呪われた勇者の日常
あの日、俺は雨の降る中、ギルドに仕事の報告をしに行ったんだ。
けれど、ギルドの建物に入るなり、皆が俺の事をジロジロ見て、小声でひそひそと何かを話している。
「あ、あの人が、あの始祖王を倒して吸血鬼になった英雄ラインっすか……。うわ、本当に目が赤いし、フード越しでも耳が尖っているのも分かるし、吸血鬼そっくりで気持ち悪いー……」
「お、おい、新入り、声に出てるぞ。気をつけろ。血ぃ吸われるぞ」
「うげっ、マジっすか。あの人、人間の血を吸うんすか? 見た目だけじゃ無くて、中身も吸血鬼になったんすか?」
「あぁ、血を吸われて、同じように呪われた奴がいるって噂だ。下手に近づかないほうが身のためだぞ」
「マジ危険じゃないっすか。なんでこんな所にいるんすか? というか、俺達逃げた方がよくないっすか? 魔王を倒せるような化け物に勝てる気しませんよ俺?」
俺はその陰口を無視して受付に向かう。
ちなみに、俺はまだ人の血を吸ったことは無いし、俺の呪いが移った人もいない。
多分、俺が魔物を倒して吸血しているところを見られて、尾ひれ背びれがついたんだろう。
でも、どれだけ口で否定しても、俺の見た目が吸血鬼化しているのは誤魔化せない。
だから、言い返せば言い返すほど、面倒なことになるし、少しでも声を荒げたり、イラットした様子を見せたりすると、化け物でも見るような目で怯えられるので、相手にするだけ疲れるし、自分が傷付く。
それで思ったんだ。俺の見た目を気持ち悪がったり、嫌ったりする人間を相手にするのはムダだって。
とはいえ、いくら無視を決め込んでいても、化け物扱いされるのは辛い。
それが始祖王とも呼ばれる吸血鬼の魔王を倒して、街を救ったせいなら尚更だった。
本当に始祖王を倒してからろくなことがない。過去に戻れたら、勇者に憧れた自分へ今の現実を教えてやりたいくらいだ。
友達だと思っていたパーティメンバーも俺を置いていくように他所の街に逃げたし、馴染みの冒険者達も俺の顔を見ると何処かへ姿を隠してしまった。
んで、誰も俺を庇ってくれる人がいなくなって、俺は街を追い出されて放蕩の旅をするハメになっている。
おかげで街から街へ、村から村へ、凶悪な魔物を狩り、金を稼ぎ、食糧を手に入れては、その力と見た目で怖がられてまた追い出される。
そんな生活を繰り返していたら、俺の噂は瞬く間に広がってしまった。
呪われた勇者ライン。なんて感じにね。
おかげで、今や俺から逃げない人なんて酔っ払って何も見えていない人か、魔王を倒して吸血鬼化した人間がいるという噂を聞いて物珍しさに寄ってくる人くらいしかいない。
あぁ、後は、魔物死すべし、慈悲は無し。みたいな信条を抱え、魔物と見るやすぐさま襲いかかってくるような連中は近寄ってくる。
……つくづくろくな連中が集まらないな。泣きたくなるぞ。
んで、逆にそんな俺から逃げたいのに、仕事の都合で逃げられないかわいそうな人もいる。
それが魔物討伐依頼を統括するギルドの職員だ。
俺が依頼の報告をしに来ただけで、子鹿のように震えているんだから、ちょっとどころじゃなく、大分傷付くよ。
「あの、ラインさん、お仕事……おつかれさまです。ホワイト・ドラゴン討伐の証である龍の心臓を確かに受け取りました。状態がちょっと悪いので、報酬金は減額されています」
ギルドの職員は俺から目を反らしたまま言葉を続ける。
何というかこっちが申し訳なくなってくるほど怯えられているなぁ……。
俺としては唯一ちゃんと会話してくれる人だから、この関係を大事にしたいのに……。
「それと、えっと、討伐後、ミスリル鉱山の方はどうなりましたか?」
「そんなに怯えた顔をされると、何かすごく報告しづらいんだけど……。とりあえず、鉱脈はまだちゃんと残っているみたいだ。早めに討伐したおかげで問題はなさそうだな」
「ご、ごめんなさい。何というか、ラインさんが悪くないことは知っているんですよ? でも、その、顔が怖いっていうか」
「やっぱ……顔が怖いのか」
「あぁっ、すみません。失礼なこと言って。その顔が悪い訳じゃあないんです。顔立ち自体は悪くないんです。ただ、見た目が気持ち悪いというか、怖いだけなんです。赤い瞳に尖った耳ですし、喋るだけで牙が見えますし、何か食べられちゃいそうで……」
「全くフォローになってないよ……」
死体蹴りにしかなってないよ。
「ご、ごめんなさい。精一杯フォローしようとしたんです! 食べないでください!?」
多分、仕事じゃなかったら逃げられているだろうなぁ。こんなにも怯えているのに、受付を離れないなんてすごい職業魂を感じるよ。うん、尊敬する。
