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1・村が滅ぼされるのを台無しにする

「ここは……イナーク村?」


 長閑な田舎の風景が広がっている。

 ぽつんぽつん、と木造の建物が建っており、心なしか頬を撫でる風も涼しげ。

 村を歩く人々にも緊張感がなく、歩く速度も遅いように思える。

 ——そう。

 ここがメイク・インフィニティ・ブレイズでニューゲームを選んだ際、最初にいることになるイナーク村だ。


『太陽が昇れば起き、太陽が沈めば仕事をやめる。

 そこがあなたの生まれ故郷、イナーク村』


 ゲームではそのようなナレーションが流れる中、主人公であるプレーヤーはイナーク村を探索することになる。


「ゲームの中……なんだよな?」


 今まで味わったことのない強い光。

 VRマシーンが壊れたかと思って、一瞬焦ったが……どうやら、無事にゲームを始めることが出来たらしい。

 だよな?


「それにしては、ちょっとリアルすぎるような……」


 VRゲームの仮想現実は元々、リアルなものだ。

 まるで異世界で冒険をしているような気分にさせてくれる。

 だが、違和感。

 あまりにもリアルすぎて、落ち着かないのだ。


「オープンメニュー!」


 試しにメニュー画面を開いてみる。

 オープンメニューと念じることによって、セーブロード。ログアウト。装備変更。ステータスの表示……等々の項目が書かれた、ウィンドウメニューが開かれるはずであった。


「開かない?」


 そんなはずはない。

 俺は長い期間、このゲームを楽しんできた。

 今更、メニュー画面を開けないなんてあるわけないのに——。


『異世界転移』


 強くてニューゲーム。

 選んだクリアボーナスの項目を思い出す。


「もしかして、本当にゲームの世界に来てしまったのか?」


 バカな考えだと思う。

 しかしそうじゃないと説明が付かないのだ。

 通り過ぎる風は現実のものと変わらないし、地面の砂も一粒一粒をつまむことが出来る。

 さらにはメニュー画面を開くことが出来ず、このままではセーブも——いやログアウトして、現実世界に帰還することが出来ない。

 ゲームの世界——いや異世界に転移した。

 その仮説に愕然としながらも、イナーク村を見て大変なことを思い出す。


「大変だ……。このままじゃイナーク村は」


「アキトー」


 手を上げて、こちらに近付いてくる女性。

 俺の母親……いや、プレイヤーである『アキト・カグラ』の母さん、という設定のNPCだ。

 俺の父さんは冒険者で幼い頃に亡くなっており、それ以来母さんとここイナーク村で二人きりで過ごしている……という設定。


「母さん! 大変だ! 早く逃げないと——」


 グゴォォォォオオオオ!

 地が震えるような光景。

 遅かったか……もう来てしまった!


『そんな平和なイナーク村に突如モンスターが襲撃しにきます。

 あなたは果たして、モンスターから生き残ることが出来るのでしょうか?』


 最初のゲームプレイの際。

 流れたナレーションを思い出す。


「グゴォ。命乞いはしなくていい。お前等、全員分の首をよこせ」


 ——メイク・インフィニティ・ブレイズ。

 負けイベントがあまりにも多く、そのせいで暗いムードが漂い鬱ゲーとも称されるゲームだ。

 あまりにも主人公や仲間が負けるせいで、メイク・インフィニティ・ブレイズはファンの間でこう呼ばれる。

 必敗勇者と——。


「これは……必敗勇者最初の負けイベント! 『キングタイガーの襲撃』!」


 襲撃しにきたモンスターの群れを見て。

 村人の誰よりも早く、そう呟いたのであった。



『キングタイガーの襲撃』

 必敗勇者において、ニューゲームを選択した際。

 プレイヤーのレベルは1から始まることになる。

 しかしその弱いプレイヤーに対して、村を襲いに来るキングタイガーのレベルはなんと120。

 さらには子分であるモンスターの平均レベルも、確か80ちょいでまず敵うことがないボスキャラである。

 キングタイガーになすすべく、プレイヤーの村は滅ぼされてしまう……というのが基本的なストーリーの流れ。

 一応、キングタイガーに立ち向かうことも出来るのだが、レベルの差もあることながら絶対に敵うことが出来ない。

 なのでプレイヤーの行動としては、キングタイガーから逃げ村にある井戸に逃げ込み、モンスター達が引き上げるまで隠れておく、というのが正解なのだ。


「モ、モンスターだぁ!」


 阿鼻叫喚。

 今まで平和だったイナーク村が一点。

 悲鳴が響き渡る地獄の風景へと変化する。


「グゴォ。逃げてもいいぞ。しかし……逃げるだけ、苦しむことになると思え!」


 キングタイガーは巨大な虎のようなモンスターで、片手に大きい斧を持っている。

 その斧から放たれる『デスアックス』という技は、即死属性を持っておりいくらレベルが高くても一発でHPを〇まで減らされてしまう。

 これがレベルの差以上にキングタイガーに勝てない、といった理由なのだ。

 これこそまさに負けイベント。

 負けることによって、始めてストーリーが進むイベントなのだ。


「アキト! 逃げなさい。村にある井戸の中……あなた一人くらいなら隠れられるわ」


 母さんが俺を抱き叫ぶ。

 唐突に起こる負けイベント……当然、母さんもモンスターに殺されてしまう。

 母さんや村人を殺したモンスターに復讐するため、プレイヤーは冒険者となるべく滅ぼされた村を出る。

 ある意味、テンプレともいえるストーリー。

 ストーリーに沿うなら、俺はこのまま井戸に逃げ込めば殺されずにやり過ごすことが出来るだろう。

 しかし——、


「母さん。心配しないで」


 俺は母さんの手から離れ、キングタイガーと相対する。


「なんだ? お前は?」


 キングタイガーから放たれる威圧感。

 目の前がクラクラと歪んでいく。

 必敗勇者はゲームだった。

 だが……ここがゲームに似た現実なら、負けイベントを歪めることが出来るはず。


「お前のお得意な必殺技があるだろ? ほら、あのデスアックス」


「お前……どうして、オレの技を!」


 俺は一度、その技を見ている!

 一度体験したことで、この先何が起こるかも知っている。

 倒れてしまいそうになりながらも、負けじとキングタイガーを睨み付ける。


「デスアックスで攻撃してみろよ。俺は死なねえから」


「小僧……良い度胸だ」


 斧が振り上げられる。

 村人の悲鳴。

 斧が迫り来る光景がやけにスローモーションに見えた。


(……っ!)


 目を瞑らず、逃げずにデスアックスの攻撃を受ける。

 これは一種の賭けであった。

 強くてニューゲーム。

 そう——俺が授かったチートスキルの一つは。


「なっ……小僧! どうして死なぬ!」


【即死無効】——。

 即死属性のデスアックスの一撃を受けても、頭を小突かれたくらいの感触しかない。


「負けイベントをチートスキルで台無しにしてやる!」


 そう言って、キングタイガーに笑みを向けた。


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