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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第3章 ~皇都アウガスティア~
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第17話 ~色欲の大魔王 ラスティリス~

(そう、ルーフェルトが言っていたのは、こういう事だったのね)


 無数の武器や器物が荒れ狂う嵐のように飛び交う光景を目の当たりにして、ラスティリスはその時が来たのだと自覚した。

 ラスティリスは、相対した者の表層の意識を、色恋や嗜好に関わる部分であれば自然と読み取ることが可能だ。

 その感覚が告げていた。目の前の短剣がいかなる目的で人を狩るのかを。

 理解したからこそ、あの高慢を司る大魔王がラスティリスに何をさせたいのか理解できてしまったのだ。

 同時に、彼女がこの災厄を押さえるのに最も適任である理由も。



「我らがマスターは、皇都で2度の死の危機に瀕するだろう。1度目は、取り得ず置くとして、問題は二度目だよ。この死は何があっても避けなければならない」


 夜光達が皇都に向かう前、七大魔王の主席であるルーフェルトは、ラスティリスにこう告げていた。

 ルーフェルトが他者へ語る未来は、概ねもう動かしようの無い内容ばかりだ。

 変にそれ自体が起こらないように動こうとする方が、状況が悪化したり全体として破滅に向かう事となる。

 ラスティリスに語る以上、それは夜光を無理に皇都行きを断念させる方が不味い事となるのだろう。

 国内の貴族が集まる御前会議や皇国の首都そのもの見分をこの機会に行わない訳にもいかず、同時にその期間皇都に赴くと夜光に災厄が降りかかる。

 ならばこそ、ルーフェルトはそれに対抗し得る者に、その暫定的な未来を告げるのだ。


 強力な未来予知が可能なルーフェルトだが、無差別にその力を振るうわけではない。

 未来を告げるのは、その未来を変えられる者にだけ。

 彼が象徴するのは高慢。己の力をとるに足らぬ事情にまで割くなど我慢がならないのだ。

 自身の去就に関わらない予知などそもそも意識などしないし、大概の事象であれば強力な力を持つルーフェルトの脅威ではない。

 逆に言えば、ルーフェルトが予知を他者に告げると言うのは、余程の破滅が迫っているときと言う事になる。

 故にかつてのアナザーアースでは、ルーフェルトの預言によって世界を揺るがす破滅へ対抗する始まりとなるクエストがいくつも存在した。

 世界を破滅に対して、自分が動くでもなく問題に対処できる冒険者に未来を告げるその姿は、プレイヤーの多くから『高慢』ではなく『怠惰』を司っていると言われたものだ。

 もっともそれらのクエストは、事前にルーフェルトに関わるクエストを幾つもこなして彼の興味を引いておく必要があったのだが。

 起きる破滅も規模が大きく、多くがエンドコンテンツ枠として設定されていたため、手ごわい冒険を求めたプレイヤーの多くが彼の居城がある魔界へと何度も赴く羽目になっていた。


 この場合も、それに該当するのだろう。

 大魔王達を仲魔化することで世界の破滅から彼らを保護したマスター、夜光。

 本質的にプレイヤーとは、上位世界の存在である。そのプレイヤーたる夜光は、ただの死ならば状態異常に過ぎない。

 だからルーフェルトが問題視する死は、通常のモノではないと言う事になる。


「二度目の死、これは特殊でね。私が見たところ、その死は、死した身体と所持物の支配権の一切を殺害者が奪い取る、そういう事らしい」

「……一切の、所有物なのん?」

「そう。この場合、私達も、この我等を救ったこの世界すら該当するだろう」


 つまり、大魔王達は誰とも知れない相手を主と仰ぐことになり、この世界もまた同じ。


「私はね、あのマスターを気に入っている。正しく私達の架した試練を乗り越え、私達を救った彼をね。その彼を殺して成り代わろうとする者は、正直な所愚劣で我慢ならぬモノであり不快だ。だからこそ、ラスティリス、君に頼みたい」


