2〜中二病は常識人?〜
2〜中二病は常識人?〜
「おにぃちゃ〜ん!入るよ〜?」
日曜日の朝。ノックの代わりに部屋前で大きな声を出したのは妹の比呂だ。
返事を前にドアを開け入室し、さらに大声を部屋内に響かせる。
「起きろー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
睡眠に終焉をもたらす叫びが俺の鼓膜を直撃した。
ビクッ!っとしたが、あくまで冷静に瞼を開ける。そして、まだ身体は起こしたくない。
瞼を開けたタイミングで添い寝をしていた我が眷属は凛々しい四本足を存分に使い跳び起きた。
明らかな被害者、我が眷属に同情し、俺もゆっくり身体を起こして、まだ眠い目を擦りながら制御不能のあくびを一つ。
そしてベッド脇の時計を涙目で確認した。
「・・・まだ八時にもなってねぇ」
時刻は朝七時半を少し過ぎたばかり。設定したアラームまであと一時間以上もある。もちろん設定したのは時計のアラームで、妹にした覚えは一切なかった。
「比呂・・。なぜ兄さんを起こした?」
毎週の休日に起こされているなら納得できる。だが、そんな履歴はなく、毎週しっかりお昼まで寝てるのだ。何か深い理由あるはずだ。
「んーと。なんとなくだよ」
気分でセットされる目覚ましアラームほど最悪な物はないな。そう思いながら視線を右下に移した。
そこには、添い寝をしていた被害者である我が眷属、ゼウスがすでに二度寝に入っていた。聴力が優れているこいつには凄い迷惑なアラームだったろうに。
そう心で呟き、我が眷属、ゼウス[小さめの柴犬。雄。毛並み最高]の頭部を撫でてやる。
「早く起きておにぃちゃん。歯磨きして、そのライオンみたいな寝癖なおしてきて。朝ごはん食べよ?」
我が家は四人家族と、いちゼウス。両親の仲は良く、休日になると毎回二人で朝から出掛け、帰宅するのは結構遅め、どうやら本日もすでにいないようだ。
そのせいか、休日の比呂はお母さん化する。それでも今日のように兄の睡眠に終焉をもたらすことはなかったが、とうとう本格的にお母さん化が始まってまったようだ。
兄は中二病で中二の妹がお母さん。
育たない兄と育ち過ぎた妹。
ラノベのタイトルみたいな兄妹だな。
苦笑し、一人ごちた俺だが、自宅では普通の兄だったりする。
中二病の俺は学校での生き方。家では普通の兄妹、仲も普通に良い。
「今朝のメニューは?」
「比呂特製のオムライス!!」
なお、育ち過ぎたのは中身だけで、外見の発育と味覚はしっかり中二なのだ。
とくに、外見の発達は遅れ気味とも言える。低身長まな板ボディ。
お淑やかお姉さんになりたい願望があるらしく、背伸びして伸ばし始めた髪はしっかりケアしているようで、母さんとリビングで洗い流さないヘアトリートメントを寝る前に浸透させあっている。そのおかげでリビングには素晴らしい良い匂いが広がっているのだが、肝心のトリートメントの効果は、俺にはわからなかった。
「今日も綺麗な髪だな」
ベッドから起き上がった俺は、効果不明のトリートメントケアされた髪を撫でながら囁いた。
効果不明ではあるが、元々、あるいは若さの恩恵で綺麗な髪は本当のことなので、別に嘘つきではない。世の中には言って良いことと、悪いことがあるものだ。言わないことで比呂が喜ぶなら兄として当然の振る舞いだろう。そのくらいの空気は読めるさ。
俺の胸中知らず、まんまと乗せられた比呂は「えへへ・・」と照れ微笑し、嬉しそうに長めの後ろ髪を両手でなびかせた。
「じゃあ、俺は歯磨きしてくるからな」
そう小さく残し、頭をポンっと軽くひとつきしてから、一階の洗面所へと歩いた。
「うわ、寝癖すご・・・・・」
洗面所の鏡に映る自分に小さく呟きながら、まだ容量に余裕がある歯磨き粉のチューブを軽く絞り、シャカシャカ。
