第21話 ~巨人激突 転 聖女降臨~
「不味いな……向こうの膨張を止めきれない」
お互い激しく戦いつつも、双方が装甲の固さや再生能力などを持ち合わせている為に膠着状態になる中、僕は次第に不利になりつつあると理解していた。
あの瓦礫の巨人が、次第にその大きさを増しているのだ。
ゼルとここのと共にあの巨体を形成している瓦礫を属性攻撃などで削っているのだけれど、修復と膨張速度の方が僅かに早いようだ。
「原因は、あれね。瓦礫の嵐の一部を街に飛ばしているみたい。アレで壊した皇都の街並みを、自分の身体にしているのね。やっくん、どうするの?」
ギガイアスに指示したり術等でのサポートで忙しい僕等では気付かなかったその理由を、ホーリィさんが見つけてくれていた。
普段のゆっくりとした口調も消えているので、流石に先輩にも余裕は無いのだろう。
とはいえ、見つけてくれた原因は、厄介極まりなかった。
この大規模戦闘戦闘空間は、発動して世界を展開する際に、通常空間の地形をそっくりそのままコピーする。
今回は皇都の街並みを再現したのだけど、これをあの瓦礫の巨人は利用していたのだ。
この空間は僕らが展開したものだけど、中の地形は誰の所有物でもない。その状態であの<貪欲>の能力を適用しようとすると、所有者の居ない物品は破壊さえすればあの巨人が奪い取った扱いになるようだ。
ホーリィさんの指摘で気づいた後も、対処は難しい。
そもそも今までがギリギリのラインで戦って居た僕達だ。
自分たちに迫る瓦礫の豪雨に対処するだけでも精いっぱいの所を、全く別方向に投射された瓦礫までフォローしろと言うのは無茶にも程がある。
何時しか周辺からかなり遠方まで、皇都の街並みは破壊を尽くされている。
その際に発生した瓦礫で明らかに膨張速度が上がり、今では巨人は高さで100mを優に超え、横幅も広がってまるで動く山のようになっていた。
あの赤黒い光すら、瓦礫に埋もれて既に見えなくなっている。
こうなってくると、僕達は防戦一方だ。
ギガイアスにしても、ゼルやここのにしても、戦える相手としての想定サイズは同等から精々倍程度。
それ以上となると、大々的な破壊を及ぼす範囲攻撃手段が無ければ、ダメージもろくに通らないようになる。
ゼルの奥の手の全力ブレスなら一度は通るだろうけど、その後は大型化のスキルが強制的に封印されてしまうために、現状では危な過ぎて使えない。
ここのにしても、この規模の相手だと属性を帯びた尾を最大限まで伸ばしても体に巻き付けることも出来ずに表面を少し削れる程度。
ギガイアスも<破軍衝>を打ち合わせて広範囲に攻撃する<破軍衝陣>でならあの巨体を削れるけれど、この技はギガイアス自身にもダメージが入るので多用は出来ないのだ。
一応、かつての僕達なら、広範囲の破壊が可能な攻撃方法を持ち合わせていた。
それが、僕の役割だったのだ。
魔術師系の最高位称号、<大導師>に至っていた僕は、大規模戦闘においてのフィニッシャーであり、文字通り天を割り地を裂く大魔術で多くの敵を打倒した。
残念ながら今の僕、中級位階では、パーティー単位の戦闘で扱うような<火球><雷撃>程度を扱うのが精いっぱいだ。
到底あの瓦礫の山をどうこう出来るような規模の魔法は扱えない。
(……いや、一応手段は有る。有るけど……)
脳裏をよぎるのは、切り札の一つ。
今の僕達でも、恐らくその手を使えば、広範囲に威力のある破壊魔法を扱うことができる。
ただそれはあの瓦礫の山にもバレるような、あからさまで隙だらけな状態を晒す必要があった。
少なくとも先ほどゼルやここのがやってくれたような時間稼ぎを、もっと長くそしてギガイアスを抜きに、更にはそのギガイアスを守りながらやって貰わないといけない。
(どうすれば……だけど、直ぐにでも手を打たないと!)
今の僕の手札、その中で出来ることは何か?
