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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第3章 ~皇都アウガスティア~
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第16話 ~貪欲なるモノ~

 槍使いの身体を操っているらしい短剣の宣言は、僕達を警戒させるのに十分だった。


「滅びの、獣?」

「まぁ、この世界の連中に話しても分からんだろうがな。お前らも『門』の中のモノ使ってるだろ? あの中の世界の化け物だと思っておけばいい」


 呆然と呟けば、貪欲と名乗ったモノは、そんなことを告げてくる。

 ああ、もしかすると、この『獣』は僕達の事をあまり理解していないのか。

 そういえば、同じく滅びの獣に影響を受けていたらしいナスルロンの軍のホッゴネル伯爵は、フェルン候への執着こそあるけど、門の中のプレイヤーへ特別に何か意向があるわけではなかったらしいのを思い出す。

 ライリーさんはその力を利用されていたけれど、それは便利で強力な力として扱われただけだ。

 <大地喰らい>も、森の中に出現した門こそ食べてしまっていたけれど、逆に言えばその中にはノータッチだった。

 むしろ、名指しで接触してきた<傲慢(アロガンス)>の方が明らかに異常だったと言える。


(つまり、この獣は単独で動いてるだけ? 少なくとも、傲慢と連絡を取り合ってなどいないと考えるべきかな? コイツのいう得物というのは、単に力が強いという選定基準に合致しただけと言うこと…?)


 相手は正体こそ何となく察せられたとしても、依然詳細は未知数だ。

 ほんの数言漏らしたセリフから、僕は相手を知ろうと必死に思考を巡らせる。


「<貪欲(アバース)>……貪り飽くことを知らない欲望。そんなモノを名乗るんですね」

「ああそうさ。俺はあらゆる()を手に入れる。それこそが俺だ。お前らも奪いつくしてやろう。お前たちほど力を持っているなら、持ち物も質がいいだろうさ。餓鬼、お前の装備も極上だった。他の連中の物も期待できるだろう?」


 ……ある意味、分かりやすい存在みたいだ。

 とにかく、殺し、奪う存在なのだと言う事が、ほんの少し話しただけでも十分に伝わって来た。

 まさしく強盗そのものの思考と在り様と言うべきか。

 ただ、だけの存在でもないのは言うまでもないだろう。

 何しろ、世界を一つ滅ぼす直接原因の一翼を担う存在だ。

 僕が遭遇した<大地喰らい(ランドイーター)>や、ホッゴネル伯爵を異形化させた指輪、そして<傲慢(アロガンス)>と名乗った男。

 それらと同類であるならば、今までのように特異な力を持っているとみて間違いないだろう。

 大地喰らいであれば、あらゆるモノを捕食して自身の肉体である銀の液体に代えていた。

 ホッゴネル伯爵は、元の自分より力ある者と戦う事により無限に力を得ていた。

 傲慢を名乗った男の力は判らないけれど、僕に関しての情報を事細かに把握していたことから見て尋常な存在ではなかった。

 そして、貪欲(アバース)を名乗ったコイツは、今までの状況からして殺した存在を操るようなことができるようだ。

 実に厄介だし、本体が短剣だと言うのも厄介に思える。

 かなりの力を持っていても、意志を持つ生者であるなら、マリィやリムの精神魔法や魅了で抑えられるし、効かなかった場合も多大なデバフを掛けられるから大きな脅威とは言えない。

