妖しく哀しく幻想の村に桜は咲く 小夜物語 第52話A cherry tree blooms in a village of an illusion sadly doubtfully.
小夜物語、 別名 (藪柑子村開墾地村童夜話)
小序
誰にだって語りたい物語はある。
誰にだってその人しか語れない物語がある。
誰にだって物語はある、語りたい物語はあるんだよ。そうだろ?
心に秘めた一つの物語がある。
だから、私がもしもかたらずに死んでしまったら
その物語をだれが語れるというのだろう。
だから、、どうか私に語らせてくれまいか?
遠い日のそれは幻想の物語?
あるいは実在しない物語?。
いいや魂の本当の物語なのさ。
塵は塵に帰り、
灰は灰に戻る
だから、
覚えておいてほしいんだよ、
私の物語を、
忘れないでほしいんだよ
この物語を。
私がいま語らなければこの物語は風化して
消え去り、灰に帰ってしまうんだよ、
だから私が語れるうちに語らせておくれよ、
私はもうじき、語れなくなってしまうんだから。
私が語り継ぐことによって私の物語はそうしてかろうじて、永遠性を
まとうんだろうからね。
誰かどうか私の物語を覚えておいてほしいのさ。
頭のほんのすみっこでいいからさ。
そうすればどうにか私の物語は消えずにすむんだから、
それでこそ私が語り継いだ意味も価値もあるんだから。
A cherry tree blooms in a village of an illusion sadly doubtfully.
私にしか語れない物語がある。それは遠い消え去った故郷の原風景。
今はもうどこにもない異空間世界。
今、もし?私が語らなかったら、それはなかったことになってしまうような物語。
だから私にそれを語らせてくれないだろうか?
語りたいんだよ、
だってもし私が語らなかったら全部なかったことになってしまうんだよ。
そんなのって私は我慢できないんだよ、
確かにこれらの人々は生きていたし
痛みもその体に感じていたんだよ、
でもあまりにも無名の十パひとからげの庶民だから
まるで最初からいなかったかのごとく
記録からも抹消されて消えてゆくだけなんだよ、
だから語らせておくれよ。
だって私はもう老い先が長くは無いんだよ、
できるうちに
手が動くうちに
ボケないうちに
どうか語らせておくれよ。
この人たちには確かに生きていたんだよ、
無名の庶民で名もなき人々だけどね、、。
え?
それで、、、どういう人たちだったかっていうのかい?
そうかい、、、じゃあ聞いてくれるんだね?
じゃあ思い出の糸を手繰って語ってみようかね?
今でも信じられないのだが、あれは私の見たような気がする幻想の桜だったのだろうか?
昭和25年。私の生まれた村は、とある田舎の県の、県庁所在地の大きな町から各駅停車のローカル線にゴトゴト2時間も乗り、そして降りた無人駅からさらに、徒歩で1時間も行った、僻村の山里だった。
当時、、、私は
村はずれの農小屋に開拓者の父母と姉と住んでいたっけ。村といっても見渡す限りの雑木林に囲まれた
大きな丘陵地でして。そのところどころの林を切り開いた小さな空き地に農家が点在するというそんな開墾地だった。
村はずれの山すその雑木林が尽きたところに、、大きな古い沼池があり、、その傍に見上げるような大櫻の木が、たった一本だけ、いつからここに生えていたのか?だれが植えたのか、
大きな、大きな、桜の木が沼池の水面にしなだれかかるように、咲いていたっけ。
これ以外には、その辺りには、桜の木というのは、そこら辺には、ただの、一本もありませんでした。
この辺りには、この木だけなのです。桜の木は。
じつは、
その大沼は自殺の名所で、遠い町から失恋に悲観した若い娘が入水自殺するという、
そんな噂のある沼池だった。、まるで、
そんな若い娘の仇を返すかのごとくに、その娘たちの生命を吸ってでもいるかのように毎年、春には
その大櫻はまるで、狂ったように、見上げるように、まるで、湖面を覆いつくすように、咲き誇るのだった。その桜は毎年毎年見事に咲き誇り湖面にその満開の姿を照り返し、そして
、夜には煌々と月光に照らされて妖しくも、また湖面に映えるのでした。
その沼のあたりには家は一軒もなくて、周り2キロ四方はうっそうとした雑木林のみだった。
開拓村の中心地からは、この沼へ続く、細いけもの道が雑木林の樹間の陰に、ただ、うねうねと続くばかり、、。周囲と全く隔絶した大沼でした。
ただ、その、沼のほとりには、その桜の古木の下には、いつからあったのか、わらぶきの古い農家が、たった一軒だけ、ぽつんと、ありました、そこには、老人と少女が住んでいて、、、、。
少女と老人?。そうです15歳くらいの少女と、70歳は、とうに過ぎたようなくらいの老人です。
それは、、年の離れた親子なのでしょうか?
