第四弾 異次元袋様
俺は戸棚からお皿を拝借し、丸太のテーブルに置いた。
「キッド。何してるの?」
「今から、とっておきの魔法を見せてあげるよ」
「んっ? 魔法?」
リーネの頭の上に、ビックリマークが出ている気がする。
アヒルの唇見たいになって、可愛いな。
リーネの表情を観察しながら俺は、お皿の上に猪の肉が出現するように念じた。
すると、お皿の上には猪の肉が出たのである。
異次元袋様のお陰だ。
「えっ? ええぇぇぇぇ―――――!! い、今の何!? ねぇ、ねえったら。今のどうやったの!? 教えてよぉー、きっどぉ~」
体を俺に密着させ、猫が寄り添うような仕草をして、誘惑しようとしてくるリーネ。
不意を突かれた俺の心臓は、高鳴りをみせている。
教えたいんだが、念じたら出るんだって言ったら信じるんだろうか……いや、絶対信じないよな。俺なら信じない。
「これは俺にしか使用できない魔法なんだ。悪いけど教える事が出来ないんだ」
「そ、そんなぁぁ~~。こんな凄い事が起こせるなら、不可能を可能に出来そうなのに」
確かにリーネの言うように、不可能を可能に出来るだろう。
だが、何度も言うように、俺は異次元袋を仕組みを理解していないので、誰かに教授する事は無理なのだ。
理論を理解していない者が、人に指導など出来る訳が無い。
まあ、そんな事はどこかに置いといて、今は食事だ!
「リーネ。さっき台所を見たが、火を熾せるのか? それっぽいのが、何もないぞ?」
「擦り石があるはずだから、大丈夫だよ」
「擦り石?」
「うん。擦り石を数秒擦っていると、赤く発光してから熱を発生させるんだ。一時間ほどで効果が切れるけど、また擦れば使えるから、とっても便利なんだ」
「フ~ン。それで、どんな形をしているんだ?」
「平べったい物もあるし、小さいキューブ状のもあるよ。正四角形で、平らだから安定するし、便利だよぉ」
どうやら擦り石が、クッキングヒーターの代わりになっており、この世界にとって替わっている様だ。
リーネはキッチン周りを「ガサゴソ」と探し、調味料の塩、コショウ。それと、お目当ての擦り石を見つけた様子。
早速、猪肉をキッチンにあった包丁でスライス。
キッチンで擦り石を擦り、その上にフライパンを乗せ、スライスされた猪肉を焼き始めた。
いい具合に焼きあがった所で、塩コショウを振り味付けして完成。
リーネは料理の完成品を、正方形の木製のテーブルに置き、俺の対面に位置する椅子に腰を下ろした。
「じゃあ、頂くとしようか! どれ程の御手前か検分させてもらおう」
「う~、キッドめぇ、僕の料理の腕前を信用していないなぁ~! 別に毒は入って無いから大丈夫だぞ!」
「言い訳は後で聞くとしよう。って。どくぅ!?」
「えっ? ちょっと、脅かしてみただけだよ? そんなに真に受けると、僕、反応に困るんだけど……」
「そ、そうか……では、あらためて。いただきます!」
薄くスライスしてある肉を口の中に頬り込んだ瞬間、肉のうまみが舌を通じて、脳が測定結果を啓示した。
「リーネさん。美味しゅうございます」
「おいしゅう?」
「美味しいって事さ。想像以上だった。ただ焼いてあるだけなのにな」
「お腹が減ってるからだと、僕は思うけどなぁ~。まあいっか、それじゃあ僕も、いただきます!」
二人揃って「はむはむ」肉を口の中に入れて行く。
肉の量は六人分ほどあり、四人分残りそうだ。
そして、食事が中ほどに差し掛かった時、水溜りを素早く駆けて行く足音が聞こえた。
音に気付いた俺達は同時に立ち上がり、迫る足音が玄関の方に行くと、臨戦態勢の構えをし、外の気配を捉える様に神経を尖らせた。
足音の主が玄関のドアを「コン、コン」と、二回ノックする音が聞こえる。
「誰かいますか――!」
声色から判断するに、若い女性の声だ。
リーネがここを訪れて来た時と同様の、鬼気迫る声。
恐らく、リーネが住んでいた村から逃げて来た人だと、頭の中で認識した。
「貴方、お一人ですか?」
「ええ、私一人です。不躾なお願いですが、家の中に入れて貰えないでしょうか? もうすぐ日が暮れ、この雨の中、夜の森を行動するのは自殺行為なので」
