宿屋について。
本日3話目です
「なぜだ………なぜ無いんだ!」
暗くなった森の中で男の声が響き渡る。
「この辺に落ちてるはずだっ!…………まさか…………いや、流石にそれは無いはずだ。
……あー、クソッ!全てはあの女のせいだ!」
男は自分の計画を狂わせた女を思い出し、憎々し気に頭を掻き毟る。
「こうなったら……この街諸共全て潰してやる。
そうだ、そう言えば明後日はあの日だったな…。ハハッ、楽しみだぜ」
男は明後日に起こるであろう惨事を思い浮かべながら悪い笑みを浮かべる。
「マホリカ様に怒られなければいいんだけどな」
そして、自分の勝手な行動で主神を怒らせないかと懸念しながらも、男は行動に移るのだった。
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「さて、これからどうするかだが、とりあえず、宿でも取るか」
「そうだね、でも、もう遅い時間だけど空いてるのかな?」
「うーん、どうだろうな。まあ、探せばあるんじゃないか?」
「わかった、じゃあこの辺りを歩こっか」
「そうだな」
俺達はようやく森を抜けて街へと戻った。
既に6時は超えているだろうという時間だ。
そこで俺達は、休む場所が無いということに気付き、宿を探すために街を歩くことに決めたのだ。
俺達は他愛も無い話をしながら街を歩き進める。
内容は主に、リースやアマルーナの経歴や、能力についてだ。
四大精霊にも得意な魔法があるらしく、リースが防御や回復の魔法が得意だと聞いて、舞は、自分も覚えられるとワクワクしていた。
アマルーナは自分のブレスが止められた理由に納得していたみたいだった。
そんな話をしながら俺達が歩みを進めていると、俺達はようやく一件の宿屋を見つけることができた。
そこは少し大きい二階建ての建物で、外面も綺麗なのだが、何故か人が1人もいなかった。
「優斗君、ここに入るの?」
「ああ、人もいないみたいだし、丁度いいんじゃないか?」
「でも、人がいないってことは、何かあるんじゃないかな?」
「まあ、そのへんは入ってみればわかるだろ」
「………うん、わかった」
俺は舞を説得し、その宿屋に入ってみることにした。
ちなみにリースやアマルーナは俺達に任せると言って、会話には参加していない。
中に入ってみると、外見に見合った綺麗な装飾がついており、俺達は余計に人がいない理由に苦しむ。
すると、奥からパタパタと足音が聞こえだした。
「い、いらっしゃいませ、えっと、お客様でしょうか?」
奥から出てきたのは、俺達と同年代くらいの、優しい笑みを浮かべた女の子だった。
髪は少し黒めの茶髪で、身長は150cm程と低いが、まだ幼さを残すその童顔からは可愛らしさが滲み出ているように感じる。
「ああ、部屋は空いてるか?」
「えっと、はい、……お客様が本日初めてのお客様ですから」
女の子はそう言うと同時に、その笑みにすっと影を落とす。
「ん?どうしてだ?外見も内面も綺麗なんだから人気も出そうなのに」
「……お客様は旅のお方でしょうか?」
質問を質問で返してくる女の子に戸惑いながらも、俺は頷く。
「それでは、知らないのも無理はないかもしれませんね。実は、この宿には悪い噂が立っているのです」
女の子はそう、既に諦めたような笑顔で言う。
俺はそれを感じながら、話を進めるように促した。
「いつからか、というのははっきりと分かっています。5年前、この国が戦争に負けて、実力主義の国になってからです」
俺はその言葉を聞いてケイゴの話を思い出した。
そして同時に、その噂の大体の予想をつける。
「この宿は、昔も、そして戦争に負けてからも、差別することなくお客様を呼んでいました。たくさんのお客様が来てくれて、私やここで働いていた人達はみな、充実した日々を過ごしていました」
言いながらその時のことを思い出したのだろう、女の子は少しだけ優しい笑みを浮かべていた。
「でも、王様が弱い者を差別する政策を始めてから、誰であろうと差別なく泊めていたこの宿に噂が立ち始めました。
『あそこは弱者が泊まる宿だ。つまり、あの宿に泊まった者は弱者になってしまう』と。
その噂がたってから、この宿に泊まるお客様はメキメキと減っていきました」
ただ淡々とそう語っていく女の子の目には、微かにだが涙が浮かんでいた。
「ですから、この宿にはお客様が寄ってこないのです。もしも、今の話を聞いてこの宿に泊まるのが嫌になったのでしたら、宿を変えてもらっても構いません」
女の子の表情は、全然、構わないと思っている人の表情では無かった。
だが、おそらく俺達もこの宿に泊まらないのだと思っているのだろう。
しかし、王が嫌いな俺にとってはそんな噂はどうでもいい。
「それで、この宿の値段はいくらだ?」
「えっ!?……えっと、話を聞いていましたか?」
女の子は戸惑ったような表情を浮かべる。
まあ、それも仕方のないことだろう。
わざわざ『弱者になる』宿に泊まろうとする者がいるとは、普通は思わないだろうからな。
だが、何度も言うように俺はそんな噂はどうでもいい。
「ああ、聞いていたが、それがどうかしたか?」
「えっ、で、でしたら、どうしてこの宿に?」
「理由か?まあ、他の宿を探すのがめんどくさいっていう理由もあるが、一番の理由は、王に腹が立つからだな」
その言葉を聞いて、女の子は驚いたと同時に、怯えた表情を浮かべる。
この街の人にとって、王様は相当に怖い存在だからだろう。
「なんだよ、『弱者になる宿』って。そんな物があるはずが無いだろ」
「で、でも、実際にこの宿に泊めた人達は、みんな試合で負けるようになってますし……」
「そんなの、簡単にわかることだろ」
そう言うと、女の子はキョトンとする。
「王がわざわざこの宿に人を遣って、わざとその後の試合に負けるようにしているだけだろ。理由はこの街に『弱者』の泊まる宿なんていらないから。ったく、徹底したクズっぷりだなあの愚王」
「そ、そんな……」
女の子が呆然とした表情を浮かべる。
実力主義には反対でも、一応王様として敬意を持ってはいたのだろう。
だが、そんなことは気にせず俺は続ける。
「そんな王様の思惑になんか乗ってやるか。
いいか、俺は明日の『魔物使い』トーナメントで優勝してやる。そうすれば、この宿に泊まっても『弱者にならない』ことの証明になるだろ?」
なんとなく王にイラッと来た俺は、それに歯向かう為にもそう言う。
それがケイゴとの約束でもあるからだ。
だが、その言葉に、女の子は首を横に振る。
「無理ですよ、明日の試合には、他のジョブの方にも一目置かれている、イノマさんが出るんですから」
「そっちの方が、噂を払拭しやすいだろ」
俺の、イノマなんて眼中にも無いという発言に、女の子は流石に「あっ、この人頭おかしいんだ」みたいな表情を浮かべた。
だが、明日実際に見ればいいだけだと思ったので、俺はそこで話を終了させる。
「ま、この話はとりあえず終わりにしよう。
それより、名前でも教えてくれないか?」
「分かりました。私の名前はハルノです。よろしくお願いします」
「ああ、俺は優斗だ。任せてくれ」
その自信満々の笑みを見たハルノは、不思議と安心感じ と期待感を覚えながら、俺に宿の説明を始めるのだった。