第百五十五話 次の部屋
勝ち残ったイリヤの身体には傷一つもなかった。レイの”完全死”を喰らったはずなのに、まだ生きている。
レイはわからなかった。”完全死”は完璧に発動されていたのだが、イリヤはまだ生きていることからイリヤが何かをしたと疑っている。
「……どうやったの?」
核は貫かれたが、少しの時間なら、まだ生きていられる。身体は全く動かず、口と目しか動かせなかった。どうやって生き残ったのかわからなかったから、直接聞くことにするようだ。
「簡単なことだ。無月のおかげさ」
「……無月の?まだ何か効果があったの?」
「まだ何かあったと言うより、お前が勘違い(・・・)していただけよ。無月の能力は…………」
剣で触れたものは魔力が霧散する。それが効果だとレイはそう思っていたのだ。だが、それは一部でしかなく、本当の効果は…………
使い手に対する完全魔法無効。
それが、無月の能力だと言う。ふざけた効果を持った剣だなとレイの身体が消えて行く時に思ったのだった。
「消えたか」
死体は霧散しており、何も残っていなかった。普通なら、『魔王の証』が残るはずだったが、ゼロとレイの手によって、もし負けた場合はゼロの元へ戻るように手を加えてあるのだ。
「くぅぅぅっ……」
イリヤは突然、胸を押さえて、地に膝を付く。
「やはり、あれを喰らって無事でいられるわけがないか……」
膝から落ちてゆき、最後には身体を地面に預けるというより、倒れた。
何故、そのようになっているかは、無月にある。
無月は使い手に対する完全魔法無効することが出来るが、それはデメリットが全くないというわけでもないのだ。いや、致命的と言ってもいいだろう。
剣が魔法を消す時はデメリット無しだが、使い手の身体に当たって魔法を無効させるとデメリットが発現する。
身体に受ける魔法を無効させる代わりに、寿命が減る。
それだけ聞けば致命的なのかわかるだろう。つまり、ダメージを全く受けないわけではなく、ただ、先送りをしているだけなのだ。今を動くために、未来を捨てているのと変わらない。
弱い魔法だったり、強い魔法でも一発だけだったらイリヤは次の戦いに参加出来ただろう。だが、レイの”完全死”は即死級の魔法であり、粒子状を沢山受けたイリヤに残った命などは僅かしかなかった。
「後は頼んだわよ……」
瞳が重くなり、身体から力が抜けて行く…………
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「相打ちか。たった今、勇者の一人が死んだ」
ゼロは方舟の中なら虫1匹も逃ずに見つけることも可能になっていて、レイとイリヤとの戦いも見ていた。
(予定通りだな)
『……うん、王者能力は最低限にしていたといえ、あの勇者は頑張っていたと思うよ』
(ああ、身体のことは勿体無いと思うが、計画を進めるために必要なことだ)
何故、レイが王者能力を持っていないイリヤに負けたのかは、自分で王者能力を制限していたからだ。そして、計画を進めるためにレイの身体を捨て駒にしたのだ。
(ふむ、まさか、この『魔王の証』は死なないと取り出せないと思わなかったな)
『……そのために、王者能力を制限して弱体化したし、身体を捨てることになったよね』
ゼロは手に『魔王の証』を持っていた。『魔王の証』が必要になり、必要になった時は既にヨハンを魔王化させた後であった。だから、操るだけの身体であるレイの身体を消滅させて取り出すことに決めていたのだ。
レイの身体を壊すだけなら簡単だが、それは勿体無いと考えて、勇者の誰かを道連れにしようと王者能力を制限させて弱体化した身体で一番目に配置したのだ。
『……ガイウスと言った男は放って良かったの?』
(ん?ああ、この戦いでは勇者を全滅させることが目的だからな。雑魚なんぞに、気に掛けても仕方が無い)
ゼロにしたら、ガイウス、マギル、テリーヌなどの勇者ではない者はどうでも良い存在でしかない。勇者がいなかったら何も出来ないのだから。
「さて…………おっ、勇者がまた死んだな」
ゼロは二つ目の部屋を水晶で見ていた。その映像には、また1人の勇者が死ぬ姿を写していた。
(あいつもここまで強くなるとはな。ククッ…………)
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ここは、長い階段を登り終えた先にある二つ目の部屋。残りがあと25分しかないのに、勇者カズト達の姿があった。
その姿は誰も傷だらけで、まだ先に進んでいなかった。いや、上手く足止めされているが正しいだろう。
カズトの目の前には、1人の少女がいる。ダイヤモンドダストを周りに散らばらせ、足元は全てが凍っている。
少女は普通ではなかった。身体がまるで凍っているようで無機質の生き物のように見えている。
そう、彼女は既に生き物を止めており、別の存在となっているのだ。その少女とは…………
「自分に勝てるのはゼロ様だけ。貴方達はここで死ぬの」
かつての、蟲人族であった少女、シルであった。
ゼロとレイの手によって、シルは氷の精霊へ生まれ変わっていたのだった…………