家族
由香奈は、とある一軒の家に谷間良を案内する
『…此処は?』
『私と叔父さんの家…と言っても今は空き家みたいですけど』
そう言いながら門の前に立つ…すると
『4桁の暗証番号を述べて下さい』と機械音と共に無機質な声が流れる
『0201』
『暗証番号を確認…ゲートオープン』
そう機械音が告げると先程まで閉まっていた門がゆっくりと開き始める
『今の、四桁って?』
谷間良は偶然かと思いながら聞く
何故ならその4桁は…
『叔父さんの誕生日です』
『暗証番号に誕生日を使うのはどうかと思う…』
谷間良は苦笑する
『それは、叔父さんに言って下さい…私がそう言っても‘‘面倒だからこれで良い’’っていって結局変えなかったんだから』とむすっとした顔で由香奈は言う
(未来でも、俺のアバウトさは変わってないのな)
結局未来でも自分は自分であまり変わらないことを知って谷間良は複雑な思いになる
家の中に入るとそこは、リビングでソファとテーブルが用意されている
(もっと、近未来的かと思ったんだけどな)
谷間良は目の前にあるソファとテーブルに落胆する
『今、もっと近未来的なものを期待してました?』
『あ、あぁ』
谷間良は由香奈に思っている事を言い当てられ驚く
(由香奈って、エスパーか何かか?)
『でも、叔父さんは近未来的な家具には一切興味が無かったのでそういう類はありませんよ』
谷間良は絶句する
何故こんな未来で、いらない拘りを発揮しているのかと未来の自分を恨む谷間良
そして二人してソファに腰を落ちつけると
『さて…それでは貴方の知りたい事をお話ししますね』
由香奈から笑みが消え真剣なものになるとあたりの空気が固まる
『あぁ…頼む』
谷間良は由香奈を見て深く頷く
『先ず、2017年9月22日…貴方の‘‘時間’’から5ヶ月後貴方は、母親を事故で亡くします』
『なっ…⁉︎』
谷間良はその言葉に驚愕した…だが、それと同時に納得する
『そっか、それでまだ未成年の俺を引き取る為に実の父が来た…もしくは実の父を探した』
『はい…後者の方です、それにあの時はお婆さん__貴方のお母さんが事故を起こしてしまった方で貴方には損害賠償を要求されていたそうです』
『そうか、そりゃ19歳の青くさいガキ一人じゃ何も出来ないもんな』
谷間良の声が僅かに震える
もう二度と実の父や兄…姉とは会わないと思っていたのだから
『16年振りに会うのか…』
谷間良は未来の自分が住んでいたと言う家の窓から見える外を眺めながら言う
その表情はどこか陰があった
『16年振りってどういう事ですか?』
由香奈は何気なく聞く
『…兄さんから、聞いてないのか?』
由香奈はこくりと頷く
『俺が、3つの頃だ…と言ってもあまり覚えてないけど、俺の母さんと実の父が離婚した』
谷間良は焦る胸を抑えつけながら説明する
『で、その時兄さんと姉さんは実の父の元に…そして俺は母さんの元に引き取られる事になった』
『だから、16年振りなんですか…』
由香奈は複雑な表情と思いで谷間良を見つめる
『それだけならまだ良い…母さんは離婚してすぐ他の男と再婚したんだ、けどそれがまた酷い男でさ__いつも、暴力振るうんだ』
谷間良は努めて明るく振る舞う…今目の前にいる由香奈に気を遣わせないために
『でも、その義父も二年前の冬に死んじまったんだ』
『その人は…何が原因で亡くなったの?』
谷間良は一瞬躊躇う…答えたくなかった訳ではない__只、あの時の‘‘約束’’を思い出していたからだ
『癌だった…それも末期でもう助からなかった』
『…そう』
由香奈は視線を下に向ける
それを言う谷間良の姿が余りに痛々しくて見ているのが辛くて耐えきれなかった
『亡くなる時に、一瞬意識が戻ったんだ…その時病室には俺一人だった、義父は小声で俺に言ったんだ』
‘‘いつも、迷惑かけてごめん…な、これからは…お前、が母さんを守れ、よ’’
『それが義父の最後の言葉だった…俺は心の中で誓ったよ、‘‘親父’’の分まで母さんを守ってやるって』
そういう谷間良の顔は寂しげで…だがそこには断固とした意志が感じられた
『でもそっか…もう母さん、‘‘亡くなっちまう’’のか』
谷間良は再び遠い目で窓越しに外を見つめる
そこでふと谷間良は一つ疑問に思った
『でも、なんでさ…俺__いや、‘‘未来の谷間良’’のためにそこまでするんだ…只の親戚だろ?』
それを聞いた由香奈の顔が強張る
『‘‘親戚’’じゃない…叔父さんは‘‘家族’’よっ‼︎』
『どういう事だ?』
『私が11の時お母さんとお父さんが事故で亡くなったの…その時叔父さんが私を引き取って10年間育ててくれた』
(多分、助けたかったんだろうな…)
‘‘未来’’の谷間良は多分、自分と同じ境遇の人間がいたら手を差し伸べたい…そう思っていたはずだ
現に‘‘現在’’の谷間良がそう望むのだから
『つまり、恩返しの為に…か?』
そう尋ねると由香奈の顔が歪む
そして、その質問に何も答えずずっと無言でいる
(色々、思うところも有るんだろうな…)
谷間良はその話題を変える事にした
『なぁ、‘‘未来’’の俺ってどういう奴なんだ?』
谷間良は気になっていた…
未来の自分はどうなっているのか、現在と変わらずに適当に生きているのかもしそうなら__
(俺は、何の為に生きてるんだろうなぁ)
そんな過酷な事が自分の身に降りかかってもなお、変われないでいられる訳が聞きたくなる
『…今と殆ど変わりませんよ、一人称が私ってくらいで、特に変わりはないですね』
『そうか、俺__変わらないのか』
それなら聞いてみたいと谷間良は思った
(一体、そんな過酷な中で‘‘俺’’は何を励みに生きたのかな)
『由香奈にとって、未来の‘‘谷間良’’はどんな奴だった?』
由香奈は谷間良に言われて僅かに顔を赤くする
谷間良は首を傾げて由香奈を見る
(どうして、顔を赤くするんだ?)
暫く無言でいると慌てたように口を開く
『そ、そうですね…一言で言えば‘‘不思議な人’’ですね』
『…‘‘不思議’’?』
谷間良は怪訝な目を向けながら聞く
『はい…いつも一人なのに、あの人の周りには沢山の人が寄って来るんです…それも自然に』
由香奈は目を閉じて言葉を続ける
『いつも凄い人なんだってそう思って見てた…けど
全然違った__一緒に暮らしてみてそれがよく分かった…叔父さんは自分の出来ることを精一杯やってるだけの普通の人なんだって』
今まで‘‘未来’’の谷間良と一緒に過ごしてきたなのか由香奈の言葉には愛情が感じられ…また、だからこそ谷間良(叔父さん)を真っ直ぐ見て受け止めてるように谷間良は考えた
『そうか…』
谷間良は由香奈の言葉を聞いて安堵する
未来の自分は皆に受け入れられ、自分の成すべきことを全力で成し遂げる人間である事に