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【書籍4巻刊行中】万魔の主の魔物図鑑 【6章完】  作者: Mr.ティン
第3章 ~皇都アウガスティア~
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第07話 ~夢の記憶~

 はっきりと意識があると自覚できている夢を見ることが有る。

 夢であると感じながら夢を見る、所謂『明晰夢』と言うモノだろう。

 今も、それを見ていた。

 ああ、これは何度も見る夢だ。

 あの奇妙な世界で目覚めてから、眠るときによく見る夢。

 目覚めるといつも忘れてしまうから、普段思い出すことは無かったのだけど、今は違う。


 この夢の中での僕は、かつてのリアルの姿だ。

 2mを超えるほどに無駄に伸びてしまった背を持て余す冴えない男。

 ウドの大木と言う表現がぴったりの、ただ体格が大きいだけの男。

 そんな男が、屋内の高さだけはある軽自動車に乗り、夜の街道を走っている。

 郊外であるのと、時間帯が深夜だけに、交通量は極端に少ない。


 僕は、この夢が過去の情景なのだと何となく感じている。

 ただ、夢として見ているせいか、これが何時の出来事なのか、それがはっきりとしなかった。

 だけど、今は違う。

 正確には、夢を見ているわけではないからだ。


(……こんな形で、思い出すなんて皮肉だな)


 これも、一種の走馬灯のようなものなのだろうか?

 背中から刺され、命を落とし、意識が途切れる瞬間に思い出す光景として、僕はこの夢を見ている。


 夢の中の僕が目指しているのは、24時間営業のファミリーレストランだ。

 実際に何度も行ったことが有る店で、夜だとしても道に迷うはずもない。

 とある理由で、そこは大学の知り合いともよく行く場所だからだ。

 深夜のドライブは問題なく終わり、僕はファミレスにたどり着く。

 珍しいことに、駐車場には幾らか他の車があり、この時間でも客がそこそこ居るようだった。

 だからなのだろうか、僕がここに来たのは。

 そのまま僕は、裏の入口から店内に入る。

 スタッフエリアには人影は無いが、そのまま奥へ。

 ロッカーで制服に着替えて、キッチンへ行くと、そこには小柄なスタッフが目を回していた。


 一見すると、小学生にも見えかねない小柄な女性だ。

 小さい分自己主張を強くしたいのか、メイクなどはばっちり決まってるのだけど、どうしても背伸びした女子小学生に見えてしまう。

 そう口に出すと強烈な反撃が待っているので、知り合いは口を滑らすにしても『中学生に見える』とまでしか言わないようにしていると聞く。

 何しろ、小柄な身体に反して彼女はエネルギッシュで手も早いのだ。

 僕は彼女が幼い頃ガキ大将的な存在でもあった頃からの付き合いなので、向こうは余計に遠慮が無いから、小学生に見えると言おうが、中学生に見えると言おうが、反撃の程度は変わらない訳だけど。

