8・リリス縛り
縛りプレイ、という用語をご存知だろうか?
しなくてもいいのに、わざわざ困難な条件を付けてゲームをプレイすること。
例えばアクションゲームだったら『ジャンプ禁止』、RPGならば『レベル上げ禁止』『アイテム購入禁止』等が挙げられるだろう。
必敗勇者にも数々の縛りプレイの元、プレイヤーが挑戦を繰り広げていた。
その中でも特に困難だと言われている縛りプレイがある。
それが——リリス縛り、と呼ばれるプレイスタイルである。
このリリス縛り。縛り内容について説明するのは簡単だ。
リリスを最初から仲間にした状態で、魔王を倒しゲームをクリアすること。
リリス自体は最初のチュートリアル的なクエストをクリアすれば、
「これからもお供しましょうか?」
という問いが発せられるので、それに対して承諾すれば簡単に仲間になる。
問題は——その後。
このリリス。
確かに高レベルで頼れる仲間である。
レベルが上がることによってのステータスの伸びは決して悪くなく、仲間可能NPCの中では優秀な方。
しかし——リリスのAIには他のNPCにはない特徴的なところがある。
『噛ませ犬』
そう称されるリリスのAI。
早い話、このリリス。
例え相手が敵わない相手だろうが、勝手にパーティーの先頭に躍り出てしまうのだ。
しかもそれが何の考えもなしに突進するだけなので、殆どの場合が相手にやられてしまう。
「こんなヤツ等! わたしの敵じゃないですよ」
「アキトさんがわざわざ出るような相手じゃないですよ。ここはわたしに任せてください」
「わたしは冒険者ですから! こんなところで簡単にやられたりしません!」
……何故か自信過剰なリリス。
そんな噛ませ犬っぽい台詞を吐いて、モンスターに襲いかかる。
そして勝手にダメージをくらい、勝手にやられてしまうのである。
必敗勇者においては死んでしまったNPCを甦らせる手段がない。
一つだけあるのだが、そのダンジョンをクリアする際。ほぼ確実に仲間が一人死んでしまうので、結局のところそいつを生き返らせなければならない。
お分かり頂けただろうか?
こっちがいくら守ろうとしても、勝手に先頭に躍り出て。
勝手にモンスターにやられるリリス。
そんなリリスを仲間にしたまま、ゲームをクリアすることなど——不可能に近い、とまで言われるのである。
これがリリスを仲間にしたくなかった理由である。
正直、自分の目の前で知っている人間が死ぬのを見るのは嫌だ。
さらにこの世界はゲームのようでありながら、同時に現実でもあるのだ。
だからこそ——リリスだけは仲間にしたくない。
そんなリリスは。
今、頭上にお星様を浮かべて気絶しているのであった。
「はあ……だから嫌だったんだよ」
遭遇したアースラビットはウッドソードで一発、二発斬りつけたところで退治することが出来た。
改めて落ち着き、伸びているリリスの前に立つ。
「おい! 早く起きやがれ!」
俺はポーチからポーションを取り出し、リリスの頭からぶっかける。
この世界では回復薬のアイテムを利用する場合、対象者に飲ませるか当てることによって機能する。
ゲームと似たような設定なら、これでリリスのHPは回復するはずだ。
やがてリリスの瞼が開けられ、
「はっ! だ、大丈夫ですかアキトさん。もしかして……もう死んでしまったんじゃ」
「だから言ったんだ。俺に付いてくるな、って」
「あれ? 死んだはずのアキトさんの声が聞こえる……」
訳の分からないことを言いながら、リリスの顔が上がる。
「ひ、ひぃっ!」
すると短い悲鳴を上げ、
「ア、アキトさんの幽霊!」
「幽霊じゃねえよ。幽霊になりそうだったのはお前の方だ」
「そんなわけありません! 冒険者になったばかりの人間がアースラビットに勝てるわけがありません」
流石、(自称)凄腕冒険者。
やられたモンスターの名前は分かっているらしい。
「はあ……幽霊だと思うならもう付いてこなくていい。短い付き合いだったな」
「ま、待ってください。うら若き女性をこんなところに置いていくつもりですか?」
「元はといえば誰が悪いと思っているんですか」
「それはわたしの台詞です。誰がこんな洞窟に連れ込んだと思っているんですか」
「お前の意志だな」
勝手なことを宣うヤツだ。
これ以上、リリスの話に付き合ってられないので、無視して歩き始める。
「アキトさーん! 待ってくださーい! わたし抜きだったら、本格的に成仏してしまいますよー」
「お前の中で俺は幽霊なことは確定なのか?」
「大丈夫ですよ。わたし……アキトさんが幽霊でも構わないかなー、と思い始めていますから」
「そんなところで寛容な精神を発揮しなくてもいい」
……どうやらリリス縛りは継続されるらしい。
まあこのまま置いていって、帰る時にリリスが白骨化していても困るしな。
半ばヤケになって、リリスを振り切るのを諦める。
「ふふん。もう今のような無様な真似は犯しませんよ? 幽霊だろうがモンスターだろうが襲いかかってきなさい!」
「早速、来たぞ?」
「へ?」
次に俺達の前に姿を現したのは『アークスケルトン』。
骸骨姿のモンスターで、骨の部分が土で汚れている。
剣を構え襲いかかってくるアークスケルトン。
「ひ、ひぃ! 幽霊!」
「……まあそうやって怖がっておきな」
次の戦いは骸骨に怖がって、戦闘に参加しようとしてこなかったリリスのおかげですぐに終わらせることが出来た。




