第12話 ~襲撃者達の同日~
「随分と無駄な手間をかけさせるものだな」
「必要な事なのだ。仕方あるまい」
皇都の内、とある一室。
窓から午後の穏やかな日差しが差し込む中、その者達は向かい合っていた。
一方は、がっしりとした体格の黒い口髭が印象的な男。
重厚感のあるその体躯を適度な柔らかさで受け止める椅子に埋めていた。
もう一方は、中肉中背の目立たない男だ。
一見特徴が無いように思えるが、その目を一度でも見た者なら必ず否と応えるだろう。
何かを求め続けるような、ギラギラとした欲に染まり切ったその目は、余りにも特徴的過ぎた。
黒ひげの男と同じように椅子に座っているが、座り方はまるで違い、浅く前のめりだ。
精緻な細工が刻まれたその椅子、そしてこの部屋のあちこちにある調度からして、この部屋は高級感に溢れているが、この欲に染まった眼の男だけが何処か場違いだ。
この男に似合うのは、もっと粗野な場末の酒場か戦場だろう。
逆に黒ひげの男はこの部屋に居るのが自然と思えるほどに馴染んでいる。
この部屋の主がこの黒ひげの男であるといいう事実もそうだが、当人の質と言うモノも高級品に囲まれることが当たり前であるかのようであった。
「その必要な事とやらを、まだどれだけ続ければいい? こんなことをせずとも、あの商会を直接つぶせばいいだけの話だろう?」
「何事にも手順と言うモノがあるのだよ、ダイン」
黒ひげの男は、欲に満ちた目の男をダインと呼んだ。
目の印象を思わせる急いた言葉を連ねるダインを、黒ひげの男は鷹揚に、しかししっかりと釘を刺している。
「皇国の政商という地位は尊ばれねばならない。例えこの先失脚するとしても、地位にある者が不用意に害されるなどあってはならぬ事だよ。それは後に代わる者にとっても打撃なのだ」
「だからと言って、怯えさせただけで自分からそんな地位を手放すか?」
「手放すより他ない状況に陥ると言うべきだろう。政商に似合う品格が無いと判断されれば、国より処断さえされるのだ。ならば、自ら降りる方が安全ですらある」
「それも、結局はあの会頭の判断一つだろう? セザン、お前は悠長にも程があるぞ」
セザンと呼ばれた黒ひげの男は、ダインのあきれたような言葉にも応用に笑うばかりだ。
「悠長で良いのだよ。結果は動かしようがないのだから。あの商会は傭兵の行方不明と言う異常を世に秘匿できるほどには力があったが、それもそろそろ限界だろう。それまでゆっくりと締め上げればいいのだ」
「だから、その締め上げ方が温いと言っている。傭兵だけといわず、店の者その者を見せしめにした方が打撃だろう?」
「それでは国が動くのだと言った筈だ、ダイン」
黒ひげの男セザンは、欲に満ちた眼のダインに言い聞かせるようだった。
そもそも、皇国の政商であるあの商会の人員と、そこに雇われる傭兵と言うのは、立場が違うのだと。
彼らが今標的としている、皇国の正式な政商であるあのグラメシェル商会の者達は、皇都の都民である。
彼らは明確に皇都の臣民であり、国から庇護される存在だ。
下働きの丁稚であろうとも、手を出せば皇国が動く。
対して傭兵は、この皇国での実態を語るなら、各領地の領民の枠を外れた生き方を望んだ者たちの内、戦いをその生きる道として選んだ者達だ。
つまり傭兵は正確には皇国の臣民ではない。
極論を言えば、国に庇護されていない存在なのだ。
無論だからこそ国に対しての義務もなく、自由な存在と言える。
彼ら傭兵は己が腕だけを頼りに、依頼を受け、その報酬で生計を立てる。
そしてその生き死にや行き先を顧みられることもない。
例え政商に雇われていようが、多少いなくなったところで、皇国は動かないのだ。