ばあさまは?ずっと昔死んだそうです。
たしか?そのあたりの土地はその老人のもので、その桜もその老人の土地の中にあったとのだと思う。
。老人は変わり者で、村人と付き合いはほとんどなくって、きこりや炭焼きをして生業を立てていた。
少年の私は思ったものだった。たぶん?大沼のほとりに住むわらぶきの家のこの老人が桜を守っていたのだと。。老人が桜に仕えて?お守りしているから桜は毎年こんなにも咲き誇るのだろうと。
老人は櫻守?だったのだろうか。少年だった私はさらにこうも思った。
その老人がもしかしたら?
若い娘を呼び込んで桜へ人身御供に捧げては、娘たちの命をこの桜に捧げて、その永遠の生命を若返らせていたのだろうか?と。
私には、そうとしか思えなかったのだ、あまりにも見事すぎる桜だったから、、。
ところで、
少女の父親がこの老人なのでしょうか?
いいえ、
母の語るところによると、15年位前のこと、この老人の一人娘がある日行商の男と駆け落ちして村から出奔し、玉のように、可愛がっていた一人娘に裏切られた母親は、それを苦にして、、悲観して、、桜の満開の、ある夜のこと、、この沼に身を投げて自殺してしまったというのです。
やがて引き上げられた水死体にはびっしりと桜の花びらがまといついていたそうです。
母親の亡骸は桜の花の舞ゐしきる風の吹く日にその桜の木の下にほうむられたという。
それから、
数年後、たぶん男に捨てられて?やつれ果ててぼろ着て、あの出奔した娘が、ひょっこり村に帰ってきたそうです。その胸には赤子が抱かれていたそうな。
娘はその赤子をちょうど満開の桜の木の下に置くと、そのまま、息絶えたという。
その赤子はきゃあきゃあいいながら満開の桜を見あげていたという。、
外で赤んぼの泣き声がするので不思議に思った、老人が出てきて、桜の花びらに埋もれた、赤子と変わり果てた娘の死骸を見つけたという。
娘の亡骸は数年前に葬られた母親の眠る、桜の木の下に桜の舞い散る日に葬られたという。
そして、その赤子が、、そう、あの15歳の娘なのだという。
その娘は美しく成長した、村でも一番くらいの美少女に。
まるで桜の精が取りついたかのごとくに、その少女は美しく成長したのだった。
村中の若者のあこがれの的だった。老人もまた玉のようにいつくしんだことは言うまでもない。
その娘は、桜を愛した、赤子の時に、桜の木の下に置かれていたからなのだろうか?
そして桜も娘を愛した?
桜吹雪の舞う夜などは少女は絣の着物を脱ぎ棄てて沼で裸身を清め、母と祖母の眠る桜の下でいつまでも桜を見上げていたという。。まるで桜と語り合っているかのごとくに、、。
だが、悪夢は繰り返す、
ある年のこと、村の春祭りの夜、見物に来ていた、娘を、
その夜、祭りの酒に酔った若もの数人が、、夜陰に紛れてその娘を連れ去り罰当たりにも、
村の鎮守の森に連れ込んで、なぶりものにしてしまったのだった。
帰ってこない娘を心配した老人が夜掛けで探し回り、明け方の薄明の中で鎮守の森の中で哀れにも首を絞められて殺されている娘を発見したのだった。
老人は気が狂ったようになり、娘の死骸を抱きかかえて、家に連れ帰ったと言う。
息絶えた娘の死骸を満開の桜の木の下に横たえると、それから斧を手に取ると、村中を探し回り、聞きまわり、ほどなく数人の、下手人を突き止めたという。
そして下手人の男たちを次から次に襲い、その脳天を斧で一撃で、ぶち割って殺したという。
脳天が割れた男は即死だったという。
血まみれの斧を持ったまま老人は家に戻り、
桜の根元に置いてある娘の死骸を、穴を掘り、埋めたという。
祖母も、母も、そして娘もまた、こうして、満開の桜の下に埋められて眠ることになろうとは。
桜の花びらがその夜、狂ったように新墓の上に、まるで雪が積もるように舞い散って、土饅頭を覆い隠したという。
その夜、老人は、ふっつりと村から消えたという。
それはちょうど桜の満開の夕べだった。
その後誰も、だれひとり、老人の行方を知るものはいなかった。
村に警察があるはずもなく。
警察官たちが遠い県庁から派遣されてきて、こんなひなびた村で
おそらくは、村始まって以来の猟奇事件を調べ上げたが、
殺された村の不逞の若者数人の死体見分では、実に見事なほどに一発で脳天をぶち割られていたそうである。
その後、警察官たちは老人の家を見分したが、
荒れ果てたわらぶきの家が、がらんと、、残っているばかり、
なかにはいると、人気のない土間には桜の花びら埋め尽くすように、いっぱい散り敷いていたという。、
そして、、破れた障子越しに桜の巨木がこの藁家に覆いかかるように、しなだれかかっていた、
まるで桜の満開の大枝でこの老人の家を覆い隠すように。
物証の血だらけの、こびりついた斧を押収すると警官たちは外に出たという。娘の遺体も掘り返されて見分されたが、特に証拠とはならないということで、そのまま埋め戻されたという。
と、
見ると、藁屋根の上にも、そして敗れ障子の戸から吹き込んで土間一面にも
桜の花びらがまるで雪が降ったように、散り敷き積もっていたという。
犯人の老人は結局見つからずに事件は迷宮入り入りでした。
村人たちは、老人は、どこかで生き延びたというひともおれば、
あるいは事件後すぐに
どこかのダムにでも飛び込んで自殺したという人も意見は様々でした。
娘を手籠めにした若者の家の村人は
その後ひっそりと村から出てゆき、
なんでも東京へ夜逃げ同然で消え去ったという。
こんな小さな村ではいたたまれなかったのだろう。
そして噂も途絶えかけて、、村人の口にも上がらなくなった
そう、その事件から、、
凡そ、、10年も経った頃でしょうか?
