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寂滅

 灯月の体は徐々に塵のようになり、分解されてゆく。

 香羅朱は嗚咽を漏らす。

 あっという間に全て黒い塵と化し、微かに吹く風に舞った。

 香羅朱の腕の中には、彼女だった体は跡形もなく消え去っていた。

「死んだのか……?」

「死んだよ」

 茫然と呟く赤屋に真聖ははっきりと断言する。

 真聖と共に呪力統制機関へと向かったその先で見たのは、灯月が香羅朱に刺されるという修羅場を迎えたところであった。

 とても間に入れるような状況でもなく、入ったところで何をすればいいのかもわからず、真聖と遠目から彼らのやり取りを眺めていたのだ。

 暫く泣きながら彼女を見届けた香羅朱は、その場に倒れ込む。

「邪神は恋する人が死んじゃうと、自分も悲しくて死んじゃうんだよ」

 そう言う真聖は、少し寂しそうだった。

 それはつまり、香羅朱の中にいる叉戯は死ぬということだ。だが、香羅朱の説明からすると、恐らく彼自身も――

 赤屋は足早に香羅朱のもとへ向かう。

「香羅朱か?」

 倒れる香羅朱の前に立ち、彼を見下ろす。

「赤屋さん……ですか」

 掠れた声で赤屋のいる方角を見つめてくるが、すでにその瞳からは光が消えていた。

「結局、彼女に何も、できませんでした……。おれはただ、彼女にもう一度、人間として生きて欲しかったんです……。独りよがりの考えだってことは、わかってます……でも、それでも――」

「……あいつは死にたかったんだろう。それをお前が叶えてやった。――それで十分だと、俺は思うぜ」

 香羅朱はふっと、微かに笑みを浮かべる。

「赤屋さん――ありがとう、ございます……」


 その言葉を最後に、香羅朱は息を引き取った――


「お人好し」

「うるせえ」

 いつの間にか隣にいる真聖に、ぶっきらぼうに答えてそっぽを向いた。

 すると視界の端に、見覚えのある男が走り去ろうとしている姿を見つける。

「おい、座嘉比!」

「うお、赤屋か! 悪いがお前の相手をしてる暇はない! またな!」

 座嘉比は言うなり、そのまま走り出してしまう。

 灯月と香羅朱は死んだが、まだこの戦いが終わった訳ではない。

「赤屋さん、ボクは詩亜のところに戻るよ。ボクが出るまでもなく終わったし」

「わかった。詩亜と紫暮ジイさん連れて避難しとけ。俺は座嘉比を追う」

 真聖は目を大きく開けた。

「まだ首突っ込むつもり?」

「避難するだけなんざ、つまらねえだろ。ここまで来たらとことん突っ込んでやる」

 赤屋は不敵に笑ってみせる。

 鼻で笑われた気がするが、真聖は「気を付けてね」と言葉を残し、背を向けた。

 赤屋もすぐに、座嘉比の背中を追い掛ける。

 周りでは、野良と討伐部隊が戦闘を繰り広げていた。

 本部の巨大な建物を見つけ、正面玄関らしき入り口から、中年男が一人出てきた。見覚えのある傭兵姿。

 ――第一部隊隊長の来迎か。

 座嘉比は来迎のもとに辿り着くと、軽い口調で現状報告を始めた。

「白夢は戦闘不能、ナラズモノの久地楽と扇は戦線離脱した。妙な乱入もあったんだけどね、よくわからないうちに死んだようだ。特に問題はないってところかねえ」

 戦線離脱したというのは、先程の黒い男と派手な女のことだろう。彼らがナラズモノだったのだと理解する。一部始終見てはいたが、赤屋はまだ状況を完全に理解した訳ではない。

 来迎は唸る。

「九九竜と漣はまだナラズモノと戦闘状態だ。藍堂と織世は足止めを喰らっていたようだが、今はそれぞれ他の隊員達のフォローにまわってもらっている。座嘉比、お前もフォローを頼む」