けど、そんなに怯えないで下さい。割と傷付くんで。
「こんな見た目でも、吸血衝動は魔物の血を吸って抑えているから、人は襲わないって」
まぁ、とはいえ、人を見ると歯の付け根がうずうずすることはあるけどな。
例えば、三日も血を吸わないでいると、無差別に人に襲いかかりそうになるくらい、俺の身体は吸血したいという衝動が支配する。
極度の空腹感と喉がカラカラに乾いたような感じがするんだ。
でも、その感覚は魔物の血を吸えば消えるので、意外と簡単に人を襲いたいという気持ちは消せる。
そんな訳で魔物さえ倒してさえいれば、吸血欲求は満たされるので、吸血鬼の力を持っていても俺は基本的に無害なんだ。
無害なんだけどなぁ……。とにかく困った魔物を倒すとすぐに別の街へ追い出されるんだ
「……で、次の依頼はあるか? 前の街みたいに最高難易度の依頼がなくなったからって、別の街へ送り飛ばさないでくれよ?」
「い、いえ、今回はちゃんとここに戻って報告してもらいます。近くの村からの依頼です。どうやらとある家に上級悪魔が住み着いたらしく、その悪魔を退治する内容になっています。何でも呪いが得意で、腕利きの冒険者が何人も呪われて使い物にならなくなったとか。決まって二度とあそこには行かないって言うんですよ」
呪いが得意な悪魔か。
願っても無い獲物が来たな。
俺の呪いを解くための手がかりが手に入るかもしれない。
よし、早速出発の準備にとりかかろう。
そう意気込んだら受付のお姉さんが申し訳無さそうに声をかけてきた。
「……えっと、念のため聞きますけど、パーティメンバーの募集はかけますか?」
「……俺が仲間の募集をかけて、人が来ると思う?」
「……マニュアルですので」
「そのマニュアル作り直してもらっていいかな……。俺には聞かないっていう一文追加するだけでいいからさ……」
「あ、それは名案ですね! 私の手間もはぶけますし、ラインさんもすぐに仕事に移れます! そうすれば、周りの人がラインさんに怯えて報告に来ないせいで仕事が遅れることもなくなります」
「そこは下手でも良いからフォローしろよ!? 何で今までで一番良い笑顔みせてるの!? というか、俺そんなに嫌われてるの!?」
「ご、ごめんなさいっ!? わ、悪気はないんです! 嫌っているんじゃなくて、血を吸われるのが怖いから避けているんです! 出来れば街の外にいて欲しいだけなんです」
「余計傷付いたよっ! 下手なフォローはもうしないでいいよ!」
悪気がないのならもっと厄介だよ。
でも、これが魔王を倒してしまった俺の日常だ。
人に疎まれ、人の輪の中には二度と戻れない。孤独の呪いをかけられた勇者の今だ。
かと言って、吸血鬼の呪いの衝動に任せて魔物に身を落とせば、人に狩られる対象となり、魔王の目論見通り、俺への復讐が果たされてしまう。
そんなのはまっぴらごめんだし、何としても呪いを解く方法を見つけるまでは、孤独でも生き続けないといけない。
そのためにも俺は、魔物を退治することで人間の味方だと表明し続ける必要がある。
これが今の俺の都合。
んで、ギルドの側も俺の都合は好都合らしい。
というのも、魔王を倒した勇者を魔王の呪いをかけられたからという理由で処刑することは出来ないし、冷遇することも出来ない。それは教会も一緒だ。
何せ、そんなことをしたら魔王を倒そうって人間が減ってしまうからね。
魔王を倒しても名誉も地位も財宝も手に入らず、命まで奪われるなんて知ったら、誰も魔王と何か戦わずに逃げるだろうからさ。
そんな訳で、危険な依頼でいつ魔物化してもおかしくない俺が命を落とせば、それはそれでラッキー。
生き残ったら強い魔物が退治されてハッピー。
そういう訳で、どっちに転んでも美味しい仕事をギルドは俺に振ってくる。
「……頼むから俺を討伐対象に登録してくれるなよ?」
「ラインさんが人を襲って血を吸わない限り、それは大丈夫ですよ。それまではちゃんとどれだけ怖くてもマニュアル対応しますから、安心してください」
「よーし、分かった。デコピンくらいはしてもいいかな!? 血は一滴たりとも吸わないからさ! それなら討伐対象にされることもないよな!」
「わーっ!? ごめんなさいっ!? ごめんなさいっ!?」
「あぁ! くそっ! 今度こそ呪いを解く鍵を見つけてやる!」
こうして、俺はいつものように依頼を解決しに街を出る。
こんな日常がずっと続いていくのはちょっと辛い。
だから、早く呪いをといて、まともな生活を過ごしたい。
今から討伐する悪魔が呪いに詳しい悪魔なら、色々情報を吐かせてから討伐しよう。
そんなことを思いながら、俺は街の外に出た。