必死に探る僕に、その声は投げかけられたのだ。
「やっくん。時間稼ぎが必要、だよね?」
決意の色を伴った視線を僕に向ける、ホーリィさんから。
ホーリィこと堀内聖美の心は、今までずっと晴れないままだった。
(私って、ずっとやっくんの足を引っ張ってしかいないよね……)
そんな想いを抱き続けてきた。
それはこの世界に来てからの話ではない。
記憶の中にある彼、夜光であり古くからの知り合いである、刈谷光司との関係そのものにおいてにだ。
彼とは極近所に住む幼馴染でありながら、学区の境が丁度両家の間を通ると言う偶然により、通う学校を別にする関係だった。
学校は違うものの、近所に住んでいる以上は交流はある。
早くから成長が早かったせいで逆に体を動かすのが苦手であった光司と、小柄な見ためとは真逆にエネルギッシュで活発な聖美は、1歳違いの年上という自負からもお姉さんぶった少女とそれに振り回される少年と言う関係に行き付いていた。
傍から見ると微笑ましい光景ながら、聖美の内心では少し事情が違う。
小柄ではあるが容姿は優れていた彼女は、常に他者の視線を感じ怯えていたのだ。
だからこそ体格が良くそれでいて昔から馴染みである夜光の傍に居ることで、他からの脅威から逃れていたのだと。
しかしその関係も、小学生も終わろうと言う頃には事情が変わってくる。
光司の体格が大きくなり過ぎたことと、聖美の小柄さが依然変わらなかった事が、彼女達への視線の質を変えていた。
中学に入学する事には既に成人男性の平均を大きく超えるほどになった少年と、未だ小学生然とした中学生の少女。
事情を知らなければ、事案を疑われる外見であることは否めない。
光司自身は体格の大きさ故の視線の集中と流している節があったが、視線に敏感な少女は、その視線の意味に気付いてしまったのだ。
光司を頼りにしていた聖美にとって、自身が光司の負担になっているという事実は余りに衝撃的で、さらにとある事件が起こる。
結果二人は疎遠になり、中学生の頃には関係は途絶えていたのだ。
その二人の距離が再び近くなったのは、光司が聖美の通う高校に一年遅れで通うようになってからだった。
恵まれた体格に反して運動神経は結局発達しなかった光司は文系の部活に所属し、そこで聖美と再会したのだ。
その際に紆余曲折あったのだが、結局二人はとある切っ掛けで一定の関係を築くことになる。
それが、かつてのMMO『Another Earth』であった。
『Another Earth』は、聖美にとって最も自由な場所だった。
彼女の小柄さを揶揄するものもなく、光司の大柄さを揶揄う者も、そしてその二人が行動を共にしても、何も誰も疑問に思わない、そんな居場所。
先にプレイヤーになったのも、光司を『Another Earth』に誘ったのも聖美の側。
そしてその後高校から大学に通じて、リアルとMMOの双方で二人は先輩と後輩、良き友人であり続けた。
大人と子供にしか見えない男女の奇妙な関係ではあるが、それでも何処か居心地がよくなったつかず離れずの位置が、光司への負い目が内心に残る聖美には心地よかったのだ。
このまま、腐れ縁で終わるのも良い。そう思っていた矢先に、この奇妙な世界にやってきてしまった。
そこからは、内心の負い目がひたすらに増すばかり。
せめてそんな鬱屈した面は表に出さないように努めて気楽なふるまいをしているものの、何処まで誤魔化せているものか。
少なくとも、心を読めるという大魔王には筒抜けなのは、皇都の宿の短い問答ではっきりとわかっていた。
(ずっとやっくんばかりがいろいろ背負っていくのを、私は見ているばかり……ううん、もっと悪いわ。今だってずっとついて回って足を引っ張ってるだけ。これじゃ、あの頃と変わらないじゃない……)
そんな想いを抱えたまま、流されるように皇都への旅路に同行していた。
そして今、光司である夜光が、強大な化け物と戦って居る中でも、傍らで見て居る事しか出来ない。
何処まで行っても、自分は光司の重荷にしかなれないのかと沈む中、
(ねぇ、力を貸してあげましょうかん?)
(……っ!?)
密かに語りかけてくる者が居た。
聖美……ホーリィと同じく、この巨大な魔像の中に在っては所在なさげにしていたラスティリスだ。
ホーリィの内心を凡そ全て察しているであろう大魔王は、まさしく堕落に誘う悪魔のように甘く優しい口調で彼女に囁きかける。
(私も分身体だと対して働けないけど、代わりにひとつ、面白い手があるのよん。その手を使えば、ホーリィちゃんは一時的に前と同じ力を出せるわん)
(前と同じ~? ……それって、まさか)
(そうよん。ホーリィちゃんが潰し屋聖女って言われてた頃の力ねん)
戦闘に集中する夜光を妨げないように、お互い声を潜めたままのやり取り。
少々嫌な思い出を想起させる呼び名はともかく、その頃の力、つまり成長限界まで至った伝説級の頃の彼女の力なら、この局面でも力を発揮することも可能だった。
しかし、流石に直ぐに頷けはしない。何しろ大魔王の誘惑なのだから。
(そんな事が出来るなら、やっくんにしてあげた方がよくない~?)
(それだと、最終的に手が一手減るのよねん。それに、デメリット付きだから契約者の夜光ちゃんには使えない手なのよん)
(……デメリット、あるのね~?)