「おにぃちゃんまだー?」
リビングから短い廊下を駆け抜け、洗面所まで届いた妹の声に返事をすることはできなかった。口内は微細な泡で洗浄中。声は出ないが思うこと一つあり。
まだ?と聞くにはあまりにも早すぎるだろ、まだ三分もたってないぞ。
洗面台に置かれた時計を見つめながらひたすらシャカシャカし、しっかり口をゆすぐ。一緒にいただきますしたい妹はどうやら自作のオムライスお預け状態なのだろう。
「寝癖は食後にするか」
時間がかかりそうな寝癖直しを食後のミッションにし、顔を素早く洗い台横のタオルで顔を拭く。
タオルを首に掛け、寝巻きジャージ姿でリビングへと向かった。
リビングに近づくにつれ、オムライスの良い匂いが鼻に舞い込む。その暴力的な匂いに寝起きの脳は空腹を思い出し、共感した胃袋は、グゥ〜。っと唸った。
「おにぃちゃん寝癖だし、パジャマジャージ姿だし・・・何してたのよ」
歯磨きと洗顔だ。そもそも三分以内に呼び出したのは比呂、お前だぞ。
脳内で小さめに囁いた。声に出したかったが、リビングが不思議な光景になっていたため、声はその原因に発することにした。
「なぜいる?鈴音・・・・」
なぜか居る幼馴染に普通に問いかけた。よく見るとテーブルにはオムライスがしっかりちゃっかり三皿並べられている。
「すごい寝癖だね。部屋は強風向かい風?。よく寝れたね」
相変わらず俺の質問を無視し、己の発言をする幼馴染はブレない。そのブレなさには脱帽するが、なぜいる?
「もう一度聞くが、なぜいる?」
怒ってるわけじゃないが、理由くらい知りたい。常識的な疑問だろう。
「不思議だよね〜」
俺の質問にそう答えるお前が一番不思議だよ。鼻で笑い、心で呟く。
「私が誘ったんだよ。偶然庭で会ったから」
どうやら比呂が招いたらしい。妹は健康志向が高く、本人が言うには「規則正しい生活は発育を助ける」らしい。
今のところ効果なしだが、継続することで成し遂げると日々強がっている。
おそらく、早朝ジョギングに出る際、庭先で会ったのだろう。
だがここで新たな疑問が生まれる。
「ジョギングなんてしないお前はなぜ外にいたんだ?」
鈴音がジョギングしてるなんて生きてて一度も聞いたことない。朝の弱いこいつがジョギングなんてするはずもない。
家が隣で幼馴染ゆえに、知ってることは結構あるつもりだ。
「早起き出来たから、とりあえず外で背伸びしてたら比呂ちゃんに会って、今にいたるって感じかな」
「なるほどな。まぁいいだろう」
よくはない。だが、脳内に山積みされた言いたいことを質問してもどうせまともな答えは返ってこない。さっきの説明を理解できるほどの理解力は持ち合わせていないのだが、もはや諦めた。
そんなことより、視覚と嗅覚で空腹を刺激してくるオムライスが今の最優先事項だ。優先順位を格付けし、テーブルの方へ歩み寄る。オムライスが置かれている空席に腰を下ろしたところにしっかり者の妹がすぐ側のキッチンからお盆に乗せた野菜スープを慣れた手つきで運び終えたところで、一斉に「いただきます」と食前のマナーをきっちり守る。
「おにぃちゃんどお?おいしい?」
一口目を飲み込む前にニコニコしながら聞いてくる妹。
「うん。美味しいよ。さすが比呂だな」
妹が笑顔を咲かせるためなら、たとえマズくても美味いと言ってしまうだろう。
兄とは愚かな生き物かもしれない。声に出さず呟く。
「ふふがふおひゃんふぁふぇ、ふぉいひー」
「お前は飲み込んでから喋れよ・・・」
口いっぱいに頬張り、リスみたいな顔で話しだした幼馴染には容赦無くツッコむ。
「んっ・・・。さすが比呂ちゃんだね。おいし〜」
ちゃんと聞いてくれた幼馴染の発言に妹は「へへ・・」とご機嫌な様子。
普段から素直に聞いてくれればなぁ。と、幼馴染を横目にジトッと見ながら俺も食事を続ける。
