第22話 ~巨人激突 急~
巨大な光のハンマーが縦横に振るわれる度に、その軌跡の途中にあるモノは、全て浄化され光の粒子となって消えていく。
3対6枚の翼を羽ばたかせて、ホーリィは<貪欲>の身体を構成する瓦礫の山を削り取っていった。
「う~ん! 自分の身体でやるのは初めてだけど、大きなハンマーを振り回すのって、やっぱり楽しいわ!!」
現実の彼女の身体は成人しても子供じみた小柄さで、それがMMOの中でのアバターに普段の自分とは真逆の成熟した身体と力強さと言う願望を反映していた。
それは子供の頃から成長が急激で子供らしい小柄な体格とは無縁だった夜光が、アバターに少年の姿を選んだのと同じでもある。
現実と真逆な在り様は、『Another Earth』での戦闘時の関係にも言えた。
術師メインの後衛である夜光と、守り癒すタンクヒーラーである前衛であるホーリィと言うのは、大柄な光司に小柄な聖美が守られていた子供時代の反転。
現実では出来なかった聖美の密かな願望、姉的存在として光司の面倒を見るという望みを、仮想世界は叶えてくれた。
それがこの世界に来てからずっとかつての現実のように再び守られる側となった事で、ホーリィは色々と溜まっていたのだ。
ここに来てかつての力を振るえるとなれば、爆発するのも必然と言えた。
「やっくんは……こーくんは、私が守ってあげるんだから! 邪魔、しないで!!」
リアルバレの恐れもあって、普段はしない子供時代の光司の呼び名を、ホーリィは思わず口に出すほどに彼女のテンションは跳ね上がっていた。
その盛り上がった心を反映するように、光のハンマーが一層輝きを増し巨大化する。
この光のハンマーは、伝説級の神官称号持ちが請願し得る、<神の鉄槌>という攻撃の奇跡だ。
本来なら敵の頭上に光のハンマーが顕現し振り下ろされるという単発の攻撃奇跡なのだが、ホーリィの場合は少々扱いが違う。
彼女が手にする大鉄塊は、神々の鍛冶場で金床として扱われていたという設定から、神聖な力を保持できるという特性を持っている。
具体的には、自身が使用可能な攻撃の奇跡を、通常攻撃の追加効果として一定時間付与できるのだ。
つまり最上位の神官称号である<女教皇>が扱う時、この大鉄塊は神の鉄槌そのものを振るえることになる。
大規模戦闘で登場する大型モンスターにさえ、人間サイズでの攻撃が通用するのだ。
ホーリィは休むことなくその巨大なハンマーを振るい続ける。
その暴れっぷりは凄まじく、少し前までは瓦礫の巨人の膨張を抑えられなかったが、今では拮抗するほどになっていた。
これはもちろん続けて戦闘を続けていたゲーゼルグと九乃葉の働きも大きい。
ホーリィのハンマーでなら瓦礫を消滅させ得るとわかった為に、二人は消しやすい瓦礫塊を巨体から切り分けるなどのアシストに舵を切っていたのだ。
同時に皇都の街並みそのものも大まかな破壊が済み、<貪欲>側の材料となる瓦礫の供給が減少し始めてもいた。
かくして、戦況は新たな局面を迎えていく。
<貪欲>は苛立っていた。
ダイン達の身体で相対したあの集団、単なる獲物と見ていた存在が、こうまで自身に対応できるとは想定外だったのだ。
ゲーゼルグたちが指摘したように、<貪欲>は操れる物品に制限がある。
人体のような複雑な構造のモノを操ったり、精密に物品を動かすと言うのは、その操作可能な数に限界があるのだ。
現在の瓦礫を寄せ集めたような姿の場合、一定の瓦礫をひと固まり、もしくは無数の物品の波としてまとめて意識することで操っているだけで、個々の武器装備と言った区分での操作は困難となる。
その結果が、現在の拮抗状態であった。
(そもそも、何故対応できる? こいつらは一体何なのだ?)
