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3・別れの挨拶

『帝国最強騎士』『必勝女勇者』『最強の露出狂』『歩く負けイベント』『脱ぐ負けイベント』——。

 一部、必敗勇者のスレ参照。

 そんな異名で語られる彼女の名を——オルティア・サイガホーンという。

 必敗勇者の世界において、最も栄え施設も整っている都市。

 ハビエル帝国の騎士団に務める女騎士である。

 ダイアモンドが溢れるような金色の髪。大仰な鎧を付けていても、その細身のスタイル。透き通るような白い肌。

 そして何よりも——絶世の美女とも謳われる容姿。

 ゲームプレイ時もオルティアの美しさに思わず目を奪われてしまった。

 しかし今は現実となってしまった異世界。

 ゲームでは再現しきれなかった、きめ細かい肌は処理落ちしておらず、言葉の通り光を放っているようであった。

 その美貌によって必敗勇者の人気キャラの一人としても挙げられる。

 しかし——俺はとある理由からオルティアのことが大の苦手であった。

 その理由は……、


「キングタイガーがこちらの村に向かった、との報告を受けたのだが?

 キングタイガーはレベル100を超える恐ろしいモンスターだ。ギルドも何もない村なんて……すぐに滅ぼされてしまうと思い、慌ててやって来たのだが」


 失礼なことを宣いながら、オルティアがキョロキョロと村を見渡す。


「モンスターなら『あっ、帰ってアニメ見ないと』と言って、帰りましたよ」


 あまり目立ちたくない。

 そして何より、これ以上オルティアと関わりたくない。

 だから時代考証とか無視して、そんな適当な嘘を吐こうと思っていたら、


「モンスターならアキト様にビビって尻尾を巻いて逃げていきました!」


「アキト様……?」


 村人の一人が余計な一言を放り投げる。

 こいつ……なんてことを……。

 というか何でアキト様なんて呼んでるんだよ。

 ゲームではすぐに死んだから分からないけど、普段そんな呼び方しないだろ?


「アキト様……というのはもしかして君か?」


 村人の視線が俺に集中していたからか。

 オルティアは俺を見つめ、「ふむ」と考えながら呟いた。


「あまりレベルの高そうな冒険者には見えないのだがな」


「あの……お、僕、村人なんですけど。冒険者じゃないんですけど!」


「そんな訳ないだろう。ただの村人にビビってキングタイガーが逃げるわけがない」


 だって本当だもん。

 オルティアの審査眼も大したもんだ。

 確認していないが、多分俺のレベル1だし。


「しかし面白い。気に入った」


 オルティアはパンと手を叩き、


「キングタイガーを退かせた、という実力……是非、帝国で確かめてみたい。これから私達は帝国に戻るが、君も一緒について行かないか?」


 と真っ直ぐな瞳のまま、手を差し伸べた。

 さて——。

 このままイナーク村に住んで、スローライフを過ごすのも悪くないだろう。

 しかしそれではこの世界が何なのか。そして元の世界に戻る理由も分からないまま生涯を終えてしまう。


「俺は……」


 ゲームの世界なら、これは強制イベント。

『いいえ』という選択肢を選んでも、「いやいや、そんなこと言わずに」「いいえ」「なかなか君も強情だな」「いいえ」「もういい! 勝手に連れて行くぞ!」という流れで、無理矢理帝国に連れて行かれるだろう。

 だが、俺の仮説が正しければここはゲームの世界に限りなく近い現実。

 だから俺が選んだ言葉は……、


「お断りします」


 丁重にお断りした。



 説得されると思ったが、意外にもオルティアは、


「そうか……それは残念だ」


 とあっさり引き下がってくれた。


「これは帝国の入国許可証。もし興味があるなら、この許可証を持って君も帝国に来るがいい」


 一枚の許可証を渡してくれて。

 ペラペラの紙……オルティアの署名。

 こんなアイテム、ゲームにはあったけな?


「さて……っと」


 オルティアはとある理由で大の苦手だ。

 何故なら、彼女は存在そのものが負けイベントとして恐れられるNPCでもあるからだ。


「といっても、どうせ帝国に向かうんですけどね」


 出来るだけオルティアとは接触を持ちたくなかった。

 だから一緒に帝国に行くことを断ったにすぎない。

 ——俺はこの世界のことを知りたい。

 そして何より、元の世界に戻る方法を知りたい。

 そのためにはこんなイナーク村では情報なんか得られない。ネットも繋がらないだろうし。いや帝国に行っても繋がらないと思うが。

 イナーク村を出て、俺は帝国に行く。


「その前に……そのことを伝える人がいるよな」


 夜。

 外から虫の声が聞こえ、ひんやりとする風は俺を冷静にさせてくれた。

 一階へと降りると、テーブルの前に座って一枚の写真を眺める女性がいた。


「血は争えないものね。アキトは村を救ったよ」


 ——言わずもがな。

 この世界における俺の母さんである。


(正直、気が引けるんだよな……)


 父さんは冒険者で亡くなっている、ということは最初に言った通りだ。

 母さんは残された宝である俺を大事に育ててきたはずなのだ。

 だからこそ、俺が母さんを残して父さんと同じく帝国に行って冒険者になる——と語れば、どんな顔をするだろうか。


「母さん」


 でも。

 俺は決めたんだ。

 この世界のことを知りたい、って。

 元の世界と同じように夜空に星が散りばめられている。

 この世界のことを知りたい——そして元の世界への手掛かりを得たい、って。


「ん? どうしたんだい。アキト」


 母さんの顔がこちらに向けられる。

 ゲームではすぐにキングタイガーに殺されてしまった。

 だからこそこうやって、落ち着いて母さんと喋ることが出来るのも異世界に転移した特権なのかもしれない。


(けれども俺は——)


 意を決して口を開く。


「母さん……俺は帝国に行ってみたいと思う」


 その言葉が出たら、もう後戻りは出来ない。

 息子の一大決心に——母さんは、


「あっ、そ。お土産よろしくね〜」


 ——息子が旅行に行くくらいにしか思ってなかった!

 へなへなと肩の力が抜ける。


(まあそっちの方が気楽だけどね)


 ——とうとう明日から俺の冒険が始まる。


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