第25話 ~後始末と…~
<貪欲>との戦いが終わり、僕はその本体を手にしていた。
赤黒い光を湛えた宝石、恐らくはルビー。
今は意識をラスティリスの精神魔法で断たれているせいか、溢れるほどに放たれていた光は宝石の中央で僅かに瞬くだけだ。
<極大増幅火球>で焼き尽くされたかに思えていた核の部分は、何と傷一つ無く残されていたのだ。
よく見ると、見事にカッティングされているのに、一部不自然に欠けている箇所がある。
もしやと思い僕に刺さった短刀の柄に埋め込まれた小宝石を合わせてみると、その一つにぴったりだ。
心配になってよくよく調べると、他に欠けて居そうな場所は一つだけだった。
多分、あの毒の短剣に埋め込まれていた部分だろう。
<貪欲>の能力から考えると、もっと分身部分を増やしても良さそうなものだけれど、何か制約があるのかも。
他者を操る能力も、何がしら制限がある風だったので、能力の起点が増えるほどに混乱するのかもしれなかい。
ともあれ、コレは早々に何らかの封印なりしておくべきだと思う。
恐らく、この強度からすると、<大地喰らい>の核のように破壊が困難で、なおかつ殺した者を操る特性があるはずだ。
(でもこれ、初めの一人はどうやって殺したんだろう? ……宝石の核を直接動かしての撲殺か何かだろうか?)
あんまりな絵柄が脳裏に浮かんだけれど、完全に余談なので横に置く。
コレを封じるにしても、毒の短剣に埋め込まれた部分もまとめないとあまりに厄介だ。
以前の<大地喰らい>の核のように<料理長の食糧袋>に入れて、早々に隔離しておかないと。
そう考えて、僕はこの後の事を考える。
見渡すと、大規模戦闘用の空間、皇都をコピーした周囲は、僕らの戦いの結果完全に破壊され尽していた。
<貪欲>が自らの身体の補給の為に大々的に破壊した上に、僕の強化した火球の魔法で完全に焼き尽くされている。
無事なのは、魔法で強固に保護された皇城と、同様の教会、そして元の世界では冒険者ギルド本部の立地にあるグラメシェル商会の建屋位なものだ。
ギルドの建屋も魔法で保護されていたので、この世界の同じ建物であるグラメシェル商会も同様なのだろう。
興味深くはあるけれど、今はそれも横に置こう。
今探したいのは、襲撃者達が使っていた拠点の場所だ。
この大規模戦闘専用空間を解除して直ぐにあの短剣を回収しておくために、あらかじめ同じ場所に移動しておきたい。
「更地になり過ぎて判り難いけど、あの辺り、だったかな?」
「安心してん? どのあたりかは、ワタシが判るわん」
応えたのは、ラスティリスだ。
彼女は今、短刀の柄から引きがはがした分も含めて、宝石を粘液状にした腕で包んでいてくれている。
毒の短剣の時と同じようだ。
同時に、<貪欲>が意識を取り戻そうとする前に精神魔法を打ち込んで弱らせ続けてくれても居る。
思えばこの戦いの前から、ラスティリスのお世話になりっぱなしだったように思う。
女体化も、実際には意味があったので大きなことは言えない立場でもあるのだけど……
お礼を言いたくもあるけれど、心情として少々素直に言いにくい。
「あの偽装としては意味の無かった女装が、実は護衛だったなんて……一言言ってくれたらよかったのに」
「言ったら保険が保険で無くなるわん。それに、夜光ちゃんは一人で好きに動くのに周りを見てないんだものん。周りのみんなは大変なんだし、秘密の護衛位いいでしょう?」
うんまぁ、そう言われてしまえば何も言えない。
だから、少し話題を変えよう。
「そういえば、さっきはホーリィさんと合体していたようだけど……」
「ああ、あれねぇん。ちょっとしたプレゼントよん。ねぇ? ホーリィちゃん?」
「ぁ……うん、やっくん……そんな感じ……ぅ……」
ホーリィさんは、さっきからこんな調子だ。
さっきは少し驚いた。
ホーリィさんの鎧の隙間から、にゅるりと粘液が溢れたかと思うと、僕を覆っていたラスティリスの分身と融合してたのだ。
直後にホーリィさんは崩れ落ちていた。
意識はあるようだけど、身動きが取れないらしくへたり込んでいる。
多分ラスティリスと合体したことで大きな力を振るった反動なのだろう。
どうも回復の奇跡も余り効き目がないようなので、今はそっとしておいた方が良さそうだ。
「……体調が酷いようなら、いっそターナやハーニャと一緒にギガイアスに乗って一旦僕の万魔殿に戻る手もありますけど……」
「そ、それは駄目! だ、大丈夫だから……」
「? わかりました。 じゃぁ、ターナ、ハーニャ、二人はギガイアスに乗って戻ってほしい。そろそろこの空間も解除しないといけないけど、流石にギガイアスを皇都の傍に出現はさせられないから……」
「わかりました。では、私達はこれにて」
「また何かあればいつでもお呼びください! ……できれば、次はもう少し普通の敵の時に…」
「あはは、それはその時になってみないと。ありがとうね、二人とも。それに、ギガイアスも」
ターナとハーニャの二人が乗り込むと、ギガイアスは飛行形態になって宙に浮かぶ。
帰還用の魔法陣をくぐって戻っていく姿は、どこか誇らしげに見えた。
頼もしい巨人を見送って、あとは…