すっかり廃屋になったその、農家には今年も見事な桜が妖しくそして哀しく咲き誇ったのです。
もちろん毎年毎年この桜は春になれば咲いていたのですが、
なぜかこの年の桜はことのほか見事でした。
こんな沼のあたりにまで来る人といえば
猟師か、きこりくらいなのですが
「今年はいつになく見事だよ」、とそんな人から聞いて村人も恐る恐る
見に行ったのだそうです。
確かに沼の湖面にしなだれかかるばかりに大枝が広がり、
中にはもう湖面に触れんばかりになってる枝もありました。
満開の大桜は、かってどんな事件があったのかなど忘れさえるばかりに
あまりにも見事でした。
やがて風が吹き、、桜の花びらは空を舞い、
朽ちかけたあの農家の廃屋の屋根を桜色に埋め尽くすばかりに散り敷いたのです。
そんなある日のことです。
たまたまそこを通りかかった猟師が桜の大樹の根元に何かぼろ布の大きな
塊みたいなものを遠目に発見したのだそうです。
「なんだろう?」
近づいてみるとそれはなんと、
あの行方不明になったあの老人の亡骸だったそうです。
10年の間どこをどうさまよっていたのでしょうか?
老人の死骸はやつれ果ててぼろを身にまとっていたそうです。
それは老人の10年にわたる逃亡生活の悲惨さや苦悩を直截に表していはしなかったでしょうか?
おそらくどうしてもここに帰ってきて最期を迎えたかったのでしょう。
漁師からの知らせで村人も集まってきました。
直ちに警察に知らされて遠くの県庁から警察官が来て、遺体見分が行われました。確かにあの老人に間違いはありませんでした。
犯人死亡ということで処理されて、その遺骸は、村人たちによって
散り盛る大桜の根元にそのまま土葬されたのだという。
こうしてこの不幸な一家は今やすべてこの妖しくも悲しい桜の根元に
むくろとなって安らうこととなったのである。
それから50年、
私は15歳の春、高校進学のために村を離れてその後も一回も村に帰ることもなく東京の大学へ、、。
卒業はしたものの、就職難で
やっと見つけた遠い遠い、他県の3流会社にやっと就職、
全く見も知らぬ異郷での仕事人生。
ただ働き、
そうして、張り切っていたのは最初の数年だけ、、次第に会社の内情が、、
つまり社会の裏側が見え透いてしまって、早くもあきらめムード、全開で、、。
あとは残業でこき使われてやがて、、新米社員に追い越されて、
成績が伸びないというので地方に左遷ですよ。そうしてがむしゃらに働き詰めで、
やっと定年になり今は安い年金で
やっとどうにか、この遠い他県の新興団地に生活していますが、、。
振り返れば、、ああ、俺の人生って?
いったい?なんだったんだろう?
そう思っていた今日この頃、ふと、、あの桜のことを思い出したのです。
そうだ。
そういえば今までどんだけ桜を見てきただろうか。
桜の名所といわれるところにもいっぱい、行ったこともあるし
毎春の花見は
こちらのほうの桜の名所にもいろいろと、行ったし、
でもどうだろう。
あんなきれいな桜ってあっただろうか?
あの村の
大沼の傍に咲く
あの桜ほどに美しく
妖しく
そして哀しい
桜があっただろうか。
ありえないです。
あんな桜60年以上も生きてきた私でも見たことがないのです。
もう一度見てみたい、
でも故郷を離れて50年、
その間一回も戻ったことはありません。
まあ、あんな事件もあったしいやなイメージがあったからかもしれませんが、
ということは、、いくら私がこうだったんだよといくら私が語ってみたところで、
それは今ではもうだれ一人信じないような、はなしだということなのでしょうか?
というよりも、、、
いっそ今では私自身すら、あれは本当に起こったことだったのだろうかと、疑うしかないような
あれは実は、ただ、私の見たような気がする幻想の桜にすぎないものだったのだろうか?
という遠い遠い
まるで夜ごとの夢が紡ぎだしたかのような、
いまはすっかり、
消え去った思い出の彼方の幻想譚だったのだとでも、
おそらくは、そうでもいうしかない失われた記憶の棘だと思うしかないことだったのでしょうね、
たぶん。
おわり、
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