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Love across species

作者: はにゃか

ずっと待っていた。

私の一生と比べればなんてことない時間だが、とても長く感じた。

どれだけこの時を待ちわびたことか。

さぁ、これから迎えに行くよ。



「じゃあ嶋さんは見学ということで」

私は水が恐い。

だからこの暑い季節になると体育はいつも見学。

昔、小学生になる前に家族旅行で遊覧船に乗っていた私は、海の中のキラキラした魚に目を奪われて柵に足をかけて眺めていた。

両親から危ないと一度柵から足を下ろされたが、両親が向こうを向いている間にまた足をかけて水面を覗き込んでいた。

一瞬大きな波が来てグラリと船が揺れ、身を乗り出していて力も弱かった私はそのまま海の中へと落ちてしまった。

これが水が恐くなってしまった原因。

その事故以来、私は海だけでなく水に近づくことすら恐怖を感じるようになっていた。

小さい頃はお風呂の水さえ恐くて、いつも泣きながらお風呂に入っていた記憶がある。

楽しそうにプールの中ではしゃいでいる友人をぼんやりと眺めながら膝をかかえる。

今日はクロールの練習をして、クロールの出来る人は何メートル泳ぐことが出来るか測定するという授業内容だった。

それが終わると各自自由時間となり、皆が一斉に好きなことをやり始める。

水を掛け合う人も居れば、どれくらい水の中に潜っていられるか競争している人たちもいた。

そんな中、一人の友人がふらりと近寄ってきた。

「透!そこにいたら暑いでしょ。足だけでもつけてたら」

確かに暑い。

太陽から直接当たる陽射しと太陽の光が水面に跳ね返って当たる陽射しの両方が直接身体に当たり、自分の身体の表面温度をどんどん上げている気がする。

冷たい水の中で楽しそうに遊んでいるクラスメイトを見て、足くらいならとプールの端に座る。

「あんた見学じゃなくて保健室にいればよかったのに。見学って暑くて焼けるだけだしさ」

そうだね、と笑い返しながらも、浸けているのが足だけだとしてもやはり水に対する恐怖を感じてしまう。

やはり水に対する恐怖よりも暑さに耐えているほうがマシだと思って、立ち上がろうとした時に視界がグラリと歪む。

「透!!」

水面に叩きつけられるように水の中に引き込まれる。

誰かがふざけて透をプールの中へ引きずり込んだらしいのだが、透にとってはそれどころではない。

息が出来ないこと、突然のことでショックを受けていること、水に対する恐怖が大きくなっていること。

何より恐いのはこの透の腕を握っている手。

何かが頭の中に早送りのように流れる。

水の中の手。

手。

その先には・・・・・・。

「大丈夫か!!!」

逆の腕を掴まれたかと思うと急にまぶしくなる。

突然空気が入ってきて、肺の中に水が少し入っていたらしく激しく咳き込む。

心配そうに背中をさすってくれる友達の向こう側では透を引きずり込んだらしいクラスメートの男が先生に叱られていた。

その男の顔を見て何故か安堵した。

仲のいい友達だが、恋愛感情を持って安心したのではない。

自分が心の奥底で恐れている何かではなかったことに安心しているのだ。

何を恐れているのか自分ですらわかっていないが、確かに心の奥底にある恐怖。

もしかしたら水が恐いことと何か関係があるのかもしれない。

そう思っていても恐怖を克服することは容易ではない。

幸いにも着ていたのが体操服だったので良かった。

そんな事を頭の片隅で考えながらもまだ脈はドクドクと直接耳にまで聞こえてくるほどに早く音を立てている。

「保健室で休んで来い」

先生にそういわれて友達に保健室まで送ってもらう。

保健室へ入ると先生がずぶ濡れの私を見て足早にタオルを取りに行く。

友達が授業に戻ると先生はタオルを手渡して拭くように言う。

大まかに拭いて、一緒に持ってきてもらっていた制服に着替えて綺麗に整えられたベットの上に寝転がった。

少し寝ていなさいと言われ、目を瞑るが体がガタガタと震える。

濡れた寒さからきているのか恐怖からきているのかわからないが、胸までかかっていた掛け布団を頭まで被る。

布団の中に丸くなってここが何処かだ自分に言い聞かせる。

もう水の中ではない、大丈夫だ。

何回かそう言い聞かせると安心したのかいつの間にかウトウトと眠りの淵にいた。

現実か夢かわからないくらい頭がぼんやりしていると、締めてあったはずのカーテンの間に誰かが立っている気がした。

ゴロリと寝返りをうって仰向けになったが、眠さのせいでそれ以上動きたくなかった。