 しかし、どうも本体が短剣だと言うと、どう戦えばいいのか、少々迷ってしまう。

 リムの装備耐久を減らす魔剣なら、直接短剣を狙うのも有効だろう。

 だけど今短剣は一度は崩れ落ちた槍使いの手に収まっていた。

 毒で殺されたはずの槍使いの身体は、軽やかに槍を操り振るうと同時に、何時でも片手の抜き打ちで毒の短剣を投擲できるだろうと思わせた。

 同時に、下手に短剣を直接狙おうとしても、その確かな身のこなしで、こちらに短剣を的として狙わせさせないだろうとも。


「……厄介で御座るな。あの槍使い、元の実力ならばどうとでも始末しえたで御座ろうが、今は我に比肩しうるかと」

「……ミロード、それだけじゃないみたいですわ」

「マスター、お気をつけて。相手は減ってなどいないみたいです」


 警戒したゼルの言葉に、マリィとリムが同じように余裕をなくした声で応えた。

 彼女達も、再び相手と見定めた襲撃者と向かい合っていたのだ。

 先ほどまでとは同じ相手。一度は死者となり地に倒れ伏した盗賊男と大剣使いは、紫の顔色のまま立ち上がっていた。

 大剣使いは、倒れている内に拾ったのか、刀身の根元で断たれた大剣の刀身を手にしている。

 どういう理屈なのかは不明だけど、短剣から漏れていたのと同色の淡い光が分かたれた柄と刀身を包んで、断たれる前のように振るえるようになっているようだ。

 盗賊の男は、投擲用のナイフを両手に構えていた。

 よく見れば。服のあちこちに投擲ナイフを無数に忍ばせていたようだ。

 どれも刃の部分が濡れていて、恐らくは毒を塗ってあるのだろうと予想できる。

 その身のこなしは、槍使いと同様に完全に別物へと成り果てていた。

 かつての世界の最高位階に至ったゼル達をして、決して油断できない領域にあったのだ。


「見ての通り、俺は別に身体を一体しか操れないわけじゃない。生きてるように見せかけてるときは厳しいがな」


 巧みに、そして鋭く槍を操りながら、槍使いのダインの身体は事も無げに言葉を紡いでくる。

 対してゼルは、先刻までと違って本気になっていた。

 本来なら一太刀振るうだけでも一苦労な大型両手剣<泰山如意神剣>は、ゼルの膂力であれば小枝のように自在に振るう事が出来る。

 そのゼルが、完全に抑えられていた。

 純粋な腕前なら尚ゼルの腕が上なのは明らかなのだけれど、時折ひとりでに宙を舞って不意打ちしようとする毒の短剣に翻弄され、実力を発揮できない。

 短剣の鋭さや毒は、そういった属性に耐性を持つ竜王であるゲーゼルグには碌に効かないのだが、今は見ているだけしかできない僕やホーリィさんにとっては必殺の刃だ。

 その為、時折僕の方へ向かおうとすることもある短剣を、ゼルは無視できずにいるのだ。



「この! 汚らわしいこと!」


 マリアベルも同様の苦境に立っていた。

 計八本投げつけられた毒付きの投げナイフと、無数の投げ針が、まるで生きているかのように宙を踊ると、彼女へと襲いかかる。

 その挙動は、破虫の群れが群がろうとしているかのように見えた。

 透き通るようなマリィの白皙の肌に刺さろうとする投げ針は、まるで浅ましい蚊のようだ。

 だが、吸血鬼はその身体を霧に変化できる。

 ナイフや針が突き刺さりそうになる箇所だけ霧に代え、同時に長く伸ばした鋭い爪で盗賊の男の死体を切り裂かんとするマリアベル。

 盗賊の死体も、両手に握ったナイフでこれに応戦する。

 どちらも疲れ知らずの死者だけに、この戦いは長引くように思われた。



 リムスティアは、立ち上がった大剣使いと斬り合っていた。

 先ほどまでは早々に相手の刀身を切り飛ばしたため、切り結ぶと言うには一方的に過ぎる状況であったが、今は確かに刃の応酬と言えた。

 おまけに、厄介な状況も発生していた。


「何度斬り飛ばせば良いんですの!?」


 先ほどと同じように、実は大剣使いの剣は、何度も刀身を断ち切られていた。

 リムスティアの魔剣は未だ力を万全に発揮して持ち主の期待に応えていたのだ。

