22・美少女を監禁してみる
俺は今——地下室でエルフを眺めている。
両手を鎖で繋がれ、ろくに身動きが取れない赤毛のエルフ。
「クッ……! 一体、何のつもりだ。ボクを誰だと思っているんだ」
「君は……イヴ。イヴ・ジルベリア。この村を司る『エルフ協会』の役員をしている女の子だ」
「……っ! どうしてボクの名を」
そりゃあ、一度この異世界によく似たゲームをクリアしているからね。
拘束されているイヴを見て、無意識に舌で唇を舐めていた。
ロングドレスの切れ間から見える長くて細い足。その先に続く二つの交差点を想像すると、卒倒してしまいそうな興奮を覚える。
エルフ——イヴが俺に向ける悔しそうな表情。どうして人間にこんなことをされなければならないのか。羞恥、屈辱——負の感情が入り交じり、彼女の攻撃的な一面をかいま見せる。
(……やはり必敗勇者の中でも選りすぐりの美女と言われたイヴ! 思わず見とれてしまうな)
きめ細かい肌はゲームでは完璧に処理出来なかった。
しかしゲームが現実のものとなったこの世界ではイヴが確かな質量を持って、俺の前に現れているのだ。
いけないと思いつつ、体に触れてしまいたくなるような……。
「クッ! 近付くな。何をするつもりだっ!」
おっ?
足が勝手にイヴの方へと近付いている。
「どういうことだ」
最早、体の制御は俺の意志から外れてしまっている。
イヴに近付いて、透き通るようにキレイな髪を触ってみる。
「……っ!」
イヴは悔しいような、そして恥ずかしいような表情。
髪を撫でると花? のような香りが鼻梁をくすぐった。
(ああ——)
その香りは麻薬であった。
俺の体は麻薬に逆らうことが出来ず、そのままイヴの顔へと唇を近付けていく——。
「って、アキトさん! 何してるんですかー!」
バンッ!
後ろから扉が勢いよく開かれるような音。
意識が正常に戻り、振り返って、現れた人物の名を呼んだ。
「リリス……」
「いきなりエルフさんを抱えて走り出したと思ったら! こんな場所に! わたし! アキトさんがそんな人だとは思っていませんでした。でも今だから自信を持って言えます。アキトさんは——」
リリスの突きつける指が震えていた。
「変態ですっ!」
「ぐはぁ!」
そんな言葉、帝国のカジノの時にも言われ慣れているはずだったのに。
何故だか、今回のリリスの言葉は俺の心に深く突き刺さった。
「それでなにか言い訳がありますか?」
地下室。
現在、俺は何故かリリスの前で正座をさせられていた。
「……正直、ここまでする必要はなかったかな、とは思っている」
後ろではイヴがまだ鎖に繋がれたまま。
ガチャガチャ、と音を立て「ここから出せ!」と叫いているが、リリスさえも「黙っておいてください!」と怒鳴った。
どうやら俺を説教するのに夢中らしい。
「いくら、えーっと……」
「イヴだ!」
「イヴさんは美しいと思いますけど……だけど、それだからっていきなり女の子をこんなところに閉じこめて……アキトさんは変態だと思います!」
イヴを村長の家で見つけてから。
俺は一切の説明もせずに、強引にイヴを肩で担いで、村長の家から逃げ出した。
レベル120——いや悪竜を倒したため、今はもっとレベルも高いだろう——の俺の敏捷性に付いてこれるモノはいるわけがなく、風となった俺はここまでイヴを運んできたのだ。
この地下室の存在はゲーム時には知っていた。
モンスター襲撃イベントの際、イナーク村と同じようにここに引きこもっていれば何ら危険もなくやり過ごすことが出来る。
しかしその際は生き残ったエルフから「なんで助けてくれなかったんだ!」と非難を浴び、本来貰えるはずであった装備品を貰えなかったりする。
「ちょっと待ってくれ! 俺がイヴに嫌らしいことをしようとして、この地下室に連れ込んだと思っているのか?」
「そうじゃないんですか? それに……アキトさん、イヴさんのこと呼び捨て……」
軽蔑するようなリリスの眼差し。
いや……ゲーム時には、わざわざNPCをさん付けしていなかったら、その時の癖で呼び捨てにしているわけだが?
