表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

予兆

 最近、真聖の恨めしい視線が妙に突き刺さる、と赤屋は感じていた。

 原因はわかっている。

 今は夕飯もすでに食べ終わり、大剣やナイフなど武器の手入れをしているのだが、側には詩亜が座っており、彼女は赤屋の動作をぼうっと見つめているのだ。

 彼女は風邪が治って体調は戻ったのだが、あまり元気がなかった。両親のことを思い出したせいかもしれない。

 赤屋の前で思い切り泣いたからだろうか、あの日以来、詩亜は何かと赤屋にべったりだった。

 別に何かねだってくるとか甘えてくるとか、そういうことは一切ないのだが、気付けば赤屋の側にちょこんと座っているのだ。

 そんな状態で、真聖が面白い訳がない。

 今も真聖はチラチラとこちらを見ては本を読む振りをしている。

 ――鬱陶しくて堪らん。

 いつまで続くのかと溜め息を吐きながら、キュッキュッと武器を布で拭いていく。

 未だ藍堂にも会えない状態なのだ。どうやら緑苑の方に遠征に行っているらしい。本気で双子の身寄りを探す気があるのか、疑わしいものである。

 不意に真聖が本をパタリと閉じた。

「詩亜、そろそろ寝た方がいいんじゃない? まだ本調子じゃないみたいだし」

「うん……。あの、赤屋さんは明日もお仕事ですか?」

「ああ」

 本当は依頼はないのだが、少しでも彼らと一緒にいる時間を減らしたい。

 最近頻繁に起こっているという神隠しについても、そろそろ本腰を据えて探そうと思っていたのでちょうどいい。その調査に出掛ける予定だった。

「そうですか、気を付けてくださいね」

 詩亜は微かに笑みを浮かべ、どこか名残惜しそうに部屋へと戻って行く。

「……ロリコンにだけは目覚めないでよね、赤屋さん」

「目覚めて堪るかっ」

 詩亜が見えなくなった途端、半目で睨み付けられ、思わず突っ込む。

 確かに以前よりも同情の余地があると多少は感じているが、ただそれだけだ。ロリコンの道に進むことなど到底あり得ない。

「そういうのはね、否定すればするほど怪しいんだよ、赤屋さん」

「じゃあどう答えりゃいいんだ」

 どうせ何を言っても納得はしないのだろう。

 大体、そんな話よりも彼には聞きたいことがあるのだ。

 詩亜が風邪を引いた時、真聖は『邪神と一つになった』と告げてきた。しかし聞き返してみると、『詳しい説明は割愛するよ』と言ってはぐらかされてしまったのだ。自分から申告してきたというのにどういうことなのか。

 嘘を言っている可能性もあるが、あの場面で嘘を言う必要性も感じられないし、藍堂が真聖には注意しろと言っていたことも引っ掛かっていた。何より赤屋自身、彼から人間ではない異質な力を感じ取ったのである。