 この小柄な女性こそ、ホーリィさんのリアルの姿であり、僕の古くからの知り合いの堀内先輩だ。


 ああ、そうだった。

 確かこの夜は、他のバイトの娘達が都合がつかなくなって、先輩が急遽シフトに入ったって言ってたっけ。

 そして、結局もう一人居たバイトにも急用で先上がりされて、どうにもできなくなって、僕にヘルプを求めてきたんだった。

 こんなことは以前にも度々あったので、僕もいつの間にか不定期のバイト扱いにされていたのを思い出す。


 夢のせいなのか、先輩と何か言葉を交わしたのに、それを音と認識できない。

 ただ、この先は判っている。

 僕はこの夜、キッチンを先輩に任せて、ホールに入ったんだ。

 深夜なのにこの店は付近に幹線道路があるせいかやけに客の入りが多く、いつも苦労するのを覚えている。

 結局早朝代わりのシフトがやってくるまで、僕達は慌てふためくことになるのだ。

 ああ、たまに良くある臨時ヘルプの光景だ。


 だから、急に光景が切り替り、僕は混乱する。

 突然店に入ってくる、血まみれの男性。

 それを追って来たらしき、赤く染まった刃物を持った男。

 音として認識できないのに、悲鳴と怒号が響いているのが、何故か判る。

 そして……


 ああ、そうか、道理で思い出すわけだ。

 あの夜、僕はさっきっと同じように、刺されたのだ。



 遠くなっていた意識が、急速にはっきりとし始めた。

 目を開いたわけでもないのに、周囲の状況が判るようになる。

 どうやら、走馬灯を見ていたのは、実際の時間ではほんの一瞬だったらしい。

 周囲は、殺気と同じように人気のない市場。

 そこに、先ほど見た3人の襲撃者と、鋭利な槍を持った男が居た。

 そしてもう一人、僕の足元に赤い血だまりに倒れ伏した亡骸がある。


(ああそうか、関屋さんも言って居たな。死んだときの状況を)


 そう、僕は確かに殺された。

 だけど、このアナザーアースでのアバターを元にした身体にとって、死とはバッドステータス状態の一つに過ぎない。

 かつてのアナザーアースでは、他のプレイヤーには見えない状態の幽霊が、死体の傍に一定時間留まるという状況で、その間に蘇生魔法をかけてもらえれば復帰できたのだ。

 確か関屋さんは、一定時間後の事前登録した拠点での自動蘇生は無かったと言っていた。

 つまり、僕も蘇生されるまでは死体の傍に存在し続けることになるのだろう。


(それにしても、『幽霊』の姿は、こっちなのか……)


 僕は、市場の大概のものを見下ろしながら意外に思う。

 幽霊の姿は、リアルでの僕、刈谷光司そのままのモノだったからだ。

 最近は小柄な夜光の姿に慣れきっていたので、2m超えの体格は違和感が凄い。

 とくに、視界の高さが顕著だ。

 小柄で小回りの利く夜光の身体は気に入っているのだけど、やはり高い位置から色々見渡せるというのは便利に思うのだ。

 だけど、視界の高さを喜んでいる暇はない。


「よし、何時ものように運び出せ。解除はそれからだ」

「へい、兄貴」


 槍を持ったただならない雰囲気を漂わせる男が、手下らしき3人に命じるのが見えた。

 襲撃してきた内の剣士風と盗賊風の二人は、僕の亡骸を抱えて市場脇の人気のない路地へと移動していく。

 残った精霊術師は、地面に広がった僕の血の跡を、大地の精霊に命じて地面の奥下へと取り込ませ隠しそうとしているようだ。

 そして僕の死体は、市場に併設された倉庫の一つらしき建物へと運び込まれた。

 更に、地下への階段を下りていく。

 そこは、がらんとした物置に見えた。

 床だけはむき出しの地面になっていて、それが特徴と言えば特徴だろうか?

 僕の死体をその地面に投げ出すと、剣士風と盗賊風は、後の二人を待つようだ。

 程なくして争いの跡を隠蔽し終えたのか、精霊術師と槍を持った男もしばらく後にやってくる。


「よし、解除するぞ」


 辺りの状況を確認し問題ないと見たのか、リーダーらしき男が懐から何かを取り出す。

 それは、僕が良く知るモノとよく似ていた。


(あの宝珠は<見果てぬ戦場>に似てるけど……ああ、そうか! <殺戮劇場>か!)