「皇国が動かぬように慎重に事を運ばなければならない。だからこそ、傭兵は行方不明であるべきなのだよ。まぁ、置き土産程度を残さねば彼らも気づけないだろうから、『証』はサービスと言うべきかな?」
「面倒なんだがな、あれは。死体そのものを晒した方が俺としては楽なんだが」
「流石に死体が出れば、皇国も動くだろう。面倒なのは判るが、その分の報酬は出しているはずだ。ならばオーダーに従ってもらおう。否と言うのならば、あの槍を返してもらうことになるが」
商会へ行方不明となった者達の証を残していく作業を思い出したのか、うんざりした様子のダインに、セザンは尚も言い含める。
そして、槍と言う言葉に、ダインはさもいやそうに顔をしかめた。
「……わかった。仕方ないが、もう暫くお前の依頼をこなしてやる」
「ああ、そうしてほしい。何、君に貸し与えたあの宝珠と槍さえあれば、問題はないだろう。報告では、さしものあの会頭も傭兵内での噂話を止められなくなっていると聞いている。もうあの商会に雇われる者も居なくなるはずだ。そうなれば、最後の一押しを行うだけになる」
「そう願いたいものだな……うん?」
先に部屋の外の様子に気付いたのは、ダインの側であった。
このセザンが主である部屋に、何者かが近づいてきたのを察したのだ。
そう間を置かれず、ドアがノックされる。
主であるセザンが許可を出すと、家人らしき者がやって来た。
そのまま、主へと耳元で何か伝える。
「どうした、何があった?」
思わずダインが問うたのは、セザンが何かの報せに如何にも不愉快そうな色を浮かべたからだ。
「困ったことに、思った以上に傭兵の中には愚かな者が居たらしいのだ」
そういうと、セザンはダインへと眼を向ける。
「グラメシェルに護衛の押し売りをした傭兵が居るらしい。ダイン、仕事をしてもらうぞ」
それが、つい昨日の事であった。
(セザンめ……悠長なくせに臆病なんだ、あいつは)
ダインは、早朝に『証』を商会に届ける仕事を果たした後、自身の拠点で身を休めていた。
この拠点は一見ごく普通の家屋であるが、入り口が存在していない。
普段は隠された地面の下にだけ入口があり、手下である土の精霊使いのカーティスの力が無ければ容易に入り込めないのだ。
何故ここまで厳重に隠されているかと言えば、この拠点には傭兵たちから奪った武器や装備他の物品の保管場所でもあるからだった。
本来ならば仕事中に得た傭兵たちの装備は売り払うなどの処分をしたい所なのだが、今行っているセザンの仕事の途中はそれができない。
ダインらが手にかけた傭兵たちは行方不明でなければならず、もし装備を売りに出した場合に辿られる可能性をセザンが憂いたのだ。
事が全て終われば手放しても良いと言われてはいたため、全てこの拠点に集めてある。
他にも拠点はあるのだが、この入り口の無い拠点が最も保管場所として優れているのは明らかだった。
セザンの仕事を受けるようになってからは、ダインは複数の拠点を手に入れていた。
それは主に裏仕事の為に必要であったからであり、例えば死体の処理に使用している地下室もその一つである。
今ダインとその手下たちがこの拠点に居るのは、思いのほかあの傭兵の餓鬼が持っていた装備が質の良い物だったからだ。
「すげぇ……兄貴、この杖と服はとんでもない代物ですぜ!」
あくまで武器の扱いに長けるだけのダインではわからなかったが、精霊使いのカーティスが言うには、術者向けの装備としてあの餓鬼の身に付けていた装備は破格であったらしい。
普段なら他の動きやすい拠点で次の仕事までの時間を過ごすのだが、直ぐに装備を補完しないと心配だとカーティスがわめいたのだ。
ダインとしては、何か事があった場合に動きにくいこの拠点で過ごしたくは無かったが、カーティスの心情も理解はできたので許容していた。
