ネコが鼻を鳴らした
気のせいだろうか、ネコはぼくをあざ笑うかのように鼻を鳴らした。女の子二人に撫で回され、嬉しそうにのどを鳴らしている。
「別にうらやましくないよ」
思わず口に出してしまい、つばさがこっちをみた。
「つーくん二号、なんか言った?」
「なんでもない」
つばさは少し首をかしげてからまたネコをなでた。つばさの隣でおんなじ様にネコに夢中になっているのは三つ編み頭の女の子で、つばさの友達らしい。
「友達いたんだなあ」
しまった、また声に出しちゃった。つばさがぼくに視線を向けた。
「え?」
「なんでもない」
「友達おるねんで、すごいやろ」
「……聞こえてたんじゃない」
ぽつりと言うと、つばさの友達――たしかしょーこさん――が可笑しそうに笑った。
それとほとんど同時に、台所にお茶を淹れに行っていたおじさんが帰ってきた。相変わらず不健康そうにひょろっとして、つばさの友達が来ていようが半纏姿だ。
「お茶入ったよー」
おじさんの一言を号令みたいに全員がこたつに集まる。ネコはぼくとしょーこさんの間に丸くなった。しょーこさんは礼儀正しくおじさんにお礼を言う。
こたつの上に置かれたのは人数分のお菓子とお茶が入った湯のみ。お菓子はしょーこさんが持ってきてくれたもので、曰くひな祭りの和菓子らしい。華やかな色の練りきりで、梅の花の形をしてたりして、なるほど春っぽい。ぼくがひな祭りを感じる事なんて学校の給食くらい(ぼくの学校では三月三日は必ずちらし寿司とひなあられが出る)で、しかも今年は日曜だから食べ損ねただけになんだか新鮮だった。
ぼくはふと居間を見回した。
そういえばひな人形がない。おじさんはイベント事に目がないらしいのになんでだろう。無駄に器用だし人形くらい自分で作りそうなくらいなのに。おじさん一人ならともかく、つばさもいるし。
「ねえ、おじさん」
「んー?」
湯飲みをくばりながらおじさんが小首をかしげた。ぼくの前にはお決まりの肉球柄湯のみが置かれる。
――なんでひな人形飾らないの?
聞きかけて、口をつぐんだ。つばさがいるのに、ひな祭りをやらない理由。どうしてだろう。気になるけれど、子供だって勘も働くし、気も使うんだ。
「……ぼくが来るたびお茶飲んでごろごろしてるけど、ちゃんと運動とかしてる?」
いただきます、と元気よく手をあわせたままおじさんは動きを止めた。
「つ、つーくん二号なんてことを。最近ちょっと歩いたら息切れするうえ二日後に筋肉痛が来るようになったことをどこで知ったんだ」
「いやそんなのしらないけど」
ぼくは太い爪楊枝みたいなのでお菓子を切って食べてみる。あ、美味しい。
緑茶を一口飲み込んで、つばさは閃いた、とばかりに顔を上げた。
「じゃあ凧揚げでもする?」
「凧揚げ?」
つばさ以外の三人が声を揃えた。つばさは「え?」と目をぱちくりさせる。
「雛祭りといえば凧揚げやろ? ほら、歌にもあるやん」
「あ! 雛祭りにはー凧揚げてーコマをー回して遊びましょーってやつ?」
ぼくが言うと、つばさはそれそれ! と嬉しそうにぼくに満面の笑みをみせた。ぼくはびっくりしてしどろもどろになる。
盛り上がるぼくたちをよそに、おじさんとしょーこさんは顔を見合わせた。
「それ、お正月じゃない?」
今度はぼくとつばさが顔を見合わせる番だった。一呼吸分の沈黙が流れて、おじさんが思い切り笑い出した。しょーこさんも口元を押さえている。
「つばさたち、姉弟みたいだね」
しょーこさんの言葉につばさは照れくさそうだったけど、ぼくはちょっとだけむっとする。するとしょーこさんは妙に納得した表情を浮かべて、ぼくにそっと耳打ちした。
「ごめんねつかさくん。大丈夫、お似合いだよ」
一瞬なんのことかわからなかったけど、合点がいったとたん顔が熱くなる。
口をぱくぱくさせる事しかできずに視線を泳がすと、目が合ったネコが鼻を鳴らして笑った気がした。