 そうその宝珠は、これまで大規模戦闘の隠蔽用に何度か利用した<見果てぬ戦場>の同系統のアイテムだった。

 名を、<殺戮劇場>といって、その効果は<見果てぬ戦場>とよく似ている。

 大規模戦闘専用空間を展開する<見果てぬ戦場>に対して、<殺戮劇場>はPvP専用空間を展開するのだ。

 それも、他にもあるPvP専用空間を発生させるアイテムと違い、<殺戮劇場>はプレイヤーキラー用としてデザインされていて、取り込む相手の同意が不要と言った特性もあったはず。


(つまり、さっきの誰も居ない市場は、展開されたPvP専用空間だったのか……)


 なるほど、一つ謎が解けた。

 襲撃者のリーダーが何か念じると、何かが割れるような軽い音と同時に、市場の喧騒が戻ってくる。

 続いて、襲撃者達は僕の亡骸を漁り始めた。


「何時もの通り、身ぐるみはがせ。グラメシェルから仕事を取った奴だ。前金もせしめているはずだ」

「兄貴、コイツ中々質のいい品を持ってやすぜ!」

「財布の中も金貨がどっさりだ! やっぱり、このガキを狙ったのはアタリでしやしたね兄貴!」


 見る間に装備の事如くを剝かれ、丸裸にされる僕の死体。

 元々アナザーアースの通貨は普段データとしてあるけれど、皇都では実際に貨幣のやり取りが必要だろうと思って僕はある程度の額を実体化して持ち歩いていた。

 それがどうやら不味かったみたいだ。


(つまり、懐暖かそうな狙いやすい相手を狙ったただの強盗なのかな?)


 正直なところ、僕がなぜ殺されたのか、その理由を知るのに、死体となったこの状況は好都合だった。

 関屋さんの話で、死後も周囲の状況を把握していたと聞けたから、この襲撃が何を目的にしているのか、それを明らかにしておきたかったのだ。

 この倉庫に運び込まれるまでに、仮説はいくつも立てていた。

 PKじみた手口からプレイヤーを狙い撃ちにした可能性や、グラメシェル商会と取引した直後だったから敵対商会の妨害工作、あとは皇都に流れの傭兵が溢れている状況に乗じて襲っても足が付かない相手と判断されたとか。

 今聞こえる範囲だと、単なる物取りを目的としているようにも思える。 

 だけど、この世界では貴重な『門』の中のマジックアイテムである<殺戮劇場>を使ってと言うと、何か裏があるようにも感じてしまう。

 その疑念は、何かを内に抱えて滾っているような目の槍使いの言葉が証明することになる。


「身体に判り易い墨とかは無いか。じゃぁ、首だ。夜の内にグラメシェルの店に届けておく」

「へい、兄貴」

「他の身体はいつも通り軒下に埋めておけ。」

「わかりやした!」


 槍使いの言葉に頷いた剣士が、剣を抜き放つと、無造作に僕の亡骸の首をはねる。


(……痛みは無いとはいえ、こうも自分の身体を好き放題されるのは腹が立つな)


 そんな事を思っても、幽霊状態の僕は何もできない。

 今も精霊術士が大地の精霊に命じて首なしの死体をむき出しの地面に沈めていくのを見守ることしか出来ないのだ。

 ただ、考えることは依然できる。


 リーダーらしき槍使いは、僕の首をグラメシェル商会に届けると言っていた。

 それも、口ぶりからして、こういった事を続けているようにも感じる。

 もしかして、レオナルドが言っていた、手が足りないという事情は、これにも絡んでいるのではないだろうか?

 僕と同じようにグラメシェル商会に関わった傭兵が殺されているのなら、あの商会の仕事を受ける傭兵は自然といなくなるだろう。

 同時に、この襲撃者達はあの商会を脅迫するなりしているのかもしれない。

 蘇生されたら、レオナルドを問い詰める必要がありそうだった。


 結局、その後は襲撃者達は無駄口をたたくことなく、それ以上の情報を入手することはできなかった。

 槍使いの男は夜になると<殺戮劇場>を駆使して、誰にも気取られる事無く僕の首をグラメシェル商会のロビーのカウンターに置き去っていったのだ。


(ああ、そういえば急に姿を消したから、皆は心配してるだろうなぁ……なんて謝ろう?)


 そんなことを考えながら、早朝、店の者が僕の首を見て絶叫するまで、僕は放置されることになる。


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