 ルーフェルトは重ねて、彼女に告げる。


「君の力ならば、この相手に対処できる。だから、我らのマスターの皇都行きに同行してくれたまえ」

「……まぁ、良いわよん。あの子見てるのは楽しいからねん……でも、働く以上報酬もほしいわねん」


 ラスティリスとしても、ルーフェルトが語る未来は我慢がならぬ状況だ。

 正しく彼女の試練を潜り抜け、同時に試練に際して(本人が望まずとも)心の奥をさらけ出した夜光の事を、彼女も気に入っている。

 だからこそその危機に対処するのは異存はないが、だからと言って彼女も大魔王であり、ただ働きさせられる程安くはないのだ。

 そう告げたラスティリスに、ルーフェルトは貴族然とした美貌に、実にいい笑顔を浮かべてこう答えていた。


「ああ、それならば、こういうのはどうだろうね?」


 彼女に開示されたのは、とある未来につながるある切っ掛けのタイミング。

 それを以て、ラスティリスはルーフェルトからの依頼を良しとしたのだ。

 そして……



「夜光ちゃん、い~い? 勘違いしちゃだめよ? あの貪欲ってのはあの短剣も本体じゃないの。ここにいても無駄に消耗するだけなのよん」


 滅びの獣<貪欲(アバース)>を名乗る毒の短剣と、それを中心に宙を舞い荒れ狂うアイテムの旋風。

 この者の力の秘密の一端を、彼女はルーフェルトから聞き出していた。

 更に相対する者の精神をある程度察せられるからこそ、彼女は目の前の存在の真実をつかんでいた。

 本体のように振る舞うあの短剣も、実際はその周囲を漂う無数の装備と同じく本体が操るだけのモノに過ぎないのだと。

 そして精神を感じ取れる彼女をもってしても、この場に本体の存在を感知できない。

 つまり、この場に留まること自体が無駄なのだと。


「夜光ちゃん、此処は任されてあげるわん」

「ラスティリス!?」


 だからこそ、ラスティリスは、荒れ狂う刃の旋風を前にしていた。

 背に主たる夜光他を庇い、立ち向かう。

 嵐のような武器の群れに対して、彼女は一見すると見目麗しいだけの女性に見える。

 夜光のパーティーモンスター達のように、戦装束を身にまとっても居ない、ただの薄手の服を身にまとっただけの妖艶な美女、それだけに見える。

 しかしその実、普段見えている姿は仮初であり、見る者次第で見え方が全く異なる。

 例えば、仲間である夜光達には今の見目麗しい姿そのままに見えるが、先刻まで相対していた襲撃者達には、主である夜光を殺めた罪深き者として、美しい姿を見せるのも惜しいと見るに堪えない醜女に見える様にしていたのだ。

 更に言えば、見目麗しい姿も彼女のその真なる姿では無い。彼女は大魔王なのだ。


「久しぶりにあの姿になれば、あの程度はどうにでもなるわん。その間、夜光ちゃん達は本体を探してねん」

「……わかったよ、ラスティリス。ここは任せるね?」

「良い子ねん。なら、始めるわよん?」


 彼女がそう告げると同時に、ラスティリスは、()()()

 内から急激に膨らんだかと思う間もなく、一瞬で弾けたのだ。

 血肉が溢れるかに思えたが、ラスティリスが立っていた場所からあふれ続けるのは淡い水色の液体の濁流であった。

 旋回する貪欲を名乗るアイテムの群れを押し流すかのような粘液の津波。


「な、何だコレは?」

『あらん、スライムは初めてん? なら、私が初めての女って所ねん』


 <貪欲>を名乗った短剣が驚きの声を上げ、何処からともなく聞こえるラスティリスの声がそれに答える。

 濁流は見るまに周囲を覆い包む巨大な水滴と化していた。

 淡い水色の粘液の中で、無数のアイテムが藻掻く様に動こうとするが、粘液に絡め取られて遅々とした速度にしか動けていない。

 この巨大な水滴こそ、色欲の大魔王ラスティリスの真の姿であった。


 かつて、色欲の大魔王の試練には、幾つもの段階があった。

 フェイズ1では、戦闘前の質問で明らかにされたプレイヤーの理想の異性の姿を取る。

 また質問の回答によって導き出された性癖ごとに、彼女が戦闘中に使用するデバフの性質が強化されるというギミックが存在した。

 ある程度ダメージを与えた後のフェイズ2では、彼女は配下を呼ぶ。

 その配下の姿も性癖準拠の姿となっており、配下毎に設定されたデバフの種類が、フェイズ1に加えて強化される仕様になっていた。

 そして、フェイズ3から最終フェイズまで、彼女は普段明かさない真の姿を取る。


 ラスティリスの司るのは、色欲。

 その本質は、無差別の生殖である。

 生殖とは、生命の根源的な行動である増殖と進化に関わる行いであると言えた。

 もっとも根源的な生殖を司る、最も根源的な命の形。

 ラスティリスの真の姿は、その在り様に相応しい、もっとも原始的な生物に酷似しているのだ。

 分類的には、女王粘液魔(クィーンスライム)に該当するが、同時に色欲の魔王として淫魔(サキュバス)としての側面も持っていた。

 膨大な体積を持つ彼女の粘液状の身体は、部分部分で自由に形態を変化させ、擬態も可能。

 スライムとして思い浮かべるような物を溶かす能力は無いが、逆に言うと取り込んだ者の力や活力の吸収能力や、淫魔としての多彩なデバフ能力、そして単純な体積の膨大さからくる耐久性と、非常に倒し難い能力を持ち合わせている。

 攻撃面でも、魔王としての高い魔力と、無数の口を表面に擬態で生成しての多重詠唱で高位魔法を乱打してきたり、擬態した無数の腕での物理攻撃など、非常に厄介であった。


 この場においても、その力は十全に発揮された。

 一瞬で宙を舞う武器は制圧され、淡い水色の水滴の中を蠢くばかり。

 辛うじて、貪欲を名乗った短剣が、その身に宿した禍々しい黄と毒の分泌で周囲の粘液を変質させているモノの、それ以上の抵抗は出来て居ないようだった。


 その光景を見て、夜光達は安堵しつつも動き出す。


「ここはこのままラスティリスに任せて、僕達はあの滅びの獣の本体を探しましょう」

「畏まりまして御座います、お館様。しかし、本体とはいかに見つけ出すべきでござろうか?」

「そこは、手掛かりがちゃんといるでしょ?」


 夜光の視線がある一人に向く。

 襲撃者の中でただ一人生き延び、怯えた表情を周囲の者達へ向ける精霊使いの男が。


「教えてくれますよね? あの短剣、何処で手に入れたんですか?」

「言葉で聞いてるうちに話した方が、身の為よ?」

「ひっ! ひぃ……お、教える! 教えるから命だけは!」


 最早完全に心が折れていた精霊使いのカーティスは、なめらかにその男の事について語った。

 ペリダヌス家の中で、商売の面を任されている男。

 現ペリダヌス子爵の弟、セザンネル・ペリダヌスについてとその居場所を。

この度、第3回アーススターノベル大賞にて奨励賞を頂き、今作が書籍化の運びとなりました。

詳細についてはまた後日報告します。

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