半吸血鬼と半魔の関係
森の中に捨てられていた家の扉を開く。
すると、家の奥からトコトコと小走りで少女が近づいて来た。
背中に小さな蝙蝠のような羽根を生やし、尖った耳が特徴的な子だ。
くるりと跳ねる黒い髪はねじれた角のようにも見える。そんな少女が不思議と理性を溶かすような妖艶な笑みを浮かべながら、俺を出迎えた。
「おかえりなさいラインさん。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも――私にする?」
キキはまだ十四歳とは思えないドキリと心臓を跳ねさせる声色で、俺に問いかけてきた。
おかげで俺の目線はキキに釘付けになり、心臓がどくどく音を立てて跳ね始めている。。
というのも、キキがわざと襟元に指をかけて、その白い首筋と鎖骨をちらつかせているせいだ。多分もうちょっと角度があれば胸の先まで見えそうなんだ。
そんな俺の視線に気付いたのか、キキの妖艶な笑みに悪戯な雰囲気が混ざり始める。
「我慢しなくていいよ? おいで?」
そんな声が笑みの奥から聞こえてきそうだ。
夢魔と人間のハーフの子だとは知っているけど、最近さらに大胆になったというか、俺の理性の壊しかたに磨きがかかったような気がする。
わざわざ選択肢を用意してくれたけど、実際の所、こんなことをされたら私にしてくれと言っているようなもんだ。
そこまでされたら、俺ももう我慢は出来ない。
「キキにする」
「うん……いいよ。それじゃあ、ベッドでしよっか」
「いや、ここでする。キキを見ていたら我慢出来なくなったから」
「もう、ラインさんせっかちだね」
俺は身を翻したキキの言葉を無視して後ろから抱き止め、キキの服のボタンを外して肩をはだけさせる。
とても紳士的とは言えない触れ方だと自分でも思うけど――。
「でも、いいよ。私はラインさんのものだから。ラインさんの好きにしていいんだよ?」
ちょっと乱暴な俺の扱いでもキキは微笑んで許してくれた。
そして、おもむろにキキが俺の頬をなで、自分から俺の頭を首筋にゆっくりと誘導してくれる。
すると、キキはもう片方の手で髪を横にずらして、無防備なうなじを俺の目の前に晒してくれた。
俺は生唾を飲み込むと、少し汗ばんだ瑞々しい素肌を晒すキキの肩を抱きながら、吸い寄せられるようにキキの首元に口をつけた。
そして、始めてもいいか? と問いかけるかわりに優しく素肌を吸う。
すると、キキの熟れた桃のような甘い香りが、口からノドを通り、鼻を抜け、あまりの快感に脳が蕩けそうになった。
やばい。返事を貰う前に始めてしまいそうだ。
この香りは香水のものじゃなくて、夢魔の持つ人の心を惑わす霧の香りで、催淫効果を持つ魔法の香りだ。
魔王を倒したおかげで特殊体質になっていなかったらとっくに理性を失って、キキの身体を貪っているだろう。
「ぁ……んっ、ライン……さん、いいよ?」
その許しで俺は唇を離し、小さな赤い花の印をつけた首元へもう一度口をつけ――優しく歯を立てた。
その瞬間、ぷつっという音とともに、口の中に熱い体液がどろっとこぼれ落ちてくる。
キキに夢魔の血が流れているからか、こぼれてくるキキの血はとても甘く、熟れた果実よりも濃厚でありながら、喉が渇いた時に飲む水よりも身体が潤されるような味がする。
「んっ……! ライン……さん。大丈夫、キキは痛くないよ。ラインさんと繋がってるとこ気持ち……いいよ?」
キキが切なそうな声で俺の耳奥をくすぐるせいで、本当に頭がどうにかなりそうだ。
夢魔の持つ催淫の霧は俺の体質のおかげで耐えることが出来るけど、魔法でも何でも無い素の声に耐える術はない。
血を吸っているだけなのに、何かいかがわしいことをしている気分になる。
おかげで、血を吸うのを止めて、本当にこのまま一線を越えてしまう想像をしてしまった。
こんな色気のある子になるよう育てたつもりは一切ないのに! そういう店にも連れて行ってないぞ! 一体どこからこの子はこういうことを学んだんだ!? 夢魔の本能なのか!?
