第14話 ~仲魔の逆撃~
(ちっ、こいつらが何だかは判らないが、付き合ってられるか……)
ダインは、死んだはずの者が居たことにあっけに取られでては居たが、すぐさま行動に移っていた。
目の前に立ちふさがるのは、明らかに手練れの者達と、壁から変化した得体のしれない石の像。
力を得た己はともかく、手下達では荷が勝ちすぎる。であるならば、即時に撤退するに限るだろう。
利き腕に愛用の槍を構えながら、もう一方の手は懐の魔法の宝珠を握り締める。
セザンから借り受けたこの宝珠は、持ち主が望んだ者だけを不可思議なもう一つの世界へと送り込む。
本来の世界とそっくりなその世界を利用して、ダイン達は誰にも知られずに移動したり、傭兵たちを狩って来たのだ。
今とて宝珠に念じれば、もう一つの世界へと行ける筈。
そう思って宝珠を手にしたダインだが、一向に何も起きる気配がない。
(馬鹿な!? 何故何も起きない!?)
「兄貴、ヤバイですぜ……さっさとズラかりやしょう……兄貴?」
困惑の色を受かべるダイン達へ、殺したはずのガキの声がかかる。
「ああ、それは今は使えませんよ? ここは既に別の世界ですから……さっき世界が変わった事に、気が付きませんでしたか?」
確かに、ダイン達も感じていた。
壁が石の像に代わる寸前、空気が全くの別な様相へと変じたことに。
「ああいう世界は、そう幾つも重ねられないものなんですよ。その様子だと、知らなかったみたいですね……そんなわけで、逃がしません」
殺す前は少年であった少女の告げてきた言葉を理解するにつれて、明らかに狼狽するダインとその手下達だが、状況は既に動き始めていた。
「どこを見て居る狼藉ものめが!!」
「…ッ!!!」
唸りを上げて上段から振り下ろされる大剣を、ダインは咄嗟に両手で槍を構え辛うじて受け止めた。
ギリギリと己の眉間に迫る刃は、全力で支えねば一刀の下に切り伏せていたであろう。
手練れと思しき者達の一人、大剣を構えていた男の踏み込みはそれほどであった。
仮にも力を得たダインをしても、冷や汗が噴き出るほどに。
同時に、他の者達もダインの手下たちに向かって動き出していた。
いずれも見目麗しい女ばかりだったが、今この時は見とれていられるものではない。
むしろ目を引く美貌に浮かぶ冷徹な殺意は背筋を凍らせるばかりだ。
都合三人。精霊屋のカーティスには何やら紙束を手にした術師らしき女が、大剣使いのベンには鎧を纏い剣と盾を構えた女が、盗賊崩れのアバルには黒い法衣を着た女がそれぞれに向かっていた。
更には、壁の穴には殺したはずの餓鬼と不気味な石の像にメイスを構えた女、そしてもう一人見た事もないような醜女がいる。
ダイン達を決して逃がさないと言わんばかりの布陣であった。
もっとも力量に優れるダインが仮に手下を見捨てて逃げようにも、メイスの女や何やら術師らしきガキに足止めを受け、背後から大剣使いの男に切られるのは明らかだ。
仕方なくダインは目の前の男に集中する。
背後から早々に手下たちの悲鳴が聞こえ始めるが、構っている余裕などない。
大剣を握る大男の圧力は凄まじいものなのだ。
ダインがこの槍から力を得ていなければ、到底支えられるものではなかった。
必死になってこらえるダインを見て、大剣使いの大男……ゲーゼルグは何が不満なのか、圧力をかけたままため息を漏らす。
「お前、何を……」
「同じ槍使いでもここまで差が出るもので御座るか……」
それは完全に当てが外れたと言うような物言いであり、ダインを激高させた。
この槍を手にし力を得て以来、こうまでとるに足らぬというような言われようは初めてだったのだ。
しかし幾ら怒り狂おうが、大剣はビクともしない。
むしろ今もジリジリと圧力を増してきていた。
「先だっての戦にて、至高の槍使いと刃を交えたが……かの御仁と貴様と一瞬でも比べた我が愚かであった」
「何を、訳の分からない、事を……っ!」
ゆっくりと押し込まれ、押されていく。
一瞬でも力を抜けばそのまま切り伏せられるのが明らかであるために、ダインは力をいなす事も出来ずにいる。
(このままでは……押しつぶされる?!)