掛け布団を優しく胸まで下ろされ、私の顔を覗き込んだその人はフワリと笑って、

『見つけた』

と口を動かしたような気がしたがそれ以上目を開けていることが出来なくなり、完全に眠りの世界へと入った。



次の日。

昨日あの後保健室へ、透を引きずりこんだ張本人が嫌になるほど頭を下げにきた。

今日も朝見かけるとおはようと挨拶する前にまた謝って来たので、逆にいい加減にしろと怒ると一瞬キョトンとしたがすぐに笑い出した。

「昨日は本当に悪かった!!よし!これで謝るの終わりな!」

そういうとすっきりした顔で自分の席へと戻っていった。

「またあいつ謝ってたの?」

自分の席に着くと前に座っている友達が呆れたように言うので苦笑いしか出来なかった。

「もうあれで最後にするって」

そういうと友達はふ〜ん、と興味なさげに呟き、次の瞬間に何かを思い出したのかキラリと目を光らせた。

「そうだ、知ってる?今日から受験生対策の補講の先生が来るらしいよ」

自分達は高校三年生でもう受験シーズンだ。

就職希望の人たちは躍起になって履歴書を書いたり、面接の練習をしたりしている。

進学希望の多いこの学校ではこの時期になると受験対策用の補講を開き、そのための講師を呼ぶことが毎年恒例となっている。

自分にはまだ無縁だと思っていたので、とうとうそんな時期なのかとやっと自覚することが出来た。

「それでね、何か昨日学校に来てたらしいんだけど。すっっっごく!美形らしいよ!!」

キラキラと目を輝かせながらそう告げる友達に押されて、そうなんだと返す。

「でもさ、大体そういうのは噂が大きくなってるだけってオチじゃない」

そういうと友達はあんたには夢がない!!と逆に説教されることになった。

「いい!とにかく今日の放課後から補講が始まるからそれまではわからないわよ!!!」

そう豪語する友達を少し呆れながら見る。

授業が始まってふと、昨日保健室でウトウトしている時に来た人の事を思い出した。

しかし、どう頭を捻っても綺麗に微笑んだ口元しか思い出せず、夢だったのかと自己完結させることしかできなかった。



そして友達が待ちに待った放課後になる。

「水守です。今日から頑張っていきましょう」

女子は皆目を輝かせ、男子もおぉ!と賛美する声を上げている中で、透は一人だけ青ざめた顔をしている。

水守という男性とは初めて会ったはずで、会話もしたことないのにどうしてこんなにも体の奥底から恐怖が湧き上がってくるのだろう。

あまりの恐怖に震える体を両手で抱きしめるが、全く意味がない。

恐い。

「嶋さんだったかな。震えているけど大丈夫?」

ずっと下を向いてガタガタと震えていたのが目に付いたのか、水守は心配そうに声をかける。

「あっ、大丈夫です」

顔を見ることが出来ず、俯いたままそう答える。

「そうかい?辛くなったらいつでも言って」

ありがとうございます、と言って気を紛らわすために教科書を開く。

水守は国語の先生で、模擬問題の現代文の文章をスラスラとつっかえることも間違えることもなく読んでいく。

その美声に皆がうっとり聞きいっていても、透にはその人の声さえも恐怖にしか感じない。

恐怖を忘れるために文章に集中しようとしても、その透き通った綺麗な声は頭の中にまで入り込んでいるように聞こえてくる。

文章を読み終わって問題を解くときになってやっと透の恐怖が少し和らぐ。

しかし、問題を解いている生徒の間を歩きながら見ている水守の存在が近くなるほど体の震えが大きくなってしまう。

あと数歩で横を通り過ぎる所まで来て、思わず身を固める。

「やはり体調が悪いのかい?さっきからずっと震えているけど」

早く通り過ぎて欲しかったのに、ずっと震えていたことが悪かったのか水守はピタリと透の横に止まった。

「い、いえ。本当に大丈夫ですから」

早く遠くに行って!という思いから思わず口調が早くなる。

それが逆効果だったのか、水守は透の額に向かって手を伸ばしてきた。

「ひっ!」

その手を見てこれまで感じたことのないほどの恐怖に襲われ、思わず頭を抱え込んでしまう。

クラスの皆が透の叫び声に振り返ったのを感じたが、それどころではない。

心の何処かで常に恐れていたものが目の前にある気がして、透は必死に自分を守るように自分自身を抱え込む。

その尋常ではない怯え方に水守は手をそっと引くと、大丈夫かい?と尋ねてくる。

水守が少し離れたことによって我に返った透はしまったと思った。

相手は先生なのにとても失礼なことをしてしまったと気づいたのだ。

「すっ、すみませんでした」

