敵の正体
俺達は追っ手がいないことを確認して、森の前で腰を下ろした。
黒髪の人魚、リエルを前にして、俺達は改めて自己紹介を済ませる。
「リエルと言います。人魚ですが見た目を魔法で偽り、人として過ごしてきました」
「ラインだ。元人間で始祖王の呪いで吸血鬼になっている」
「キキだよ。夢魔と人間の半魔」
リエルは俺とキキの自己紹介に目を丸くしたけど、すぐに頭を下げた。
「ごめんなさい。私と同じ魔物扱いしてしまって」
「え、いや、別に気にしていないが……」
吸血鬼様と呼んだことに対して謝罪されて、俺はどうしていいか分からなくなった。
見た目は確かに吸血鬼なのだから、決してその呼び方は間違ってはいない。
むしろ、吸血鬼なのに怖がられなかったのだから、珍しいなと思っていたくらいだ。
「そんなことよりも、海母王の話だ。リエルさんの娘が生き餌にされているってどういうことなんだ?」
「海母王についてはご存知ですか?」
海の魔王の名を聞いて、俺は首を横に振った。
「海に住む魔王としか聞いていないな。神出鬼没、その姿を完全に見た者はいない。人によっては幽霊船だと言い、人によっては無数の触手を持つ化け物だと言う。近づいた船は尽く海の藻屑にされるせいで、遠くから見た情報しかないんだ」
「はい。海母王はとても狡猾な魔王です。ですが、その正体は巨大な海月の魔物で、無数の触手で船を絡め取り、中にいる人間を捕食します。そして、人間を捕食して残った船を頭に取り込み、他の人間を呼び寄せる餌にするんです」
「船が人を呼び寄せる餌?」
「遭難したら捜索隊が出るでしょう? その人達が来ると、助けてって人の言葉を真似るんです。そして助けに近づいたら、触手で絡め取るんです。そうやって襲う度に疑似餌の船を変えることで、特定されにくくなるんです」
「そう言えばギルドの受付がまた船の遭難か? ってうんざりした顔で言っていたけど、捜索隊が戻ってこないのも海母王のせいだったのか」
「はい、でも、今回は私の娘であるローレライのせいで被害が早まっているんです」
リエルさんが助けてくれと頼んだローレライの名前が出てきた。
人魚の半魔が一体何をさせられているのだろうか。
「さっきの海母王の狩りの仕方は、捜索隊にしか効きません。何せ見た目は幽霊船ですから普通の客船や商船は逃げます」
「あぁ、そりゃそうだな。ん? でも、今回は客船とかも遭難してるぞ?」
「娘のローレライには人の心を操る歌があります。その歌で人を操って海母王のもとに船が来るよう誘導するようです……」
「なるほど。魅了の歌か」
俺が一人で納得していると、キキが困ったように袖を引っ張ってきた。
「どういうこと?」
「キキの場合、身体から出てくる霧で人を魅了して、従わせることができるよな?」
「うん」
「その歌声版なんだ。ローレライの歌を聴くと、意識が奪われるんだよ。んで、歌の声に従って動く人形みたいになるんだ」
「あ、それで自分から魔王のところに行っちゃうんだね」
キキも納得したようだったけど、すぐにもう一度首を傾けた。
「ローレライさんはなんで殺されないの?」
「多分だが、ローレライがいる限り、確実に人間を呼び込めるからだ。海の魔物が釣りをするってのも変な話だけど、ローレライは他の船を釣るための餌なんだよ。釣りしているのに餌を食べちゃ釣りができないだろ?」
「なるほどー」
キキに改めて説明して再確認したけど、状況は非常に悪い。
魅了の歌に対して抵抗するには、それこそ大神官クラスの抵抗力が必要になるだろう。
並の冒険者や教会騎士では簡単に意識を落とされる。
となれば、船乗りはほぼ間違い無く抗えないだろう。
「娘の歌は私の歌より強く、私は船が沖に出る前に沖へ出ないよう追い返すのが精一杯でした」
「それで沖に出て歌っているところを捕まったって訳か」
「お恥ずかしながら……」
これで大体の事情は分かった。
思っていた以上に大事になってきたし、さてどうしたものか。
そんなことを考えた瞬間、キキがまた袖を引っ張った。
「ラインさん……」
消え入りそうな声だけど、それだけで何が言いたいかは分かった。
きっと、助けてあげてって言いたいんだ。
ただ、相手が強いってことを知って、不安になっているんだと思う。
「さっきも言っただろう? 助けるってさ。約束は破らないよ」
「で、でも、相手は海の魔王なんだよね?」
「大丈夫。俺は既に始祖王を倒したんだ。他の魔王だって倒せるさ」
「ラインさん! ありがとう!」
キキが目を輝かせて抱きついてくる。
他人を助けるだけのに、まるで自分のことのように嬉しそうだった。
こうして、俺は半魔の人魚ローレライを助けることになった。
となると、船が必要になる。
今夜はもう遅いし、船は出せないだろうから、救出は明日の朝だ。
「それじゃあ、今夜はここで野宿するか」
「うん」
「その前に……血を吸わないといけないな」
二人して魔物の力を使いまくったので、見た目がもう完全に吸血鬼と夢魔だ。
さすがにこの格好で船は借りられないからな。
とはいえ……、他人がいる中、いつもの吸い方をするのはすごく恥ずかしい気がする。
「あ、あの……リエルさん、ちょっとの間、俺達のことを見ないで貰えますか? 終わったら呼びに行くので」
「え? あー、なるほどね。ふふふ、仕方無いわね」
「すみません」
「避妊はしとくのよ? 夢魔でも子は産めるから」
「違いますからね!? 血を吸うだけですからね!?」
「あら? 吸血鬼にとって血を吸うのは、子作りと一緒って聞いたのですが」
「うっ……そ、そういう意味も確かにあるらしいけれど、俺は人間なので」
違うと思う。確かに血を吸われると眷属になってしまうという話はある。
けれど、実際には逆であれは吸血鬼の血を流し込んでいるんだ。
だから、血を吸うだけでは眷属にはならないんだけど――。
「ライン、キキと子供作りたいの?」
「ちょっと待て! 血を吸うだけじゃ子供はできないからな!?」
「なら、どうやったらできるの? キキの身体に教えて?」
「わー!? 脱ぐな脱ぐな!?」
そう言ってキキは服のボタンに片手をかけ、もう片方の手で俺の下腹部をサワサワとさすってくる。
夢魔モードに入っているせいか、完全にスイッチが入ってる!? 知らない振りして知っているんじゃないかと疑いたくなるほどの挑発だ!