「おい、それよりもいい加減説明しやがれ」

 真聖は「何のこと?」と空惚ける。

「邪神のことだ」

 はっきり言ってやると、真聖はクスリと微笑んだ。

「気になるの? 呪力持ちの厄介事なんてごめんなんだと思ってたけど」

「あんな言い方されりゃ、誰だって気になる。それにお前は一つ勘違いしてる」

「どこが?」

「確かに俺は呪力持ちは嫌いだが、一番大嫌いなのは邪神だってことだ」

 そう言うと真聖は目を細める。

「俺達はあいつらのエゴで振り回されてる。呪力を与えたり、殺したり、一切関与してこなかったりな。そんな邪神が与えた呪力を我が物顔で使うから、お前らも嫌いなだけだ」

「……随分と私情が混じってそうだけど、呪力持ちの大半は悲惨な扱いを受けてるよ。ボク達だってそうだ」

「ああ、そうだな。だから同情はしてるし、一番滅ぶべきは邪神だと思ってる」

「……まさか、邪神を殺す気?」

 真聖は怪訝な表情を見せる。

「殺せるものなら殺す。正常人だからって甘く見るなよ」

 初めて邪神を見た時、赤屋はまだ幼い子供だった。

 故郷に突然舞い降りた邪神は、何の躊躇いもなく背中から生えた妙な触手を使って村人を次々と貫いたのだ。

 赤屋の家族もその犠牲となった。そしてある程度の人間を手に掛けた後、同郷である藍堂にだけ、邪神は呪力を残していった。

 赤屋は恐れながらも逃げることはしなかった。刺し違えてでも立ち向かうつもりでいた。しかしどうしてか邪神には見向きもされず、殺されることなく生き延びてしまった。

 酷く腹立たしかった。殺すなら殺せと。呪力を与えるなら与えろと。殺されもせず、殺すことのできる力も与えられず、ただのうのうと生き延びてしまった。

 それからは必死に己の力を磨いた。邪獣にも呪力持ちにも匹敵できる力を、自ら身に付けた。

 そしていつしか、戦いを好むようになった。あまり表立って出してはいないが、赤屋はかなりの戦闘狂いである。強敵であればあるほど気分は高揚し、命も惜しまず戦いに没頭するのだ。

 呪力などなくとも戦えるのだということを、証明したいが為に――

「……へえ。一つ思ったんだけどさ、本当は赤屋さんって、呪力持ちが羨ましいだけなんじゃないの?」

 薄ら笑う真聖に、しかし赤屋は否定できなかった。

 呪力持ちとなった藍堂は、生き残った彼の親や村人達から恐れられ隔離されはしたのだが、邪獣から村を守る為には欠かせない存在となっていた。

 邪神によって生まれた邪獣を邪神によって与えられた力で倒す。これほど矛盾したこともないのだが、それでもやはり、戦える力を持つ藍堂を羨ましく思ったことはある。

「そうかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。今は、お前が邪神とどういう関係にあるのか。俺はそれが知りたい」

 真聖は思い切り溜め息を吐いた。

「あのさぁ、邪神が大嫌いで殺したいって言ってる人に、仮にも邪神と一つになったって言ってるボクが、詳細を説明するとでも思う?」

「呪力持ち嫌いだってことはもうわかってただろう。ならどうして中途半端に俺に教えた」

 きつめに言うと、彼は決まり悪そうに金髪頭をポリポリ掻く。

「……誰にも言ったことなかったから、誰かに言いたくなったのかもね」

 どこか悲哀を感じる言い方だ。

 もし赤屋に何かを期待しているのなら、それはとんだお門違いである。赤屋にとって彼ら双子は、あくまで一時的に預かっているだけの赤の他人に過ぎない。

 ――これ以上の関わりは、自分の首を締めるようなもんか。

 邪神のことは大いに気になるものの、踏み込めば後戻りできないような気もする。真聖も口が堅いようなので、赤屋は一旦引くことに決めた。

「……全部話す気がないなら、お前ももう寝ろ」

 視線は手入れをしている武器に向けたままそう言うと、彼は少し迷っている素振りを見せながらも、「……わかった」と一言だけ呟いて部屋へと戻って行ったのだった。




 明けて翌日。

 赤屋は日が昇る前には起床し、双子と顔を合わさずに家を出て、神隠しが起きた地域へと足を運んだ。

 相当田舎なので着いた頃にはすっかりと日が登り、辺りは田んぼしかないような平地が広がっていた。

 さっそく聞き込みを開始しようと村人を探してみると、

「おんやあ、物騒なもん持ってぇ。見掛けない人だねぇ」

 運よく、中年女性に話し掛けられた。物騒なものとは、赤屋が背負っている大剣のことだろう。買い物帰りなのか、手提げ袋に大量の食材が詰まっている。

「俺は邪獣討伐の仕事を請け負ってる者なんだがな。ここら辺で神隠しが起きてるって聞いて、少しばかり調査しようかと来てみたんだ」

「ああ、子供が何人も行方不明になってる事件のことかい? でも、あれは邪獣がやった訳ではないと思うよ」

「何故だ?」

「神隠しに遭った子供のほとんどは、いなくなる直前に白髪の女の子と一緒にいるのを目撃されてるらしくてねぇ。その子が犯人じゃないかって皆噂しているよ」

 ――白髪の女の子?