それでもやはり直接顔を見る勇気がなくて俯きながら謝ると、フッと笑って「大丈夫ならいいのですよ」と言ってくれた。

そういってくれたことに少し安心をしながら再び机に向かう。

皆が机に向かったと同時に水守はとても嬉しそうに透を見つめてから、再び生徒の間を歩き出す。

チャイムが鳴ってやっと恐怖の授業が終わったと思っていた矢先に水守に名前を呼ばれる。

「ちょっといいかな」

女子の間からはずるいという言葉があがるが、透は正直代わって欲しいと思った。

友達からはあんたが奇声を発したから、と笑われるがそれに答える余裕すらない。

教室を出て行く水守について教室を後にする透の体は再びガタガタと震えだす。

受験対策の補講の先生に当てられている部屋に入ると向かい合わせの椅子に座るよう勧められる。

お茶を出されて、ガタガタと震える手でカップを持つが震えのせいで少しこぼれてしまった。

「大丈夫?」

そう言われて水守はポケットから出したハンカチでお茶のかかった透のスカートを拭こうとしたが、その前に自分の持っていたハンカチを当てる。

「大丈夫です。それで何か御用があったのではないですか」

早く終わらせたくてゴシゴシと乱暴にスカートを拭きながら続きを促す。

「ずっと授業中も震えてたしどうしたのかなと思って」

「たぶん、少し風邪気味なんだと思います」

少しでも恐怖を紛らわすために、今度は両手でカップを持って口をつける。

カップの中の液体を覗き込んでふと赤い色をしていることに気づいた。

「あぁ、それはそういうものなんだよ」

不思議そうに覗き込んでいる透に気づいた水守がさりげなく教えてくれる。

紅茶といっても少し赤過ぎる気がする。

――――例えるなら血を薄めたような。

そう考えて背筋がゾッとする。

あまりの恐怖に震える体を抑えながらガタリと立ち上がる。

「あの、私これから塾があるので失礼します」

そういうが早いか、早足で部屋を出て行く透を微笑みながら見送る水守にまた恐怖が湧き上がってくる。

『またね』

と扉を閉める前に水守の口が動いた気がした。

教室に帰ると女子からは何の用事だったのかと聞かれたが、ただ笑って体調が悪いのか心配されただけだという。

すると皆は何処か納得したように頷き、一部の女子は私も今度は風邪を引いてこようと無理な決断をしている。

友達に別れを告げると足早に教室を後にする。

思い出したくないことが一気に溢れてきたような感覚に、透は思わず気分が悪くなり教室の近くにあるトイレに駆け込む。

駆け込むと嘔吐を繰り返し、やっと収まった時には肩で息をしていた。

水道で口をゆすぎ、ぼぉっと排水溝へと流れていく水を眺める。

この水は何処へ繋がっているのだろう、と考えた瞬間に何故か海が思い浮かぶ。

小さい頃に海へと落ちた時、確かに何かを見たことを覚えている。

しかし、それが何だったのかはそこの記憶だけ切り取られたようにぽっかりと抜けている。

それを思い出そうとするたびに不快感を覚え、いつも考えないようにしてきたが本能が何かを伝えたがっているようにそのことばかりを考えさせられる。

何か大事なことで思い出さなければいけないこと。

ハッとして流れ続けていた水を止める。

無理して思い出さなくてもいい。

そう思っていても頭の何処かで早く思い出せと声がする。

頭を振ってその声を消し、急いで鞄を持ってトイレを飛び出す。

下を向いていたことが悪かったのか誰かと思い切りぶつかってしまい、鞄を放り出してしまった。

「すみません!!」

明らかに下を向いていた自分が悪く、心の底から出てきた言葉。

頭を上げて気がついたのは、ぶつかった人が保健室の先生だったということだった。

すると流石というべきなのか、透の青白い顔に即座に気づき心配そうな顔をする。

「まぁ、顔色が悪いわね。昨日のことで風邪を引いたのかしら」

そうではないと言おうとしたが先生は勝手に話を進め、家まで送ろうという決断をした。

「本当は用事があるのだけど病人には変えられないわ」

そういって張り切っている先生の後ろから透にとっては恐怖でしかない綺麗過ぎる美声が響いた。

「どうかされましたか」

どうして何度も会うのだろう。

再び恐怖に体を固ませるが保健室の先生は全く気づいていないようで、綺麗に整いすぎた顔の水守に頬を染めて事情を説明する。

すると水守はなるほどと頷き、そして透にとって苦痛でしかないことを口にした。

「では、私が送っていきましょう」

そういうと保健室の先生は少し不満を感じたらしく、これは自分の仕事だからと口ではいうがどう見ても例え生徒だとしても他の女と一緒にいるのが嫌だという雰囲気を出している。