「ごちそうさまでした」
一足先に食事を終えた俺は食器を洗うため、キッチンに向かおうとした。
「おにぃちゃんは寝癖直してきて。食器は私が洗うから」
どうやら妹には俺のライオン髪は不評のようだ。妹の申し出に「ありがとう」と素直に感謝し、再び洗面所へと足を運ぶ。
「しかし目つき悪いな俺・・・・」
改めて鏡に映る自分を見てそう呟き、シャワーで頭全体を濡らしリセットさせる事を決意した。
それを終え、タオルドライの後にドライヤーを使い、普段の髪型へと修復させる。別にこだわりの髪型ではないのだが、実は、妹がこの髪型にしてよ。と、要望を出した髪型なのだ。
少女漫画に夢中な妹は、ハマっている作品のイケメンの髪型を俺に勧めたのだ。
髪型にこだわりのない俺は、奇抜なものではなかったので、妹の要望に素直に答えた。最初はこの微妙に長い前髪は鬱陶しかったが、今では慣れた。特にセットの必要もない自然な髪型だが、妹は満足してくれたようで、兄としても満足である。
「さて、そろそろゼウスも朝食だな」
ミッションコンプリートな俺はそのまま自室へ戻り、二度寝している我が眷属、ゼウスに朝食を上げることにした。
リビングでは内容の無さげな女子トークが開催されているようなので、唯一の男子な俺がそこに行くのは肩身が狭いってもんだ。
なのでそのまま自室にこもること三十分。とりあえず寝巻きジャージから着替え、テレビを見ながらゼウスを撫でたり小さなボールを投げてゼウスと遊んだり。そんな有意義な時間を過ごし、そろそろ学校のあいつらも朝食を上げる時間なので、名残惜しいがゼウスを一撫でし、リビングへと向かう。
「ずいぶん長い寝癖直しだったね」
リビングに付くと幼馴染がそう言った。
「んな訳ないだろ。部屋でゼウスと有意義な時間を過ごしてたんだよ」
「ネーミングセンス微妙だよね。犬に神様の名前って・・・」
お前の知力でゼウスが神の名だと知ってたことに驚いたよ。
「おにぃちゃんはゼウちゃんとばっかり遊んでるもんね」
妹の発言に「そうでもないだろ」と、小さく返し、幼馴染には「そろそろ行くぞ」と、出発の意思を伝える。
「なになに?デート?デートなの?デートなんでしょ?キャハ〜」
少女漫画好きな妹は、おそらく兄が幼馴染と出かける=デート。と、少女漫画脳を存分に発揮し、目をキラキラさせながらそう言った。
「いや、委員会で学校行くだけだよ」
俺の返しを聞いた妹は、キラキラした目を落ち着かせ「なんだぁ」と、不満そうに呟いた。
「あ、そうだ、その後ちょっと付き合ってよ」
幼馴染の一言で妹は再び目の輝きを取り戻し、ついでに華奢な下半身を軸にメトロノームの振り子のように、左右にユラユラクネクネしだした。さぞ嬉しそうだった。
「どこにだ?」
断って寝たい。それが本音だが、妹があまりに嬉しそうだったのでとりあえず目的地を聞くことにした。
「ん〜。行ってからのお楽しみってことにしよう」
間違っている。それは俺にとってお楽しみではない。単なる嫌がらせと言うんだバカめ。やはりこいつは低級小悪魔だな。と、再認識した。
「俺は忙しいんだ。断る」
特に予定はなかったが付き合う義理もない。だいたい本来の予定であった読書はこいつのせいでできなくなったのだからな。
「ダメだよおにぃちゃん。女の子からの誘いは付き合ってあげないと。そんなんじゃなにも始まらないじゃない!」
なにも始めるつもりがないから構わない。だが・・・妹が、比呂があまりにも純粋な眼差し・・・天使の瞳でそう言ったため・・・。
「わかった行くよ・・・・・」
折れた。
妹の瞳を裏切ることは出来ない。兄の愚かさを存分に発揮し、折れた。
俺の一言に比呂は「うむ、よろしい」と腕を組み、兄と幼馴染をキラキラしながら送り出した。