「この声!」
リーネは俺の背後から飛び出し、外にいた人物を中に招き入れた。
「やっぱり、レオねぇだぁ~。良かった、無事でいてくれて。もう二度と会えないかと思ってたよぉ……」
「リーネ様。よくぞ、御無事で!」
赤金色の髪をした女騎士に、涙を零しながら抱き着くリーネ。
女騎士もリーネの背中に両腕を回しながら、包み込むように抱きしめた。
女騎士の姿は、腰に二本の長剣を装備し、赤色の軽装甲の防具を上下に装着していて、下は黒色のスパッツと黒ニーソを履き、動きを妨げない恰好をしている。
お互い生きて会えた喜びを分かち合っている様子を見て、自然と表情が穏やかにさせられた。
二人の抱擁が終えた所で、自己紹介が始まる。
「貴方がリーネ様を保護してくれたのですね。申し遅れました。私の名前はレオナと申します。」
「キッドです。今、ちょうど食事をしてたんですが、もし良かったら一緒にどうですか? まあ、お肉しかないんですが」
「いえ、構いません。私は約一日程、まともな食べ物を食べていないので、非常に助かります」
俺はリーネ、レオナと一緒に食事をし、何故レオナは、リーネの事を様付けで呼ぶのか? 疑問に思ったので質問をした。
「……リーネ様は、ラッテ村の村長の一人娘なんです。私は以前、村長様に命を拾われまして、それからずっとリーネ様を守護してきました」
「なるほど、レオナさんはリーネの従者をしてるんですか」
俺の言葉に素直に反応しないで、沈黙しているレオナさん。
「私にはリーネ様の従者を名乗る資格はありません。本来なら、ずっと御傍に就いていたかったのですが、実力が足りなかった為。リーネ様を逃がすのが、私に出来た精いっぱいの行為でした。リーネ様。危険な目に逢わせた、不甲斐ない私を許して下さい」
レオナさんは肩まで掛かる赤髪を揺らしながら、席を立ちリーネの前まで進み、目を瞑りながら、腰を下ろし膝まづいた。
それをリーネは、じぃっと眺め、少し大げさに怒り出す。
「ん~~もうっ! レオ姉のばかぁ! そんなに真面目に考えなくてもいいの! 僕はレオ姉が助けてくれなかったら、あの場面で終わりだったんだよ! だから一切、気にする必要が無いの!」
「ですが!」
反論しようとするレオナさんだが、リーネがそれを許さない。
「だめ、だめ、だめぇ~! 言い訳は、聞きませんっ! 罰としてレオ姉には、僕が良いと言うまで従者をして貰います! 決定だから、覆らないからね!」
リーネの暴虐舞人の振る舞いに、俺の頬は丸みを帯びる。
レオナさんの表情も、瞳に雫が溜まってはいるが、笑みが零れていた。
どうやら吹っ切れた様だ。
「ふふっ、ふふふ。まったく、リーネ様のお転婆には困ったものです。わかりました。私、レオナは、いつまでもリーネ様を守護する従者になると誓います」
レオナさんの言葉を聞き、胸を張りながら偉そうに、踏ん反り返るリーネ。
三人共々、笑いあって、食事をしながら、今までの出来事を話した。
そして、俺がリーネを助けた場面を話している時、信じられないと言う表情をレオナさんがする。
「キッドさん。今の言葉は本当ですか!?」
「僕が見てたから間違いないよレオ姉。キッドが小人を銃で倒したら、小人が綺麗に消滅したんだぁ! 僕も初めて見た時はビックリしたなぁ~」
瞳を輝かせながらリーネは、襲撃された出来事を語る。
絶体絶命な所を助けられた為か、少々興奮気味だ。
「そんな馬鹿な事が…………いえ、リーネ様は嘘を付きませんよね。真実だと信じましょう」
(レオナさんの目は、まだ疑ってる眼だな。なら、これならどうかな)
「じゃあ、もう食事も終わりって事で肉を片付けてもいいかな?」
「ええ、それでは片付けましょうか。キッドさん、塩漬けして非常食にします? それとも何か入れ物に詰めます?」
「いえ、レオナさん。そのまま動かないで、肉を見つめていて下さい」
俺の言葉を不思議に思っているレオナさん。
リーネは感づいたようで、気付かれまいと笑いを堪えてる。
そう言えば、ターゲットすれば品質が識別眼で判別できるんだよな? 異次元袋に入れてる最中、品質が下がったり腐ったりするのか? それを兼ねて実験するとしよう。