今はセザンからの制限で自分達のモノにすることも、売り払う事も出来ないが、事が終わったらカーティスは自分のモノにするつもりのようだ。
ダイン自身も、傭兵たちから奪った装備の中の幾つかは、後々自分のモノにするするつもりであったのでそれは構わない。
とはいえ、武器は求める必要は無いのだが。
ダインは、寝る間も傍に置いた、今は愛用となった槍を見る。
この槍を手にしてから、元はただの流れの傭兵であるダインは変わったのだ。
セザンが言うには、この槍は殺した相手の力を奪うのだと言う。
実際、今まで多くの傭兵を殺して来たが、その度にダインは己の力が増していったのを実感している。
昔は、大剣使いのベンと大きく実力は変わらなかったものだが、今では圧倒的な差が開いていた。
同時に、今のダインは大きく変貌したモノがある。
それは心だ。
強さを求める衝動が、己の中で際限なく膨れ上がっている実感がある。
それは、槍への依存と同時に殺人衝動にもつながっていた。
だからこそ、商会の者も殺そうとセザンへ何とも持ち掛けたのだ。
だが、あの雇い主は首を縦に振らない。
とんだ臆病者だと、ダインはあの黒ひげを断じていた。
ダインにとって、セザンという男は素晴らしい槍をもたらした恩人とも言っていい。
ある日流れの傭兵として皇都にやって来たダインとその仲間を、あの男は好待遇でまずは護衛として雇ったのだ。
しばらくごく普通の仕事をやり取りした後、セザンはダインにこの槍を渡して来た。
そして、グラメシェル商会相手の工作を依頼してきたのだ。
(皇国の政商とやらは、そんなに欲しい地位なのか?)
あくまで流れの傭兵であるダインには、セザンがそうまでして政商の地位を求める理由は判らなかった。
そもそも、セザンと言う男は領地持ちではないとはいえ、あの男は貴族の一人なのだ。
確か子爵であり、同時にグラメシェルが退いたのであれば、皇国一の政商を狙える程度に力のある商会を抱えているのだ。
政商でなくとも、十分な力を持っているようにも思うが……
(それとも、あの男も俺と同じなのかもしれない)
ダインは力を手に入れた今も更なる力を求めている。それと同じく、セザンも力を求めているのではないか?
そんなことを考えていると、
「っ!?」
不意に空気が肌に刺さるような感覚を覚えた。
同時に、盗賊のアバルが慌てたように周囲を見回す。
「何だ!? 何が起きているってんだ?」
「判らねぇ!? 急に空気が変わりやがった!」
「クソッ! そんなの決まってるだろ! 敵だ!」
慌てたように騒ぐ手下たちを横目に、ダインは槍を構えた。
この拠点には窓も無く、出入口は土の精霊に命じて開かせる地下道だけ。
だが、変わってしまった空気が、敵がどこからでもやってくると言う確信をダインに抱かせていた。
そして、そいつらは現れた。
まず始まった変化は壁だ。
壁の向こうから微かに何者かの声が聞こえたかと思うと、拠点の壁が身じろぎした。
「何!?」
訳も分からず見やる事しか出来ないダインの前で、拠点の壁が動き、変化し、ヒトガタを為した。
ズン、と思い足音を響かせて、元はレンガ混じりの土壁であったそれは、重厚な戦士の姿に変じていたのだ。
そして、壁が人型になり失われたならば、その向こうが見えるのは必然であり……
「……見つけたぞ、お館様を辱めた賊めが」
凄まじい怒気を放つ一団がそこにいた。
あの商会に護衛の押し売りをしていた者たちが。
そして、その者も。
「お、お前はなぜ……確かに殺したはずだ」
何故か女ものの服を着ている殺したはずの者を見て、ダインは自らの目を疑った。
同時に今は少女でもある少年は、女体化の偽装が全く通じていないことに絶望し、某大魔王へ内心で恨み言をひたすら連ねるのだった。