7・いざ冒険へ
「アキトさーん、止めましょうって。危ないですって。わたしもあなたを守りきれるか分かりませんよー。ねー、ってば」
後ろからリリスが付いてきている。
俺は「来るな」と言ったのだ。
Eランクのクエストを受けるために、リリスを利用しただけで一人でダンジョンには行くつもりであった。
平原フィールドを歩き、クエストの場所である秘宝の洞窟を目指していく。
「アキトさーん、無視しないでくださいよ」
「…………」
「アキトさーん、こっち向いて」
「…………」
「恥ずかしがらないで」
「がぁぁあああああ! 俺はムー○ンか!」
無視していたが、とうとう耐えきれなくなって振り返る。
リリスは「ムー○ン? 新種のモンスターですか?」と首を傾げている。
普通ならば可愛らしい彼女の顔が、今となっては憎たらしく見えてきた。
「うるせぇんだしょ! 危ないって思うなら、俺に付いてくるな」
「そ、そんな訳にはいかないでしょ! 初心者がEランクに挑戦しようと思っているんですよ。危なっかしくて見てられないじゃないですか」
「見てられないならなおさら付いてくるな」
「ちょっと危険なものは、敢えて見てみたくなる心理といいますか」
「テレビの衝撃映像とか好きそうな人みたいなこと言うんだな」
ツッコミを入れても、「テレビ?」とリリスはきょとんとしている。
やっぱり異世界ではツッコミも上手く機能してくれないみたいだ。
「というかどうして! Gランクの冒険者がEランクのクエストを受注出来たんですか!」
「ギルド職員にはお前が俺の仲間に見えたんだろ」
これはゲーム時にもあった、小さな不具合。
リリスに出逢った際、彼女がお節介を焼いた時点でシステム的には仲間パーティーに加えられている、ということになるのである。
冒険者の受注出来るクエストは、その仲間パーティーで一番高いクエストランクの人に従う。
なのでプレイヤーはリリスを無視しなければ、いきなりEランクのクエストから開始出来るのだ。
本来、レベルも1だか2のプレイヤーがEランクのクエストを受注するメリットはない。
Eランクはレベル15〜30に相当するといわれる。
Gランクしかない冒険者がクリア出来るものではなく、すぐに全滅させられてしまうからだ。
例えリリスがいたとしても。
しかし……今の俺は、
「とにかく危ないと思うなら俺に付いてくるな。俺に構うな」
「何を言っているですか! わたしはあなたがみすみすモンスターに殺されていく様を見過ごす程、勿体ないことをしないですよ」
「お前、本当に俺のことを心配してくれてるのか?」
ぷいっと視線を外し、前を向いて再び歩き始める。
「アキトさーん、冗談ですってー」
しかし彼女は諦めずに付いてくる。
……ゲームでは断ったら、付いてこなかったのにな。
俺のレベルは40……まずEランクのクエストなんか失敗しないのに。
このままでは不味い。
このままではリリス縛りが発動されてしまう!
秘宝の洞窟クエストは必敗勇者の中でもオードゾックスなものである。
昔、盗賊の集団がいたらしく、そいつ等が捕まる前に洞窟の中に秘宝を隠した。
普通ならばすぐに回収しなければならないのだが、そこは凶悪なモンスターが蔓延る洞窟であったのだ。
そこでギルドに依頼され、プレイヤーは洞窟の中にある秘宝を回収することが出来ればクエストクリア。
秘宝を丸ごと……というわけではないが、それをギルドに渡すことによって高額の報酬とクエストポイントを得ることが出来る。
「お前! 言ったからな? 俺はお前のことを守らないからな?」
「何を言っているんですか。わたしがあなたを守るんです!」
「……それが心配なんだが」
「わたしはEランクの冒険者ですよ? 結構、強いんですから。任せてください!」
胸を叩くリリス。
そんなリリスを見て、俺は心配しか湧き上がってこない。
「……勝手にしろ」
リリスの説得を諦め、洞窟へと足を踏み入れる。
洞窟の内部はジメジメとした場所であった。
地下水がポツンポツンと地面へと落下し、今にもモンスターが襲いかかってきそうな邪悪さがある。
「俺が先頭を歩くからなっ!」
リリスを先頭にするのはあまりにも危険すぎる。
「わたしの背中を任せました!」
と勝手にパーティーの先頭に立とうとするリリスを制して、奥へと進んでいく。
「アキトさん! 多分、この分かれ道は右ですよ。わたし、そんな気がするんですよ」
「左だ。お前は右に進んでもらってもいいぞ」
無意識で分かれ道があったら、人は右に進みたがる……。
と何処かのマンガで見た法則を利用したわけではない。
(ゲーマーを舐めるなよ!)
——ゲーム時でも、あまり危険がなく高額の報酬を得ることが出来るこれはお得なクエストとして知られていた。
迷路のように入り組んでいる洞窟内部を、俺は地図を広げているかのように知り尽くしている。
(まあ何だかんだいって、レベルも40あるし大丈夫だろ……)
洞窟内部で出てくるモンスターの平均レベルは20程度。
倍もレベルが離れていれば、まず負けることがないゲームである。
……リリスの方を振り向かず、黙って奥へと進んでいく。
「なかなかモンスターが出てきませんね」
「良いことだ」
「早くカッコ良いところを見せたいです」
「おう、期待してるぞ」
勿論、期待なんか全くしていない。
それにしてもエンカウントしないな?
もしかしたら、このまま一度もモンスターに遭遇することなく、秘宝を手に入れることが出来るかもしれない。
そう考えていた時期が俺にもありました……。
「ぬおっ!」
薄暗がりからいきなり出てきたのは、土に汚れたウサギのような生き物。
確か……アースラビットといって、レベルは16〜20のザコモンスターである。
(落ち着いて……っと)
ウッドソードを手にアースラビットを一閃しようとする。
剣を振り上げた瞬間、
「アキトさん! 危ない! ここはわたしに任せてください」
「って、お前!」
いきなりリリスが前に出てきて、アースラビットに襲いかかる。
しかしあまりにも勢いよく出てきたものだから——前があまり見えていなかったのだろう。
「ギャッ!」
アースラビットの体当たりでリリスが吹っ飛ばされる!
(始まったよ……リリス縛りが!)
壁にぶつかり、目を回しているリリスとモンスターを交互に見ながら、俺は溜息を吐いた。
——そう。
このリリス。
止めているのに勝手に前に出て行って、モンスターにやられる。
まさに噛ませ犬!