17・迷宮を攻略したら何がしたい?
——十日後。
「これでお目当てのものは手に入れることが出来たな」
真実の鏡を眺めながら、俺はそう呟いた。
「ぜえぜえ……二度とこんなことしたくありません」
膝に手を当て、肩で息をしているリリス。
そんなリリスにアイテムポーチから鑑定石を取りだして、魔力を遅らせる。
リリス・ノーティラス レベル41
ふむ。
ギリギリ及第点といったところだろう。
俺の目論みが成功し、何とかリリスが『噛ませ犬確定』から『噛ませ犬になるかもしれない』くらいまで確率を下げることが出来たぞ!
……あれ? あんま変わらないか。
とにかく、
「真実の鏡ゲットだぜ!」
地下六十階。
宝箱に入っていた真実の鏡は直径三十センチくらいの円の形をした鏡である。
何の変哲もない鏡に見え、覗き込んできたリリスの顔が映っている。
「アキトさん? なんで、そんなもの必要だったんですか」
「魔王城攻略のために必要なアイテムなのだ」
いくら俺がチートスキルを持っていたとしても、(あくまでゲームと一緒なら、と過程してだが)魔王城は一筋縄で入ることが出来ない。
ストーリーを進める上で必須のアイテム。
それがこの真実の鏡なのだ。
「じゃあ地下迷宮から出ようか」
真実の鏡をアイテムポーチにしまう。
そして帰還石を取りだして、そこに魔力を込める。
「ふう! 久しぶりの帝国だな!」
すると——瞬きをして、目を開けると同時にハビエル帝国の街並みが目の前に広がった。
「疲れました……ですぅ。アキトさん、なんかプレゼント買ってくださいよ」
「ふむ。じゃあお前には『穴あき靴下』を買ってやろう」
「そんなのいらないですよっ!」
「むっ……穴あき靴下は装備品として優秀なんだぞ。ステータスの中の敏捷性が急上昇し、さらに毒属性の魔法に耐性が出来る」
「普通、そんなの穿いたら動きが鈍くなりそうですけどね……反対なんですか」
「まあ穴あいている分だけ靴下の重みがない、ってことだからな」
「そこぉっ?」
リリスが感じている疲労も無理はない。
この十日間、地下迷宮の中に引きこもりっぱなしだったのだ。
地下迷宮は——誰が取り付けたのか分からないが——たいまつが設置されてはいるものの、薄暗く昼も夜も分からない生活を強いられることになってしまった。
(それにしても……本当に慣れるもんなんだな)
その中でも驚いたのは自分の適応能力である。
途中、テントを張って何度か休んだのだが——、
「どうしました? アキトさん。わたしの顔、なんか付いてます?」
リリスが首を傾げる。
そんなリリスを見て、テントの中の出来事を思い出して、視線を逸らしてしまう。
(まああの時は疲れていたしな)
そう。
テントの中ではリリスと肩を並べて寝ていたのだ。
普通、男と女が寝ていたらそれらしいイベントが起こると思うだろ?
それなのに——疲れていたためか。
テントの中で横になると、二人共すぐに眠気に襲われて、夢の世界へ誘われてしまった。
「まあ、いっか」
いちいち冒険中、テントで寝ていてドキドキするのも疲れるしな。
これはこれで良い成長、と言えるか。
「さて! アキトさん。折角、地下迷宮から帰ってきましたし! わたしが何をしたいか分かりますよね?」
リリスが俺の顔を見つめ、ウキウキ気分で問う。
地下迷宮ではポーション等の回復役、さらには味気のないパンとかが主食であった。
何日か生活してみて気付いたのだが、リリスはかなり食にこだわる。
あれは帝国の中にあるレストランに二人で行った時の話だ。
『このメニュー表の右から左まで全部ください!』
やってきたウェイトレスに向かって、恐ろしいことをリリスは言い放った。
テーブルの上に並べられる、異世界の料理達。
『うわーい! ご飯だー!』
リリスはフォークやスプーンを器用に使い、湯気が立ち上る料理を平らげていった。
俺はそんな光景を引きつった顔で見ていただろう——。
カジノ後で資金に余裕のない時にこれをされれば、恐らくリリスを殺していたかもしれない。
……いや冗談だが。
「ああ、分かるぜ」
そんなリリスのことだ。
帝国に帰ってきて、何をしたいのか手に取るように分かる。
「それじゃあ!」
目をキラキラと輝かせるリリス。
口から涎が溢れているようにも見えるな。
俺はそんなリリスの肩に手を置いて、
「カジノに行くか」
と優しく言った。
「えーっ! 違いますよ! ご飯ですよご飯!」
「君がギャンブルの魔力に取り憑かれているのは見ていて分かる。さあ! 確率の海原へ出港しようじゃないか!」
「違—いーまーす! ご飯—!」
嫌がるリリスを引きずって、カジノへと向かう。
コインがゴミのように吐き出されていく感覚! あの感覚を味わいたいがためなのか、地下迷宮の中では何度も手が震えていた。
……ギャンブル中毒なのは俺の方か?
◆
「ふう! 満足した満足した!」
なにも食べていないのにお腹が膨れ、満腹を感じていた。
対照的にげっそりとしているリリスと共に、俺はカジノから出た
「……カジノの店員さん泣いていましたよ?」
「そうか? 多分、良いお客さんがやって来て嬉しくて泣いているんじゃないか?」
所々「もう止めてくださーい! カジノが潰れちゃいますー! ふぇえ……」というような声が聞こえていたような気もするが。
なんだか街を歩いていると、人の視線をちらちらと感じる。
「心配するな。これからご飯を食べにいくぞ」
「ご、ご飯!」
リリスの顔に生気が戻る。
「——それでご飯を食べた後、早速帝国を出るぞ」
「いよいよ魔王退治の始まりですね」
リリスの拳にギュッと力が入る。
「まあ……魔王に挑む前にはいくつかの準備が必要でな。その準備のためにとあるところに向かいたいと思う」
「とあるところって?」
「ラフガレント山脈だ」
そう言うと、何故かリリスの顔が強張って、
「ラフガレント山脈! むむむ無茶ですよ、アキトさん! 今度ばかりは本当に無茶です!」
顔が真っ青になっていくリリス。
……まあ今度ばかりは、リリスが怖がるのも無理はない。
今回は俺にとっても、最大の戦いになることが予想された。
「ラフガレント山脈に何があるのか分かっているんですか?」
「知ってる」
ゲーマーを舐めるなよ。
俺はゲーム時を思い出しながら、その名を紡いだ。
「悪竜エギビエル」
——負けイベントの名を。