(中級位階のホーリィちゃんが、伝説級位階の力を出すのに、代償が不要な訳ないのよん。でも、今の夜光ちゃんを助けるためなら、ホーリィちゃんにとって安い代償だと思うわよん)
実際ラスティリスの言うとおりだった。
散々足を引っ張り続けて居る自身が力になれるのなら、ホーリィは多少の代償など気にはしない。
(……わかったわ。どんな手をつかうの? その代償は何?)
(簡単な事よん。手段も代償も同じなのん)
(だから、それは?)
(ワタシとホーリィちゃんで、合体するの)
(が、合体!?)
言葉の意味を理解する前に、ホーリィの唇は塞がれた。同じく大魔王ラスティリスの唇に。
(ふぁ、ファーストキス!?)
そんな場違いな考えがよぎる間に、更に大魔王は行動を起こす。
キスをしただけではなく、ホーリィを情熱的に抱きしめたかと思うと、大魔王の身体が崩れたのだ。
本性であるスライム体がホーリィの身体を包み、覆う。
奇しくも夜光の背後で行われたその所業は、彼が前方に集中していなければ気づけたであろうが、残念ながらそうはならず。
その光景を目撃したのは、床に転がされていた襲撃者の一人だけだ。
粘液の塊は時置かずして、何事もなかったように、もしくはホーリィの身体に染みこんだかのように消えていた。
(な、何が…?)
((ふふん、上手く行ったわん))
(!?)
自らの身体に何が起こったのかと混乱するホーリィの心に、別の思念が木霊する。
それは先ほどまで密かに語り合っていたラスティリスの物だ。
(相手の願望通りに変身する能力と、スライムの吸収融合能力の併せ技よん。今なら、ホーリィちゃんはワタシ基準の伝説級の力がつかえるわん)
(そ、それなら、やっくんの力になれるわ!!)
(ただし、デメリットもあるわん。今は詳細を省くけど、後遺症は覚悟してねん)
(……どんな後遺症~?)
(後のお楽しみよん。ほら、夜光ちゃんが悩んでるし、今は力を貸してあげましょうねん)
恐ろしい事を告げられながらも、ホーリィは溢れる力に一つ頷く。
そして外界表示に映る蠢く瓦礫の山を睨みつける夜光へ告げるのだ。
「やっくん。時間稼ぎが必要、だよね?」
僕は心底驚いた。ホーリィさんが何故か全盛時の力を取り戻していたのだ。
「一時的だけどね~」
そういう彼女は、手早くストレージの底で眠っていたらしい、伝説級の頃の愛用の装備に身を包んでいく。
全身をくまなく覆い、魔法と大地母神の加護を付与されたフルプレートメイル。
あらゆる状態異常に高い耐性を持つものやオートヒールが付与されたモノ等複数のアミュレットに、所持者の周囲を浮遊して自動的に防御を行う大楯。
愛用の武器は、このギガイアスの中ではかさばり過ぎて取り出せないみたいだけど、それ以外は完全武装だ。
アナザーアースで何度も見た、彼女の完全戦闘形態だった。
「それじゃ、行ってくるね~。やっくんがアレを使う準備位は時間稼いできてあげる~」
止める間もなく胸部側の入り口から飛び出していくホーリィさん。
そして……戦場に、光が降臨する。
巨大なギガイアスその胸部から、ホーリィさんは平然と飛び降りていくのが見える。
普通なら落下死を心配するところだが、何も問題は無い。
一瞬の間もなく落下する彼女の背から、3対6枚の純白の翼が広がったのだ。
落下から滑空に代わった軌道の中、ホーリィさんは欠けていた最後の装備、愛用の武器を取り出す。
それは、余りも巨大で武骨な、大鉄塊。
神々の鍛冶場で金床として使われていたという、巨大な如意神珍鉄の塊に、柄だけ括りつけたという無茶極まりない代物だ。
だがその威力は見た目以上なのだ。
瓦礫の巨人が飛来する人影に気付く。
その手に巨大な塊を抱えているが、そもそものサイズ差があり過ぎて脅威にも思って居ないのだろう。
無造作に振るわれたいくらかの瓦礫の塊は、羽虫を追い払おうとでもいているかのようであった。
しかしホーリィさんは羽虫ではない。
あんなおっそろしい人が羽虫などであるモノか。
彼女が大鉄塊を振りかぶると、そこに聖なる気が宿り爆発する。
大鉄塊を核として、巨人を殴り倒せそうなほどに巨大な光のハンマーが形成されたのだ。
そして、無造作な一振り。
その軌道の途中にある一切は、浄化されながら光に還っていく。
巨大な瓦礫の山の一部が、スプーンですくい取られたかのように抉られていた。
ああ、そうだ。アレこそ、僕の自慢の先輩。<潰し屋聖女>のホーリィさんの姿。
僕は久々に見る光景に、心振るわせた。
中級聖女と色欲の大魔王の分身をコストに、潰し屋聖女を召喚。