恋愛はいいことだと思うが、せめてそういう雰囲気は生徒の前ではしてほしくないと思った。

ほんわかしていて学校の中でも一番好きだった先生なので尚更そういう場面は見たくなかった。

「いいえ、先生は他に用事があるのでしょうから、そちらを優先してください」

水守は水守で女の扱いになれているらしく、あたかも貴女のためだというような口ぶりで言うとあっさりと保健室の先生は承諾した。

心の中でずっと先生を応援していたのに再び裏切られた気分だ。

「あの、私一人で帰れますから」

そう言ったが放り出していた鞄をいつの間にか水守が拾っていたらしく、ほぼ強制的に送ってもらうこととなった。

シルバーのよく手入れがされている車の助手席のドアを開けられ、しぶしぶ乗り込むことになる。

ここに来て一つ気づいたことがある。

最初に強く感じていた恐怖が少し薄れているような気がするのだ。

それは水守と目を会わす度、声を聞くたびに強くなっている。

まるでセイレーンに誘惑されているみたいに。

それでも頭の片隅にはこの人に対する恐怖が確かにあり、どうしていいのかわからず少し頭が混乱する。

「やはり体調が悪いんだね」

助手席のドアを閉めた水守が運転席へと回りこみ座ると、シートベルトを締めながらこちらを見てきた。

その瞳を見てしまうのが恐くて、視線をずらす。

水守がクスッと笑うのと一緒に少し長い髪がフワリと揺れると、何故か海のにおいがした気がした。

「君には嫌われているのかな」

そう聞かれて正直どう答えていいのかわからなかった。

答えられずにいると「いいよ」という声が振ってくると同時に車が動く。

緊張を誘うような沈黙の中、頭の中の声が大きな声を上げて逃げろと警告している。

しかし、何から逃げればいいのか、何処へ逃げればいいのかまったく検討がつかない。

例え今何かから逃げ出すことが出来たとしても、一生逃げ続ける人生になることも薄々気づいていた。

恐怖は薄れることがない。

だが頭の一部が警告を発しているが、別の一部では何も考えず全てを受け入れるように透に囁きかける。

その声は水守の声に似ている気がして、体がこわばる。

ふと景色を見ると自分の家の方向へ向かっていないことに気がつき、思わず水守を振り返る。

「連れて行きたいところがあるんだ。きっと君も気に入る」

至極嬉しそうに微笑んできた水守と目が合い、頭の中の声がいっそう大きくなる。

何処へ向かっているのかわからない。

いや、わかっているが気づきたくない。

「さぁ、着いたよ」

そういって下ろされた場所は広い広い海。

一瞬にして恐怖が広がっていくのがわかる。

そんな透の顔を微笑みながら見つめていた水守はおもむろに腰を抱いて、どんどん海のほうへとリードする。

残っていた力で抵抗するがジワリとした痛みに襲われ、思わず鎖骨の下を押さえる。

その様子をみた水守はますます笑みを深めた。

「大丈夫。私の言うとおりに」

頭の中に進入してくるその声にぼぉっとする。

しかし、足に波が当たると再び恐怖が湧き上がって来る。

「い、いや」

頭を振って抵抗するが人間とは思えない力でどんどん海の中を進んでいき、とうとう透の足が着かないところまできてしまった。

恐怖で顔の引き攣る透を愛しそうに抱きしめ、ジワリと痛む鎖骨の下を指でなぞる。

「初めて出会ったのも海だった」

透のセーラー服の片方の襟をゆっくりと下ろしていく手を掴むが、逆に掴まれてしまう。

掴まれた手を水守の左の鎖骨の下へと持っていかれる。

