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執着

 猫背でクマのある根暗そうな男と、どこか飄々とした様子の顎髭の男が、久地楽の前に立ちはだかっていた。

 ――雑魚ではないようだが、隊長にも見えないな。

「あー、今日は厄日ですねー。野良なんかが襲ってきたせいで」

「いいじゃないの。たまには人間を相手に戦うのも楽しいもんよ」

 暗そうなのと明るそうなのとで両極端な二人だが、どちらにしろ好戦的であることには変わりなさそうだ。

「でもその前に、自己紹介くらいしとこうか」

 飄々とした男は久地楽を見て顎髭を撫でた。

「オジサンは座嘉比(ざかび)ってんだ、第七部隊の隊長さ。よろしくな」

「隊長なのか」

 思わず声に出すと、根暗そうな男がゆっくりとした動作でこちらを睨んだ。

「それには同意するのですが、まさかその様子だとワタクシまでもが雑魚だとお思いでー?」

 つまりは二人とも隊長だったということか。雑魚と思ったつもりはないが、隊長のような威厳は皆無である。

「ワタクシは第六部隊隊長の白夢(びゃくむ)でーす」

 言うがはやいか、その男は久地楽の目の前に移動した。クマのある顔が間近に迫り、その青白い唇が大きく開いたかと思うと、真っ赤な長い舌が久地楽の首を狙ってうねうねと伸びる。

 久地楽は体を捻り、後ろへ跳んで距離を取る。

 ――気持ち悪い野郎だ。

 恐らく首に巻き付こうとしたのだろう。人間とは思えない舌の長さである。

「知ってますー? 呪力というのは、人間の体の一部も変えてしまうことがあるのですよ」

 久地楽の疑問に答えるように白夢は淡々と告げる。

 呪力は依然として解明されていないことが多くある。異常な現象が起きようとも今更驚きはしない。

 どんな相手だろうと殺してしまえば全ては同じことなのだから。

 剣を鞘から抜き、両手で構えた。

 長引かせるつもりはない。久地楽は傍観している座嘉比に向かって剣から呪力を放つ。

 その黒い呪力の光が座嘉比へ届く寸前、まるで吸収されるかのように座嘉比の手のひらの中へと呪力は消えていく。

「不意討ちたあ酷いじゃないか、クールそうな兄さん」

「久地楽だ。殺し合いにルールはない。オレはお前らを殺せればそれでいい」

「ふむ、そこも同意ですねー」

 久地楽の腕を白夢の舌が襲う。予想よりも素早い動きに、腕が僅かに舌に触れる。

 ――ぶった斬ってやる。

 舌を振り切り、剣を彼の口へと向ける。

 が、背後から殺気を感じた。

 反射的に横に跳ぶと、黒い呪力が放たれ、久地楽の向かい側にいた白夢へと激しい音を立てて爆発した。

 先程放った自分の呪力に似ている。

 久地楽は座嘉比を見る。

「これがオジサンの特技さ。相手の呪力を吸収し、それを自分の力として放つことができる」

 なるほど、厄介ではある。

 急に生暖かい何かが、首に絡まった。

「ワタクシまで巻き込むのは許可してませんが」

 全く気配を感じられなかった。久地楽は白夢の舌に首を締められる。

「こ、の……!」

 舌の癖になんという馬鹿力なのだろう。動いて逃れようともがくがビクともせず、首を徐々に締め上げられてゆく。

 苦しいのと気味が悪いのとで最悪な気分になるが、舌は濡れておらず乾いているのが唯一の救いだろうか。

 剣を握り直して舌を切り裂こうとするが、先に座嘉比が動いた。といっても、軽く片手を振っただけなのだが、その瞬間、久地楽の両手首に黒い呪力が纏い、まるで重りを持っているかのように動かせなくなる。

