29・三人目の仲間?
(さて……これでどうなる?)
折れた剣を杖にして、ヨロヨロと立ち上がるオルティアに注目する。
オルティアから挑まれる決闘で勝利するのは、謂わば副次的なものに過ぎない。
重要なのは『決闘に勝利すれば、オルティアを仲間にすることが出来る』という都市伝説的な噂が真かどうか、という部分であった。
レベル160——文句なしでNPCの中で最強キャラである彼女を仲間にすることが出来なければ、俺の異世界ライフは問答無用で詰むだろう。
あれだけの決闘の後だというのに、平気な顔をしてパンパンと土を払うオルティア。
「見事だ。まさか私に匹敵する剣士がいるとはな。貴様の剣技、見事であったぞ」
「お前も凄かったと思うぞ」
これは心からの本音であった。
オルティアは折れた自分の剣と、俺の何の変哲もないロングソードを見比べるような様子を見せてから、
「それにしても最後に使った妙な奥義。あれは何だったんだ? 私でも初めて見る奥義であったぞ」
「あれは魔王黒踏剣。魔王を打倒するための奥義さ」
「魔王を打倒……成る程、貴様は魔王を倒したいという野望があるのか。それにしても私の剣を折るとはな。この剣、なかなかに珍しいもので、そんな簡単に斬れるものではないのだが?」
そりゃそうだ。
必敗勇者の魔王はあらゆる攻撃に体勢があり、さらに自らを守る結界によって防御力を飛躍的に上げている。
その結界——あらゆる庇護や武器を破壊する奥義。
魔王黒踏剣にはそのようなスキルも含まれているのである。
「成る程、なかなかに奇怪な剣技であるな」
説明すると、顎に手を当てて頷くオルティア。
その目は探求心豊かな研究者を思わせた。
「では私との決闘に勝利したので、し、下着姿を見たことは不問にしよう。もし気が向いたら、騎士団に来て欲しい。声をかけてくれれば私から推薦しよう」
「ああ」
「じゃあ私はこれで……」
踵を返し、手を上げてそのまま離れようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
手を伸ばし、オルティアを引き留める俺。
尻を追いかけようとする足を一歩踏み出したところで、彼女の歩みが止まりこちらを振り返った。
「何だ?」
「何だ……じゃなくて、他に言うことはないのか?」
「……? はて。貴様は何を言っているのだ?」
オルティアが首を傾げる。
……もしかして台詞を言わなければ、フラグが立たないのだろうか。
コホン、と一度咳払いをしてから、
「オルティア——俺の仲間になってくれ。俺と一緒に魔王を倒そう」
と言った。
すると一瞬驚くように目を見開くオルティア。
しかしすぐさま首を振り、
「ダメだ。私も貴様と一緒に旅をする……というのも面白いと感じているのは事実だ。しかし私には騎士団がある。帝国がある。私はこの帝国を守ることが使命なのだ。だから貴様の提案には応えられない」
「え、え? ちょっと待って。どうしてもダメって言うのか?」
「残念ながら、な。どれだけ説得しても、この考えは変わらないだろう」
伏し目がちになるオルティア。
……。
…………。
おーい! ちょっと待てー!
(やばいやばいやばいやばいやばい……!)
頭の中に「やばい」の三文字が踊り、心臓が破裂しそうになるくらい早く鼓動を打つ。
オルティアの表情を観察すると、そこには強い意志が含まれているようで、俺がどれだけ説得しても考えを変えられないように思えた。
(やっぱりオルティアを仲間に出来る、って都市伝説だったのかよ!)
決闘で勝利した。
仲間になってくれ、と言った。
それなのにオルティアが仲間にならない?
そんなバカなことがあってたまっか!
このままじゃミガンテを甦らせることが出来ず、イヴは一生魔力を封じられたまま。
同時にそれはアキト・カグラという人間が一生異世界に閉じこめられる、ということを意味する。
(必敗勇者の世界は楽しい……とは思うが、現代日本に帰れば新作ゲームもどんどんリリースされていくんだぞ? 面白いマンガが山ほど読めるんだぞ?)
こんな生死を賭けるような場面が何度も訪れる異世界で。
一生を過ごす訳にいくものか——!
そんな覚悟が俺に最低な方法を取らせた。
「……ウサギ」
「は?」
「……ウサギ……パンツ……」
「——っ!」
オルティアの表情が変わり、前につんのめるような形になる。
「ウサギパンツ……そうだ! お前はウサギパンツを穿いていた!」
「き、貴様! そんなところまで見ていたのか!」
オルティアが焦るようにして、こちらに詰め寄ってくる。
今すぐ口封じをしようかとする気迫を感じられた。
しかしそんなものに圧されてたまるか!
(オルティアは可愛いもの好き……そして、それを何故か隠そうとしている)
公式設定集に書かれてあった彼女のプロフィールを思い出す。
その文字に重なり合うようにして、月明かりに照らされたオルティアの下着姿を思い出す。
美しい肢体であった。
しかし同時に……それを覆う下着の何と子どもらしいことか!
オルティアの突出したお尻のところにウサギの顔がプリントされていたのだ!
ドアノブをウサギ型にする、ということも合わせて間違いなく彼女はウサギ好き! 可愛いもの好きだ!
説得ではオルティアを動かせない。
ならば……脅迫によって彼女の意志を曲げてやる。
「ウサギパンツを穿いていたことをみんなにバラされたくなければ、俺の仲間になれオルティア。
クックク……とはいってもお前には選択肢はないと思うがな。堅物の騎士団長で通しているお前がウサギパンツを穿いていることがバレれば、間違いなく威信はなくなり、陰口を叩かれるだろう」
「〜っ!」
赤面し一文字に口を閉じるオルティア。
何か反論したい、しかしどうにもならない、と分かっているからこそ次の言葉を吐けないのだ。
そんな羞恥と悔しさを混じらせたような彼女の顔を見ていると、何だかとても変な気持ちにさせられた。
「クッ……こんな辱めを受けるとはな。殺せ!」
「いや殺しても何の得にもならないし」
女騎士お約束の言葉を吐いたところで。
オルティアは悩み、やがて体を震わせながら、
「……になってやる」
「え? 何て言った?」
「仲間になってやる! これで文句はあっかー変態やろぉぉおお—!」
——こうして俺は変態度を増すことを引き替えに、オルティア・サイガホーンを仲間にしたのであった。




