないかって怖がられて、何度も街を追い出されたんだよ。お前がいると呪われる。災いを呼ぶからここから出て行けーってな」

「え?」

「こっちは普通に生きていたいだけなのにな。あ、そうだ。どうせなら嫌われ者同士、俺と一緒に旅でもするか? こんな嫌な人間しかいない村なんか出てさ。色々な物を見て、色々な物を食べるんだ」


 俺は何を言っているんだろう?

 吸血鬼になってみんなから恐がれている俺が、半魔の女の子を連れて旅?

 余計恐がられるし、教会にだって目をつけられる所か、手を出される危険だってある。

 でも――この子は俺から目を離して話さない。俺を真っ直ぐ見てくれている。


「どうかな? 行ってみたい場所があるのなら、連れて行くぞ」

「……キキが怖くないの? お兄さんは本当にキキが怖くないの?」

「むしろ怖がられるのは俺の方だろ? さっきだってこの牙が見えただけで村人に逃げられたばっかりだぞ」


 俺は改めて、わざとらしく吸血鬼の牙をキキに見せつけた。それなのに、キキは怖がって逃げるどころか、まだ真っ直ぐ俺を見てくれている。


 それどころか、キキは俺の頬に手を伸ばし、そっと触れてきた。


「……大丈夫。怖くないよ」


 そう言って指を滑らせ、俺の牙に指を触れる。


「お兄さんの魂はすごく暖かくて優しいから。夢魔だから何となく分かるんだ。どんな魂の人かって。だから、怖くない」

「待てキキ。そこに触れたら!?」


 俺が止める前に、牙に触れてしまったキキは顔をしかめた。

 俺の牙に触れたせいで指先が少し切れたんだ。そのせいで、俺の舌の上にキキの血が一滴こぼれ落ちた。

 そして、ぴちゃっと頭の中で何かが弾けたような音がした。


「っ!?」


 信じられないほど甘く、瑞々しい。身体の隅々まで血が行き渡るかのように熱が身体を走る。

 もっと、もっとその血が欲しくて、身体がうずいて止まらない。

 カラカラに乾いた時に飲む水のように、どれだけでも飲める気がしてしまう。


「……お兄さん?」


 キキが心配そうな声をあげるが、言葉を返すことが出来ない。

 少しでも気を抜けば、俺はこの子を吸い殺してしまう。

 せっかく面と向かって話が出来る相手を見つけたのに。


「いいよ。じっとしてて」


 キキがそう言うと、スルスルと布が擦れる音がした。

 そして、服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿のキキが俺の身体に抱きついてくる。

 キキの肌は日の光を浴びていないせいか、半魔の特徴か、雪のように白い。


「血、吸って欲しい」

「でも……」

「旅に誘ってくれて嬉しかった。でも、キキが一緒にいるとお兄さんに迷惑がかかる。だから、キキの魂だけでも一緒に連れて行って欲しい……。初めてキキに優しくしてくれたお兄さんにならいいから。キキの代わりにお母さんを見つけてくれると……嬉しい」


 キキは俺の首の後ろに回した手で、俺の口を彼女の首筋に押しつけた。

 俺の歯がキキの柔肌に当たり、じわりと口の中に甘い香りが広がる。

 一滴だけだったさっきより、遙かに強い熱さが身体の中を駆け巡った。


「ぁぅ……痛……い」


 痛みでこぼれたキキの声に、俺は何とか口を離そうとするも、キキの方から強く俺の頭を抱きしめて、離してくれなかった。


「でも……お兄さんのが……あったかくて……きもちいいから、やめないで。死ぬ時は……寒いより暖かい方がいいから……」


 ただ、キキになされるがまま、俺は彼女の首元を吸い続けた。

 止められなかったし、止めさせてくれなかったせいだ。

 すると、次第に吸っていた熱が無くなり、甘美な香りも消えてしまう。

 それは、キキの自殺の終わりを告げるものだと思った。

 あぁ、やっぱり俺は孤独なんだなと、自分の呪いを恨んで、勇者に憧れていた自分を消したいくらい後悔しかけた。

 けれど、それは全然する必要のないことだったんだ。


「あれ……? キキが生きてる?」


 キキの身体から蝙蝠の翼が消えているし、部屋に充満していた甘い香りも消えている。

 けれど、キキは生きていて、不思議そうにこちらを見つめている。


「あれ? お兄さん、牙、消えてるよ?」

「え?」


 自分で歯を触ってみると、確かに吸血鬼特有の牙は消えていた。

 耳は尖ったままだけど、吸血衝動は完全に消えているし間違い無い。

 吸血鬼化の呪いが解けている!?


「キキの方こそ、夢魔の翼が消えてるぞ? 催淫効果のある霧も消えているし、何というか普通の人間に見えるんだけど……」

「え……? あれ? 本当だ。ずっと消せなかったのに消えてる?」


 お互いに人間に戻っている。

 もしかして、キキの血って呪いを解く特別な血なのか?

 半魔には特別な力が宿ることがあるけど、催淫はおまけでこっちの血の方がキキの本当の力?

 なら、なんでキキも人間に戻ったんだ?

 理由は全然分からない。でも、理由なんてどうだって良い。

 これなら――。


「キキ、これなら外に出ても俺に迷惑はかけない。一緒に旅にいける」


 俺は人に戻ったまま生活が出来る。そうすれば、もう怖がられて、疎んじられる生活ともおさらば出来るんだ! 人の目を気にせず買い物したり、ご飯を食べたり、何だって出来る!

 そのためなら、女の子の面倒を見るぐらいどうってことないさ。


「……いいの?」

「もちろん、さぁ、行こうぜ。今日は雨も降ってるし、村人は俺のせいでみんな逃げた。旅に出るなら今が一番良いタイミングだ」


 俺はキキに服を着せてから、彼女の目の前に手を差し出した。

 そんな俺の手をキキは恐る恐る取って――。


「お兄さん……名前教えて?」

「ラインだ」

「ラインさん……キキを連れていってください」

「あぁ、まかせておけ」


 力強くキキの手を握った俺は彼女を連れて地下の扉を開けた。

 その瞬間だった。

 雷のような魔物の咆哮が鳴り響いたんだ。


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