内心に浮かんだ予想図に慄きながら、ダインは必死に槍を掲げ圧力に抗った。
精霊屋と呼ばれるカーティスは、運よく見つけた『門』の中で、精霊の使役法についてかかれた書物を得た精霊使いだ。
特に土の精霊と相性が良く、相手の足元を封じたり、自在の土中を移動したりなど、その力を使いこなしていた。
だからこそ、カーティスはダインの手下の中でも自尊心が強く、同時にダインすら内心下に見ていたこともあり、宝珠の力が封じられたとわかると、他の全員を見捨てて一人逃げ出そうとしたのだ。
この拠点の本来の出入りにはカーティスが精霊を使役して土の中を通る必要がある。
逆に言うと、カーティスだけなら一人でも逃げられる。
他の奴らは逃げられないだろうが、ただ腕っぷし便りだけの連中と有能な自分とでは価値が違う。
そう嘯いたカーティスは、一人だけ逃げ出そうとしたところを、金髪の女に回り込まれていた。
「そなたが精霊使いじゃな? まったく手間取らせてくれたものよ……」
「な、何だてめぇは!? 邪魔するんじゃねぇ!! 土よ! こいつを押し包め! 地の底へ引きずり込め!!」
どうもカーティスと同じように、門の中で術を得た傭兵女の様だ。
何やら文様が描かれた紙を手にしているが、何のつもりだろうか?
構わず、カーティスは土の精霊に命じる。
回り込まれたが、土の精霊に全身包まれてしまえばどうと言う事もないだろう。
その隙に逃げだせばいい。
そう思っていたのだ。
しかし普段カーティスの言葉にすぐさま応える土の精霊が、一向に反応しない。
まるで怯えて息をひそめているかのように。
「お、おい! 土の精霊! 何してやがる!?」
「無駄よ。そなたの得意とする土の精霊は力を振るえぬ。妾が土克符を手にして居るがゆえにな?」
慌てるカーティスへ、金髪の女、九乃葉が無慈悲に告げる。
彼女が修めている仙術は、非常に汎用性が高いが同時に事前の準備が必要となることが多い。
特に符と呼ばれる術を込めた紙の護符を事前に作成することで、実際の術の行使の際の詠唱や集中を極端に簡略化することが可能だった。
今、彼女が手にしているのは、仙術における属性術である五行術の一つ。土行を克する木行の力を込め、周囲の土の属性を封じる符であった。
「そ、そんな馬鹿な!? 俺の力が……」
「そなたの力ではなく、土の精霊の力であろう? ……さて、では手早く片付けるとするかの」
追い詰められた鼠のように落ち着きをなくしたカーティスに、懐より新たな符を取り出し歩み寄る九乃葉。
その姿は、獲物をいたぶる狐そのものであった。
大剣使いのベンは、手の中のモノを見つめて呆然としていた。
使い慣れた愛用の大剣、それが柄だけになっていた。
「は……? え、何だこりゃ?」
「その剣でミロードに切りかかったんですってね? ……そんな剣、存在する必要も無いわねぇ?」
ただの無造作な片手剣での一閃でそれを為した女は、声色だけは優し気に、それに反して一切の温かみの無い視線でベンを見据えていた。
こんな筈はない、とベンは呻く。
愛用の剣は、ダインの槍と同じく例の男から与えられたものだ。
この剣は当たりさえすれば、いかなる鎧さえ切り裂ける魔力を秘めていた。
今でこそリーダーであるダインが槍の力で実力を増しているが、もし仮にダインとベンが戦う事になっても勝てると考えていた。
その自信の源である魔剣が、根元から断ち切られていた。
「何を考えているかは知らないけど、中級位階が扱える剣なら、そんなものよ? その剣は防具へダメージを与える魔力があるみたいだけど、同じような力で上の位階の武器とぶつかればこうなるのは自明よね?」
そう告げるのは、鎧と片手剣と盾と言うオーソドックスな装備構成の女だ。
彼女リムスティアは、普段こそ種族である淫魔のイメージ通りの煽情的な露出度の高い服を好むが、事真に戦いの場に赴くときは、騎士系称号でである<闇騎士>の装備を身にまとう。
闇騎士は、装備の効果により、敵対相手への物理的な妨害効果を多く発動できる。
今回の例でいえば、相手の武器の耐久値に直接ダメージを与えたという事になる。
特に彼女の装備はかつて夜光が入念に選んだ上級位階の最高クラスのものだ。
この世界の人間は基本的に中級位階までしか至らない以上、装備可能な武器もそれに準じる。
装備の格差で鎧袖一触、ベンの大剣は一撃で耐久値を消し飛ばされたのだ。
「く、来るな! 来るんじゃねぇ!!」
「そんなこと言わずに遊びましょう? 貴方は楽しめないでしょうけど、いいわよね?」
せめてもの抵抗に柄だけの剣を掲げるベンだが、本来のリムスティアが相手ならば、そのような機会すらない。
リムスティアは、かつて彼女の主を傷つけた悪徳衛視のように一目でベンの意識を奪い、終わらない悪夢へと閉じ込めることも可能なのだ。
しかし今相対しているのは、彼女の主を殺した者達だ。
ならば意識だけではなく、相応に肉体も罰を受けるべきだと彼女たちは考えていた。
何、多少欠損したところで、レオナルドなる男に引き渡す前に五体揃って居れば問題ない。
久しく振るう事の無かった闇騎士の技を振るいながら、リムスティアはそんなことを考えていた。
この度、第3回アーススターノベル大賞にて奨励賞を頂き、今作が書籍化の運びとなりました。
詳細についてはまた後日報告します。