第23話 ~巨人激突 破 真夜中の太陽~
縦横に走る光の軌跡は、いままで膨張し続けた瓦礫の山を、一気に削り取っていく。
記憶の中にあるカンスト状態の姿そのままのホーリィさんだけど、どうやらいつの間にか姿を消していたラスティリスの分身が何かしたらしい。
急激な強化はどう考えても代償が伴うだろうけど、今はあの力に頼るしかない。
純白の翼で宙を舞い、光のハンマーで瓦礫の山を削り取るホーリィさんの雄姿をいつまでも見て居たくもあるけど、貴重な時間を稼いでくれている以上、僕も為すべきことを為さないとね。
僕は意を決すると、信頼すべき巨人に語り掛けた。
「ギガイアス、モード変換。魔術祭壇形態へ」
僕の呼びかけに、ギガイアスは直ぐに応える。
拳を握り身構えていた状態から、一旦直立不動に。
そこから、まず肩と股関節部が稼働する。
肩と人間でいうなら鎖骨のある部分が展開し、引き伸ばされた。
同様に股関節部も大きく横に開き、腰部分ごと左右に割れる。
のけぞるように胸部を天に突き出すと同時に、伸びていた腕がついには大地に届く。
その姿は妙に長くなった手足から、4本の脚のタカアシガニを思わせる。
天に突き出された胸部にもまた、変化が生じていた。
前部装甲が開放され、夜光達の姿があらわになる。
胸部以外も稼働した結果、手足から変じた4本の支柱と、それらを繋ぐ胴体から変じた台座という姿に変形していた。
変形し終わると、今度は各部位の魔術儀装が稼働する。
いくつも宙に浮かぶ魔法陣は、台座の中央、夜光の座る玉座を中心に、幾重にも重なり連動し合う、多重積層魔法陣を形成していく。
そして、 ひときわ巨大な魔法陣が輝くと、4本の支柱の末端と中央の玉座とで頂点を持つ巨大な光のピラミッドが一瞬姿を現したのだ。
これを以て、超合金魔像ギガイアスは、一時魔像としての役割から外れる。
今ここにあるのは、大規模戦闘用魔術祭壇、ギガイアス・アルター。
僕の魔術を、大規模戦闘規模に拡大増幅する、一大魔術装置であり魔術祭壇なのだ。
かつて、MMO『Another Earth』において大規模戦闘の際、通常の人間単体相手の魔術やパーティー単位を対象とする魔術は、軍団規模を相手をするのには範囲が狭く向かないという問題を抱えていた。
位階を上げれば大規模戦闘規模の対軍団用や対要塞用の魔術を覚えられるものの、それは聊か敷居が高い。
大型モンスターや軍団を相手にする大規模戦闘は『Another Earth』の売りどころでもあった。
そのため、ゲームを開始してまだ間もなく、キャップ開放クエストを経ていないような魔術師系統のPCでも大規模戦闘に参加できるギミックとして運営が用意したのが、魔術祭壇であった。
これは主要な大規模戦闘専用エリアに配置され、この場所で行使する魔術は規模と効果範囲が大規模戦闘規模に拡大されるという効果を持っていた。
パーティー規模用の魔術が軍団を飲み込むほどに大型化するようになったり、大型モンスターはその威力が飛躍的に上昇するようになるのだ。
勿論そのような強化された魔法が戦況に与える影響は大きく、大規模戦闘では単純な兵力のぶつかり合いとは別に、こうした特殊な効果を持った地形の奪い合いといった側面も存在していたのだ。
拠点をいかに早く抑えるか、もしくはいっそ地形破壊効果を持つ技で、そういった拠点を破壊してしまうのか、いろんな戦略をプレイヤーは駆使して大規模戦闘を楽しんでいたのだ。
そして僕も、その大規模戦闘を楽しんでいた一人だ。
僕の場合、既に据えられている魔術祭壇を使用するよりも、自前で用意する方を選んでいる。
手塩にかけて仕上げた超合金魔像に、魔術祭壇へと変形する機能を組み込んだのだ。
これにより、元々魔術祭壇の無い大規模戦闘の舞台に祭壇を持ち込めるようにもなり、『Another Earth』最後の3か月の多くの試練でも大きな力になっていた。
ギガイアスの場合、形態を変えるごとに、設定してある能力値が入れ替わり、各形態で最も最適な能力に変化すると言う機能がある。
通常の人型形態ならば筋力耐久力が最も高く、飛行形態なら敏捷性が最も高くなる。
祭壇形態の場合、最も高くなるのは知力だ。
これは祭壇形態の場合、僕の魔術行使に祭壇毎に設定された知力補正が上乗せされると言う仕様の為だ。
通常の魔術祭壇に設定された知力補正は固定値だけど、ギガイアスの場合知力を延ばせば伸ばすほど補正値が上昇する。
人型形態時の圧倒的な巨大さからくる筋力と耐久性を、全て知力に置き換えることで、恐るべき魔術増幅補正がかかるようになったのだ。
だけど、これには一つ大きな制限がある。
術の増幅が可能なのは、ギガイアスの制作者である、僕が行使した魔術のみだと言う事。
これは例え同じパーティーメンバーのリム達でも受け付けない、かなりの強度の拘束だった。
そのギガイアスの中心、祭壇部の中央である玉座で、僕は詠唱を始める。
周囲には、リムとマリィ、そしてターナとハーニャ。
4人はそれぞれに小魔法陣の中心で祈り、僕の魔法の補助を担ってくれている。
魔術祭壇での魔法の行使は、通常よりも消費するMPが多いのだ。
