第十弾 シェミル村
三人でとりとめない会話しながら、一キロ程進んだところで、シェミル村の西側入り口に辿り着いた。
入り口の前には、薄い金属繊維で編まれた、鎖かたびらを装備している中年の男性が二人いる。
すぐ傍の、物見やぐらの上にも人影が見えた。
恐らく、魔物の襲撃を警戒しているのだろう。
そこで挨拶をしようと、レオナさんが俺達の先頭に踊り出る。
「君達も、ラッテ村から逃げて来たのかね?」
「君達も? では、ここまで逃げ落ちる事が出来た人がいるのですね?」
「ああ、君達を含めて十人だ……まだ、我々の村まで来る人がいるかも知れないがね」
ラッテ村の人口は三百名。その内の十名。
俺を抜けば九名。
つまり、全体の三%しか生き残れなかったことになる。
その真実を認識した筈なのに、二人は少しも動じる仕草をしない。
逃亡中に感付いたんだろう。この襲撃で生き残れる人間は、限りなく少ないと。
それに気が付いた俺だけが肝を冷やしている。
事件を体験していない俺だけが! ……恥ずかしい話、俺がリーネの立場だったら、絶対に平常心を保っていられない。
ショックで、精神が変になる可能性すらある。
そんな二人を、どうやって慰めればいいかと考えても、俺に出来る事は余りにも少ない。
だから、俺がすることをができる事を実行に移す。
「―――えっ!? キッドにぃ!? 急に、手を差し出して……いったい、どうしたの!」
「いいから、手を握ってもいいぞ。嫌なら別に」
「ううん。えへへへっ、キッドにぃ、このまま。このまま行こぉ~!」
俺が示した行動により、リーネの顔色がみるみるうちに元気になっていく。
作戦が上手く功を奏した。
これなら、多少は気を紛らわせれるだろう。
「よし、あんた等なら、村に入れても問題なさそうだな。ささっ、早く村の中に入っちまいな。今は緊急時だ、いつ襲撃されるか解らねぇからな」
「お気遣い感謝します。警戒のほう、頑張って下さい」
「おう、困ったらお互い様だ。気にすんな」
警備の人達に認められ、無事、シェミル村内部に入る俺達。
内部の様子は物々しく、片手剣に盾。長剣、槍、弓と武装した者が数多く見られ、バリケードを作成に使う木材を運んだりと、緊迫した空気が読み取れる。
想像以上にひっ迫した現場に、足を踏み入れたようだ。
村の中を歩きながら、逃げ延びた人の現在の居場所を聞くと、シェミル村の村長、ミトスさんのご自宅にいる事が判明。
ミトス村長の家の場所を聞き、二人の歩く速さが軽やかに上がり、早歩きになる。
村の中央を流れる細い川幅になった、ヘラリス川の上に掛かる木製の橋を渡り、東へ東へと移動すると、他の家より大きい、木造三階建ての高さがある建物が見えて来た。
周りの家と外見が異なる所がある。
それは家の入り口の頭上に、立派な小麦の穂と人馬が描かれていた事だ。
このシェミル村の、シンボル的な物なのだろう。
「これだけ大きく描かれていると、遠目でも麦の絵って判別できるな」
「ホントだよねぇ~兄様。いい目印になってる。さっきの人が『小麦の絵が見えて来るから分かるはずだ』って、言ったけど、その通りだったね」
それくらい目立つ、壁に掻かれた穂の絵。
更に接近すると、何で描かれているかが区別できた。
小麦色に塗装されたレンガをはめ込んで、穂と人馬を描いており、それ以外の壁は、茶色いレンガになっている。
遠くから観察して、木造建築された家と思っていたが、俺の勘違いだった様だ。
ドア上部に付属している、黄色い小さなベルを「リィン、リィーン」と、鳴らす。
しばらくするとドアが前に引かれ、ふくよかな体型をした女性が姿を現した。
「どちらさまで……あ、あんた達!? レオナとリーネじゃないかい!」
「「バルバラおばさん!?」」
この反応からするに、シェミル村に逃げ延びて来た一人に違いない。
リーネの左腕がプルプルと波打ちを放ち、その振動が俺の右腕に伝わった瞬間に、俺の右手を放し、バルバラさんの胸に抱き着いた。
レオナさんもゆっくり近づき、お互いにハグを交わし合っている。
ひとしきり挨拶が終わると、俺の事やここまで来た経緯を、バルバラさんに詳しく説明してくれた。
「キッドさんには、ずいぶんと世話になったね。二人を助けてくれて感謝しても、しきれないよ。ありがとう」
「そんな……頭を上げて下さい。俺が好きでやったことですので」
「うんうん。見た目通り謙虚で、おばさん気に入ったよ。私があと二十若ければ、ちょっかい出していたかもね」
「良かったぁ~。バルバラおばさんが若くなくて、ほんとうに良かったよぉ~!」
(――っ!? 今、ハッキリと分かった。もしかしなくても、リーネは天然だ! 間違いない)
リーネは、すこぶる調子が良さそうな笑顔をしているが、俺とレオナさんは、突然のカミングアウトで顔面蒼白。
バルバラおばさんは顔面を引き攣らせて、懸命に耐え忍ぶ姿が瞳に映り込む。俺達は、その偉大なる大人の対応に九死に一生を得た。
そのまま何事も無く? バルバラさんに案内されて村長の自宅にお邪魔する。
リーネとレオナさんは、中で他の生き残りの六人と出会い、それぞれ、各人に嬉しそうに挨拶をしている。
そこに、家主であるミトス村長の提案で、昼食をとる事になった。
活力を付けて、英気を養って貰うためだ。
ミトス村長の粋な計らいに感謝しつつ、応接室で食事をする。
だが、俺は次の展開が読めていたので、食事を素早く終わらせ、レオナさんに「夜になるまでには戻ります」と、言伝を残し、村長宅の玄関前で座って靴を履こうとしたら、背後から来たリーネに呼び止められた。
「兄様! どこに行くの!?」
「ちょっと、その辺まで散歩をするだけさ」
俺の行動を不審と捉えたのか、リーネは体重を掛けて両手で左肩に触れる。
そこから、俺の思考が読み取られていく。
こうなってしまっては、内緒にする事は不可能だ。
「キッドにぃ……一人で村の外に、外出する気なんだね」
「……」
「うん。分かった。それなら、コレを持って行って」
リーネは腰の後ろに装着していた、短剣を取り外して、俺に差し出す。
「兄様。戻ってきたら、それを僕に返しに来てね。大切な物だから、無くしたら承知しないぞぉ~」
「ああ! 必ず返すから心配するな」
手渡された短剣を腰に差し、リーネに背中を見送られながら、外の日光を浴びる。
今、俺に最も重要なのは、生き残る術を手に入れる事だ。
シェミル村の住民が警戒している様に、いつ魔物が攻めて来てもおかしくない。
もう時間は残されていないと想定し、銃弾の材料確保に全力を注ぐ。
村長の家に到着するまでに、金属音が聞こえた場所に足を進める。
辿り着いた店の名前は『スティールレット』といい、剣の絵が付いた看板を掲げた鍛冶屋だ。
店内は茶色い板壁で覆われて、規模は個人経営店ほどの大きさ。入り口から全体を見渡せる造りになっており、まさに、田舎の武器屋といった住まいを感じさせる。
店のカウンター内には、筋肉累々の引き締まった身体が、鍛冶職人一筋と伺える、陽気な雰囲気をした黒人男性がそこにいた。




