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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第3章 ~皇都アウガスティア~
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第08話 ~万魔の主、叱責される~

「だから、一人で出歩くなんてもっての他なんです! ミロードは不注意すぎます!」

「マスターのあんな姿、見せられる私たちの気持ちも考えてください! 心臓が止まるかと思いましたわ!?」

「主殿は蘇生魔法を軽く見過ぎでございます! 万が一が有ったらどうするおつもりか!?」

「やっくん。流石に今回は見過ごせないからね。反省しなさい」


 自身の主である夜光と言う少年に、明確な欠点があるとするなら、彼自身が自らの価値にあまりに無頓着であることであろう。

 先刻から延々と同僚の女性陣に説教をされ続ける主を見ながら、竜武人ゲーゼルグはそう思う。

 薄暗い地下室のむき出しの地面に正座した主を、女性陣が四方から涙ながらにその軽率な行動を非難し始めて、ゆうに一刻は過ぎ去っている。

 普段は主をとにかくたてる同僚たちだが、今回はそうもいかない。

 皆強い口調で軽率さと自己の安全への軽視を叱責している。

 普段は間延びした口調の、あの女神官殿さえ至極真面目に話しているので余程であろう。

 主は既に限界を通り越しているようだが、皆はまだまだ苦言を言い足りぬようだ。


 無理もない、昨日から今朝にかけては自身も含めて心労の極みに至ったのだ。

 一人で考え事があると出かけた主が、突然に死に至ったと気づいたのは、死の気配に敏感なマリアベルであった。

 所謂パーティーリストを見やれば、主の名は暗く染まり、明確な死を一行に告げていた。

 それからは大騒ぎだ。

 パーティーリストでは大枠の居場所も分かるのだが、それでわかるのは皇都に居ると言う事だけ。

 それからは手分けをして探すも見つからぬ。

 主が向かった筈の市場では、マリアベルが微かに主の血の匂いをかぎ分けるものの、行方は分からずじまい。

 主が極力使わぬように言い含めていた魅了や精神魔法を駆使しても、最後に市場での目撃の情報の後は足取りはようとして知れぬと来た。

 普段己が汚れると決して行わぬ無数の鼠にマリアベルが変じ、皇都の下水すらくまなく探索して尚足取りがつかめなかったのだ。

 既に皇都の大半を網羅したはずの霊体化や透明化したモンスター達の情報網にすらかからなかった以上、何らかの頂上的な要素も関わっているとさえ思われた。

 結果、一行は早朝までひたすら駆け回り……そして、グラメシェル商会からの使いがやって来た。

 曰はく、傭兵仲間の首が届けられたと。

 ゲーゼルグたちが慌てて向かうと、前日に商会の者とやり取りしたカウンターのその上に、主の生首が乗せられていたのだ。


 その後も酷いものだった。

 首だけの主を見て、仲間たちは怒り狂い、危うく本来の姿で無差別に暴れ出すところだったのだ。

 生首の横に立つ幽霊である主に、死霊術師であるマリアベルが気が付かねば、かの商会を中心として皇都に甚大な被害が出たであろう。

 何は無くとも主の蘇生が優先と、幽霊である主の言葉を頼りに首以外の身体の在り処の場所を誘導され、この名も知れぬ倉庫の地下へとやって来た。

 この下に埋められたと伝える主の幽霊に従い床を掘り起こせば、首なしの主の遺体を掘り起こすまでに、他の無残な死体が無数に出てくるではないか。

 精霊魔術により何度も埋められた為か、地下は死体が組み木のようなありさまで収まっていたらしい。

 ともあれ主の遺体はこれで全身揃い、マリアベルが蘇生の奇跡を行った。

 闇司祭でもあるマリアベルの蘇生は、かつて主の同盟の参加者である関屋と言う鍛冶師を蘇生した場合と違い、力の損耗の無い完全な復活を可能とした。

 その結果……現状の説教の時間となったのだ。


 ゲーゼルグ自身も、内心では主に一言苦言を申し上げたくもあるのだが、息の合った女性陣に割って入るのは勇猛なる竜王とて躊躇われる。

 アレに割って入るくらいなら、かつて主と共に挑んだ高慢の大魔王に、単身で挑む方がまだましだとさえ思えた。


 かつての世界においての最後の一戦であるかの大魔王との戦いは、それはもう凄惨を極めたものだ。

 誰も彼もすべてを出し尽くしたうえで、なお届かぬかと思われたあの戦いは、今も脳裏に浮かべることができる。

 その中心であった主は、かの世界の魔術師として最高峰であった。

 だからこそ、稀に今回のような隙だらけの姿を見せるようにも思える。


 魔術師は、基本的に近接の間合いに踏み込まれれば、詰むものだ。

 魔術の発現には重い鎧が妨げになるがゆえに基本的に軽装であり、詠唱を伴う魔法は瞬き一つで攻防の応酬が成される近接戦闘ではあまりに不利。

 しかし熟練の魔術師であれば、防御障壁を瞬時に展開が可能であり、防御の隙は無くなっていく。

 攻撃にしても詠唱が不要な魔法もあり、そういった手札を駆使して立ち回っていくようになる。

 かつての主もその領域に到達していた。

 本領はやはりじっくり唱えた強力な魔法であるが、並みの近接職など容易く屠れる力を持っていたのだ。


 同時に先に死を経験した関屋を見ていたのも、悪かったのだろう。

 蘇生魔法がこの世界でも機能する以上、確かに死はただの状態の一つなのかもしれない。

 しかし、万が一と言う事もある。

 死を避けるのは当然の行動であろう。

 主に仕える武人として、やはり身を隠しながらでも護衛として付くべきだったと、ゲーゼルグは自身を顧みる。


(……我も、一言苦言を申し上げた後は、共に叱責されるべきやも知れぬ)