「じゃあ、解除はあの拠点の傍に移動してからだね。この場で戻るのも、多分不味いし」
今は人目を気にする必要もないので、大型化したここのの背に乗って移動することにする。
時間をおいて多少は楽になったのか、それとも現在の位階に合わなかった装備を脱いだためか、ホーリィさんも多少は動けるようになったようだ。
ただ、まだ顔が赤くて息が熱く熱っぽい様子。
本人は、大丈夫よ~、としか言わないけれど、当面は無理はさせられないようだ。
「あの瓦礫の巨人は、何とか言う家の屋敷が材料で御座ったからなぁ……現世では、あの地は更地になって居るで御座ろう」
「うん、夜とは言え、港は人目もあったしね。そのままあの場所に戻るのは、多分不味いことになるよ。ただでさえ、この空間御解除の時のエフェクトは目立つし……」
僕達は基本的に力を大っぴらにしない方向でずっと来ている。
この皇都でも、まだ見せている力は腕の立つ傭兵程度に見せかけていたのだ。
……レオナルドには少々見せ過ぎた気もするけれど、それはそれ。
偽装は続けたい。
何しろ、ここは皇都。皇国の中心地なんだから。
「でも、ワタシの本体が今誤魔化してるあの拠点も、いつまでも替わってる訳にはいかないわよん?」
「そこはまぁ、僕達が撤収するまでは幻術魔法で隠しておけば良いんじゃないかと。あの辺りは人気も少なかったし……ちなみに、今彼方の周囲は?」
「今は騒ぎにもなって無いわん」
それを聞いて一安心だ。
先の戦いの騒ぎを聞きつけた衛視や騎士団やらが出先で待ち構えていたりでもしたら、流石に洒落にならない。
そもそも、この後だって多分、大変なのだ。
(まずはレオナルドの所にいったん戻って、後は明日以降の御前会議の様子を見図らいつつ……そういえばこの皇都に出回っている『門』の中のアイテムの出どころもまだ調査中だし……やることが多すぎる)
今ぱっと浮かぶだけでも、詰みあがったタスクが全く崩せていない事にうんざりしたくなる。
市場での襲撃から始まったここまでは、滅びの獣の存在を想定はしていたとはいえ余分かつ予想外な動きをさせられた感が強いのだ。
その予想外の状況で、ふとラスティリスの働きがなかったらどうなって居ただろうと思い、背筋が寒くなる。
彼女に同行を命じたルーフェルトは、ここまで状況を予見していたのだろうか?
「あっそうだわん! 夜光ちゃん、それにホーリィちゃん。ちょっと寄り道していきましょ?」
僕の疑問をさらにあおるように不意にそんなことを言い出したラスティリスが指し示したのは、この戦場にあって数少ない無事な建物だった。
グラメシェル商会の建屋。その地下に、ラスティリスは僕達を連れてきていた。
「ここ、見覚えあるでしょ~?」
彼女が言うとおり、ここは見覚えがある。
この場所は、かつての『Another Earth』において、ある一定のクエストをこなした者だけが入れる部屋だ。
初期から受けられる依頼などはカウンターや依頼ボードがクエストの開始地点となっているけれど、ある特殊な依頼群は、この部屋が起点となる。
それは…
「それは、見覚えあるに決まってるよ。キャップ開放クエスト開放の部屋なんだから」
そう、冒険者を続けて行く中で、成長限界である中級の壁を超える<人の試練>。
更に真なる英雄への道を切り開く<地の試練>は、この部屋で受けられるクエストが起点となったのだ。
冒険者ギルド本部のギルド総支配人から直々に受けるこれらのクエストを経て、僕らは中級から準上級へと至ったのだ。
そういえば、ギルド総支配人も割と濃いNPCだったな。
重要NPCでテイム枠にいないので僕のマイフィールドに招くことはできなかったけれど、もし可能だったら迷わず契約していたと思う。
人使いは荒いし、金にはがめついし、たまにクエストの黒幕をやってプレイヤーから白い目で見られたりと、突っ込み処の多い人物だった。
でも同時に凄く人気があったんだよな、彼女は。
種族がハイエルフで、見た目は凄く美人だったからなぁ……ファンアートも多く描かれていた筈だ。
「そうねぇ、でもひさしぶりだわ~。<天の試練>の起点はあそこだし」
ホーリィさんも懐かしそうだ。
そう、この部屋は冒険者ならば一度は来ることになるモノの、同時にカンスト帯ではまずやってくることのない場所だった。
最後のレベルキャップ開放である天の試練は神の領域に挑むために、神域へ出向く必要があった。
そして『Another Earth』はカンスト後のエンドコンテンツが豊富だったこともあり、この部屋で受けるクエストは早い時期に全て通り抜けてしまうのだ。
「間取りは同じで家具もほとんどない部屋だから、ギルド本部と本当に見間違えそうだ……ただ、なぜラスティリスは僕達をここに?」
確かに懐かしいし、今の僕達は丁度中級位階。
キャップ開放クエストが受けられるならともかく、ギルド総支配人が居なければ…
「あら、それは簡単よん? <人の試練>、受けたいでしょん?」
「……その声!?」
「あら~、アルちゃんそっくり~」
だから、驚いたのだ。
腕を粘液に代えたラスティリスから、ぬるりともう一人這い出た人影。
その姿は、ギルド総支配人、アルフェリアの姿そのものだったのだから。




