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プロローグ 前 ~皇都にたどり着く者達~

新章開始します。

 皇都アウガスティアが朱く染まっていた。

 皇城に向かってなだらかに登っていく街並みが、夕日に照らされているのだ。

 色とりどりだった屋根の色が一様に赤の濃淡に変じ、迫る夕闇に再度染められ今度は黒へと。

 次第に雲がかかりつつあるためか、今日は夕闇の迫る速さが一層速いようだ。

 上空で皇都と同じく朱く染まっていた雲が、輝き始めているであろう一番星さえ覆い隠していた。

 代って輝くのは皇都のあちこちに点され出した街灯だ。

 地上の星の如くにまばらに輝き始めたソレにより、皇都は宝石を纏うがごとく夜闇の中に浮かぶかのようだ。

 その様子を最も楽しめるのは、皇都の南に広がるセムレス湖に船を浮かべるのが最も良いとされる。

 皇都は交易量が多いがために、皇都の港に入りきらない交易船は湖の沖合で錨を下ろす事も多い。

 皇都を経由する多くの交易船の乗り手達、絶好の観覧点である湖上の船から見た彼らが語る皇都の素晴らしさ美しさは、遠く遠方の国々にも伝わっているほどだ。


 いまもそういった交易船が湖に浮かんでいるが、不意にその列が乱れた。

 西方に向かう湖からの流れ、それを遡って船団がやって来たのだ。

 それは今湖に浮かぶ船とは一線を画す豪奢かつ威容を誇るモノ。

 明らかに戦闘になることを意識した、その上で貴族を乗せえる豪奢さをそなえた軍船であった。

 交易船の群れが恐れるかのように二つに分かれ行き路を開ける様は、まるで剣で引き裂かれていくかの様。

 無理もない。

 広げた帆布に記されているのは、家紋を象徴化した文様。

 御前会議を控えた皇都に貴族の御座船がやってくるのは当然として、その家紋には貿易船などでは近寄れぬ格があった。

 現在の皇国において、皇王に次ぐ権勢を誇ると認識される大貴族家、フェルン侯の家紋がその帆には記されていたのだ。

 中央の一際威容を誇る軍船の他、大小の供となる船を引き連れたフェルン侯爵の船は、斯くしてこの夕刻に皇都の港へとたどり着いたのであった。



「ふむ、騒がしい。何事か」


 港に降り立ったフェルン侯爵の一行。

 その中心、一行の主であるフェルン候シュラートは、訝し気に周囲を見渡した。

 無理もない。

 皇都の港は奇妙な喧騒に包まれていたのだ。

 夜だろうと交易都市であり街灯により眠らない街とも言われる皇都では、夕刻だろうと港の喧騒は珍しい話ではない。

 しかし、今日の港の喧騒は普段とは趣が異なる。

 特にある一角では、皇都の治安を守る守護騎士団と衛士が固まって、困惑の表情でとある空き地を指差し何かを言い合っていた。


「調べさせてみましたが、何ともよくわからぬ状況の様で御座る。あの空き地はとある商家の倉庫やらが建っていたそうで御座るが、何時の間にやらあのような空き地になったのだとか」


 直ぐに人を動かし情報を得た新将軍のゼルグスの言葉に、フェルン侯は片眉を上げた。


「ほう? 門の中絡みか?」

「さて、はっきりとは分かりかねぬが現状とか。更地になる寸前、巨大な訳の分からぬ影が見えただの、空が一瞬見た事もない色に染まっただの要領を得ぬ証言ばかりだとの事で……」


 商家の建屋が消えたその瞬間をつぶさに目撃していたものは少なく、また夕刻と言う事で酒気を帯びていた者も少なくない比率で存在したため、証言で何が起きたのか把握するのは非常に困難を極めたのだ。

 とくに証言が酔っぱらいの戯言めいた内容であったことも、事態の把握を困難にさせていた。

 しかし、その戯言めいた証言も、かつてのアナザーアースのアイテムに幾らか触れたことのある者にとっては有用な情報源だ。


(なぁ、あれってウチのユニオンのリーダーの絡みだよな?)

(マスターの予測を肯定します)

(それ以外に考えられないぜ……)


 特に<プレイヤー>とその従者には。

 具体的には、捕虜かつ厳重観察対象として身柄を軟禁状態の<創造者>ライリーとそのメイドメルティ、ライリーを拘束する役目の竜王騎士のアルベルトらにとっては、何があったか概ね想定できていた。

 恐らくは、彼らも遭遇した滅びの獣絡みの事であろうと囁き合う。

 空の色云々も、例の大規模戦闘用空間を発生させるマジックアイテムを使用したのだと想像がつく。

 出会った時のように、相も変わらず自分から騒動に頭を突っ込んでいくユニオンのリーダーの姿は、短い付き合いの彼ら二人の脳裏にも容易に光景が浮かんでいた。


(まぁこれだけデカい国の首都に何も潜んでいない訳が無いと思ってたがなぁ……案の定だったか)

(ゼルグス様には夜光様からの連絡はまだ届いていない様子ですわ)

(何があったか知りたいけれど、きっと今戦闘中だよな……うん?)