そして、こんなことになった元凶といえば――。
「うふふ、私は川の中でも寝られるから、朝まで存分に楽しんでいいわよ?」
川に沈んでいた。
キキがこんな状態だし、キキを放置して追いかける訳にもいかない。
早く血を吸って落ち着かせないと。
「もう、ライン、キキを見てくれないなら、こうしちゃうんだから」
「へ? おわっ!?」
目の前が急に白くなったと思いきや、目の前にキキのおへそが現れた。
一体何をされたんだ!?
「ふふふ、これでラインはキキ以外みえないよね?」
どうやら俺の頭はキキのスカートを被せられ、服の中に突っ込まれたらしい。
ってことは、今この口元に当たっている肌触りの良い白い布は……。
「あんっ、ライン、息が股にあたってくすぐったいよぉ」
「うわあ!?」
「だぁめ。逃がさないんだから」
キキに服越しで頭を抱きしめられるだけじゃなく、太ももで優しく頭を包まれる。おかげで俺は服の中から逃げられなかった。いや、とんでもなく柔らかく張りのある太ももに頭を預けたかったんだ。
やばい。色々な意味でやばい!
キキの匂いが首よりもっと濃い。
キキの身体が俺を誘っているとしか思えない。歯と手だけじゃない、全身がうずうずする。
服でキキの淫霧がこもっているせいか!? それともそういうところだからなのか!?
「良いよ? どこでもラインの好きなところに」
あぁ、そのまま口でその布をずらして――。
っていうのはさすがにヤバイ! この位置は本当に取り返しのつかないことになる。
けど、逃げられない。なら、進む先は前!
「キキ!」
「きゃっ!?」
俺は身体を滑らせ、服の中から顔を出し、キキの首に噛みつこうとした。
けど、俺の頭はキキの胸でつっかえて、ちょうど胸に挟まれる形になってしまった。
「あ」
――しまった。と反射的に声を出したせいで、歯がキキの肌に触れ、つーっと舌にキキの血が垂れてきた。
「そこがいいの? いいよ……優しくしてね?」
あ、ダメだ。もう逃げられない。
仕方無く傷つけた場所をなめる。
けれどそこは、みずみずしいモモだった。
「えへへ、今度は本当に赤ちゃんみたいだね?」
違う! キキの下乳だ!?
舌を這わせば、ぷにっとした感触とともに膨らみが舌の形にあわせて凹む。
そして、傷跡を見つけて、俺はそこに口をつけた。
首とは全然違う柔らかな感覚に、身体がカアッと熱くなる。
キキの胸を吸う度にキキが細かくくすぐったそうに震える。
「ミルクの味する?」
「うん……ミルクの香りがする」
「赤ちゃんできてもこれなら大丈夫かな?」
「い、いや、あくまで俺が吸ってるのは血だからな?」
夢魔モードのキキはマジで俺の理性が危ない。
びっくりしたけど首から吸った時と違う味がしたんだ。
むわっとした甘さではなく、ホッとするような優しい甘さがする。それは間違い無く赤ん坊に与えるミルクだと言われれば、納得してしまう味がした。
「ありがとうね。ライン」
ん? 急にどうしたんだ?
「キキのワガママ聞いてくれて」
あぁ、そういうことか。リエルさんを助けるのは確かにキキの母親探しとは関係無いし、俺のやれなかったことをやり直す旅とは関係無い。
でもまぁ、別に悪くないって思っている。
「ラインはやっぱり優しいね。大好きだよ。ラインと一緒にいられてキキは幸せだよ」
そう言われて、俺はあることに気がついた。
あぁ、違うな。
俺はキキの前では格好付けたいんだ。大好きだと言われると、不思議と満たされることに気がついてしまった。
あぁ、そういえば、俺はずっと誰かに好きになって貰いたかったのか。
始祖王を倒したのに嫌われて、どこにも居場所がなくなって、独りぼっちになったから、ずっと誰かに好かれたかったんだ。
「キキ、血を吸い終わった」
「あ、うん」
キキが俺の頭を放してくれ、俺はキキの服からようやく頭を抜いた。
「おやすみなさいラインさん――え?」
「キキ」
俺はキキを自分から始めて抱きしめた。
血を吸うためでなく、ただ人としてキキに触れていたかった。
「俺もキキと一緒にいられて楽しい」
「えへへ。嬉しい」
「今日は一緒に寝よう」
「うん、いいよ。キキはラインさんのものだから」
いつもの許しで、俺はでキキを抱きしめたまま横になり、一晩中キキを胸の中に抱きしめて夜を過ごした。