<貪欲>は今更ながらに疑問に思う。
そもそもダイン達の拠点で相対した時からおかしいのだ。
鋼の豪雨と言うべき武器の旋風など、普通の人間では成す術も無く全身を穴だらけにされるだけのはずだ。
事実操っていたダイン達の身体はそうなった。
だと言うのにこの者達はそれを凌ぎ、有ろうことか訳の分からぬ粘液であの場で操った無数の武器を封じたのだ。
この場においても、そうだ。
ペリダヌス家の全ての所有権を奪い作った巨体ならば、卑小な人間では成す術も無く蹂躙されるだけだったはずだ。
所が大剣使いの傭兵と術師服の女は巨体の異形となり<貪欲>が作った体を削り出すという異常事態。
さらにはどこからか現れたあの巨人は、<貪欲>の作り上げた身体をもってしても破壊できるかどうか怪しいと思うほどの力を持っていた。
さしもの<貪欲>も、相手を倒すよりも身を守る方が先決と、皇都の破壊を以て瓦礫の身体を拡張しようとしたのだ。
その実ここでも<貪欲>の思惑は外されている。
ここが本来の皇都であったのなら、皇都に暮らす人々や御前会議のために皇国中から集まった貴族たちが居り、彼らを瓦礫の雨で殺戮して一気にその所持物を奪い一気に体を拡張できていたのだ。
しかしこの場は夜光達が生成した世界であり、この場に生きる存在は彼らと<貪欲>のみ。
結果いくらかの瓦礫で直接皇都の街並みを破壊することでしか瓦礫の身体を補強することも出来なかったのだ。
そして<貪欲>の前に更なる脅威が立ちふさがる。
あの巨人より飛来した翼を持つ者に対し、当初人間のサイズで何ができるとせせら笑った<貪欲>であったが、直ぐに衝撃を以て笑いを叩き潰されたのだ。
あの輝く戦鎚は、これまでの中で最も強烈に瓦礫の身体を抉り取っていったのだ。
一振りごとに己の身体として操るモノが消えていく。
今は拮抗しているものの、もし皇都の瓦礫を取り込み切って身体を拡張できなくなった際にはどうなるか。
考えるまでもない事だ。
だから、貪欲は決断した。
安全策ではなく、攻撃に。
完全に埋もれていた赤黒の光が、分厚い瓦礫の層を貫いて周囲に漏れる。
次の瞬間、瓦礫の山は爆発した。
(様子がおかしいわん! 回避よりガードよん、ホーリィちゃん!!)
「っ!! <大地の守護天蓋>!!」
魔力の高まりを感じ取ったラスティリスの警告に、ホーリィは咄嗟に防御の奇跡を展開する。
彼女が進行する大地母神カーラギアは、信徒に大地の加護を与える。
大地の守護天蓋は強固な岩盤のような結界を味方全体に付与する防御の奇跡の中でも最高位の防御力を持つのだ。
それが幸いした。
順調に削り取っていた瓦礫の巨人から赤黒い輝きが溢れたかと思うと、その身を構成する殆どを無数の砲弾と化して周囲にばらまき始めたのだ。
ホーリィが味方と判断したゲーセルグや九乃葉、そしてギガイアスの巨体にも守護天蓋は展開され、瓦礫の砲弾を受け止める。
滅びの獣が操るとはいえ、個々の瓦礫そのものは何の変哲もない建材などだ。
飛散速度こそ凄まじいものの、魔力を込めるなどしない限り伝説級の奇跡の防御を抜けるものではない。
結果強固な障壁は瓦礫を易々と受け止め全員を無事に守ったが、同時に再び攻守は逆転していた。
この瓦礫の飛散は、途切れる事が無いのだ。
守護天蓋にぶつかり砕け散る瓦礫は多いものの、今まで瓦礫の巨人として拡張し続け取り込んでいた瓦礫の量は膨大だ。
その殆どを攻撃に回したことで、圧倒的な物量が牙をむき始める。
多少瓦礫が障壁で砕けたところで、幾らでも残弾はあると言わんばかり。
その在り様は瓦礫が津波となり、大渦となっているかのようだ。
これではホーリィ達も攻勢に出る事すらできない。
特にホーリィは全員への障壁を維持し続けることになり、負担は最も高い。
そもそも防御の奇跡というモノは、何時までも維持し続けられるモノではない。
元々がMMOでのスキルである以上、効果時間と再使用のインターバルが存在している。
となれば完全に防御し切れるのは残り幾ばくも無く、次いで幾らか効果の落ちる障壁へと切り替えていかねばならない。
そして最後には防御の奇跡を使い切り再使用可能になるまで一切防御できない空白期間がやってくる。
そうなったとき、果たして味方全員無傷で居られるだろうか?
ホーリィの脳裏に不安がよぎる。
その時だ。
夜闇に沈んでいた皇都を模したその空間に、光が差し込んだ。
まばゆい輝きが辺りを昼間のように照らし出す。
同時に爆風にも似た熱風が、瓦礫の津波の勢いを押しとどめ、引かせていく。
「!?」
瓦礫の大波の中心、大半の瓦礫を攻撃に回したことで再び顕わになった赤黒い輝きから、動揺の思念が広がっていた。
巨人の目のようなその輝き、その視線の先は皇都の一角、その上空。
そこには輝く太陽があった。
太陽の真下には、いつの間にか存在していた、奇妙な建造物がある。
大地よりそびえる4本の支柱と、それらを繋ぐ台座。
各部から無数に魔法陣を浮かび上がらせたたずむ姿は、まるで異教の祭壇の如く。
上空の燃え上がる巨大火球とも相まって、それは太陽神の神殿にさえ見えたかもしれない。
そしてホーリィは、その祭壇の中心に彼を見た。
周囲に祈りをささげる4人の美女を従え、中心で天に向かって両手を掲げるその姿を。
「あはは、やっぱり私って、最後はどうしてもこーちゃんに守られちゃうんだな~」
彼女の幼馴染にしていつかは結ばれたいと願っていた彼の姿に、ホーリィは羨望の眼差しを送った。