「やれやれだな。ちなみに、そこの赤屋の旦那には何をしてもらおうか?」

 座嘉比は楽しそうに赤屋を振り返る。

 来迎は渋い顔をした。

「赤屋、また邪魔でもしに来たか」

 いつも手柄を横取りしてゆく赤屋は目の敵にされているのだ。

「んな場合じゃねえだろ。まずはこの暴動のリーダーを捕まえるのが先決だ。どこのどいつだ?」

「ナラズモノのリーダー、六波羅って男だよ」

 座嘉比が答えると、来迎は諌めるように座嘉比を手で制し、赤屋を睨み据える。

「そいつは私が相手をする。手を貸すつもりなら、お前は別のところを――」


「誰かワシのことを呼んだか?」


 聞こえたドスの利いた声は、上空からだった。

「ぐふっ!?」

 人影が現れ、鈍い音と共に来迎の体は一瞬で数メートル先へ吹っ飛ばされる。

「――油断大敵やで」

 剃り込みの入った髪に、タトゥーが刻まれている左頬。

 そこらの野良とは纏っているオーラが違う。逸脱した雰囲気は、灯月と似ていると赤屋は感じる。

 ――こいつが六波羅か。

 瞬時に判断する。

 六波羅は、右手に呪力を纏わせ、金棒のような得物を具現化させている。

 座嘉比はヒョイと肩を竦めて赤屋を振り返った。

「赤屋、出番だよ」

「俺かよ」

 思わず突っ込むが、相手にとって不足はない。

「ほら、オジサンは来迎隊長殿の命令通り、部下の手助けに行かないとだからさ」

「その隊長殿はどうすんだよ」

「あれで終わる来迎じゃないよ。そのうち起きるでしょ。協力しなさいよ」

 死んでも嫌だ。赤屋は堅物の来迎が大嫌いだ。

「なら、来迎が起きない内にブッ倒すまでだ」

 座嘉比はやれやれと言った様子で「ま、頑張んなさいよ。オジサンは任務に向かうんで」とだけ告げて六波羅を一瞥しながら背を向けた。

「なんじゃ、あんたがワシの相手をするんか?」

「赤屋だ。文句あるか」

 六波羅はニヤリと笑ったかと思うと、真正面から突撃してきた。

 ――いい度胸じゃねえか!

 大剣を引き抜き、身構える。

 鋭い金属音が鳴り響き、飛び込んできた六波羅の呪力の金棒を受け止める。

「へえ……! ただの剣やないな……!」

 邪獣の牙と皮でできているのだ。ある程度は呪力と渡り合える。

 しかしそれ以上に、六波羅の腕力は凄まじいものだった。

「こ、の……!」

 押し負けそうになるのを堪え、呪力の金棒を何とか弾き返して六波羅と距離を取る。

「赤屋サン言うたか。――あんた、正常人やな」

「不服か?」

 不機嫌に返すと、彼は大声で「いやいやいや、そう卑屈になるなや」と否定する。

「感心しとるんじゃ。正常人が呪力持ちと堂々とサシで戦うなんぞ初めて見るで」

「馬鹿にしてるんだろ」

「ほんま卑屈やのう」

 決して卑屈なつもりはないのだが、端から見ればそうなるのだろうか。真聖にも羨ましがっているだのと似たようなことを言われたが、どう頑張っても呪力持ちにはなれないのだから、仕方がないだろう。

「ご託はいい。さっさと終わらせるぞ」

「上等じゃ。ワシももう――時間がないんでな」

 この戦いに時間制限があるのか。どこか含みのある言い方ではあったが、今は目の前の敵を倒すことだけを考えることにする。

 六波羅の腕力は赤屋を凌駕している。まともに打ち合えば、今度は武器を折られる可能性があると判断し、先手を打つことにした。

 懐から小さな巾着を取り出し、固く結ばれていた紐を一気に解く。そしてすぐにそれを六波羅へと向けて投げ放った。

 巾着の中からは大量の黒い砂粒が溢れ、視界を塞ぐ。

「チッ……!」

 ありきたりな目眩ましだが、それでも六波羅の動きを一瞬止めるには十分だった。

 赤屋はすかさず彼の腹を狙いに行く。

 切り裂いた――つもりでいたのだが、目測を誤ったのか大きく空振る。

 ――違う! 飛んだか!

 赤屋と同じくらいの体型だが、腕力だけでなく動きも数段速い。

 上空から殺気を感じ、寸でのところでその場を離れると、赤屋のいた地面が大きな衝撃音と共に深い大穴ができる。

 ――化け物かよ……!

 苦々しく感じながらも、もう一度体勢を整える為、赤屋は一瞬だけ六波羅から目を離した。

 その一瞬が命取りだった。すでに目前に彼が迫っていたのだ。

 赤屋は死に物狂いで大剣を構えると、降り下ろされた金棒をギリギリのところで受け止めた。

「これを止められるとは思わんかったわ!」

 六波羅が楽しそうに吠えると、呪力を一気に注いだのか大剣に大きくヒビが入る。

 六波羅の全身から禍々しい呪力のオーラが見えた。

 この脅威的な呪力は一体何なのか。これまで多くの呪力持ちに出会いはしたが、これほどまでに圧倒的に追い詰められたのは初めてであった。

 このままでは全身真っ二つ、あるいは腕を捨てればそれは避けられるかもしれないが、どちらにしても勝負は見えている。

 呪力持ちだけには負けたくなかった。

 覚悟を決めた時、六波羅が何故か赤屋から視線を外す。

 その視線を追えば、吹っ飛ばされて静かにしていた来迎が剣を掲げていた。それはまばゆいばかりに白く輝き、そのまま勢いよく振り下ろす。

 すると、剣から白い大きな光が放たれ、六波羅へと迫り来る。

 完全に赤屋も巻き添えを食うコースだ。

 あの野郎――と悪態を吐きつつ、六波羅が金棒を引いた瞬間を狙い、赤屋はその場を何とか離れる。

 六波羅は金棒を構え、その白い光を迎え撃つ。

 金棒と光が交錯し、雷でも落ちたかのような衝撃音と眩しい光に包まれた。

 ものの数秒で光が失せると、六波羅は傷一つなく、不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。

 これで倒せるとは来迎も思っていなかったのだろう。

「貴様はこの来迎が相手をしてやる!」

 動揺も見せず、そう言い放つ。

 相手が来迎でなければ少しは有り難みを感じたかもしれないが、結果的に来迎に助けられたという事実が非常に腹立たしい赤屋は「でしゃばってくんじゃねえよ、来迎!」と叫ばずにはいられなかった。

