30・歓迎
三日後。
「……本当にオルティアさんなんですか?」
リリスが驚き、そして半分疑惑を込めた視線を送る。
「ほう。私の名前を知っていてくれているのか。申し訳ないが、君の名は……」
「リリス! リリスです! 冒険者をしています。オルティアさんは帝国の冒険者の中でも憧れの存在ですからね。知ってて当然ですよ!」
キラキラと目を輝かせるリリス。
そして「握手してくださーい」と手を握ろうとしたり、「その剣技は何処で習ったんですか?」と質問をしていたりする。
オルティアに構うリリスの動きが速すぎて、残像が見える程であった。
「オルティア……随分、人気者なんだな」
そんな光景を微笑ましく、遠巻きに眺めていた。
さながら憧れのアイドルと対面する時のようなはしゃぎようだ。
(それにしても……正攻法じゃないとはいえ、本当にオルティアを仲間に出来るとはな)
あれから。
仲間になってくれることを約束してくれたオルティアであるが、彼女も騎士団長。
すぐさま付いてきてくれるわけにはいかず、三日間。代理の騎士団長を立てる手続きをやってきてくれていた。
何でも剣が折れてしまい、代わりの武器を探しに行くためしばらくの休暇が欲しい、という理由でゴリ押ししたらしい。
その間、俺やリリス——イヴはクエストをこなしながら、レベル上げを行っていた。
レベル160であっても、魔王の城で不覚を取ってしまう場合もある。
ほぼ安全圏といえる200まで上げたところで、もう一度カジノに行って無双して……。
という感じであっという間に三日が過ぎてしまったのだ。
「リリス、これからよろしく頼む」
「はい! オルティアさんの剣技を教えてください」
「勿論だ。戦力は多い方が良い」
こうして見ていると、オルティアとリリスは仲の良い姉妹のようであった。
頭一つ分身長の背丈の高いオルティアが、リリスの頭をポンポンと叩く。
この二人はもう安心だろう。というか地味にリリスのコミュニケーション能力の高さに驚く。
問題は……、
「君は——どうしたのかね?」
地面で膝を抱え、負のオーラを放出しているイヴであった。
俺を変態勇者、と罵倒し続ける彼女の元気(?)な姿は最早ない。
結局、イヴは弟の死を未だに受け入れることが出来ず、こんな風に塞ぎ込んでいるのである。
ろくに体も洗っていないのだろうか。
あれだけ透き通ったような赤髪が跳ね、まとまりをなくしている。
「放っておいてくれ……ボクはもう生きる意味もないんだ」
「ほう? 良かったら、理由を教えてくれないか?」
「君に話す道理もないね」
リリスとは対照的にそっぽを向くイヴ。
このままではオルティアが可哀想なので、俺の方からイヴの境遇を説明してやる。
「そんなことが……」
慈しむようなオルティアの視線。
しかし——すぐにキッと厳しい視線となり、
「全く——! 弛んでいる!」
と響き渡るような叱責を発したのである。
急に大きな声を出すものだから、流石のイヴもビックリして背筋を伸ばす。
「いつまで貴様は塞ぎ込んでいるつもりだ? そんな風に塞ぎ込んでいて、弟さんが喜んでくれると思っているのか?」
「な、んなに?」
ここで明確な怒りを見せるイヴ。
「所詮、大切な人を亡くしたことがない君だからそんなことを言えるんだ。ボクは君のことをよく知らないけれど、何でも帝国の騎士団長らしいじゃないか。
迫害されたこともなく、孤独を感じたこともない君にボクの悲しみなんて——」
「私は五歳の頃に両親をモンスターに殺された」
「えっ?」
敵意を見せていたイヴの口が止まる。
オルティアは腕を組んで、まるで思い出話を語るようにして続けた。
「そのまま身寄りの亡くなった私は孤児院に預けられた。そこで私は目立つ金髪をしていたからだろうな。イジめられ、あっという間に孤立してしまった」
「君ほどの人物が……?」
元の世界で学校を経験している俺だからこそ分かる。
劣っている、ということと同等に優れているということは立派な迫害の理由となるのだ。
人は平均から外れている人間程恐がり、そして遠ざけようとする。
オルティアは子どもの頃から美しく、そのことが同世代の妬みを生んでしまったのだろう。
「最初の二年は苦しかったな。でも途中で私は気付いたんだ。こんなところで塞ぎ込んでいても仕方がない……私は一人で生きてやる。そして一人でモンスターを滅ぼし、最終的には魔王を倒してやる、ってね。
そこから何年か冒険者をやっていてね。その功績も求められ、城に呼ばれ騎士団長にもなった。一人で生きてやる……と思っていたが、今は仲間と共にモンスターを討伐する日々でね。やれやれ……私も丸くなったものだ」
それはオルティアなりに「前を向け」と伝えているのだろう。
オルティアの力強い言葉、そして表情を見てイヴは考えるようにして視線を落とす。
やがて顔を上げて、
「……ボクも強くなれるかな。前に進めるかな?」
「当たり前だ。その手引きは私がしてやろう」
そう言って、オルティアは手を差し伸べた。
迷いながらイヴはその手を受け取り、立ち上がった。
彼女は傷つきながらも、大地に二本の足を降ろし、前を向いて歩くことを決めたのだ。
「——これで一件落着かな?」
——正直、イヴが弟の死を振り切ってくれる方が助かる。
敢えて俺の口からは言ってないが、彼女の悲しみを消し去る方法がもう一つだけ存在するのだ。
しかしそれではイヴは成長しないし、何よりも俺が困る!
というわけで気付かないようにして、話題に触れないようにした。
「よし。早速、向かおうか」
いくらオルティアに人心掌握術があろうとも、このパーティーのリーダーは俺なもんでね!
先頭を切り、勇ましく帝国を出た。
「——アキトと言ったな」
「そうだ」
「アキト。何処に向かうんだ?」
オルティアが尋ねる。
美女三人を引き連れた俺は真っ直ぐとその場所に向かう。
「生還の神殿——今からモンスターを甦らせようと思っているんだ」
全ての準備は整った。