 そこで、アルベルトは港にとある人影を見つけた。

 街灯に照らされ、騒動により人出が多いとはいえ、既に日が落ち切った時間には不釣り合いな少女の姿だ。

 同時に少女の側もアルベルトを見つけたらしく、トトトと軽い足音を立てて近寄ってくる。

 彼女は、一見ローティーンの少女に見えるだろう。服装は並よりは幾らか上質なものの、使用人が着るものとしてはごく普通の物。

 しかし街灯のほのかな光に照らされる赤毛と金髪の中間のような色合いの長い髪、そして輝かんばかりの美貌が普通と言う枠から彼女を外していた。

 何より……


「来たか、わが友。心底待ちわびたぞ]


 口からこぼれる尊大な物言いが、そして自信に満ちた表情が、物語っていた。

 彼女が見た目のままの存在ですらないのだと。


「ああ、待たせたな、済まない。だけど元気そうで何よりだぜ、ヴァレアス」


 そう、親しげに語らうアルベルトの言葉の通り、この少女こそ九つ首の竜王ヴァレアスが変じた姿であった。


「……で、皇都はどんな感じなんだ。あと夜光さんたちは今何をしてるんだ?」

「それについては、話が長くなるぞ? それに直近で何が起きてるかも詳しくは判らぬ」

「なら、移動しながらでいいから聞かせてくれや。フェルンの連中は皇都に構えてる屋敷に向かうようだし、俺達も行かなきゃならんからな」


 彼女から、情報を得ようとするアルベルト達だったが、その間にフェルン候の一行は皇都に構えた屋敷へと移動を開始していたのだ。

 この場の騒ぎは気になるモノの、先に拠点に到着するのを優先したのだろう。

 名目的には未だ捕虜であるライリーとその監視役であるアルベルトも、共に移動する必要があった。


「ああ、でもヴァレアスはこのまま連れて行っていいのか?」

「ああ、それならば問題は無いぞわが友。我はフェルン候の皇都邸宅からの出迎えの一人と言う事になって居るのでな」


 夜光達が皇都で様々な理由で駆けずり回っている中、ヴァレアスは別行動をとっていた。

 具体的には、アルベルトと皇都でも共にいられるための事前工作であった。

 ゼルグス等の先にもぐりこませたモンスター達と、関屋配下の商人達による尽力は、彼女をフェルン候の皇都邸宅での使用人と言う立ち位置を与えていたのだ。

 更には、捕虜とその監視者の世話係に任命されていた。

 だからこそ、こうしてこの場で他に疑われる事無く接触できているのだ。


「……ヴァレアスがメイドの真似事!?」

「そこを驚くのか、そして今驚くのか、わが友」

「あら? メイド仲間ですね?」

「いいぞ、メイドは何人いてもいいものだからなぁ……何ならもっと機能増強したメイド服を用意しても良いぜ?」

「そういうの良いから大人しくしてろよ捕虜なんだから!!」


 一瞬収拾がつかない流れに陥りそうになりながら、アルベルトは踏みとどまった。

 色々と気になることが多いうえに、既に移動を開始したフェルン候に遅れるわけにはいかなかったのだ。

 とにもかくにも、出迎えの馬車に乗り込んだ一行は、ヴァレアスから事の顛末を聴かされることになる。


「あの桃色大魔王が来てるのかよ!? 聞いてねぇぞ!?」

「……なぁメルティさん、なんでこの人ラスティリスの名前聞いて頭抱えだしたんだ?」

「かの大魔王はマスターのトラウマでして」

「メルティ! 余計なことは言わなくていいからな!?」


 先に皇都入りしたメンバーにいつの間にか混ざっていた大魔王に、ライリーが頭を抱え。


「……話を聞いてると、夜光さんは延々とデートさせられてるように聞こえるんだけど」

「事実だから仕方ないのだわが友」


 大魔王に焚きつけられたリムスティアら女性モンスター達に振り回される夜光に同情したり。


「……何でいきなり死んでるんだ、ウチのユニオンのリーダーは……」

「それよりも、想像以上にうちらの世界の物が流通してるらしいのが気になるぞ俺ぁ……クラフト系の称号持ちがこの世界での生活費欲しさに流してるんじゃねぇのか?」


 夜光達とグラメシェル商会との接触と、その後の襲撃を聞かされ、アルベルト達は顔をしかめるなど。

 ヴァレアスから語られた夜光一行の話。そこから読み取れるのは、彼らの想像以上に、皇都は厄介な場所であるという事実だった。


「……それで、先刻滅びの獣を宿しているらしき者への襲撃を敢行するとの連絡が、我に来た最後の連絡であったのだ」

「って事は今もやりあってるのかね」

「かもしれぬな。とはいえ、何かあればこちらに連絡が来るであろうし、問題は無いのだろうよ」


 そういって話を締めくくったヴァレアス。

 折よくちょうど馬車もフェルン候の皇都別邸に着いていた。

 フェルン候の別邸は皇都でも皇城に最も近い区画の、更に一際広大な区画を占めていた。

 広い庭の中心にそびえるのは、領都ゼヌートにどこか似た雰囲気を持つ屋敷であった。


「住み心地は良さそうだが、皇都はどうにも厄介そうだ。さてさて、この上で御前会議とか……何が起きるのやら」


 先にヴァレアスから聞いた情報と、この先始まる御前会議に、ライリーは思いをはせた。

プロット段階では3章と4章は一つの章でしたが、色々と長くなり過ぎたので分けました。

新年度になりましたし、執筆ペースを少しづつ挙げていきたいです。

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