 終わる様子の無い彼女たちの説教を見ながら、ゲーゼルグはその機会を窺った。



(……やっぱり、ルーフェルトが言ってた通り、こうなったのね)


 女性陣に取り囲まれる夜光を見ながら、色欲の大魔王ラスティリスは密かにため息をついた。

 彼女は説教に加わっていないが、自分と言う大魔王をまかりになりにも下した存在が、とるに足らない有象無象に害されて面白い筈もないのだ。

 とはいえ、それを誰にも気取らせる気は無かった。

 彼女には、やるべきことがまだまだあるのだ。


 実のところ、彼女は夜光が皇都で死に至ることを知っていた。

 高慢の大魔王ルーフェルトから伝えられていたのだ。

 ルーフェルトは、設定として元々七曜神の一柱として星を司っていた。

 星は占星術と言うモノがあるように、時として未来の事象を示す。

 そこから、ルーフェルトは未来の断片を読み取る力を持っているとされる。

 その力で自身が堕天し大魔王の一となることさえ予見していたとまでされているのだ。

 今回も、ルーフェルトは未来を予知していた。

 夜光の死もその一つであり、実のところラスティリスがここに居るのは、夜光の蘇生を絶対化させるためである。


 夜光が死した場合、一行で現状最も蘇生の奇跡に秀でるのは、闇司祭の称号持ちであるマリアベルだ。

 他に蘇生を扱えるのはホーリィが居るが、未だ中級位階の彼女が扱う奇跡は、力の減衰が伴ってしまう欠点がある。

 その点マリアベルは一切の減衰の無い高位の奇跡を扱え、また真祖吸血鬼である為彼女を害するのは困難だ。

 そういう点を含めても、夜光を蘇生するのはマリアベルの役割になるだろう。


 信仰系の称号により習得できる信仰の奇跡は、光の側の場合七曜神を、闇の場合は七大魔王に祈ることにより発現する。

 闇司祭のマリアベルの場合も七大魔王に祈ることになるのだが、こと闇の奇跡の中でも癒しや蘇生と言った生命力に関わる分野となると、生命力が大きく関わる色欲の大魔王に祈る形となる。

 つまり、ラスティリスへと祈るのだ。

 大魔王その者が居ない場合でさえ、奇跡は発揮されるのだ。祈られる対象が実際に奇跡が発現する場に居たらどうなるか。

 万が一の失敗さえ起こり得ない蘇生の絶対成功が確約されるだろう。

 夜光の死が避けえないと判断したルーフェルトは、故にラスティリスを同行させたのだ。

 ラスティリスは夜光の周辺の恋愛感情を煽り遊んでいるようだったが、あくまで色欲の大魔王としての個人の楽しみと言う名目。

 実際は本来の役目の一つを隠蔽するためだった。

 もっとも……ルーフェルトとしても、夜光の周辺の状況には思うところがあるようだが。


『君も楽しんできたまえ。盛大に煽るもよし、我らがマスターを君が篭絡しても良し……我らがマスターは、色々難物だからね』


 実際、子供の身体であるとはいえ、夜光の周囲には魅力的に過ぎる異性が揃いすぎている。

 彼女達への認識が子供だろうとペットだろうと、色気に迷わない筈がないのだ。

 それを夜光が無理に押し込めているのは、救ってしまった存在達を背負う重責を思うが故であろう。

 そう感じ自ら動き続けて居るからこそ、色気に迷う事もないのだろうが、どこかで息抜きが必要だとルーフェルトは言う。

 大魔王と言う超越した存在だからこそ、ルーフェルトたちは、夜光と言う世界の箱舟を作った救い主が、ただのごく普通の一人の青年だと言う事を見抜いていた。

 だからこそ、今のままでは重荷に耐え兼ね押しつぶされてしまうだろうと。

 今回の襲撃と死も、重荷に耐え兼ね一人であることを求めた故の結果であると言える以上、対策が必要なのだと。

 ラスティリスにそう告げたルーフェルトは、他にも彼女へ未来で高確率で起きるであろう事象を告げている。

 その何れも、ラスティリスであればこそ対処可能な事柄ばかりであった。


(ほんと、ルーフェルトったら狡いわよねぇ……色々見えるからって、ヒトをこき使って)


 これから起きる事如くを思って、ラスティリスは気が重くなる。

 本来彼女は色欲と言う大罪で想起しやすい、享楽的な性格なのだ。

 こんな、厄介ごとが押し寄せるのが目に見えている場所には近づきたくもない。

 普段しているように、自身の領域で男女問わず快楽に溺れる者たちを眺めるなり自身も参加するなどして過ごしていたいのだ。

 七大魔王の主席であるルーフェルトの命だとしても、本来は断りたかったのだ。

 夜光の蘇生にしても、他の事象にしても、ラスティリスの役目はあくまで万が一の保険なのだから。


(でもまぁ、手を貸しちゃうのよねぇ……ワタシったら甘々ちゃんだわねぇん)


 結局の所、彼女もまた、夜光を主と認めてしまった一柱であった。


 かつての世界が終わる直前、ラスティリスを何とか迎え入れ、消えゆく世界から救い出した少年の姿を、彼女は忘れられないのだ。

 とはいえ、あの少年の現在は、情けないことこの上ないのだけれど。


(今の叱られてる姿は情けないけどねぇん……でもちょっと涙目はかわいいわぁん)


 微かに嗜虐的な方向に思考を寄せながら、色欲の大魔王は少年たちの様子をうかがう。

 流石に叱責する側も疲れてきたようだ。

 そろそろかしらん、と呟きながら、ラスティリスはこの後を想うのだった。

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