 赤屋が疑問に思っていると、女性は周りをキョロキョロしながら、声をひそめて言った。

「でも、その子が人間かは怪しいもんだけどさ」

「どういうことだ」

「アタシが生まれる前にも神隠しがあったらしくてね、見たっていうんだよ、アタシんとこの母ちゃんが」

「それは――白髪の少女をか?」

 言い当てると彼女は、「そうそう!」と笑いながら赤屋を指差した。

「母ちゃんももう年だからさ、こんなこと人に言っても年寄りの世迷い言だって馬鹿にされるだけだろ? だからアタシも近所の人達には言うなって口止めしといたんだけど。まあ、あんたならいいかぁ!」

 爽快に笑いながら、「あ、アタシが言ったってのは秘密にしといてちょうだいね」と付け足した。

 赤屋が頷くと、突然遠くから女の悲鳴が聞こえてきた。

「な、なんだい、おっかないねぇ!」

 彼女は驚いて手提げ袋を地面に落とす。

 もしかしたら邪獣が出た可能性もある。赤屋は「情報ありがとよ」と残し、女性の返事も待たずに悲鳴のあった方角へ走り出した。

 向かった先には予想通り、虎が元になっているだろう邪獣と、髪を一つに束ねた緑色のマントの男が戦っていた。

 若い女が青ざめた表情で震えているのを、視界の端に捉える。

 先程の悲鳴は恐らく彼女だろう。

 てっきり邪獣が怖くて震えているのだろうと思っていたのだが、どうもそれだけではなさそうだ。

 男は拳に緑色の光を纏わせながら、邪獣へありったけの力で何度も叩き込んでいる。

 ――呪力持ちか。

 すでに邪獣は虫の息のようであったが、男の動きは止まらない。

 彼の顔には狂気的な笑みが貼り付けられており、ついには邪獣の腹をぶち破って手を突っ込んでしまった。

 ブチブチと嫌な音を立てながら、邪獣の腹から紫色の血と臓物やら何やらが引き摺り出される。

「ひぃ!」

 女は堪らず悲鳴を上げて目を逸らす。

 さすがに見兼ねて、赤屋は男の背後に回り込んだ。

「おい、その辺で止めとけ」

 男の腕を掴み取って動きを止める。

「…………?」

 男はゆっくりと振り返る。暗く歪んだ瞳だと思った瞬間、彼はハッとした表情になり、赤屋に掴まれた自分の腕と邪獣の亡骸を見比べた。

「…………くっ」

 頭痛がするのか、苦しそうに額を抑えてその場に(うずくま)ってしまう。

 ――面倒くせえな。

 ボリボリと頭を掻いて、赤屋は取り敢えず震えたままの女に「怪我はないのか」と訪ねれば、恐る恐るといった様子で彼女は首を縦に振って答えた。

「そうか。じゃあここはいいから、早く帰った方がいい」

「あ、あの……ありがとう、ございます……」

 礼を言われるのも妙ではあったが、女も他に言葉が出なかったのだろう。小走りで去っていく。

 あとは、この男をどうするかだが――

 そう思った矢先、男はスッと立ち上がった。

「……助けたつもりが、逆に彼女を怖がらせてしまったみたいですね」

 彼は肩を落とし、懐から取り出した布で血に汚れた手を拭う。それから赤屋に向き直って綺麗な姿勢で一礼した。

「ご迷惑をお掛けしました。おれは香羅朱と言います」

 さっきまでの狂気染みた様子はどこへやら。今はまるで好青年といった雰囲気を醸し出す彼に虚を突かれる。

「……赤屋だ」

 変な名前だと思いながら、一応自分も名乗っておく。

 香羅朱は爽やかに微笑んで見せると、赤屋の背中の武器に視線を注いだ。

「あなたは、この村の人ではないですよね?」

「ああ、ちょっと野暮用でな。そういうお前も違うだろう」

「ええ、まあ」

 香羅朱は言葉を濁すと、何かを思い出したかのように「赤屋さんは、この辺りで起きてる神隠しのこと、何か知ってますか」と聞いてきた。

「何だ、お前も神隠しの調査に来たのか」

 思わず聞き返すと「もしかして赤屋さんもですか」と驚かれる。

「邪獣討伐の仕事を請け負ってる身でな。邪獣絡みの事件なら、ちょっくら退治でもしようかと思ってたんだが……」

「邪獣ではないと思いますよ」

 先程の中年女性と同じことを言われ、赤屋は眉をピクリと動かす。香羅朱は少し慌てて頭を振った。

「ああ、いや。他の人に聞いただけなんで、本当にそうかはわからないんですが」

 とすると、彼も白髪の少女のことを他の村人から聞いたのかもしれない。

「ちなみに、それは白髪の少女のことか?」

「見たんですか!?」