「も、もしかして! 嫌らしい行為をして二人の間に愛が芽生えた?」
「エロマンガの見過ぎだ!」
マンガなんて、リリスは知らないと思うけど。
「それじゃあどうして……」
「このイヴはな! エルフ達の裏切り者で、こいつを始末しないと今からエルフの村が大変ことになるんだよ!」
そう。
エルフの村にモンスターが襲撃しにくるキッカケを作った原因は——まだ鎖に繋がれたままのイヴであったのだ。
リリスにイヴが裏切って、エルフの村の存在をモンスターに教えている。放っておけば、このままエルフの村はモンスターに滅ぼされてしまう。
そんなことを説明したら、
「嘘です! こんなキレイな人が裏切り者だなんて……」
「信じられないのも無理はないと思う。今の段階では俺が悪者になっていると思う」
おそらく、この地下室から出れば村中のエルフが俺達を探索しているだろう。
その中でリリスは——俺に比べると低いが——高レベルだったので、俺の後を追いかけることが出来たのだろう。
といっても、地下室への入り方を見つけるまでは手間取ったみたいだが。
「仮にそうだったとしても、イヴさんみたいなか弱い女の子をこんな状態にするなんて……やっぱりアキトさんは変態です」
「お前は何も分かっていない!」
確かにイヴは心奪われるような美貌を持っている。
現に必敗勇者内のNPC人気投票では、第三回と第四回で一位を獲得している。
しかし……そのキレイな姿に騙されてはいけないのだ!
「クッ、さっさと離せ! ウ○コ! ウ○コ! お前の口にウ○コを詰め込んでやるぞ」
「ここから出たら、殺してやるっ! ボクはすっごい魔法使いなんだぞ。エクスプロードを百連発で発動させてやる」
「変態変態変態! ボクのような可愛らしい女の子を拘束するなんてな。お前の股間にぶら下がっているものを蹴り上げてやる!」
今にも飛びかからん勢いで、マシンガンのように口から罵倒が発射される。
無論——リリスに『か弱い』女の子と称されたイヴである。
「えっ……」
そんなイヴを見て、言葉を失うリリス。
「分かったか? こいつはネコ被っているだけだ。本性は好戦的で、口汚い言葉が大好きな傲慢女だ!」
ゲーム時でも裏切る前のイヴは「わたし……空気より重いもの持ったことないの」と、じゃあ何を持てるんだよ、みたいな発言をしていた。
しかし一度裏切った後は「ふん! 騙される方が悪いんだ!」と言い、遭遇する度に口汚く罵ってくる最低のキャラだったのだ!
「分かったか? まあ……こいつはちょっと可哀想な設定で裏切っているんだけどよ……実際の性格はか弱いどころか、超男っぽい性格なんだ」
丁度、ボクっ娘だしな。
ゲーム時では分かっていても、なす術なくエルフの村が滅ぼされるのを指を咥えて見ることしか出来なかった。
それが負けイベントなんだからな。
だが、これは現実だ。
このようにイヴを監禁して、モンスターとの接触を断つことも出来るのだ!
「で、でも……わたしはやっぱり信じられません」
俺を信じるか否か。
その狭間で揺れ動いているのだろう、リリスが戸惑った表情を見せる。
「お前の言いたいことも分かる……だけど俺のことも信じて——」
「フンッ」
唐突に。
罵倒が止まり、イヴが鼻で笑った。
「確かにボクはエルフの裏切り者だ」
「そんな!」
リリスが声を上げる。
「どうやってお前がボクの正体を見破ったのかは分からない。だけど……もう遅い。もうミガンテ様は! この村に向かっているはずなのだからな!」
「な、何だと……っ?」
イヴに問い詰めようとしたよりも先に、
「モンスターだ!」
地上からそんな声が聞こえた。
そして続く悲鳴。
ここからでも、地上で何かが起こっていることが理解出来る。
「始まってしまたのか……?」
エルフの村モンスター襲撃イベント!
エギビエルからの二連続負けイベントがな!