「……二対一も、卑怯じゃないのか?」

「相手はアンタだけじゃあないからさあ。とっとと決着つけないとね」

 飄々と答える座嘉比に久地楽は静かに目を閉じる。

「おや、諦めですかねー? そのまま殺されて下さーい!」

 白夢が懐から短刀を取り出し、久地楽へと放つ。

 久地楽はカッと目を見開いた。

「オレの命は灯月のものだ!」

 そう叫ぶと、久地楽の全身から黒い呪力が溢れ出し、直前まで迫っていた短刀を弾いた。次に両手首の呪力も弾き飛ばしてしまう。

 恐らく呪力で覆っているのだろう首に絡んだ舌も力が緩み、「ぐああああ!」と白夢の雄叫びが響いた。

 舌が完全に首から離れると、直ぐに剣を構え直し、白夢の舌へと振り下ろす。

 ザクッ! と小気味良い音を立ててその舌を斬り裂いた。

 噴水のように赤い血が吹き出て、声にならない悲鳴を上げた白夢は仰け反って後ろへと倒れ込む。

 余程の痛みに失神してしまったようだ。体がピクピクと痙攣している。舌を斬られて死なないとは何ともしぶとい男である。

「……わあお、すごい呪力だね」

「少しはマシな舌の長さになったんじゃないか」

「まだまだ長いと思うが。ま、本人にゃあもう聞こえんな」

 座嘉比はやれやれといった調子で久地楽を睨み据え、「……ところで、な~んか気持ち悪い発言が聞こえたんだが、灯月って誰のことなんだい?」と言った。

 彼女のことを思い浮かべたその時、とても懐かしい香りが久地楽の鼻をかすめた。


「本当に相変わらずの気持ち悪さですねぇ、久地楽」


 懐かしい鈴の音が鳴るような可愛らしい少女の声。

 振り返ればそこには、ずっと待ち望んでいた彼女の姿があった。

 雪のように真っ白な髪と肌。

 まだ少し幼さを残した姿とは対照的に、全てを見透かし、絶望を知っている瞳。

 この世のものとは思えないまるで女神のように美しい存在。

「――灯月」

 久地楽は恍惚として彼女の名を呼ぶ。

「……ヤバそうな奴に惚れ込んでるみたいだな、久地楽の兄さんは」

 座嘉比は彼女から何かを感じ取ったのか、逃げ出す機会を伺っているようだ。

 灯月は「フヒヒッ」と笑った。

「せっかく捨ててあげたのに、こんなところで何をしているんです? 貴方以外にも懐かしい顔ぶれが揃っているようですが」

 その言葉に久地楽は憤る。

「灯月! オレはずっとお前を探していたんだ! 何故オレを捨てた!? お前から絶対に離れないと、そう誓えば側にいていいと、そう言ったのはお前だ! なのに、何故オレを置いていったんだ!?」