「……ごちそうさま」
俺はキキの首筋から歯を離し、口元からこぼれた血を拭いながら距離をとった。
出来るだけ動揺した素振りは見せず、落ち着いたふりを全力でしながらだ。
それなのに、俺の苦労もしらず、キキの方はとろけた視線で俺を見つめて、誘惑し続けて来る。
「うぅ、ラインさんと繋がっていたところがせつないよぉ。もっと繋がっていたいのに……」
キキの服は完全にはだけ、白い滑らかな肌がほんのりピンク色に染まっている。
可愛らしく膨らんだ胸があと少しで完全にこぼれそうだ。
って、やばい。見とれている場合じゃ無い! その服を支えている手をどかして欲しいなんて考えるな! さっきの吸血衝動とは別の欲求がマジで我慢出来そうになくなる!
保護者としてそんな姿は見せられない。何とか誤魔化さないと。
「ラインさん? なんで前屈みになってるの?」
……身体は誤魔化しきれなかった。これはまずい。親代わりとして非常にまずい。
吸血している最中でも理性が溶けかけるのに、手を出したら間違い無く戻れなくなる。
さらに言えば、キキの母親を見つける前に、傷物にしたら何て謝れば良いのかも分からない。それに、いきなり身重の娘を前に連れてきたら、卒倒されそうだしなぁ。
いや、そもそもそんなことになったら旅も続けられなくなるし、何とか自分を誤魔化さないと!
「キキは吸血されるのが――いや、俺が怖くないのか? 俺は魔王の呪いで吸血鬼みたいになってるんだぞ?」
「ラインさんは半魔の私を拾ってくれた優しい人だもん。だから、怖くないよ。私、ラインさんのこと……大好きだから、何をされても大丈夫だよ」
キキは照れた様子で段々と小声になりながらも、最後まで言い切った。
けれど、それなりにキキも恥ずかしいのか真っ赤にした顔を俺の胸に押しつけるように抱きついてくる。
よっぽどこっちの方が恥ずかしいぞ。なんて言うのは多分野暮だよなぁ。
「ラインさんの魔王の呪いだって私は平気だよ。遠慮しないでもっと私に頼っていいからね。ラインさんのためならキキは何だってするから」
その言葉にクラッと来て、俺は自分を受け入れてくれている証であるにキキの首についた薄紅色の痕を、愛でるように指を這わせる。
すると、くすぐったそうにキキが笑い、顔をより強く胸に押しつけて来た。
「ラインさんはお料理下手だし、片付けもあんまり得意じゃないし、お洗濯物も綺麗にできないし」
「うぐ……言い返せない」
「えへへ、でもキキには出来ないことラインさんはいっぱい出来るからすごいと思うよ。ラインさんが苦手なことはキキに任せてね」
俺は少し前までこんな風に誰かと一緒にいられるなんて思ってもみなかった。
それはきっとキキも同じように感じていると思う。
何せ俺もキキも街の人に迫害されて追い出された身だ。
俺は激戦の末に倒した魔王の呪いを受けたせいで街を追い出された。
俺は七大魔王の一人、始祖王を名乗る吸血鬼の王の返り血を浴び、俺の身体は吸血鬼のように変わってしまったんだ。
俺の身体は、牙が生え、耳が尖り、血を求めるようになったんだ。
そんな呪いをかけた始祖王は永劫の孤独と絶望を味わって死ねと残して逝ったけど、まさにその通りの呪いだったよ。
半吸血鬼になった俺は英雄として迎えられず、その見た目で魔物として扱われて街を追い出されたんだ。
正直、街の人達を恨みもしたし、魔王を倒さなければ良かったと後悔したこともある。
それぐらい、俺は人々から恐怖の対象として見られた。
そして、キキも村に災いをもたらす悪魔の子として、村の住民から迫害されていた。
そんな風にお互い孤独だった俺達が出会って、気付けばこんな関係になっているんだから、人生は分からないものだなと思う。
「初めて会ったあの時からキキはラインさんのものだから」
俺達が出会ったあの日は今もよく覚えている。あれは激しい雨の降る日だった。