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ネコがリモコンを踏んだ

 ネコがリモコンを踏んだ。

 器用なもので、肉球でぺたりと押したにもかかわらずテレビの電源が入る。

 せんべいを手にしたまま、おじさんが叫んだ。


「あ! かえるんがまた踏まれた!」


「……かえるん?」


 ぼくは緑茶を啜りながら首を傾げる。ここで出される緑茶は、口に入った瞬間は甘くて、後味が苦い。おじさんのお気に入りらしい。


「リモコンのことやで」


 抑揚に欠けた口調で答えながら、つばさは『美術の課題』と睨み合っている。暗い赤のニットを腕まくりし、シャーペンを握ったまま動かない。

 こたつにはぼくとおじさんが向かい合って座り、その間につばさが入っている。小学生のぼくと、三十路手前のおじさんと、中学生のつばさと、ぶち猫が一匹。変てこな組み合わせだと思う。


 ぼくはテレビの前に転がっているリモコンをちらっと見た。ちょっと古い小さめのテレビから、アナウンサーの声が流れ出している。

 醤油せんべいを飲み込んで、おじさんが笑った。


「つばさちゃんがさ、リモコン探してた時に「チャンネル変えるんどこ?」って言ったんだよ。関西弁だと『変えるの』が『変えるん』になるんだって」


「ふうん」


「それ以来、うちではリモコンのことを『かえるん』と呼びます」


 なぜか嬉しそうにおじさんが言うとつばさがそれに頷いた。二人の間には、特別なルールがいくつもあるみたいだ。

 この家に来るのはまだ三回目だけど、不思議な所だなあといつも感じる。叔父と姪、という関係であるらしい二人は、独特の空間を作り上げていた。限りなく家族に近いようで、けれど友達のようでもある。どこか外と遮断されているみたいな家だった。

 ぼくはほんのすこーしだけ、それがうらやましい。


 テレビを見ると、夜空が綺麗に見える温泉を紹介していた。

 空気が綺麗な所では、星がよく見えるのだという。


 ……星、かあ。


「人間って、死んだらどーなるんだろ」


 ほとんどひとりごとだった。でも、隣に座っているつばさにはきちんと聞こえていたみたいで、つばさは顔を上げてぼくの目をじっと見つめた。


「なんで?」


 そうくるとは思わなかった。ぼくはせんべいに手を伸ばす。


「……こないだ、理科の授業で先生が言ってたんだ。ぼくらが見てる星って、ずっと昔のなんだって。ずーっと昔に光った星の光が、やっとここまで来たんだって。だから、昨日ぼくが見た星が本当はもう無い事もあるんだよ」


 この話を聞いた時、ぼくが真っ先に思ったのは、宇宙の神秘とかロマンとか、そんなんじゃなかった。


「人は死んでも、星にならないんだ」


 おばあちゃんは「おじいちゃんはお星様になったんだよ」と言った。あれは嘘だったんだ。別に本気で信じてた訳じゃないけれど。


 ――ただ、本当にお星様になれたらいいなって、思ってたんだ。


 俯くと、ぶち猫のつーくんがぼくの右手を鼻先で突いてきた。額を撫でてやると目を細める。しばらく撫でたら、満足したのか離れていった。自由な奴め。


「つーくん二号。人は死んだら、なりたいものになれるんだよ」


 のんびりした掠れ気味の低い声は、この家にとっても合っている気がする。

 おじさんはにこにこしながら湯のみを両手で傾けた。


「なりたいもの?」


 聞き返してみたけど、おじさんは黙って首を縦に振るだけだった。

 ぼくはこたつ机の落書きを指でなぞる。この家は落書きだらけだ。全部おじさんが描いたらしい。おじさんは絵を描くのが仕事であり、趣味なのだ。


「わたしは……ネコがいい」


 つばさは、そっとシャーペンを置いた。画用紙に描かれているのは、おそらく猫だ。それもつーくんっぽい。――下手すぎてわかんないけど。


 ぼくは……なんだろうなあ。


 畳の上を歩くつーくんの背中をぼんやり眺める。猫かあ、悪くない。


「おじさんは? 死んだらなにになるの?」


 ぼくが訊ねるとおじさんはぼさぼさぼ頭を掻いた。唇を尖らせて小さく唸る。


「そうだなあ……。おじさんは空になりたいなあ」


 ぼくは思わず窓の外をみた。ここからじゃ、空までは見えない。


「あ」というおじさんの声がして、テレビのチャンネルが切り替わった。


 きっとまた、ネコが『かえるん』を踏んだんだろうな。



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