 灯月は少しの間を置いて「貴方があまりにも煩かったので、適当に言っただけです」と呟き、暗闇の空を見上げた。

「――ワタシは、誰かに執着されるのが大嫌いなんですよ」

 誰のことを思い浮かべているのか。

 自分の知らない彼女の過去。

 その全てを忘れさせてやりたい。

 ずっとずっとずっと、自分のことだけを考えてほしい。自分だけのものになってほしい。

 だが、それが叶わぬ願いだということは、彼女と一緒に暮らした十五年の中でよくわかっていた。

 どんなに近付こうとしても、彼女は決して心を開いてはくれなかった。うわべだけの笑顔と言葉しかくれなかったのだ。

 それでも、久地楽は灯月が好きだった。灯月が全てだった。

 だから、例え添い遂げることができないとしても、彼女を探した。

 見つけてどうするのか。自分のものにならないのなら、久地楽の中ではもう方法は一つしかなかった。

 ――心中。

 それが久地楽の決断だった。

 彼女が不死だということは知っている。ただそれでも、その方法しか考えつかなかった。

「オレと死のう、灯月」

 灯月は無表情で久地楽に視線を戻す。

「どうしたらそういう思考になるんですか」

「オレのものにならないなら、誰のものにもさせたくはない。だから一緒に死ねば問題ない」

「久地楽の兄さんは病んでるな」

 言わずにはいられなかったのか、座嘉比はきっぱり言い放つ。

「心中なんかさせないわよ!」

 突然、甲高く煩い声が響いた。

 面倒な奴が来たなと久地楽は舌打ちする。

「おやおや、扇ではないですか。あれだけゴネていたというのに、家族のもとに帰らなかったのですか?」

「あんたのせいで居場所がなくなったんでしょーが!」

「フヒヒッ」

 よくわからないが灯月は楽しそうだ。

 扇は息を切らしながら久地楽の腕を引っ張った。

「ちょっと久地楽! 灯月と死ぬって一体どういうつもり!?」

「灯月がオレのものにならないのなら、オレも生きている意味はない。ただそれだけだ」

「残されたあたしはどーすんのよ!?」

 そんなことは知らないし、今は扇に構っている暇はない。

 ここで灯月に逃げられたら、次はまたいつ見つけられるか――


「お前は灯月の何だ?」


 背後から男の声が掛かり、同時に殺気を感じる。

 振り向き様、血に濡れた剣で素早くそれを斬ろうとしたが、虚空を斬っただけだった。

「久地楽!」

 悲鳴に近い扇の声がしたと思った瞬間、腹に重い衝撃を喰らう。

「ぐふっ!」

 久地楽は受け身もままならず、思い切り吹っ飛ばされた。

 地面に背中をぶつけるが、何とか起き上がってその声の主を見上げる。

 焦げ茶の髪を一つに束ね、緑色のマントを羽織った男だった。

「まさか灯月に変な虫が付くとは思わなかったぜ」

 ニヤニヤ笑うその男に、久地楽は酷く嫌悪感を抱く。

「お前こそ灯月の何だ!」

許嫁(いいなずけ)さ」

 久地楽は言葉を失う。

 自分の知らない灯月の過去。それを恐らく知っているだろう男が目の前に現れたのだ。

「胸糞悪いことを思い出させないで下さい。そんなものとっくに無効でしょう」

 明らかに灯月の機嫌が悪くなり、反対に男は愉快そうに笑う。

 久地楽はただただ腹立たしかった。二人には久地楽の知らない何か深い関係がある。そう見えた。

「灯月。悪いがオレはまず、その男を殺す」

「面白え。殺せるもんなら殺してみな」

 睨み合う二人を、灯月はただ無言のまま見つめている。

 久地楽が先に動く。

 剣に呪力を纏わし、斬りかかる。

 男――叉戯は禍々しい呪力を全身から発し、剣を素手で掴んだ。

「っ!?」

 まさか素手で易々と掴まれるとは思わず、叉戯に剣ごと投げ飛ばされる。

 しかし何とか受け身は取り、地面に着地した。その反動を利用し、低い姿勢のまま叉戯の足を狙いに跳ぶ。

 叉戯はそれを躱すと、久地楽の頭上に跳び上がった。

「脳みそブチまけてやる!」

 呪力の短剣を手に生み出し、そのまま頭を狙って落ちてくる。

「ブチまけるのはお前の方だ!」

「何……!?」

 叉戯が頭上を見上げた先には、岩石くらいの大きさの黒い呪力の塊が浮いていた。

 それは叉戯の頭に覆い被さると、彼は苦しいのか呻き声を上げて地面に落下した。

 久地楽は叉戯と接触しないようすぐに移動し、落ちた彼を見下ろす。

「さっすが久地楽!」

 扇が何やら騒いでいるが、まだ終わった訳ではなさそうだ。

 叉戯の呪力が一段と色濃く増したかと思うと、久地楽の呪力はまるで風船でも割れたかのように弾けた。

 呪力の靄で視界が一瞬遮られる。

「きゃー!? 一体なんなのよ!?」

 焦る扇の声がした瞬間、すぐ目の前に叉戯の凶悪な顔が現れた。

「――人間ごときが邪神を殺せると思うなよ」

 叉戯の呪力の短剣が久地楽の腹へ突き出される。

 ――避けられない……!

 そう確信した。

 ドスッと腹を突き破った鈍い音が響く。

 だが、それは久地楽の腹を刺した音ではなかった。

「な、何で――」

 久地楽は茫然としながら、目の前の少女の背中を見つめた。

 叉戯の呪力の刀身が、彼女の背中から突き出ていた。

「灯月!!」

 彼女に触れようとするが、灯月は呪力の気を発したのか風が巻き起こり、久地楽だけ吹っ飛ばされた。

「く、久地楽!」

 心配そうに扇が駆け寄ってくる。しかし久地楽は扇のことなどまるで見えていない。

 ――何故、灯月が刺されている? 刺されるのはオレのはずだった。何故、彼女がオレの前にいたんだ? つまり、灯月はオレを――

「灯月、お前はオレを庇ったのか……?」

 どうしても信じられなかった。だから思わず疑問を口に出してしまった。

「フヒヒッ。……結果的に、そうなりましたね」

 灯月はゆっくりと顔だけ久地楽に向けて、いつものように怪しく笑う。

叉戯がビクリと震えた。

「ひ、づき……?」

 一気に叉戯の顔が青ざめる。

「な、んで――おれはお前を……!」

 灯月は静かに「香羅朱」と彼の名を呼ぶ。

「これが――ワタシの望んでいたことです」

 彼女は死ぬのか――?