 しかし不可思議なオーラが大剣を包み、何度断ち切っても切断面を疑似的に繋いでしまうようなのだ。

 更に言うなら、リムスティア自身は未だ傷を負って居ないものの、その愛用の装備は所々で深い損傷を晒していた。

 大剣使いの持つ剣は、防具の耐久を大幅に削る魔力を持つ。

 先刻までは発揮しえなかった力が、今リムスティアに牙をむいていた。

 大剣使いの死体も剣捌きの技量が増しているため、魔王を名乗るリムスティアをして窮地に立っていることを認めない訳には行かなかった。



 起き上がった襲撃者達の死体は確かに強敵だった。

 この世界の住人であれれば、あの短剣が言うように僕達は命を奪われ、そしてあらゆる装備を奪われていただろう。

 だけど僕の仲間を、僕がずっと手塩にかけて育て上げた仲魔はこの程度では倒れない。

 貪欲(アバース)はそれを察したようだ。

 

「流石に性能のいい体は梃子摺るな。俺のモノになると思えば意欲も沸くんで良いんだが」

「手にしても居ない獲物の算段とは、滅びの獣とやらは頭の出来までケモノ程度で御座るか?」

「何、事実を言ってるだけだからな。それにまぁ、こんなこともできる」


 貪欲(アバース)を名乗る男が意味ありげに笑うと同時に、壁の向こう、隣の部屋から何かがガシャリと金属音を立てた。


「!? 皆、伏せよ!!!」


 同時に、何かを察知したゼルが叫び、その言葉に訳も分からず伏せた僕達は、とんでもないものを目にした。

 暫く隣の部屋とを隔てる壁をない物かが乱打しているような激しい音が響いたかと思うと、壁を突き破って、無数の武器が飛び込んできたのだ!


 伏せた僕達の頭上を刃の群れが通り過ぎ、そして勢いを保ったまま上空で弧を描くと、今度は真上から銀光の雨の様な軌跡で降り注いでくる!


「っ! 魔像(ゴーレム)、皆の盾に!!」


 とっさに僕は、この家屋の壁から作り出した簡易魔像(インスタントゴーレム)に命じてみんなの盾にする。

 魔像は命令のままに僕達に覆いかぶさり、その生まれの通りに壁となった。

 まるで機関銃のような鋼の雨から、魔像は僕達を守ってくれたけれど、見る間にその身体が削られていく。

 魔像だけでは持たないと、ここのが周囲に障壁を重ね、更にホーリィさんとマリィの二人の神官が保護の奇跡を願う事で、僕達はようやく刃のスコールを完全に防ぐことができていた。


 だけど同時に、その猛威は襲撃者の死体にも襲い掛かっていたのだ。

 ここのに保護され、守られた精霊使い以外は、一瞬で赤黒と紫の液体をまき散らした後、引き割かれ擦り潰された革袋のような有様へと成り果ててしまう。


「おい、うそだろ兄貴たち……うぁ……」


 精霊使いの声だけが、うつろに辺りに響く。

 あっという間の事だった。

 今や元々襲撃者達の拠点出った建物は、戦地の廃墟そのものと成り果てている。


「これを防がれるとはな。厄介な獲物だ」


 ヒトのカラダの様な複雑なモノを動かすより、こっちの方が数を動かせて楽なんだがな、などとそんな声だけが響く。

 その出どころは、言うまでもなく宙に浮かぶ短剣だ。

 その周囲には何本もの武器が宙を旋回していた。剣に槍に斧、矢やハンマーなどの武器に加え、盾や鎧も浮かんでいた。


(厄介なのは、どっちだ……っ!)


 ()を貪り奪うという、この滅びの獣の能力を前に、僕は内心で短剣に向かって罵るのを押さえられなかった。

この度、第3回アーススターノベル大賞にて奨励賞を頂き、今作が書籍化の運びとなりました。

詳細についてはまた後日報告します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 〉 かなりの力を持っていても、意志を持つ生者であるなら、マリィやリムの精神魔法や魅了で抑えられるし、聞かなかった場合も多大なデバフを掛けられるから大きな脅威とは言えない。 「聞かなか…
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