 確認してみると、香羅朱は目を見開いて赤屋の眼前に迫ってきた。

「……落ち着け。噂に聞いただけだ」

 宥めれば、彼は残念そうに「そうですか」と呟く。この反応からすると、神隠しについてというよりは、その少女の方に興味があるのだろうか。

 すると突然、彼は自身の腹を抑えて呻き出す。

 不審に思い、その腹を抑えた彼の腕を取り払うと、服が血でべっとりと滲んでいた。

「さっきの邪獣か?」

「女の人が殺されそうになる直前に出くわしたもんですから……少し、ヘマをしました」

 彼の額から汗が流れる。かなり深手を負っているようだ。この状態でよく今まで平然としていられたものである。

「医者を探すぞ」

 肩を貸そうと香羅朱の腕を掴むが、「いえ、結構です」と距離を置かれた。

「さっきの件もありますし、おれは呪力持ちです。村の人はいい顔をしないでしょう」

 確かに呪力持ち以前に、彼の行動は女子供が見たら軽くトラウマになったかもしれない。

「そうは言ってもその傷、自然に治るとは思えないぞ」

「大丈夫です」

 キッパリ言い放たれれば、無理強いもできない。これ以上呪力持ちと関わりは持ちたくないのだが、かと言って放っておく訳にもいかないだろう、人として。

「俺の家に来い。結構歩くが、その根性がありゃ余裕だろ」

 香羅朱はぽかんと赤屋を見る。

「安心しろ。呪力持ちでも正常人でも、金さえもらえりゃウェルカムな闇医者を紹介してやる」

「それ……あんまり安心できませんね」

 言いながら、香羅朱はクスッと笑う。

「赤屋さんって変わってますね。おれ、完全にヤバい奴だと思われても仕方ないと思ってたんですが」

 もちろん、さっきの香羅朱は完全にヤバい奴だと思っていた。しかし――

「今のお前は大丈夫そうだからな」

 そう言うと、彼はどこか切なそうに微笑んで「ありがとうございます」とぼそりと呟いたのだった。




「あの男、人間じゃないんじゃないかあ?」

 闇医者こと紫暮しぐれという老爺は、香羅朱の手当てをした後、不思議そうに赤屋に問うた。

 つるっぱげにバンダナを巻いた白衣姿の彼は、赤屋の馴染みの医者である。無免許の自称医者だが、腕はいい。身元不明の呪力持ちが受診できる数少ない病院でもあるので、彼らにとっては必要不可欠な闇医者だ。薄汚い小さな建物内でひっそりと経営しているのだが、紫暮の気さくな人柄もあってか、赤屋も公の病院より居心地がよかったりするので、仕事で怪我を負った時は診てもらっているのだ。

「少なくとも、俺は人間のつもりでここへ連れてきたんだが」

 人間でなければ何なのか。ちなみに香羅朱は、別室で休んでいるらしい。

「血の量に対して、傷口は全然大したことがない。というか治りかけているように見えたしなあ。わしも長年医者モドキの仕事をしてきたが、こんなに回復が早い事例はなかったぞい」

 紫暮は感心したように唸る。

「自分でモドキ言うな。あいつは呪力持ちだから、そういう能力を持ってたりとかじゃねえのか?」

 治癒能力などという便利な呪力があるなんて聞いたことがないが。

 しかし紫暮は「なるほど」と言って納得してしまった。

「儂も正常人だからな、呪力についてはトンと疎いが、そんな呪力持ちを見たことはある」

「あるのかよ」

 適当に言ったつもりだったのだが、まさか実在するとは。だがそれが事実ならば政府が黙っていないのではないだろうか。相当貴重な存在として優遇されるか、最悪利用されそうなものである。

「しかしなあ。かすり傷を少ぉしばかり早く治せる程度のもんだ。あの男並に回復の呪力が使えたら、呪力持ちの立場は逆転することもできちまうだろうさ」

 その通りだ。

「じゃあ違うってこった」

「それは儂にはわからんよ。香羅朱と言ったか、大体どこの誰なんだ。赤屋の友人じゃないのかあ?」

「いや、偶然会っただけの奴だ」

「はは、相変わらず人がいいなあ、お前さんは。双子ちゃんもまだ一緒に住んでるらしいじゃないか」

 顎を擦りながらニタニタと笑って気持ちが悪い。

「うるせえよ。好きでやってる訳じゃない」

「好きじゃなかったら、逆にこんなことやれんだろう」

 断じて違う。そう否定しようとしたが、もう面倒になってしまった。確かに双子を預かるのも香羅朱を助けたのも、選んだのは自分だ。だがやむを得ない事情というものはあるだろう。それに対し、人がいいと言うのはまた違う気がするのだ。