 いや、不死のはずだ。こんなことで死ぬはずは――

「ああ……そうでした。徐々に、記憶が繋がってきました……」

 灯月は何かを思い出したかのように虚空を見つめ、そして呟くように言った。

「…………唐突ですが。香羅朱と久地楽、貴方達二人は――血の繋がりがあるのですよ」




『次元を歪める』

 それは赤屋の想像を絶する呪力だった。

 とにかく思ったことは、

 ――き、気持ち悪ぃ!!

 吐きそうだった。いや、途中で吐いたのではないかと思う。

 というのも、どうやって帰ってきたのか全く記憶にないのだ。気付けば、紫暮の診療所の前にいた。

 ――マジで、き、気持ち悪ぃ……。

 何が起きたのか全くわからなかったが、とにかく死ぬほど後悔したことだけは確かだった。

「ちょっとやり過ぎたみたい。ごめんね、赤屋さん」

 まるで悪びれた様子がなく、というか寧ろ笑っている真聖に「だから呪力持ちは嫌いなんだ……!」と吐き捨てたものの、掠れた声しか出なかった。情けない。

 しかし、こんなところで立ち止まっている暇はない。

 周りのやけに閑散とした空気を感じながら、診療所へと入る。

 すると紫暮が驚いた顔で出迎えた。

「赤屋! 双子ちゃん! 無事だったのか!」

「俺と真聖はな。詩亜を診てやってくれ。まあ気絶してるだけだとは思うが――」

 外傷はないが、精神的には相当の負担を抱えていたはずである。

 真聖は慎重に詩亜をベッドへと運ぶ。

「あともう一つ頼みたいんだが、神隠しにあったガキ共を見つけたから保護してもらいたい。呪力統制機関に連絡してくれねえか」

「神隠しって、お前が探っていた事件のことか?」

「そうだ。恐らくほとんど呪力持ちの子供だ。正常人の警備隊じゃあ、どんな扱いを受けるかわからねえだろ」

 紫暮は表情を硬くする。

「赤屋、呪力統制機関は今それどころじゃない。外にいて気付かなかったのか?」

「――何があった?」

 確かに異様な空気は感じたが、呪力統制機関の近くは通って来なかったので何もわからなかった。

「野良の集団に襲われておるようだ。すでにこの周辺に住む者も避難している。まあここは統制機関から離れているから静かなもんだがな。今はまだ野良がどのくらいの勢力かもわかっておらん」

 ――あの女が言っていた『祭り』ってのはそういうことか。

 赤屋は納得し、神隠しの子供達はこの件が片付くまで放置しておいた方が良さそうだと判断する。下手に連れて来ても避難させる場所に困るだろう。

 真聖は詩亜の手を握りながら「紫暮さん」と声を掛けた。

「詩亜のことを頼みます。ボクはやらなくちゃいけないことがある」

 赤屋は頭をボリボリ掻く。

「おい、本当にあのキチガイ女を追うのか」

「もちろん。死ぬのを見届けるまで追い掛けるよ」

 暫くお互い睨み合うが、赤屋が折れた。

「……俺も行く」

「――勝手にしなよ」

 真聖は詩亜の額に口付けをし、「すぐに戻るからね」と言い残して診療所を出て行く。

 話についていけない紫暮は「おいおい、まさか呪力統制機関に向かうつもりなのか!?」と赤屋を問い質す。

 恐らく灯月は『祭り』と称したその場所に向かったのだろう。ということは、必然的に呪力統制機関に向かうことになる。

「多分、そうなるんだろうな」と曖昧に返して赤屋も診療所を出ようとする。

「赤屋、気を付けろ! 〈ナラズモノ〉っていう妙な野良の集団が中心になって襲ってるって話だ! 呪力持ちを甘く見るなよ!」

「忠告ありがとよ」

 一度だって甘く見たことはねえけどな――

 赤屋は片手を振って紫暮に答え、診療所を後にした。

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