特に今の僕は中級位階であり、カンスト域である伝説級の頃でも苦労した消費MPを到底一人では賄いきれない。
4人は魔力の増幅と同時に、僕の消費魔力を肩代わりもしてくれている。
『Another Earth』の頃なら、ターナとハーニャの位置にはゼルとここのが居て祈りをささげる配置になっていた。
周囲の守りは仲間たちや僕が呼び出した魔物の群れで固めて、詠唱完了までの時間稼ぎをするところだ。
だけど今はホーリィさんを含めた三人での時間稼ぎ。
他に手段がない以上、ここは皆に頼るしかない。
皆の無事を祈りながら、詠唱を続ける。
四方に伸びた支柱から、大地の魔力が流れ込み、この祭壇で渦を為していくのが手に取るように感じ取れて来た。
うねりを伴った奔流が、空中に寄り集まって、球状に圧縮されていく。
不意に、周囲の空気が変わったと感じるが、今の僕はひたすら詠唱する事しか出来ない。
魔力の奔流の向こう側、僕らの頭上に輝くドームが現れたかと思うと、荒れ狂う瓦礫の爆発から僕らを守ってくれていた。
ホーリィさんの守護の奇跡だ。
この祭壇形態は術者はむき出し状態なので、ホーリィさんの助けがなかったら危なかったかもしれない。
本当にホーリィさんには頭が上がらないな。
だからこそ、その働きに報いなければいけない。
幸い、このホーリィさんの守護天蓋は何度もかけてもらっている。
その効果時間は判っているし、それまでには、詠唱は終わる。
「……極大増幅完了。術式、起動」
前準備は、すでに整っていた。
僕はその魔術を発動する。
瞬間、頭上で轟と炎が渦巻いた。
球状に収束していた魔力をなぞるように、炎が渦巻き球体となり、煌々と燃え盛る。
本来の世界がそうであるように、今この世界は夜に包まれていたが、それが一気に引き裂かれた。
そこにあるのは巨大な太陽。
元のギガイアスですら容易く飲み込むほどに巨大化した、直径100mを超える灼熱の塊だ。
余りの熱に空気が爆発したかのように拡散していく。
これが、元はただの中級位階で習得可能な<火球>だと誰が信じられるだろうか。
本来『Another Earth』での<火球>は、投射後に着弾箇所を中心とした10m程をダメージ範囲とする対パーティー用の攻撃魔法だ。
投射する段階の魔力塊である炎の玉も、精々サッカーボールほどの大きさに過ぎない。
だが、大規模戦闘用に拡張され、ギガイアスの理力補正の上乗せ、そして複数の補助詠唱者による増幅効果が、ここに破壊の化身を生み出していた。
「堀内先輩!! ゼル!! ここの!! 後方退避!!!」
僕は全力で呼びかける。
起動した真夜中の太陽の余波で、<貪欲>の瓦礫の操作が甘くなっている。
今なら隙をついて皆は退避できるはずだ。
幸いホーリィさんの守護天蓋に守られているのもあって、皆は無事に退避する。
残るは、今の段階でも太陽の輻射熱で炙られる瓦礫の巨人だけ。
巨人は怯えでもしたのか、じりじりと後ろに下がろうとしている。
僕は頭上の火球を仰ぐように伸ばした腕を、振りかぶる。
瓦礫の巨人もまた、僕の動きに同調したかのように、何かを振りかぶるように大きく身をよじっていた。
まるで何かを投げようとしているような……そう思った瞬間、瓦礫の巨人は実際に何かを投げ飛ばしていた。
太陽のような<火球>の明かりに照らされながら、なお赤黒い光を瞬かせる一塊の瓦礫を。
はるか後方へ向けて投げつけ、逃走を図ったのだ。
だけど無駄だ。
そもそも、拡大されているのは威力だけじゃない。投射距離も増幅されている。
多少逃げたところで、この大規模戦闘専用空間全てが射程範囲である以上、逃げられるものか。
絶対に逃がさない!
「行け!! <極大増幅火球>っ!!!」
遠ざかる赤黒い光を伴う瓦礫の塊へ、巨大な太陽……特製の<火球>を投げつけた!
余りの巨大さに球の形状を保てずに歪みながら飛んでいく火球は、投射速度も強化されているのか、一瞬で瓦礫に追いつき、着弾する。
瞬間、世界が閃光で染まった。
余りの爆音に鼓膜が音として認識できずに無音となり、続いて拡散した爆風が、ホーリィさんが張ってくれた守護天蓋の残り耐久値を凄まじい勢いで削っていく。
(やっくん、ちょっと無茶し過ぎよ~!!)
もう耐久が消えるかと思うタイミングで、そんな泣き言が聞こえたような気がすると同時に、幾分効果の劣る追加の防御奇跡が再度届き、何とか僕らは自分の魔法での爆死という不名誉を回避できていた。
いや、現実化した魔術祭壇で全力の増幅を行った結果此処までになるとは、想定以上だ。
僕は、爆心地を見る。
依然熱風交じりの爆風の余韻が残るものの、それ以外は直径500mほどが綺麗さっぱりと完全に更地になっていた。
地面に光沢が見えるのは、高熱でガラス状になった建材や瓦礫の類だろうか?
無数の瓦礫すら、まとめて消し飛んだのか残っていない。
あれほどの巨体であった瓦礫の巨人を、僕はその身体を構成する瓦礫そのものを消し飛ばし消滅させるのに成功したようだった。
ただ何か違和感のような、引っ掛かりを僕は感じていた。
「……まだ、終わってない?」
最早瓦礫すら無くなった皇都を模した世界を、僕は密かな確信を抱えて見続けるのだった。