「赤屋さんって、本当は呪力持ち大好きなんでしょ。嘘つき」

 突如、背後から聞き覚えのある子供の声が聞こえた。

 振り向き見下ろせば、鞄を背負った真聖がすぐ後ろに立っていた。

「おまっ! どっから湧いて出た!」

 思わず大声を出してしまう。

 全く気配を感じなかった。油断していたせいもあると思うが、それにしてもこんなに間近に迫るまで気付けないのが信じられなかった。

 真聖はそんな赤屋の心中を知っているのかいないのか、ただニコニコと笑って赤屋を見上げている。

「学校から帰る途中で、赤屋さんが知らないお兄さんと一緒に歩いてるのを見掛けたんだよ。だからそのままついて来ちゃった」

「……詩亜もいんのか?」

 真聖がいるならいない訳がない。そう思ったのだが、何故か予想は外れ、真聖は「先に帰らせたよ」と言った。

 あの真聖が自ら詩亜と別行動を取るとは、かなり妙な気がした。

「そのお兄さんが変な人だと困るでしょう。もしかして、家で彼の面倒を見るなんて言い出さないかと思って、赤屋さんを止めに来たんだよ」

 顔は笑っているが、目が笑っていない。しかし、そういうことであれば納得がいく。

 もちろん、真聖に言われずともさすがに家へ泊まらせるつもりはない。赤屋は彼の狂気的な行動を直に目にしているのだ。自分一人ならともかく、双子を預かっている状態でそれは無用心過ぎるだろう。

