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12・異世界での振る舞い方

 必敗勇者。

 それは負けイベントの宝箱とも称される。

 しかし——いや負けイベントのような悲劇的なイベントが多いためか——意気地の悪いイベントが多く発生することも必敗勇者の特徴である。

 例えばレベルを上げて、三段階も飛び越えてクエストランクを上げる、とする。その場合、プレイヤーのやりこみが賞賛されることになると思うが、必敗勇者のスタッフはそう考えなかった。


「一気にクエストランクを上げられるはずがない。何かチートのような不正なものを使っているはずだ」


 と。

 なので一気にクエストランクを上げた場合、その晩に冒険者が訪れ「力を貸して欲しい」と無理矢理SSランクのクエストに参加させられることになる。そこでは何人かの冒険者と組み、邪神を倒すことになるのだが、この敵があまりに強すぎて倒せない。邪神にやられても、死なずに帝国へと強制送還されることになるのだが、「君には失望したよ」と言われクエストランクを二段階も下げられてしまう。通称『甘い罠』クエストである。

 他にもNPCを復活させることが出来る神殿で、パーティーと分断されるイベントが発生する。分断された先の仲間の内一人はモンスターにやられてしまい、結局NPCを復活させる権利はその仲間に使わざるを得ない。

 このような悪名高いイベントの数々。

 ドMご用達とも言われる、性格の悪そうなスタッフが考えついたシナリオの数々。

 だが、俺はそんな必敗勇者の世界が好きだった。

 悲劇的なゲームの雰囲気。

 滅茶苦茶なイベントでも、事前に知っていれば十分に対応出来る。

 だから常々、ゲームの中に入りたい……そう思ったことも一度ではない。


(このまま……ゲームの中で暮らすのも悪くないかな?)


 夢の中。

 暗闇の中に浮かび、俺はそんなことさえも考えてしまう。

 命の危険にはさらされるものの、チートスキルがあるおかげで不自由なくゲームの中で生活出来そうである。

 ろくに友達もいなかった元の世界に戻るより、ゲームの世界の方が英雄になれるのでは?

 ——そう考えた時。

 浮かんできたのはイナーク村のことだ。

 イナーク村に一人残してきた母さん。


(母さん……元気にしているかな)


 その顔にもう一つの顔が重なり合った。

 重なり合った顔は浸食し、やがて頭の全てを塗り潰してしまう。

 そう——もう一つの顔とは、元の世界にいる本当の母さんのことであった。


(俺がいなくなって心配しているかな?)


 尤も。

 この異世界と同じように時間が流れているとは限らないが。

 家族の顔——それを思い出して、心の内でポツンと小さな灯りが点く。


(やっぱり、俺は元の世界に帰る)


 この異世界も悪くない。

 しかしやっぱり俺は元の世界に帰りたい。


(だから……俺は魔王を倒す! この世界の救世主となってやる)


 突如、暗闇の中に一筋の光が。

 その光は俺を掬い上げ、導かれるようにして体が浮遊していく。

 ——夜が明けていく。



「ん……もう朝か」


 窓から朝日が差し込み、意識が覚醒する。

 気怠い頭。

 欠伸をしながら、上半身を起こした。


「意外にちゃんと寝れたな……それほど、疲れていたということなのか」


 しかし……うん。

 一晩寝て、大分体力も回復していた。

 苦しいはずの筋肉痛が心地よかった。

 俺はベッドから降り、顔でも洗おうかと——、


(ん?)


 置いた右の手の平に柔らかな感触。

 シーツの柔らかさではない……ムニッ、と饅頭を掴んだ時のような。

 何気なく視線を落とす。


「……っ!」


 目の前に飛び込んできた光景が言葉をなくさせた。

 ——そこにはリリスが気持ちよさそうな顔をして寝ていたのだ。


「ムニャムニャ。アキトさ〜ん、そこはダメです。そこはわたし、弱いんですから〜」


 何やら寝言を言っているリリス。

 口からは涎を垂らし、まるで無邪気な犬のようであった。

 しかし犬と違うところは、


(やっぱりこいつ……胸でけえ!)


 無防備なリリス。

 服の合間から、大きな胸の上部が見えている。

 それはリリスが寝返りをうつたびに、蠱惑的に形を変化させ揺れていた。


「……って! お前、何してやがる!」


 はっ! 俺は何を考えている!

 急に意識が正常になり、ベッドから降りシーツを思い切り引っ張ってやる。


「きゃっ! 何をするんですかアキトさん!」


 ベッドから落とされたリリスが頭を押さえて、非難の声を上げる。


「それはこっちの台詞だ! なんでお、お前! 俺の隣で寝てやがる」


「夜は暗いんですよ。なんか……一人で寝ていたら心細くなってしまって」


 どうやって入ってきた?

 いや、昨晩を思い出す。

 リリスを無理矢理、廊下に放り出した後。眠気が限界にきて、そのままベッドに飛び込んでしまったのだ。


「しまった……鍵を締めるのを忘れていたか」


 自分の顔を手で掴んで、そのままくしゃくしゃに丸めたくなる。


「アキトさん。何をそんなに慌てているんですか? パーティーを組んでいたら冒険中に同じテントで寝ることがありますよね? 普通のことですよ」


 異世界で暮らすリリスにはそれくらいの感覚かもしれない。

 しかし!

 ちょっと前まで、極々平凡な高校生だった俺に! 朝、目が覚めたら女の子が隣で寝ていたら慌てるだろうが!


「だからお前とパーティーを組む気なんてねえよ!」


「顔真っ赤ですよ、アキトさん。どうしたんですか?」


 リリスの顔を見ていると、頭がガンガンと響くように痛くなっていくのであった。



「……それでなんでお前が付いてきてるんだ」


「アキトさん、帝国に来て日が浅いですよね! わたしが帝国を案内してあげますよ」


「心配するな。お前より帝国については詳しいつもりだから」


「?」


 リリスが不思議そうな顔して俺を見つめる。

 ゲーマーを舐めるなよ!

 学校の勉強もろくにせず、帝国をぶらついてたんだよ。


「それでアキトさん。今日はどうするつもりですか?」


 お前に言う義理はない。

 そう返すことも出来たが……、


「お金を稼ごうと思う」


 意外にも素直な俺。


「お金……ですか。クエストですね! クエストならわたしに任せてください。またわたしが協力してあげますよ!」


「余計なお世話だな」


 帝国の街並みを歩いていく。

 歩いている先には、人がどんどんと増え、そして活気が増していくように感じられた。


「違う手段でお金を稼ごうと思っているんだ」


「違う手段ですか?」


「そうだ」


 そして辿り着いた先は豪壮な建物。

 どのような技術が用いられているのだろうか。

 建物全体が光り輝いているように見え、希望に満ちた顔をした人が入り、落胆の表情を浮かべた人が出てくる。そうかと思えば、満面の笑みで歩く人がいたり——。


「ギャンブルだ」


 俺がやってきた場所はカジノ。


 そこは希望と絶望が入り交じる素敵な場所。


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