「醜態を晒しといてよく言えるな!」

「うるせえ!」

 八つ当たりという自覚はあるのだが、やはり悔しい。

 来迎は呆れるような溜め息を吐いてから、興味深そうに赤屋達を眺めていた六波羅へと向き直る。

「貴様、死ぬつもりか? いつまでもその呪力が使えると思うなよ」

 六波羅はゆっくりと口を開く。

「……そんなんは、ワシがよーく、わかっとるわ」

 二人で勝手に会話が成立しており、赤屋は来迎へ説明を求めるように目配せする。

「火事場の馬鹿力でしかないということだ」

 来迎が仕方ないといった様子で簡潔に説明すると、六波羅が「その通りじゃ!」と大笑いする。しかしすぐに真顔に戻った。

「せやから、二人とも相手になったるわ」




 灯月が死んだ。

 六波羅にはそれが手に取るようにわかった。


『貴方も一緒に……地獄に行きましょうか――』


 ――勝手なことを。

 苦笑しながら、己の死期を悟る。

 しかしこのタイミングというのも、間に合ってよかったと思える反面、まだまだナラズモノとして馬鹿をしていたかったという思いもあった。灯月がいたからこそ、今の自分がいるのだが。

 六波羅は灯月に助けられたあの日から、彼女と一心同体となっている。例えどこにいたとしても、灯月が生き続ける限り、六波羅の命を繋ぐ為の力が供給されるのだ。

 だが、その彼女の力が途絶えた。

 目論見が上手く進んでいる今、六波羅のすべきことはもう少ない。

「ようも、こんなデカイ建物を偉そうに建てたもんじゃのう」

 憎々しげに呪力統制機関を眺め回す。

 あとは自分がいなくなったとしても、適当に集めた同志達が討伐部隊に対抗しようと大きな争いへと導いてくれるに違いない。

 そうすれば、正常人だって他人事ではなくなる。世の中は混乱し、不幸せな人間が増えていくだろう。

 それでどうなるのか。

 そんなことはどうでもいい。

 六波羅はただ、己の目的を果たせたことに充実感を覚えている。

 そこで、第一部隊の隊長が建物の中から現れたのを見つける。

 ――まだ、力は残っとるな。

 拳を握り締め、六波羅は全ての呪力を使い切るつもりで戦いに挑むことにした。

 そして今――赤屋と来迎を相手にしているのだ。

「赤屋、隙を逃すな!」

「言われなくとも!」

 二人は反発し合っているようで、かなり良い連携プレーで攻撃を繰り出してくる。

「おもろいなあ、あんたら!」

 赤屋が腹へと目掛けて大剣を振るう。

 すでにヒビの入った邪獣の大剣は、今の六波羅にとって避ける必要性も感じられない。

 全身に纏った呪力だけで、簡単にその攻撃を受け止めることができた。

「残念じゃったのう!」

 大剣を素手で掴み取り、金棒で今度こそ叩き壊す。盛大な音を立てて、大剣は粉々に割れた。

「この役立たずが!」

「仕方ねえだろうが!」

 言い合う二人に、六波羅は容赦なく金棒を振り上げる。

 突如、呪力統制機関の建物から爆発音が響き渡った。

「な!?」

 来迎は驚きに身を硬くする。

 内部に侵入させておいた六波羅の集めた野良の仕業だ。

 これで、呪力統制機関も破壊できるだろう。

 次々と起こる爆発音に笑いが込み上げてくる。

 そして――

「さすがにもう、限界じゃのう」

 己の手先が徐々に塵のようになり、消えてゆくのがわかる。

 六波羅はすでに人間を捨てているのだ。骨も残さず消えるのだろう。

「おい……! まさかお前も……!」

「おお、悪いなあ、赤屋サン。中途半端にしか戦えんで、ワシも悔しいわ」

 何やら驚いている彼に言葉を掛ける。

「……お前も、マガイモノなのか?」

 聞いたことがあるような単語ではあるが、恐らく灯月のことを言っているのだろうと考えた。

「灯月がそういうモンやったなら、ワシも似たようなモンやろ」

 怪訝な表情の赤屋に、適当に答える。

 六波羅は崩れゆく呪力統制機関を仰ぎ見た。


「潔く、地獄に行くか」


 不敵な笑みを浮かべて、六波羅の体はあっという間に塵と化し消えてしまった――

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