「心配すんな。泊める気はねえよ。あいつも手当て受けたらすぐ戻るって言ってたし、紫暮ジイさんの話からすると、一眠りすりゃ完全に治っちまうんじゃねえか?」

 紫暮は赤屋の言葉に「かもしれんな」と相槌を打って真聖に視線を送った。

「ところで君が、赤屋が預かってるっていう双子ちゃんの片割れかい?」

 真聖は礼儀正しく一礼し、「こんにちは」と挨拶をする。

「お爺さんも、あのお兄さんとあまり関わらない方がいいと思いますよ」

「おや、儂の心配をしてくれるのか。嬉しいねえ」

 紫暮は真聖の頭を撫でてやった。

 それにしても、会ったばかりの紫暮のことまで心配するとは、シスコン魂のスペシャリストである真聖から考えるととても信じることができない。

 あるいは、香羅朱について何か気になることでもあるのだろうか。狂気的な彼を直に見た赤屋こそが、気にすべきだとは思うのだが。

「取り敢えず、俺もここで仮眠させてもらう。真聖は帰ってろ。もしかしたら今日は帰らねえかもしれねえから、夕飯はいらねえって詩亜に伝えとけ」

 紫暮に香羅朱を任せきりにする訳にもいかない。

「……わかった」

 まだ何か言いたそうではあったが、真聖は大人しく返事をし、薄汚い扉を開いて出て行った。

 ――あいつこそ何者かわかんねえけどな。

 そう思ってから、真聖も十分に危険人物なのではないかと気付いたのだが、もう今更だろうかと考えるのを放棄する。

「何だ、護衛のつもりか? 自分で連れ帰って来てご苦労なこったあ」

 ニタニタ笑う紫暮に、赤屋は自分でも馬鹿だなと思い始めてしまった。

「俺は寝る」

 そう一言だけ告げ、これまた薄汚いソファーへと寝そべって仮眠を取ることにした。


 それから数時間後――


「赤屋、起きろ」

「……んん?」

 紫暮の声に目を覚ませば、香羅朱が顔を覗き込んでぺこりと一礼した。

「赤屋さん、ありがとうございました。おれはそろそろ失礼しようと思います」

 ソファーから起き上がり、ボサボサの髪の毛を軽く整えながら「そうか」と返事する。そして彼の腹へチラリと視線を向けた。

「もう傷はいいのか」

「おれ特異体質なんで、怪我の治りは元々早いんです。紫暮さんの治療のおかげで、もうほとんど通常通りに動けます」

「……特異体質ねえ」

 紫暮が真実か推し量るかのように視線を送るが、赤屋はそれで納得することにする。

「また神隠しのことを探るのか?」

「ええ、そのつもりです。それで一つお聞きしたいんですが、赤屋さんは白髪の少女について何を聞きましたか?」

「あの時言った通り噂程度の情報だが、そいつが子供をさらった犯人だろうってことしか聞いてない」

 ふと、中年女性の母親の話も思い出す。

「そういや、数十年前にも神隠しがあったらしいが、その時も同じ姿の白髪の少女を見た奴がいるらしい」

「はは。そりゃあ、幽霊じゃねえのかあ?」

 小馬鹿にしたように笑う紫暮。

 しかし香羅朱は顎に手を当てて、何やら真剣に考え込んでいる。

「……つまり、彼女はずっと子供を誘拐し続けているんですね。永い間、ずっと」

「あー、まあ、それが本当の話ならな」

 どこか論点がずれている気がする。

 いや、最初からずれているのだろう。恐らく、香羅朱の目的は――

「お前は白髪の少女を探してるのか」

「…………どうしても会わなくちゃならない」

 一人言のように呟き、「子供……か」とぽつりと漏らす。

「あ、ぼうっとしてすみません。赤屋さん、ありがとうございました。そろそろ行きます。紫暮さんも、本当にお世話になりました」

「もう日も暮れてる。一晩くらい泊まってけばどうだ」

 紫暮が申し出るが、香羅朱は首を横に振る。

「これ以上は迷惑を掛けられません。それに、急がないといけないので」

 止めても無駄だろう。というか、赤屋としてもあまり彼を深追いしたくはない。

「……達者でな。人助けも程々にしとけよ」

「お前が言うかあ?」

「うるせえよ」

 紫暮とのやり取りに香羅朱はクスリと微笑み、一礼して扉を開いた。

「…………ん?」

 扉を開いた瞬間、香羅朱は何かを見つけたのか首を傾げる。

「どうした?」

 一瞬、妙な間があったのだが、香羅朱はこちらを振り向き、

「いや、何でも。それじゃ、オレはこれで」

 ニコリと笑って、扉を閉じた。

 どこか違和感があったのだが、それが何なのかはよくわからない。

「さて、俺も帰るかな」

「双子ちゃんが心配か」

 別に心配ではない。だが言い返すのも面倒なので、紫暮に恨めしい視線だけ送り、壁に立て掛けておいた大剣を手に取る。

「邪魔したな」

 片手を上げて紫暮に挨拶をし、扉に手を掛ける。

 その時、勢いよく扉が開いて赤屋の腹に何かが直撃する。

「ぐっ!?」

「うわ!?」

 赤屋の呻き声と、幼い子供の声が重なる。

 見下ろせば、金髪クルクルパーマの頭があった。

 真聖だ。

「おま……」

「赤屋さん! 今ここに詩亜が来なかった!?」

 彼は赤屋を見上げて叫び出す。

「君の片割れかい? それなら来てないけどなあ」

 紫暮が代わりに答えると、「あの男は!?」とキョロキョロと病院内を見回した。

「つい今しがた出て行ったがなあ。鉢合わせなかったかい?」

 真聖の表情が険しくなる。

「赤屋さん! どうして今のタイミングであの男を一人にしたのさ!?」

「いや知るかよ。つーか落ち着け」

「落ち着ける訳ないよ! 詩亜は……! くそっ、気配が消えてる!」

 真聖は訳のわからないことを言って一人憤っている。

 つまりは詩亜がいなくなった。それは赤屋にもわかるのだが、そこでどうして香羅朱が関係するのか。

「とにかく! ボクは詩亜を探しに行く!」

 そう言って、真聖はまたすぐ外へと飛び出した。

 訳がわからないが、追い掛けるしかないだろう。

「おい、紫暮ジイさん。もし詩亜が来たら、俺達が戻るまでここに置いといてやってくれ」

「わかった。気を付けろよ」

 赤屋は頷き、大剣を背負って外へと出る。

 夕闇の中、嫌な予感しかしないなと思いながら、赤屋は真聖の後を追うのだった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