抵抗しても尋常ではない力の前では簡単に押さえられてしまい、ゆっくりと手を這わせさせられた。

硬い胸板の一部が熱くなっていて、それを手のひらで感じた時透の同じ場所も熱くなる。

「君は船の上から海を覗き込んでいて、夢中になって魚を目で追いかけていた」

語っている男の髪の毛がゆっくりと伸びてきているような気がする。

透の手を掴んでいる手の爪も鋭く長く伸びている。

どうなっているのかわからず混乱している透に微笑みかけながら再び鎖骨までセーラー服を下ろされる。

「私は一目で君に惹かれた。だから願ったんだ」

君が海に落ちてこないかと。

「海は私の願いに答えてくれた。君は私の目の前に落ちてきたんだ」

透は思わず熱を持っている部分に目をやると、そこには読めないが何かの文字が刻印のように浮き上がっていた。

ごしごしと擦ってみても取れることはない。

「ほら、今みたいに向かい合って。君は目を見開いて驚いたけど息が続かなくて悶えていたから近くの岸に連れて行ったんだ。覚えているかい」

ぽっかりと空いていた記憶が一気に戻ってきたように頭に衝撃を受ける。

そうだ。

あの時見たものはこの人の顔、上半身、そして足はなくて魚のように鱗がついたヒレがあって。

「本当は君を連れて去りたかった。でも幼すぎたんだ。だからこうやって伴侶の証である刻印をつけて時を待った」

長かったと呟いている男の姿は初めて会った時と変わらなくなっていた。

上半身は人間で下半身は魚。

髪は背中まで伸び、爪は鋭く尖っているがその美声と端正な顔は変わらない。

「そうだ。再会したときに何故私だと気がつかなかったのかと思っていたが私が自ら記憶を封印させていたんだ」

自嘲するようにクスリと笑う男は再び海の深みのほうへ移動していく。

目の前の男も恐いが海も恐くてどうしていいかわからない。

きっとこの腕は私を一生離してくれないだろう。

「また海に来た君を見たらきっとさらってしまうかも知れなかったし、自分で迎えに行きたかったんだよ」

少し進むと再び止まる。

もう岸がほとんど見えないところまで来てしまった。

後戻りは出来ない。

「でももう君は私のものとなる」

嬉しそうに呟いた水守は鋭く尖った爪で透の首筋をなぞる。

あまりに鋭かったため透の皮膚は切れ、赤くて綺麗な血が流れ落ちてきた。

それに口をつけてわざと音を立てて舐める。

数回舐めたかと思うと水守はそのまま透に口づけた。

「刻印をつけ、君は私の血を、私は君の血を口にした」

これで私のものだ。

本当に嬉しそうに笑う男をぼぉっと見つめながらいつ男の血を口にしたのか考えていると、それに気づいたのか男はフッと笑う。

「さぁ、私の家へ案内しよう―――これから私達の家となるのだけど」

もう恐怖よりも諦めのほうが勝ってしまっている。

本当は心のどこかでこうなることを知っていた。

人間とは不思議なもので事が起こる前は恐怖にうちひしがれ、事が起こった時には簡単に諦めてしまえる。

男はゆっくりと海の中へと潜りながら私に語りかける。


息を止めなくてもこちらのモノとなったのだから呼吸は出来るよ。

そうだ、新しい家具も用意しなくては。

その前に式をあげなくてはね。

足は・・・・・そのままでいい。

君が私から離れないように、ヒレは付けないでおこう。

あぁ、それから


愛シテイルヨ

永遠ニ

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